風の復讐譚[更新停止]   作:kuraisu

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第17話

女王誘拐事件は失敗に終わった。

 

それから2か月後、白亜のハヴィランド宮殿の一室でエクトル卿はディッガーとブロワ侯爵が会談していた。

 

「女王誘拐事件は失敗に終わったとはいえ、その過程で魔法衛士隊のひとつヒポグリフ隊を全滅させてきたわけか。ウェールズもけっこう働いてくれたものだ」

 

血のように赤いワインの香りを楽しみながら、エクトル卿はグラスを口へと運ぶ。

 

魔法衛士隊は優秀なメイジのみで編成された、エリート部隊である。

 

それを排除できたことはアルビオンにとって望ましい事と言える。

 

「トリステインの協力者からの情報によると、ワルド子爵が指揮していたグリフォン隊は唯一無事であったマンティコア隊に吸収される形でなくなったそうです。またトリステイン政府は5月のタルブの戦で失われた艦隊を再建を優先させ、ゲルマニアと協力して遠征軍を編制し、我らが白の国へと攻め込んでこようとしているそうです」

 

「艦隊の再建か。艦隊の運用は経験がものを言う。

空海軍のベテラン士官はタルブの戦でほぼ全滅したはずだが、トリステインはどのようにしてその穴を埋めるつもりだ」

 

ブロワ侯爵が腕を組んで唸りながら呟く。

 

「それがブロワ侯爵。トリステインは捕虜にしたアルビオン空軍の士官を教導士官として取り立てるつもりらしい」

 

「敵の捕虜を取り立てるトリステインもトリステインだが、我が空軍士官の忠誠心のなさにも呆れたものだ」

 

ブロワ侯爵の言いように、エクトル卿は思わず笑みを零した。

 

「アルビオン軍人の大半は政治に関わるべからずという信念で上官に従っていただけだからな。

共和制への忠誠心などあるはずもない。切っ掛けさえあれば裏切るのも仕方なかろうよ」

 

「なるほど……。

ですが、タルブで捕虜になった空軍士官は百名を少し超えるほどのはず。

その全てを起用してもトリステイン側の士官の数が足りないと思いますが」

 

「それがだな、どうも士官学校の生徒はもとより、魔法学院の生徒から志願を募るらしい」

 

「……正気か、トリステインは?

軍と言うのは士官の数が揃えれば動くというものではない。

ロクな訓練を受けていない士官など有能な敵より遥かに厄介だろう」

 

ブロワ侯爵は頭を傾げながら呟く。

 

「トリステインの軍人どもは阿呆ばかりというわけですか」

 

ディッガーも肩を竦める。

 

「それを言うなら今のアルビオン軍も大して変わるまい。

2年に渡る革命戦争で、有能な士官を多数失ったからな」

 

エクトル卿は嘲笑しながらそう言った。

 

今のアルビオン軍の全兵力は五万である。

 

が、まっとうな士官に指揮されているのが1割、軍の体裁をなんとか整えるだけの手腕しかない士官に指揮されているのが3割、戦術・戦略を全く理解しない馬鹿貴族によって指揮されているのが6割という中々酷い状態である。

 

「それで殿下、今後我らはどのように動くべきでしょうか」

 

「そうだな。戦端が開かれロンディニウムが空になったところでクロムウェルの首をあげて王政復古。

ガリアの動向やトリステインの戦略次第で臨機応変に対処する必要があるが、大まかなところはそんなところだな」

 

一番嫌な展開は、トリステイン・ゲルマニア連合軍にこの空中大陸が包囲され、このアルビオンを干上がらせることだ。

 

この場合、ロンディニウムから軍は動かず、ひたすら国庫から金が減っていくだけという悪夢だ。

 

そうなるとガリアからの支援がない限り、かなりの危険を覚悟してクロムウェルを排除せねばならなくなる。

 

が、トリステイン王政府が遠征軍を編制しようとしていることからそれはまずありえないだろう。

 

もし包囲作戦を展開するのであれば、空海軍のみ強化すればよく、遠征軍を編制する必要はない。

 

次に考えられるのは、やはり例の魔法兵器を前面に押しだしてのゴリ押しと言ったところか。

 

だが、あれほどの兵器をそう容易く量産できるものか。

 

仮に量産できたとしたら、国家のパワーバランスが根本から崩壊してしまう。

 

全ての国はトリステインの目を常に気にしながら外交を行わねばならなくなる。

 

だが、エリザベートからの情報によると、その存在すら厳重に秘匿されているようだ。

 

となると魔法兵器を多数量産しているとは考えにくい。

 

ということは、正攻法でこの空中大陸へ攻め込んでくるのだろうのだろうか。

 

おそらくは、『アルビオンの王権を回復する』とかいう大義名分でも掲げて。

 

そこまで考えるとエクトル卿は思わず失笑した。

 

アーサー王が大陸連合軍を撃退したことを筆頭に、この空中大陸は外敵に占領されたことはない。

 

そう、どれだけ無能な王を抱き、或いは内乱状態で組織だった反攻ができなかった時でさえ。

 

歴史上常にこの空中大陸はアルビオンの領土であり、他国の侵攻を退け続けた。

 

そもこの空中大陸そのものが天然の不落要塞なのである。

 

クロムウェルが余程拙い戦争指導でもしない限り、敗北はありえないのだ。

 

「空軍は現在どういう状況だ」

 

「動かせる戦列艦は四十隻前後。

現在、練度の向上を急がせております」

 

「あと半年……いや、協力者だったリッシュモンが粛清されたことを考えるともう少し早まるか……、そうだな、来年の降臨祭を迎えたあたりだと使えるレベルまで動かせるか」

 

