商船でラ・ロシェールへと辿りついたディッガーは早速積荷おろしていた。
「いや、助かったよありがとう」
フードを被ったウェールズがそう言う。
その後ろには元王党派の兵が数十付き従う。
彼らはクロムウェルの”虚無”によって蘇らされ、皇帝に忠誠を誓った者たちだ。
馬に跨った彼らは一路、トリスタニアの首都へと向かって行った。
それを見届けたディッガーはフネへと戻り、船底にいるお客さんを呼び掛けに行く。
風石が満載された船底に、3人の人影があった。
全員見目麗しい女であったが、その中心となる人物は別格であった。
歳の頃は、20歳手前といったところだろうか。
妖艶な美しさを持つ女を前に、ディッガーは背中に冷たいものを感じた。
「エリザベート。死体どもは去ったぞ」
「そう。しかし彼らも哀れよね。
水の精霊力で自分の意思を縛られて憎い憎い怨敵の操り人形になっているなんてね」
「お前のような存在がそのようなことを言うとは、意外だな」
「わたしは同族にそんな真似はしないわ」
優しげにほほ笑む彼女に、ディッガーは得も言えぬ不快感を抱いた。
「あまり調子に乗るなよ。お前たちなどその気になればいつでも潰せるのだからな」
「その気になれば潰せるのは、貴方の上にいる坊やであって、貴方ではないのではないかしら?」
坊やというのが自分の主君のことを指しているのだと知っているディッガーは益々不愉快になった。
「その通りだが、あまり大きい態度を取っていては、私や私の部下達がついうっかり外部に漏らしてしまうかもしれんぞ?」
「へぇ、あの坊やは自分の命令も守れないような人間にわたしたちを教えるほど無能な人間だったのね。
そういうふうには見えなかったのだけど、これはわたしの買いかぶりだったのかしらね」
「……我が主君に討伐されかかったくせに、よくもそんな態度を取れるものだ」
「その通り。だけど貴方の主君がそれを容認している以上、貴方が一々口を挟むこと?」
「……そうだな。その通りだ。すまなかった。御老母」
「分かってくれればいいのよ」
この女と話していると嫌悪感で一杯になる。
何故、自分の主君はこのような者を自分の
あの御方なら、このような闇の一族など使わずとも、その大望を果たすことはできるであろうに。
ディッガーはそう思ったが、すぐに彼女に下された命令を再確認する。
「それで、お前達はなにをすべきか。わかっているだろうな?」
「ええ、哀れな死体どもがトリステインの御姫様を攫う騒ぎに乗じて、アカデミーの研究員を襲ってタルブの”魔法兵器”の情報を集めればいいのでしょう?」
「ああ、その通りだ」
「それと確認しておくけど……、わたしたちは一度、シルヴァニアに戻るわ。
報告はユアンのカラスを通じてするけど、それでいいのよね?」
「殿下から聞いている。好きにしろ」
ディッガーはそう言って話を打ち切ると、3人の女達はブリミル教の修行僧の服装をして、フネから出て行った。
これで王党派の屍連中が夜に問題を起こすまで、暇となる。
そこでラウンジに連れてきた
ここにいる面子に純粋なアルビオン人は一人としておらず、傭兵をやっている内にガリアで暴れていた傭兵団時代の
アルビオンの内乱で貴族派についた時から、アルビオン人以外の人員補給が殆どなくなったので、残っている非アルビオン人は、ディッガーを含めて100人くらいしかいない。
そのため、どうでもいい昔話をしているだけでそれなりに新鮮な話題が飛び出し、談笑会はそれなりに盛り上がっていた。
「ところで、今回の聖女の亡命作戦ってうまくいくと思いますか?」
部下の1人がウェールズによるアンリエッタの説得&亡命作戦についての話題を振ってきて。
「誘拐ならともかく、仮にも一国の王が亡命なんてするとは思えん。
いかに愛する人物の説得でも、国を捨てる正当性が微塵もないだからな」
ディッガーはそう言った。
国民、もしくは貴族の大多数から嫌われているなら、或いはとは思うが。
そうでない以上、王が自国を捨てて逃げる理由など何一つとしてないだろう。
「でも、昔のトリステイン王で恋人と一緒に失踪したやつがいるからやってもおかしくないんじゃないんですかね?」
「は?」
違う部下の言葉に首を傾げる。
「な、なに?トリステインって失踪した国王がいるの?」
「え、ええ。昔、彼の自叙伝を愛読していたんで……」
「ちょいまて。ツッコミどころが満載だ。順を追って話せ」
その部下の説明によると以下の通りである。
彼はもともとトリスタニアの商人の家に生まれたが、16歳の時に父親が死んで傭兵稼業で身を立てるようになったという。
