ハヴィランド宮殿の円卓の間。
今日はここでアルビオンとトリステイン・ゲルマニア連合との戦争に対する会議が開かれることになっていた。
軍事会議であるため出席者の多くが軍人であり、どこかものものしい雰囲気が漂っている。
彼らは皆、自分たちの、この国の主を待っていた。
2年前までこの場に列席している誰よりも身分が低かった人物を。
そして自分たちが革命の旗頭として祭り上げ、今ではこの国で最上位の身分になった人物を。
かつて王族専用であった扉を開き、その人物が円卓の間に姿を現した。
「神聖アルビオン共和国政府貴族議会議長、サー・オリヴァー……」
衛士が名の呼び上げは途中で遮られた。
というのも、とうの皇帝が手をかざして呼び上げを止めたからだ。
「サ、サー?」
「無駄な慣習は省こうではないか。ここに集まった諸君で、余の事を知らぬ者は居ないはずなのだから」
クロムウェルは慈愛に満ちた笑みを浮かべてそう言うとクロムウェルは席についた。
その後ろに皇帝秘書シェフィールド、親衛隊所属のワルド子爵やマチルダが控える。
クロムウェルが円卓を見回し、全員が出席していることを認めて会議の始まりを告げる。
最初に手を挙げたのは白髪・白髭の歴戦の将軍であるホーキンス軍務卿である。
「閣下にお尋ねしたい」
ホーキンスは鋭い目でクロムウェルを睨んだ。
しかしクロムウェルの笑顔はいささかも揺るがなかった。
「続けたまえ」
「は。我が軍はタルブの地で一敗地に塗れた後、艦隊再編の必要に迫られました。その時間稼ぎの為秘密裏に行われた、トリステイン女王の誘拐作戦も失敗に終わっております」
「そうだ」
「……閣下。それらが招いた結果を閣下のお耳に入れても?」
「もちろんだ。余はすべての出来事を耳に入れなくてはならぬ」
「では……。敵軍は、ああ、トリステインとゲルマニアの連合軍は突貫作業で艦隊を整備し終え、二国合わせて六十隻もの戦列艦を進空させました。これは我が軍が保有する戦列艦に匹敵する数です。しかも再編にもたつく我が軍と比べ敵は艦齢も新しく士気も上がっております」
「ハリボテの艦隊だ。奴らの練度は我々に劣る」
若い将軍がホーキンスの報告に忌々しげに指摘した。
だが、ホーキンスはその指摘をした将軍に振り向くことすらなく皇帝に報告を続ける。
「それは昔の話です。練度で言えば我らも褒められたものではございませぬ」
「何故だね? ホーキンス将軍」
「我々は革命時に優秀な将官士官を多数処刑した上、残ったベテランもタルブで殆ど失ったからです、閣下」
その時、初めてクロムウェルの表情が動いた。
やや深刻そうな表情になったが、顎で続きを促しているところを見ると別に不快を覚えたわけではないようだ。
「彼らは現在、船の徴収を盛んに行い諸侯の軍にも招集をかけ、尚も戦力を増強しております」
「ふむ……まるでハリネズミだ。これでは攻め手が見つからない」
「攻める?! これだけの情報がありながら、貴殿は敵の企図する所を読めぬというのか?!」
さすがに無視することができず、悠長な口調で発言した太った将軍を睨みつけた。
ホーキンスの眼光に、太った中年将軍は怯んで黙り込む。
太った中年将軍はかなり初期から”レコン・キスタ”に参加していたため、将軍に任じられているが本来なら連隊長どころか中隊長が精々な能力しかない軍人である。
軍人として優秀な能力を持つホーキンスの眼光に耐えられるはずもなかった。
「よろしいか?! 彼らはこのアルビオンに攻めて来るつもりですぞ?! ――閣下」
「続けよ」
「は。以上を前置いて閣下に質問致します。閣下の有効な防衛計画をお聞かせ下さい。本日我らを招集したのはその為だとか。小官が愚考するに、艦隊決戦で敗北したならば我らは丸裸となります。更に敵軍を上陸させれば泥沼の戦となりましょう。革命戦争で疲弊した我が軍が持ちこたえられるかわかりませぬ」
「それは敗北主義者の思想だ!」
ホーキンスの言葉に、若い将軍が反論する。
「貴様ッ!軍務卿が失敗した際のリスクを述べただけで敗北主義とは何事か!!」
それに対してブロワ侯爵が机に拳を振り下ろして、反論する。
若い将軍は怒りで顔を赤く染め上げた。
「リスクを恐れていては勝利など掴めはしない!」
「ほう。将官の地位を持つ者の言葉とは思えんな。戦場で常に自軍の勝利しかないと思っているのか?」
「そうは言っていない!だが、必勝の信念無き者に勝利などない!」