「いささか厳しいですな。クロムウェルのひいきで士官にバカが増えすぎていますので」

 

ブロワ侯爵の説明に手を顎に当てて、考え込むエクトル卿。

 

しばらくして……

 

「そうだな。クロムウェルに焦土作戦を上申するとしよう」

 

「焦土作戦ですか……!?」

 

ディッガーが驚いた声を上げる。

 

我が主君は”レコン・キスタ”を利用しつくして、打倒した後にこのアルビオンに君臨するつもりではなかったか。

 

だというのに焦土作戦を上申するとは、もし実行したら後々この地を支配する際に色々と不便ではないか。

 

困惑するディッガーを見て、エクトル卿は笑みを浮かべた。

 

「中々効果的な作戦ではないか。補給ができねば兵糧が減る一方、そして兵糧が枯渇した軍は自壊するが道理。おまけに焦土作戦に巻き込まれた民は”レコン・キスタ”を憎むだろう。そこに我らが颯爽と登場して”レコン・キスタ”を打倒すれば、民は歓呼を持って我らを迎えるだろうよ。新しい王の即位と王国の再興を」

 

「そこまでお考えでしたか」

 

「だが、焦土作戦を展開するとしてそれがどれくらいの期間になるか。

再建するのは我々の役目。あまり痛めつけるのは考え物ですが」

 

「そう時間はかかるまい。おそらく2か月程度で敵軍は悲鳴をあげるぞ」

 

「ならよいのですが……」

 

「もっとも、この案をクロムウェル。というかジョゼフが受け入れてくれればの話だがな。

ジョゼフの狙いが読めない以上、こちらは常にリスクを背負って行動せねばならん。

やってられぬな。せめてもう少し権限があれば、ジョゼフと陰謀を競ってやるものを」

 

苛立たしげにエクトル卿はぼやく。

 

いまだに”レコン・キスタを操るジョゼフの狙いが判然としないのだ。

 

これほど大それたことをしているのだ。なにかしら狙いがあって当然。

 

だというのにその狙いが全く読めない。

 

エクトル卿はジョゼフに”無能王”とかいう二つ名をつけた奴を八つ裂きにしたい気持ちになってきた。

 

小道具と陰謀のみで王権を打倒し、アルビオンを傀儡国家に仕立てあげるのが無能というなら、自分は度し難い低能以下の何物でもなく、それ以下の奴らなど全員精神に異常をきたした馬鹿の群れではないか。

 

いわんやジョゼフを無能と名付けた奴など、次元が違う愚か者なのであろう。

 

いや、”無能王”の名の所以は魔法の才能が皆無だからである。

 

神より賜りし奇跡の力を行使できぬ無能。宗教的に厳しい目でみられるのは仕方ないか。

 

だが、それなら”絶魔王”とでも命名すればよかろうに。

 

思考がそれているとエクトル卿は首を振る。

 

ジョゼフが、あるいはガリア王国が欲しているのはなんだ。

 

アルビオンの領土か?いや、それならトリステインやゲルマニアを巻き込む必要は無い。

 

共和国が成立した直後、”兄弟国の仇を討つ”とかいう声明を出して制圧してまえばよい。

 

そして大軍を持って攻め入ると同時に、降伏すればガリアで重く用いると宣言して、クロムウェルに降伏させてしまえばよい。

 

レコン・キスタの大義である”聖地奪還”など貴族が団結するための旗印にすぎないのだから、貴族たちはこぞってガリアに臣従しよう。

 

となると、周辺諸国を疲弊させることが狙いか?

 

ガリアには未だ反ジョゼフ派、オルレアン公派という内乱の火種を抱えている。

 

オルレアン公派は3年前までガリアの最大派閥だった勢力だ。

 

ジョゼフ派の弾圧によりその規模を縮小し続けているとはいえ、切っ掛けさえあれば国家を揺るがすほどの大爆発がおこる危険性は高い。

 

そんな状況を打開するために内政に専念すべく、周辺諸国の介入させるだけの余力を削ごうとしているのか。

 

これもいまいち説得力に欠ける。

 

一国を滅せる智謀を持つジョゼフなら、2年もかけてアルビオンに共和政権を樹立させるまでもなく、アルビオンとゲルマニアを噛み合わせて疲弊させることはできるだろう。

 

「とりあえず、エリザベートにフクロウで手紙を送れ。”軍高官に近づき、例の魔法兵器の情報を得ろ”とな。

好色家の多いゲルマニアの高官でもいい。共同作戦をとる以上、ある程度のスペックは開示されるはずだからな」

 

とにかく今後の計画を狂わすであろう一番の要素は”フェニックス”と呼ばれる魔法兵器だ。

 

ガリアが動いた場合の対策はいくつも立ててはいるが、”フェニックス”の方は実態が掴めないせいでろくな対策を立てることができなかった。

 

せめてこの戦争中に実態をつかまねば、翻弄される一方だとエクトル卿は思った。

 

「さて、話は変わるがブロワ侯爵。客人は元気か?」

 

「ところが最近機嫌がよろしくないらしく、四六時中寝ておるそうです」

 

「そうか。ならしばらくはそっとしておいてやるがいい。思ったより早く表舞台に立ってもらわねばならんことになりそうだからな」

 

「はっ、客人の体調を十分に考慮して歓迎するとしましょう」

 

「それがよい」

 

エクトル卿とブロワ侯爵は揃って不気味に唇を歪めて笑った。

 

その光景を見て、ディッガーは背筋に悪寒が走ったような気がした。

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