王立
「これをこいつに突っ込めば、効率が7%アップする筈……」
試作品にオレンジ色に光る謎の物体を放り込んで、実験装置のレバーを引く。
だが、その経過を見ると男爵は一気に不機嫌になった。
「たった3%しかあがってない!」
「し、しかし。効率があがったのは間違いないのですし、そこまで不機嫌にならずとも……」
「研究者にとって自分の理論通りに事が進まないことほど、不愉快なことはない!」
男爵はそう断言した。
彼は研究一筋で生きてきた貴族であり、己の研究に絶対の自負を持っていた。
「ったく!なにがおかしかったんだ?メイガスの魔法理論か?
それとも重さの問題か?くそっ!また最初から理論構築のし直しだ!!」
そう激怒して、机に置いてある自分の理論式を見直そうとしたが、腹がなって思いとどまった。
思えば、今日は朝にパンをひとつ食っただけで、ろくに飯を食べていない。
それに外を見てみれば、もう真夜中だ。
「一休みするか。今日はこれで終わりにしよう」
男爵の助手はその言葉一つで泣きそうになった。
なにせ、研究中に何度も食事休憩しませんか?と男爵に聞いてもなしのつぶてだったのである。
男爵の助手はルンルン気分で、妻が用意してくれた愛妻弁当を食べるため、自室へ向かった。
余談だが、この助手はこの後、愛妻弁当を食べようとした時に、ばったり婚約破棄されて間もないエレオノール女史と出くわし、散々愚痴を言われて萎縮しながら愛妻弁当を食べることとなることとなり、神とブリミルを呪うこととなる。
男爵はここ最近、研究にのめり込んでちゃんとした食事をしていないと思い、どこか適当な料理店に足を運ぼうと考えた。
そしてアカデミーの建物から出ると、敷地内で子どもが2人遊んでいるのが見えた。
男爵は眉を顰めて、警備兵はなにをやっているのだと不満を言おうと思ったが、警備兵を1人も発見できなかった。
警備兵が見当たらないことに首を傾げる男爵だが、しばらく考えているとその理由に思い当たった。
「ああ、そういえば陛下が賊にかどわかされたから、警備兵も捜索にまわしてるんだっけ」
研究中にそんなことを言われた記憶がある。
だが、どうでもよいことだったので忘れていたのである。
王が誘拐されたと知らされた貴族にとってあるまじき態度ではある。
しかし男爵にとっては、研究に関わること以外、等しくどうでもいい瑣末事である。
もし女王がいなくなっても、アカデミーで研究できなくなるわけでもないのでどうでもいいのだ。
だが、警備兵がいない以上、敷地内で遊んでいる子どもを叱るのは自分の役目かと男爵は思った。
そして遊んでいる街娘に近づいたその時だった。
「がっ!」
突然、首筋に激痛を感じて振り返ろうとしたが、強烈な力で地面に押し倒され、身動きができなくなった。
激痛にもがき続ける男爵であるが、背中から加えられる圧力のせいでろくに抵抗もできない。
「があああああああああ!!!!」
渾身の力で、なにが起こっているのか確認しようと首を捻って、激痛の原因を知ろうとした。
だが、その原因である自分の首筋に牙を突き刺している妙齢の女性を視認した時、男爵は絶望した。
「そ、そんな……、どうしてこんなとこに吸血鬼が……」
吸血鬼。ハルケギニア最恐の妖魔。
そんな存在が、どうしてトリステインの王都。それも栄えある王立アカデミーの敷地に……!
