All I need is beat 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
小日向未来の世界の中心は立花響だ。
彼女は未来のことを自分の陽だまりと言って笑ってくれるけれど、けれど響こそが未来にとっての太陽なのだ。威張って言えることではないけれど、小日向未来という少女は自分勝手、自己中心的な人間だ。
極端なことを言ってしまえば、立花響以外の人間がどうなっても構わないと思っている。
それは些か歪なことだと気づいているが、しかし思ってしまうことはしょうがない。かつてはそんなことはなかったけれど、それでも二年前の事件は未来の価値観を大幅に変えてしまった。或は、立花響が変わってしまったからこそ、それに伴い変えられたのだろうか。
自分が誘ったせいで胸に傷を負い、少女の肌に消せない傷跡を残した。それだけではなくてその怪我を直し、リハビリに懸命だったにも関わらず彼女の父は蒸発し、生き残った少女に周囲の人々は罵詈雑言を叩き付けた。それに対して未来ができたことが少なかった。あらゆるとこに降りかかる響への危険に対し、幼い少女でしかなかった未来ができることはせめて自分といる場所だけでも彼女の心が安らげるように接するだけだった。だから何もできない自分を、陽だまりと呼んでくれたのは嬉しかった。
行動していたのは幼馴染の方。
その行いは決して褒められるものではなかった。正しいか間違っているかといえば絶対に間違っていた。けれど彼の行いが響のことを想った故にことだと、小日向未来は誰よりも知っている。だから止めることはできないし、それどころか響に知られないように協力もしていた。
正しいか間違っているかは解らない。
どうでもいい。
それよりも未来も彼も響を大事だと思った。
未来は他人の為に一生懸命になれる響の在り方を眩しいものだと思ったが、彼はそれを疎んだ。勿論未来も響が傷つくことは嫌だったが、それが響なのだ。だから止められない。だけど傷ついてほしくない。彼もまた響の在り方が眩しいと思っている。だけど傷ついてほしくない。互いに胸に矛盾を抱えて、だから想いを二人で分かち合った。
小日向未来は立花響の心を守る。
彼は立花響の身体を守る。
口を合わせることはなくても、それでも互いに考えていることは解っていた。
そう、だから――
「嘘をついても、本当のことを言えなくても! 誰かの命を守る為に自分の命を危険に晒している人がいます! そんな人を、そんな人たちを私は信じてる!」
黄金の鎧を纏う櫻井了子――フィーネを前にして彼女は叫んだ。
ノイズの襲撃は未だ続いているが、既に避難は終えて皆シェルターの中だ。生徒の誘導に最後まで残っていた未来だったが、それでも緒川の助けもあってなんとか二課への直通エレベーターに乗り込み避難できた。
しかしそこにデュランダル奪取をもくろむフィーネが現れたのだ。
フィーネの目的であるカ・ディンギル。それこそがこの直通エレベーター『アビス』であり、それを機動させる為には不滅の聖剣が必要だったから。
停止し途中の階ではじき出され、緒川がフィーネを止めようとしたがしかし完全聖遺物を纏うフィーネには武器は効かず、為す術もなく無力化された。
未来には、何もできない。
できることは、信じることだけ。
だからフィーネに対して叫んだ。
「……ッ」
彼女の言葉に対してフィーネはあからさまに苛立った。その信頼が彼女の信念に反するもので、あまりにも安っぽく、甘ったるく、心から興覚めするものだから。
黄金を纏う左手が振り上げられる。それは衝動的なものであり、苛立ちに身を任せたものだ。
目は、瞑らない。
こんな時、響ならば絶対に諦めない。きっと目を叛けずに立ち向かう。
こんな時、彼ならばきっと鼻を鳴らしながら、やはり目を叛けないで立ち向かうだろう。
だから、自分も。
