風の復讐譚[更新停止]   作:kuraisu

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第10話

現在ハヴィランド宮殿には”レコン・キスタ”を表す三色の旗が翻っている。

 

その宮殿の円卓の間で皇帝臨席の閣僚会議が始まろうとしていた。

 

円卓の間はテューダー朝の開祖アーサーが”我らに身分の上下はあれども、活発な議論を行うための発言権に差はない”と公言して造られたハヴィランド宮殿では上座や下座が存在しない円卓の机で会議が行われる。

 

親衛隊のワルド子爵とシェフィールドを両袖に控えさせてクロムウェルが円卓の席に座ると会議が始まった。

 

「さて、本日皆に集まってもらったのは他でもない。これから我らの理想を実現させるべく日々議論を交わしている貴族議会の決定を諸君らに伝え、その戦略を吟味・修正、そしてそれを実現させるための方策を決める為である」

 

クロムウェルの言葉に閣僚達は頷いた。

 

「まず貴族議会は、トリステインに攻め込むことを決定した」

 

円卓内はざわめいた。

 

エクトル卿は事前にそのことを聞いていた為、特に反応を示さずに座ったままだ。

 

「発言を」

 

「構わんよ、法務卿」

 

たぷんと音がするのではないかと疑いたくなるような体を起こし、ヨーク伯は発言する。

 

「記憶が確かであれば、我らがアルビオンとトリステイン・ゲルマニアの間には不可侵条約が結ばれたばかりであったと記憶しております。こちらから攻め込むとなると条約破りという国際法に背く行為を行うこととなりますが……」

 

躊躇いがちなヨーク伯の疑問にクロムウェルはほほ笑む。

 

「なに、条約を破るのはトリステインだ。そうだろう、信愛なる軍務卿?」

 

その言葉に閣僚達は全員ホーキンスの方を見た。

 

するとホーキンスは憮然顔で重々しく頷いた。

 

ホーキンスは”トリステインが故意にアルビオンの親善艦隊の艦を撃沈し、それに対する自衛行為”という大義名分でもって、トリステインに侵攻することを先にクロムウェルから最高機密と称して教えられていた。

 

”トリステインが撃沈した艦”というのがアルビオンの偽装であることも含めてである。

 

ハッキリ言って卑怯どころか恥知らず極まる策謀であり、ホーキンスは何度もクロムウェルに考え直しを求めたが聞き入れられず、渋々受け入れているが納得したわけでは決してない。

 

そのため、憮然顔をしているのである。

 

「なるほど。防衛戦争であれば国民の不満は抑えられる程度で済むでしょうな」

 

自分の髭を弄りながらランカスター内務卿は呟く。

 

ついで、その視線をとある閣僚へ投げる。

 

「グレシャム。財政は大丈夫なのか?」

 

「トリステインへの侵略行為はどれくらいの規模・期間を予定しておられるのです?」

 

鷹の目のように鋭い目をしたグレシャム財務卿の問いにエクトル卿が答える。

 

「空軍から三十余隻と輸送船二十余隻と陸軍から約二万。期間は長くても半年とみている。

それとトリステインを侵略して王室や貴族の財産を巻き上げれば戦争の戦費は賄えるだろう」

 

「了解しました。その程度なら民の反感を買わない程度の税率でなんとかなるでしょう」

 

グレシャムはそう言ってホーキンスを鋭い目で睨む。

 

「もっとも予定通りであることが前提ですが」

 

「……善処する」

 

ホーキンスはやや呻くようにそう返した。

 

軍隊とはやらた金がかかるのに国家の利益に寄与しないという国家の繁栄を護るという目的がなければ潰したいくらいの金食い虫である。

 

その為、基本的に財務と軍務の仲は悪いことが多い。

 

別にグレシャムはことさらホーキンスが嫌いなわけではないが、その例に漏れず仲はよろしくなかった。

 

「グレシャム君、いい加減にしたまえ」

 

呆れたようなクロムウェルの声に諌められ、ホーキンスを睨むのをやめ、グレシャムはクロムウェルに頭を下げた。

 

「いいかね、グレシャム君。

財務には財務の仕事があるように、軍人には軍人の、政治家には政治家の仕事がある。

それらを鉄の結束で結ばれていたからこそ、我らは無能な王家を打倒することができたのだ。それを思い起こしてほしい」

 

クロムウェルの言葉にグレシャムはバツの悪そうな顔をする。

 

それに対してホーキンスはというと、やや顔を歪めて、それなら軍事に口出ししないでほしいと心中でごちた。

 

「それで、いつ出兵するのですか?」

 

ヨーク伯ほどではないが、太っているジョンストン外務卿が恐る恐ると言った感じで質問した。

 

ジョンストンはクロムウェルに気に入られたというだけで官僚の長の一人に名を連ねることを許されたと揶揄される人物であり、この質問をするだけでも相当な勇気を払った結果であろう。

 

「トリステインの麗しき姫がゲルマニアの皇帝と結婚するという話を諸君は聞いているかな?」

 

その問いに閣僚達は互いに顔を見合わせ、各々に頷く。

 

その光景がエクトル卿には少し滑稽に思えた。

 

「トリステインの”協力者”から得た情報によると何と奴らは、我らがその結婚式に送る使節が無礼をはたらいたと言いがかりをつけ、親善艦隊を壊滅させ、その余波をかってこのアルビオンに攻め込まんと企んでおるようだ」

 

その説明に閣僚達は口々に怒りの言葉をあげた。

 

「なんという野蛮な!」

「歴史ある旧き国も野蛮な国と付き合うとこうも変貌するのですな」

「”水の国”の水とは汚水のことかッ!!」

 