彼が商人時代に最も愛読していたのは”烈風”カリンを題材とした英雄譚群であったが、その次に愛読していたのが約350年前の国王クロタール4世の自叙伝である。
自叙伝は3部構成全38巻に及ぶ大作であり、やたらと娯楽性のある内容でありのめり込んだという。
第1部は8巻構成で王族として生まれ、侍女アンヌとの恋話や宮廷における善悪美醜の物語。
また同時期に行われた聖戦に従軍した時の様相や感想などが主な内容である。
第2部は9巻構成で伯父王の子どもが聖戦で全滅し、伯父王が新たに子どもをつくらずに死んだため、嫌だったが王位につき、聖戦により疲弊した祖国を立て直す7年間が描かれている。
政略結婚で押し付けられた王妃アデライドやアンヌとの関係や、不満が溜まりまくって分離独立しようとする諸侯との対立。
そして国家を立て直そうと改革に奔走するクロタール4世の心情が描かれている。
さらに第2部の最終巻にあたる17巻では、国家再建を果たし、王妃との間に男子が生まれて後継者を確保したことから、自分の役目は終わったと判断して、アンヌとともに王宮から脱出してしまう愛の逃避行の様相が鮮明に描かれている。
第3部は21巻構成であり、クロタール4世がクロスと偽名を名乗って周辺諸国を旅する冒険活劇調の内容であり、クロタール4世の自叙伝の中で一番人気のある話でもあり、トリスタニアの劇場でこの辺の話を題材にした演劇が今でも公演されることがあるほどだ。
凶暴な亜人や犯罪組織。悪徳貴族などを成敗したり、魔法で土木工事やけが人を直してあげたりしたり、カジノで大儲けしたり、どこぞの武闘会に飛び入り参加したりと王道的な冒険譚であると言える。
また、そんな無茶をするクロスに献身的に世話する恋人アンヌの姿も、この物語の人気が高くなる理由のひとつだ。
最終巻では王妃アデライドの葬式に平民の列で参列し、それがクロタール4世であると警備兵に気づかれ、当時の国王ーー要するにクロタール4世とアデライドとの間の子と実に30年ぶりの再会を果たしたシーンが印象的である。
因みにクロタール4世が国王である息子である人物と何を語り合ったかは”恥ずかしいので全省略する。”としか書かれていない。
そしてトリスタニアに滞在し、自叙伝を執筆して発表し、再びアンヌと一緒に冒険にでかけるところでクロタール4世の自叙伝は完結する。
「国王の自叙伝つーか、半分以上が自分の冒険の記録じゃねぇか」
呆れたように部下のひとりがつぶやく。
ディッガーも頭を抱えた。そんなとんでもない国王が歴史上に存在したとは。
国王から流浪の旅人に転身。しかも自らそれを望んでとか色々規格外すぎる。
「でも、ほら。その王の時は自分がいなくなってもどうとでもなるな状況だったんだろう?
いま女王がいなくなったらトリステインがやばいんじゃん。
そんな、現実の見えないロマンチストな真似を今の女王はいくらんでもしないだろう」
なんたって、タルブ戦を勝利に導いた聖女様だからな続ける部下。
それを聞いて、嫌な汗が流れるディッガー。
部下の言う現実の見えないロマンチストという評価は、数か月前、ウェールズへのラヴレターとそれを回収しようとワルド子爵を護衛につけて、滅亡間際のアルビオン王国に大使を送り込んだことを知った時に自分が抱いたアンリエッタへの評価そのものではなかったか?
ま、まさか。アンリエッタ自らが亡命を望んでこのフネに来るなどという事態が本当に起こりうるのだろうか。
「な、なあ。お前、トリスタニアに住んでたんだろ。アンリエッタ女王陛下のことについて知っていることはないか?」
「いや、おれがトリスタニアに住んでたのはもう7年も前ですよ?姿を見たのもパレードの時に一回見たくらいだし」
「それでいい。で、なんか噂話とか聞いてない?」
「噂話ですか……、たしか演劇が好きって噂があったような……」
女王が現実見えないロマンチスト+愛の逃避行を実行した国王の話が演劇で人気。
=マジで亡命してきても何の不思議もありはしない。
頭にそんな数式が浮かんだディッガーは、頭を抱えた。
ってことはなんだ。そんな幸せな思考回路を持つお姫様の面倒を見ねばならない可能性があるというのか。
今までディッガーは、ウェールズが失敗するか、アンリエッタが誘拐されてくる可能性を考慮はしても、アンリエッタが自ら亡命してくる可能性は微塵も考慮していなかった。
「いや、まさかな」
なんとなく嫌な予感をディッガーは感じたが、首を振る。
たぶん、考えすぎなだけだ。
そうディッガーは自分に言い聞かせた。
もし亡命してきたら、女王の世話とか誰がすればいいんだと思いながら。
クロタール4世:愛の逃避行を実行した王様。原作には影も形もない。