だってこれもまた自分の戦いなのだから。どれだけ殴られても痛めつけられても、絶対に泣きはしない。今フィーネに言った通りだ。
信じている。例えこのリディアンが聖遺物に関する実験の為に作られた学校だとしてもそれは二課の彼らが誰かを助ける故だったことを。
信じている。例え太陽の少女の行いが時として偽善と呼ばれ、人に疎まれることで歪みだと言われても、それが彼女の輝きだということを。
信じている。例え影に潜む彼が多くの間違いを起こして、誰かを傷つけて、自分も傷ついたとしても、それは彼の最愛を守る為だということを。
だから――目は瞑らない。寧ろ、激昂する女を睨みつけてやる。大体こういうのはムキになったほうが負けだと、いつか彼が言っていた。手を出して行動に出た方が負けて、なにかやられたら何もせずにただ嘲笑ってやればいいのだ。
だから震える口端を精一杯歪めさせながら頬に迫る黄金を待ち構え、
「相変わらず変なとこで肝っ玉座ってんなお前は」
――未来の影から黒が飛び出し、フィーネを突き飛ばした。
「!?」
その黒に驚いたフィーネは咄嗟に大きく後退し、同時に拘束していた緒川も解放される。しかし未来にはそれを見てはいなかった。自分の前に立ちふさがる黒の背中から目を逸らせなかったのだ。
比喩ではなく、黒い背中だった。肌色の背に黒い禍々しい痣が全体に広がり、獣じみた体毛が背筋を覆っている。両腕は完全に狼のそれであり、濡れ羽色の髪も頭部の二点が耳のように不自然に逆立っている上に、姿勢も妙に前傾姿勢。まるで漫画や映画に出てくるようなウェアウルフ。
それでも、一目見て誰か解った。聞こえてきた声もそうだし、何より気配は知っているものだったから。
黒は――大上影詩は少しだけ振り向き、牙を剥き出しながら笑った。
それがムカついたから未来も笑って返した。
「いよぉ、グラヴィティ・レズ。泣いて感謝してもいいんだぜ?」
「……うるさいよ、チンピラストーカー。来るのが、遅い」
●
「はっ――ごほっ!」
「え、影詩さん!?」
小気味のいい未来の言葉に笑みを浮かべた影詩は、直後に大きな血の塊を吐く。
「くっ……はぁーッ、はぁーッ……ッペ!」
汗は滝のように流れ、口から零れる血も似たようなものだ。
断続的な激痛が全身を苛み、過剰強化された五感で入ってくる状況は精神もまた多大な負荷を与えていく。それでも、さらにフェンリスヴォルフの爪牙と融合率を深めた身体はより強大な力を宿していた。
「大上影詩!? 生きて、いや……貴様、影を通ってきたのか?」
「あぁ。いきなりコイツの状態が街からでもなんか解ってな。それで勢い影飛び込んだらまさかの直通ワープだぜ」
そう、フィーネの言う通り影詩は影を道として翼とクリスの前から転移してきた。
直前に命を爪牙に食らわせた際に、隠形以外の別の特性が出現した。
一つは狙ったものであり、二つは意図せぬものだった。
姿が変わった瞬間、影詩の感覚が捕えたのは自分以外の二人の状態だ。
一人は立花響。影詩自身の手によって気絶させたからか、特に異常は感じなかった。
そしてもう一人が小日向未来。遠く隔たれた地に入るにも拘らず、それでも未来の状態が鼻や耳に臭いや音としてダイレクトに伝わってきた。そしてそれらは未来が極度の緊張状態であることを教えてくれた。
だから、行かないといけないと思い、身体は動き、意図しなかった二つ目の特性が発動した。
それが、影渡り。最も最初の時点で短距離の、それも出口が響の影のみという限定的な転移だった。恐らく未来の影からも出ることは可能だったが、視界に入っていなければ移動は不可能。
しかし浸食を高めたことにより転移距離が飛躍的に伸びだ。それでも数十キロ離れた地点だ。例え影を通していても物理的な距離は関係ないわけではなく、一度潜ってから未来の背後に現れるまで、さらにフェンリスヴォルフを侵食させる必要があり、見てくれも随分変化したが結果オーライ。
立花響と小日向未来を限定とした状態把握と転移能力。