「悪いが貴様と軍人精神の口論をする気はない。我々はこの戦争計画についての議論をしているのだ。それを履き違えているようなら早々にこの場所から立ち去るがいい」
「……侮辱するかッ!?」
若い将軍は今にも杖を抜いてブロワ侯爵に襲いかかってしますのではという殺気を散らして、ブロワ侯爵を睨みつける。
将官としてはどうかと思える人物であるが、一兵士として考えると彼も歴戦の軍人である。
その殺気は凄まじいものであったが、ブロワ侯爵はその殺気に怯むことなく正面から見返していた。
「双方やめよ!」
睨みあいに入ったところで、エクトル卿は声を張り上げる。
「トライド少将、ブロワ中将。おぬしらの勇猛さは戦場で示すものであって、議場で示すものではなかろう」
護国卿の言葉で自分たちの行為の滑稽さを自覚したのか、2人ともバツの悪い表情で頭を下げた。
「話を戻すが軍務卿。私が思うに艦隊決戦などするから泥沼の戦になるのではないか?」
「では護国卿は、艦隊決戦をせずに敵軍を上陸させろと申されるか」
「その通り」
「それでは敵軍に国土を蹂躙されることとなりますぞ!」
ホーキンス将軍の追求に、エクトル卿はまったく動揺したところが見られない。
もっとも、仮面を被っているせいで緋色に輝く双眸と口元しか視認できないため、そこから推測しただけであるが。
「空軍は艦隊決戦を避け、敵軍の補給路を潰すことのみに専念させるのだ。
我がアルビオンは天然の要害ゆえに有史以来他国に領土を侵されたことがない。
ならば、その利点を最大限に活用することで敵軍を披露させることが一番有効的な方法だろう」
ホーキンスの瞳にも理解の色が灯った。
「なるほど。補給が途絶えて疲弊した敵軍を一気に圧し潰すわけですな」
「いかにも。加えて言うなら直接トリステインに空撃しに行ってもいいかもしれぬ」
「しかし……、そうなると最低でもロサイスかダーダネルス周辺の領土が無抵抗で敵軍に占領されることになりますな。民心がこの共和政権からさらに離れることになりはしないか心配ですな」
「それは仕方なかろう。民に苦難を強いることになるが、これも大義のためだ」
ホーキンスが苦悩に満ちた表情を浮かべていると、咳払いが響いた。
音の発生源の方に顔を向けると、クロムウェルが素晴らしい笑みを浮かべていた。
「……諸君らを招集したのは防衛案を発表するためであると通達しておいたはずだが?」
笑みを浮かべているのに、なぜか額に青筋が浮かべて怒っている姿を幻視できた。
「申し訳ありませんでした」
ホーキンスはそう言って頭を下げたが、エクトル卿は頭を下げただけだった。
「エクトル卿が言うように、敵国に領土を明け渡し補給路を断って疲弊させるのもひとつの策であろう。しかし一時的とはいえ、敵軍に領土や領民を蹂躙させることを余は望まぬ。で、あるならば戦うしかあるまい」
「しかしそれでは、先ほどホーキンス将軍が述べたように艦隊決戦に敗れれば泥沼の戦になる恐れがあります。それを覚悟の上で閣下は決戦を選ばれるというのであれば、私どもは微力ながら全力をつくしましょう」
「ありがとう、エクトル卿。それに加えて予防策も講じておいた」
「と、おっしゃいますと?」
「ふむ。そうだな。軍務卿」
「はっ」
「彼らがこのアルビオンを攻める為には全軍を動員する必要がある」
「おっしゃるとおりです。しかし、彼らには国に軍を残す必要はありませぬ」
「なぜかな?」
「彼らには我が国以外に敵はございませぬ故」
「将軍は彼らが背中を疎かにするつもりであると?」
「は。既にガリアは中立声明を発表しております。それを見越しての侵攻なのでしょう」
「その中立が偽りだとすればどうかな?」
クロムウェルのその言葉に、円卓の魔に戦慄が走った。
ハルケギニア最大・最強の大国ガリア参戦。
そんなことがありうるのだろうかと円卓の間に集った者たちは互いに耳打ちしあう。
「……まことですか? 閣下。ガリアが我が方の味方として参戦するなど……」
「そこまでは申しておらぬ。なに、ことは高度な外交機密であるのだ」
自信を持ってそう断言するクロムウェルにざわめきは一層増した。
ホーキンスはガリアが味方という前提で今後の戦略を考える。
確かにこれは予防策だ。たとえ艦隊決戦に敗れてしまっても、ガリアが軍をトリステインやゲルマニアに進軍させればトリステイン・ゲルマニアの遠征軍は撤退せざるを得ず、我が軍はそれを追いかける形で追撃すればよい。
それだけで遠征軍に壊滅的打撃を与え、場合によっては国土から敵軍を追い出した余勢をかってそのまま逆侵攻作戦を展開することも不可能ではないだろう。
