仮面の憎悪
「逃がすな! 追え!」
追っ手の声が夜の闇に響き渡る。
自分たちがいったいなにをしたというのか!
理不尽な王の所業に対する怒りを彼は胸に秘めつつ、必死で馬に鞭をうつ。
夜の闇は深く、目の前すらよく見えない。
「うわっ!」
馬の前方に崖がある事に寸前で気づき、彼は手綱を引く。
そして一瞬乗馬が立ち往生したのを狙い、追っ手達が一斉に魔法を放った。
「ぐわぁッ!!」
その魔法のいくつかが体を貫き、皮膚をこそぎ落とす。
そして魔法の衝撃に押される形で崖に堕ちて行った。
「やったか!?」
「手ごたえはあったが、仕留めれたかどうか……!」
「どちらにせよ、大陸から落ちたら助かるまいよ」
「そうだな。宮廷に戻り、始末したと陛下に報告するとしよう」
追っ手達は彼を始末したと思い込み、この場から去った。
しかし……
「ぐ、うぅぅぅぅぅ……!」
崖に落ちた瞬間、ほぼ無意識で自分に”エア・ハンマー”を撃ち、崖にあった窪みに滑り込み、彼は生きていた。
「許さん……」
痛みに呻きながら彼は呟く。
「許さんぞおおおおおおおおおッッ!!!!!」
喉がつぶれる程の大声で彼は叫んだ。
『大丈夫ですか殿下』
「大丈夫ですか閣下」
「ん?」
仮面を付けた20代前半の青年は、気だるそうに声の方を見た。
「どうかしたか、ディッガー」
「いえ、仮眠してるというより、魘されているように見えたので……」
ディッガーと呼ばれた騎士風の男は躊躇いがちに呟く。
「ああ、心配をかけたな。4年前の夢をみていたようだ」
4年前の夢。
ディッガーは自分の主がその夢を見た時、いつも不機嫌になるのを知っていた。
「……御気分が優れないようならば、総司令官閣下にもう少し後回しにして頂けるよう取り計らいますが」
「いや、今回はすこぶる気分がよい。
不当に貶められた父と我が一門の仇がようやく討てるのだ。
気が猛って仕方がない」
そう言われてディッガーは気づいた。
主の眼光がいつも以上に激しく冷たい憎悪の光を宿していることに。
「そういうことであれば、総司令官閣下が玉座の間でお待ちです」
主は頷くと、自分に与えれた個室から出て行った。
現在、アルビオンは内乱の最中にある。
2年前に一介の司教にすぎなかったオリヴァー・クロムウェルがどのような手段を用いてか、貴族連盟”レコン・キスタ”を立ちあげ、『無能な王家を倒し、有能な貴族達による共和制を成立させ、聖地を奪回する』という大義を掲げ、反旗を翻したのだ。
当初は容易く鎮圧されると思われたが、レキシントンで王軍に圧勝してから風向きが変わった。
元々、現アルビオン国王ジェームズ1世に不満を抱く者は多く、次々と”レコン・キスタ”に味方した。
特にジェームズ1世に何の説明もなく反逆罪で処刑されたモード大公を慕っていた貴族達は全員王家を裏切ったと言っても過言ではない。
既に”レコン・キスタ”の旗はアルビオン中に翻っており、他の旗が掲げられている場所は大陸の端にあるニューカッスル城に王党派の旗が翻るのみである。
有史以来はじめて王権を倒すという偉業を成し遂げつつある”レコン・キスタ”の指導者にして、貴族連盟議長兼貴族連盟軍総司令官オリヴァー・クロムウェルはハヴィランド宮殿の王座にホクホク顔で座っていた。
「おお、よく来てくれた我が同士エクトル卿!」
クロムウェルは大仰な仕草で、信頼を置く仮面の将軍を呼びかけた。
それに対し、エクトル卿は仮面の下で皮肉気に唇を歪めると、これまた大仰な仕草で礼をする。
「私をお呼びとのことですが、一体如何なる要件でしょうか?」
「うむ。実は王党派の最後の牙城。ニューカッスル攻略の総指揮をエクトル卿に任せようと思うのだ」
クロムウェルの言葉に、エクトル卿の胸を歓喜で染め上げた。
それは歓喜の笑みを浮かべているのが仮面ごしに分かる程に。
「ありがたき幸せ!」
「なに。元とはいえエクトル卿はニューカッスルの城主。城内部のことを知っている君に任せるのは当然のことだ。それに君の個人的な事情も鑑みて最適だと思ったまでだ」
クロムウェルは人の良さそうな笑みを浮かべながらそう言ったが、既にエクトル卿の関心は如何にしてニューカッスルに立て籠もる王党派を血祭りにあげるかに移っており、ちゃんと聞いていなかった。
「すぐ様、兵を率いてニューカッスル攻略に向かいます。閣下の御期待に沿えるよう微力を尽くしましょう!」
「うむ。頼んだぞ」
王座の間から出ると仮面の男が堪えきれずに哄笑しながら、宮殿の廊下を歩いて行った。