それが半ば人狼になって影詩が得た新たな特性だった。
全くもってストーカーとか笑えない。
どこにいても二人の状態が解って、どこからでも影さえあれば二人の下へ行けるのだから。
と、似たようなことを未来も思ったのか、
「え、ちょっとつまり私と響、影詩さんに常時監視されてるってこと!? なにそれ犯罪! ヤバイよこれは訴えないと! この人きっと私と響がお風呂入ってる時に影から覗いたり服とか下着とかパクるもん!」
「貴様ァ!」
「ていうかなにその犬コスプレ! 響の犬でも狙ってるの!? 止めて! 私の犬にならしてあげないこともないっていうか悪くなさそうだしワンとか言ってみれば!?」
「貴ィィィ様ァッ!」
本当に、妙な所で肝が据わった女だ。目の前にはラスボスっぽいのがいるのにこんな会話ができるなんて。でも、それは彼女なりの空元気だったかもしれない。未来とて曲りなりに聖遺物やシンフォギアの話は知っている。同時に影詩のことは誰よりも知っているのだ。噛み合わせれば彼がどんな無茶をしたのかは容易く想像できた。
「……本当に、大丈夫なの?」
だから空元気の後には不安が口から零れ、
「気にすんなバーカ。教えてやんね」
笑い飛ばされた。
「……気になる所だな大上影詩」
しかしそれをフィーネは追及する。突然の割り込みに驚かされたが、しかし疑問はある。そもそもフィーネは影詩が生きていたことも知らなかった。彼がフェンリスヴォルフの爪牙と適応したのはフィーネが米国の刺客から古城を追われた後のことであり、同時に気にも留めていなかった。所詮は破片を直接使っているだけの無理な運用方法であり、デュランダルを手にすればフィーネに目的には影響はないと考えたのだ。そもそもネフシュタンの鎧があれば障害に成り得ない。
フィーネが影詩にフェンリスヴォルフの爪牙を与えたのは大事の前の戯れであり、道端に野良犬が飢えていたから食べ飽きた菓子を投げやった程度の認識だ。くれてやった餌が野良犬にどんな影響を覚えるのかも知ったことではない。
或は、もしかしたら、フィーネが影詩に少しばかりの共感を覚えたかもしれなかったけれど。
「何故、私にその爪を向ける? 私はいわば恩人であり、同時に仲間にしてくれと言ったのはお前だろう? お前は立花響さえ守れればどうでもよかったんじゃないのか?」
「はっはー。まず一つ。仲間? おいおい、マジそんなこと信じてたのか? 俺はお前を利用するだけのつもりだったし、お前だってそれに気づいて俺で遊ぼうとしてただけだろ? 仲間意識なんてなかったし、俺はお前が何する気なのか結局知らねぇ。ま、別にそれが何でもどうでもいいさ」
だけど。
どうでもよくないことがある。
「てめぇ――未来に手を上げやがったな」
未来のいるリディアンにノイズを差し向け、命を危険に晒して、その上直接手を上げようとした。
それは、駄目だ。人には怒りの容量があって、超えてはならない一線がある。
「堪忍袋を切るのは、二つだ」
立花響、そして小日向未来。
虹の花は最愛であり、しかし同時にそれ同じくらいにそれを包む陽だまりも掛け替えのないものなのだ。虹花は穢すのは許さないし、温もりに陰りを与えるものも同じことだ。
その線を超えたのなら、それまでの関係なんて知ったことではない。
「解るだろ? お前ならさぁ、俺の譲れない所に踏み込んだんだ。それで引かねぇってんなら後はもう戦争だろうが。悪いが俺の国は脅威には相手が滅ぶまで徹底抗戦って決めてるんだよ」
「――あぁ、なるほど理解した」
その納得は影詩の事情を理解したというものではなかった。
ただ単に、話が通じないことを察したというだけだ。フィーネは未来に手を上げた時点で影詩の堪忍袋の緒が切っており、それ故に彼はもうフィーネを許さない。そこにどんな心象が含まれていようともその結果だけは絶対的な事実だ。同時にフィーネも自分の目的は絶対に果たさなければならないのだ。今このタイミングで怒り狂っている影詩に邪魔されてはその目的達成に支障がでるかもしれない。