閣僚達が怒りを燃やす様を見て、陰謀であることを知っているホーキンスは小さくため息を吐いた。

 

エクトル卿もあまりの滑稽さについ唇の端が歪んでしまっている。

 

しかしヨーク伯は呆れたように呟いただけであった。

 

「そんな真似をしたらヤバいことくらい王族や宰相が気づきそうなものですがな」

 

「その通だ、法務卿。どうもこれはトリステインの軍部の一存らしい」

 

あっさり受け流したクロムウェルに閣僚の注目が集まる。

 

「あの国は何年も王位が空白状態であるにも関わらず、王になろうとする者がおらんのだ。

王族全体が平和ボケしていると言ってもよい。故に手柄を立てて出世できる戦場を欲しがっている軍部の策謀に全く気づいておらんようだ」

 

クロムウェルの説明に閣僚達は皆ため息を吐いた。

 

歴史ある旧い国の酷い現状に呆れているとでも言うべきだろうか。

 

無論、この説明は嘘であるが、トリステインの王族全体が平和ボケしているということに関してのみはエクトル卿は全面的に同意だった。

 

トリステイン王国の王妃マリアンヌは、アルビオン王家からの入り婿であり自分の夫であり先代国王であるヘンリーが死んでからずっと喪に服している。

 

臣下から一時的に王位に就いてくれと頼まれても断るし、新しい婿を迎えてくれと頼まれても断っていると言う。

 

おかげで貴族達が忠誠の対象を失い、各々に保身と利権争いにふけっているという。

 

そしてその娘アンリエッタについてだが、もうこれは先日のラヴレターの一件からして能天気――いや、脳みそがお花畑状態であると考えてまず間違いないであろう。

 

これ程現王家が酷い状態だと王家の分家が簒奪を企んでもおかしくないのだが……

 

どうも王家の血を継ぐ者に王家への確固な忠誠心を植え付けることだけには成功しているようで、分家筋の者達は皆簒奪など恐れ多いだの、不敬であるだのとほざいているらしい。

 

トリステインに権威主義が蔓延っていると知ってはいても、これは酷いと言わざるを得ない。

 

なんというか、王位を巡って血みどろのパワーゲームを行っているガリアやゲルマニアの王族・皇族に謝れと言いたくなってくる。

 

「……トリステイン王室が酷い状態であると聞き及んではおりましたが、まさかそんなに酷かったのですか?」

 

「うむ。国家の脅威を前にして、なにもしないという点に置いてはある意味アルビオン王家の者達より無能かもしれん」

 

クロムウェルは大真面目な声でそう言う。

 

事実、クロムウェルはラヴレターの一件で、トリステイン王家はアルビオン王家以上に無能な連中であると、シェフィールドやジョゼフに言われるまでもなくそう思っていた。

 

「それで艦隊司令は誰にするのですか?親善艦隊という名目がある以上、艦隊司令は政治家にせざるを得ませんが」

 

ホーキンスの問いにクロムウェルは頷く。

 

「親善艦隊である以上、向こうに誠意を見せる為に信頼を置く外務卿にその任についてほしい」

 

「真ですか!?」

 

「本当だ。頼んだよジョンストン君」

 

「ハッ、微力を尽くして閣下の御期待に必ずや応えて見せます!」

 

緊張しているのか、一息で言いきったジョンストンにクロムウェルは生暖かい視線を向ける。

 

それ見て、ホーキンスはボーウッドに無茶させることになるなと身内の苦労を思って苦笑いした。

 

「親善艦隊には”レキシントン”を旗艦とした二十隻ほどの戦列艦で構成するつもりだ」

 

クロムウェルの言葉に、グレシャムは首を傾げる。

 

「戦列艦三十余隻と輸送船二十余隻と二万の兵力を動員するのではなかったのですか?」

 

その質問にクロムウェルは悪戯っぽい顔を浮かべた。

 

「まさか親善艦隊に堂々と降下兵力と物資の補給艦を同行させるわけにはいかんだろう。

親善艦隊とトリステイン艦隊が交戦がはじまってから、輸送艦とそれを護衛する艦隊をトリステイン領空内に向かわせるつもりだ」

 

「……なるほど。それでその護衛艦隊を指揮する者は誰でしょうか?」

 

「余は護国卿に頼みたいと思っておる」

 

クロムウェルの言葉に再びどよめきが起こる。

 

「頼まれてくれるかなエクトル卿」

 

「ハッ、最善を尽くしましょう」

 

エクトル卿は座ったままクロムウェルに向かって一礼する。

 

そしてジョンストンの方を見ると

 

「そういうわけだ。ジョンストン外務卿。

我らはトリステインに到着するまでにトリステイン艦隊を撃滅し、後続の我々が安全にトリステインに上陸できるようにしておくようにな」

 

「は、はい!」

 

ジョンストンが背筋を伸ばして敬礼する。

 

「具体的な戦術案は私と軍務卿と話しておきます」

 

「うむ。では、他になにか意見はあるかね?」

 

クロムウェルが円卓を見回すが、誰も手をあげなかった。

 

「それでは我が革命運動がトリステインを飲み込む前祝いとして酒を開け、ハルケギニア統一への輝しき一歩が成就せんことを諸君らとともに祈るとしよう」

 

クロムウェルがそう言うと、メイドたちがシャンパンが入ったグラスを運んできた。

 

この円卓の間にいる者達がグラスを受け取るとクロムウェルが部屋に備えられている始祖像の方に向いて、グラスを掲げた。

 

「神と始祖の御為に!」

 

「「「革命万歳!神聖皇帝クロムウェル万歳!」」」

 

かくして神聖アルビオン共和国によるトリステイン侵攻は決定された。




ようやくプロローグが終わった気がする。
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