……由緒正しき旧き王国ガリアが、本当に王政に対立する共和政を掲げるアルビオンの味方になってくれるのだと考えればであるが。
「流石は皇帝閣下。ガリアを参戦させるとは、素晴らしい交渉能力ですな」
クロムウェルの言葉を信じ切り、能天気にそんな発言をする太った中年将軍にホーキンスはやや呆れた。
「疑うわけではございませぬが、それがまこととするならばこの上ない朗報ですな」
だが、皇帝がそう断言する以上、それを前提に動くしかないのである。
ホーキンスは内心を押し隠して追従した。
ハヴィランド宮殿の一室。
「意外でしたな。”レコン・キスタ”とジョゼフ王の関わりを明らかにするとは」
「それにジョゼフ王がおおやけにこちらの味方をすれば、始祖が授けし王権への裏切りに等しい行為。そうなればガリアが割れる。ただでさえジョゼフ王は人気のない国王であるのだしな」
ブロワ侯爵とディッガーは思い思いの言葉を述べる。
「現時点ではクロムウェルが言っただけだ。ガリアが明確にアルビオンに与する行為をした訳ではない。我々とは別に戦線を開くだけかも知れん。アルビオンとの関係など知らぬ存ぜぬとな。
かのジュリオ・チェザーレもガリア遠征の際にトリステインをガリアへ侵攻させたというしな」
エクトル卿はそう呟いた。
大王ジュリオがロマリアを治めた時代、ロマリアとトリステインとの関係は良いどころかむしろ悪かった。
にも関わらず、トリステインがロマリアの思惑通りに動かしてのけたのだ。
ロマリアとガリア、どちらがより豊かな大地を領しているかと聞かれたらガリアである。
今ガリアに攻め込めば、あの肥沃な大地はお前たちのものになるのだぞとトリステイン貴族の欲を煽りまくったのである。
自分たちの欲を刺激された貴族達はこぞってガリア侵攻案を王に奏上し、貴族達に押される形でトリステインはガリアに侵攻することとなったのである。
別にロマリアとトリステインが手を組んだわけではない。
ただ”敵”であるより、”敵の敵”であってくれた方がロマリアにとって有益だっただけのことだ。
「それにだな。ガリアが参戦するからと言って、そんなに楽観できる事態でもない」
「と言いますと?」
「我が国がトリステイン・ゲルマニア遠征軍との艦隊決戦に敗れて、空軍が壊滅。
そして参戦してきたガリアがトリステイン・ゲルマニアに大打撃を与え、そのまま矛先を変えてこのアルビオンに侵攻してきたらどうする?敵に制空権を取られ続け、疲弊した陸軍のみで防衛戦など勝ち目がないぞ」
エクトル卿の語る最悪な推測に、ディッガーとブロワ侯爵は顔面蒼白になった。
「……もしやこれがジョゼフ王の狙いか?
軍の大半が遠征しているなら大した損害もなくトリステインやゲルマニアを懲らしめることができるし、残ったアルビオンも度重なる戦で疲弊している状態でガリアの大軍と戦うのは厳しい。そしてロマリアは軍事力に乏しいのだから暫くはガリアがやりたい放題の時代が到来することになる。
これこそ戦略的大勝利というやつだな。もし最初からこの絵を描けていたかと考えると恐ろしい」
その推測を聞いて、ごくりとディッガーは喉を鳴らした。
なるほど。かつての自分の主君は敗れるべくして敗れたのだ。
そんなとんでもない相手を敵にした以上、シャルル派は負ける運命だったのだ。
ましてやその主君に後ろめたい事があったというのだから……
「殿下。そのような事態を避けるにはどうすればようでしょうか?」
「そうだな。とりあえずは艦隊決戦における空軍の損害を抑えることだな。
どれだけ少なくても二十隻は欲しい。それだけあれば即位早々民に犠牲を強いるハメになるが、焦土作戦と補給路の寸断を併用すればなんとかアルビオン国家を守りきることはできるだろう」
不愉快のあまり奥歯に力を入れて歯軋りするエクトル卿。
己の支配下の者を切り捨てるという行為は、彼の中では忌むべき手段であり、最終手段であるがゆえだ。
「すまんなブロワ侯爵。俺の読みが浅いばかりに艦隊決戦で艦の半数を無事に帰還させろなどという困難な命令を出してしまってな」
「いえ、かまいませぬ殿下。
ただ、これ以上ガリアの思い通りにならないよう対抗策を講じておいて下され」
ブロワ侯爵の言葉にエクトル卿は頷いた。
Q.最近ヨーク伯が出てこないけどなにしてるの?
A.表向きはエクトル卿の派閥ではないので、堂々と会いに行けません。
なので基本的に宮廷でお仕事。暇があれば趣味の美食を楽しんでおります。