つまり、話は通じないのだ。
話が通じないなら――後はもう、戦争するしかない。
「飼い犬に手を噛まれたというのはこういうことかな?」
「飼われた覚えはねぇし、俺は犬じゃなくて狼だぜ。それも、とびっきり狂暴で危ない奴だ」
ニタリと、二人は笑い――ネフシュタンの鞭が影詩の腹へと瞬発した。
「――!」
それに対して影詩は下がらない。後ろには未来がいる。故に回避は取ることはできない。獣の反応速度とさらに強化された肉体で鋭く紫に輝く鞭に手を伸ばし、
「貪れ、フェンリスヴォルフ」
狼の手で紫鞭を紙細工のように握りつぶす。
「何、――ッ!?」
同時にフィーネの認識から外れそのまま前に出る。融合が進んだせいか、ただ認識からズレるだけではなく体のあちこちが影そのもののように実体を持たない漆黒となって揺らいでいた。そのまま彼我の距離を低く地を這うような姿勢と共に半ばまで詰め、
「小賢しい!」
影詩を再補足したフィーネによる鞭の一閃が迫る。
これも避けない。避けることはできない。
「もう一度だ……!」
だから影の尾を引きながら腕を振るう。
ネフシュタンの鞭と正面から激突し――触れた場所が呆気なく砕けた。
「――その力!」
「ハッ――」
フィーネが目を見開き、同時に影詩が口から血の塊を吐きながら隠形と共に迫る。フィーネもまた極めて長い時を生き多くの経験を重ねた相手だ。認識をズラしても一瞬あれば補足されるが意味がないわけではない。
故にさらに膝を曲げ、フィーネの黄金へと爪を向け、
「――」
彼女が笑った。
「ッ!」
同時、鼻と耳、そして肌に感じる危険信号。
体は勝手に動き、
「未来――!」
「――え?」
小日向未来へと伸ばされた紫鞭をそのまま受けてしまった。
「ガッ――!?」
「え、影詩さんッ!?」
鞭は細かい刃が連なった蛇腹剣に似たような性質を持っていた。故に未来の下へ行くことと庇うことに集中してしまったから肉が削がれる。狼毛に包まれた場所は軽傷で済んだが、しかし生身の部分は鮮血と肉片をまき散らす。
「ほら、まだ続けるぞ」
激痛に構う暇もなかった。それは精神でねじ伏せ、再び繰り出される紫鞭を今度は掴もうとして、
「甘いな」
「ッ!?」
掴む前に先端部分が自切。蜥蜴の尻尾切のようなそれを咄嗟に追いかけ狼爪で叩き落とし――意識が逸れた瞬間にもう一本の紫鞭で再び肉が抉られる。
「その力、なるほどお前の欲望から考えれば納得だ。私の……いや、あらゆる聖遺物、そして人間との相性がいいだろう。だが、ならば正面から闘う必要もない。弱点が後ろに置かれているのだ。狙わないわけがない――っと!」
「ッ!」
言葉の途中に紫鞭を振りぬいたのは背後から苦無らしき刃を握った緒川を打ち落としたからだ。彼もまた、胸を削がれ白いシャツを赤く染めながら床を転がり、影詩の隣へと吹き飛ばされる。気配を消失させた上での奇襲だった。にも拘らずフィーネが完全に対応したということは、つまり完全聖遺物のポテンシャルであり、同時にフィーネに蓄積された経験故だろう。
「ふむ、先に一度捕えた時に骨はあらかた折砕いたはずだったがな。流石は忍びの末裔と言ったところか」
「……っデュランダルの下へは行かせません。例え、この命に代えてもッッ!」
身体の多くの骨を砕かれながらも緒川は立ち上がり、拳を握る。その眼には闘志は揺らいでいない。不退転の覚悟で、言葉通りに命を代えてもフィーネをここで足止めするつもりだ。
それは素直にカッコいいと影詩は思う。
だけど、
「……デュランダルなんて知ったことかよ」
血を吐き、流しながら吐き捨てる。
「てめぇに垂れる口上はもうねぇ」
「……ふむ」
立ち塞がる忍者と少女を庇う影狼に対し、しかし黄金の女は笑みと共に笑うだけ。
そして、
「――待ちな、了子」
「っ」
天井から赤い男が出現し――蹂躙が開始される。
メンヘラストーカー度が加速したぜ!