そう思った直後、男爵の意識は途切れた。
「あんまり美味しくないわね」
男爵に牙を突き立てるのをやめたエリザベートは口元の血を拭ってそう呟いた。
そして倒れている貴族の男に目を向ける。
「立ちなさい」
するとその男爵は何事もなかったように立ち上がった。
「聞きたい事があるのだけど……、タルブの戦でトリステインが使った”フェニックス”や”光の玉”に間する情報を知らない?」
「知らないな。王室が秘匿している。アカデミーで詳細を知っている者がいるとしたら、評議会議長であるゴンドラン卿くらいだろう」
「ってことは、あれはアカデミーで開発されたものではないのね?」
「ああ。少なくとも俺は知らん。アカデミーで開発されたにしても、相当秘匿されて開発されたのだろう」
ここまで聞いて、エリザベートは眉を潜めた。
あんまり、大きな情報を入手できなくて苛立っているのである。
「……そうだな。それらのことが知りたいならここより軍の高官から聞き出した方がいいと思うぞ」
「あら。どうしてかしら?」
「例の魔法兵器は軍が運用することになったという噂を聞いた。
実際、ああいう物騒なものを使うのは軍のような暴力組織だけだろうさ」
男爵の説明を聞き、頷くエリザベート。
そしてまる夜の闇と同化したように存在感のないカラスに語りかけた。
「そういうことだから、これからどうすべきかよく考えてね。
わたしたちはシルヴァ二アに戻るから、用事があるならフクロウを飛ばしなさい」
そう言って柔らかい笑みを浮かべて、こっちを眺めている子ども達に振り返る。
「さあ、行きますよ」
そう言うと、遊んでいた2人は
「エリザベート様、中に入ってもっと調べなくていいの?」
「ナントカ卿とかいう人間なら、その魔法兵器のこと知ってるんじゃないの?」
その問いかけにエリザベートは両手を上げて
「そうかもしれないけど、アカデミーの建物内には探知用の魔法装置があるわ。
精霊の力を使えば誤魔化せるでしょうけど、契約している間に見つかったら嫌だし。
それにあの坊やからは”無茶はするな”と言われて事だし、そこまでする必要はないでしょう」
およそ子どもに理解できる内容ではないが、外見年齢10歳手前の子ども達はちゃんと内容を理解して頷いた。
個体差はあるが300~500歳程度まで生きることのできる吸血鬼。
子どもに見えても、内面の成長の速さは人間のそれと変わらない為、子ども達の反応もそんなに不思議な事ではない。
「ところでエリザベート様……」
「そっちの人間、食べていい?」
子どもたちが物欲しそうな視線を男爵に向ける。
エリザベートによって
エリザベートはちらりと男爵に見ると、首を横に振った。
「駄目よ。こんなのでも貴族。それもアカデミーの研究員ですもの。
そんな人物の死体がアカデミーの庭先、それも吸血された後があれば騒ぎになるわ。
シルヴァ二アに戻れば、幾らでも食べられるから、それまで我慢しなさい」
窘めるようなエリザベートの言葉に、子ども達は渋々頷いた。
それを見て苦笑したエリザベートは、後始末をつけるべく横に突っ立ている男爵に向き直った。
「それで、貴方はアカデミーでどういう研究をしているのかしら?」
「
その返答に、エリザベートは暫し顎に手を当てて考えた。
「その研究って、失敗すれば大爆発とか起こせたりする?
それも部屋ひとつが丸ごと吹っ飛ぶ規模の爆発を起こせたりするかしら」
「爆発ですか……。自律思考を制御する魔導具に高濃度の風石を組み込んで暴走させ、ガーゴイル自体を火の中に放り込めば、風石に圧縮される形で蓄えられた風の力が一気に解放され、瞬間的大膨張して暴風を伴う爆発なら起こせますが……」
「その爆発に巻き込まれたら、貴方の体は鑑定不能になるまで破壊される?」
「あまり距離が離れていなければ、そうなるでしょうな」
「じゃあ、明日――だと、妙な勘繰りを入れられる可能性があるわね……
……そうね。2週間後。2週間後に貴方はその事故を起こして死になさい。
「わかった。そうしよう」
エリザベートの非情な命令に、男爵は一切ためらうことなく了承する。
そう、一度吸血鬼に吸血され、
「さあ、私たちのシルヴァ二アに帰りましょう。
留守はブラッドに任せてあるけど、あいつは暴れることが好きな性格しているから、街が破綻してないか不安だわ」
エリザベートがそう呟くと、3人の吸血鬼たちは夜の闇へと消え去っていった。
女王誘拐未遂事件から2週間後、アカデミーの一角で爆発事故が起こったという。
爆発事故を起こしたのは、ベテランの研究員であったが、凡ミスでこのような事故を起こしたのだと言う。
その研究員を知る者たちは誰もが意外だと思ったが、多くの目撃情報があったためベテランだったからこそが慣れで凡ミスをしてしまったのではないかと推察した。
その推察は、アカデミーの管理者であり責任者である評議会議長ゴンドラン卿も同意見であり、この一件は何の事件性もない平凡な事故として無難に処理された。
吸血鬼:原作において、どんな社会を形成しているか謎の種族。
タバサの冒険に出てくるエルザは孤児で、一人で生きているし。
騎士姫の姉妹は人間殺すの嫌とかいう、吸血鬼にあるまじき性格してるし。