というか、艦隊戦ってどう描写すればいいの?これでいいの?
空中大陸アルビオンの南端にある軍港ロサイスにアルビオン空軍所属の戦列艦四十余隻と徴収した民間船十数隻が集結していた。
「再度、作戦を確認しておく」
そう発言するのは現在アルビオン空軍を預かることになっているブロワ侯爵である。
侯爵の階級は中将であり、本来は大将が空軍を率いるべきであるのだが、タルブ戦でボーウッド将軍を筆頭とする有力将官が捕虜となった結果、残った者の中で一番階級が高かった侯爵が空軍を率いることになったのである。
「敵軍の合計で五百隻を超える規模だが、戦列艦は六十隻ほどである。基本戦略としてはこの軍港から南方十数リーグの地点で敵艦隊と接敵する。当然敵は輸送艦及び補給艦を守るべく戦列艦を我が艦隊に差し向けてくるであろうからして、こちらは敵戦列艦を可能な限り吸引して艦隊決戦に入る。戦闘早々戦列艦に向かって焼き討ち船を特攻させ、敵が混乱を拡大させていく。余力あればその後ろに控えている物資や兵員を満載したフネを攻撃する。ここまででなにか質問がある者はおるか?」
それを受けて年配の将校が発言した。
「敵が東端のダータルネスにくる可能性はないのですか」
「絶対にないとは言い切れんが、可能性は限りなく低いと貴族議会は見ている。敵はラ・ロシェールに軍を集中させていた。ラ・ロシェールからロサイスならともかく、ラ・ロシェールからダータルネスへでは風石の消費が大きすぎる。わずかにでも妨害を受ければ途中で風石を消費しつくして墜落という事態になりかねんし、上陸されても補給線が伸びすぎて寸断するのが容易かつ、敵軍を包囲して孤立させることも可能だ。そんな戦う前から賭けにでるような真似はせんだろう。だからその場合でもあまり問題はあるまい」
もっとも、そうなってくれたら対処が楽でいいがとブロワ侯爵が肩を竦めて呟くと居並んだ将校たちは笑みを浮かべた。
「トリステインは今回の戦いを”総力戦”と言っているそうだぞ。意外とありうるのでは?」
「ああ。それで10代の新米士官を多数登用したそうですな。あの国の基本戦略は専守防衛な上に、ここ十数年間国家間戦争というものを経験していない。それゆえどんな常識外な戦略をしてきても不思議ではない」
「なるほど。そうなったら楽でいいですな」
将校たちは互いに冗談を言い合って、場を明るくする。
ブロワ侯爵も表面上、笑みを浮かべながらも内心でため息を吐いた。
確かにトリステインみたいに10代の学生を士官に登用したりなどしていないが、新米士官が多いことはトリステインとなにも変わらないではないか。
政治家貴族に媚を売ることによって出世した士官。初期から革命軍にいただけであまり能力もないのに出世した士官。そんな士官の数なんと多い事か。
ハルケギニア最強と呼ばれた王立空軍時代と同程度の練度がある士官が乗船している艦艇の数は既に五隻程度しかない。
「閣下。それでは陸軍は既にロサイスへと向かっているのですか?」
「そうだ。ロンディニウムから一路ロサイスへと向かっている。数時間後にはロサイスに布陣できるだろう」
「なるほど。では、戦列艦を吸引するだけで、陸軍が敵上陸部隊を各個撃破できる体制が整うわけですな」
「その通りだ諸君。トリステインの怠け者やゲルマニアの野蛮人どもに、空の覇者たる我がアルビオンの力を見せつけてやろうぞ!」
「「「おお!」」」
こうして整然としたアルビオン空軍艦隊はロサイスから威勢堂々と出航した。
”レキシントン”なき今、ブロワ侯爵の座上艦である”ハボクック”がアルビオン艦隊の総旗艦となっている。
”ハボクック”は竜母艦と言わる艦種で、その名の通り二個竜騎士中隊を擁しており、火力より防御力を優先させ、指揮がしやすいように居住性を追求した結果、かなり広々とした構造となっている。
また航行速度もそれなりに速く、巡洋艦と大した差がないという優れものである。
「敵艦隊を発見致しました」
副官の報告を聞き、ブロワ侯爵は甲板へと躍り出た。
そして敵艦隊の配置を確認してひとう頷くと
「全館に通達。焼き討ち船を前面に押し出して弓形陣を敷け」
「はっ」
弓形陣とは艦隊を”へ”の字状に配置する陣形であり、攻撃型の陣形と言える。
それに対して敵艦隊は真ん中の艦隊を囲むように両翼を伸ばしてきた。
思い通りの行動をしてきた敵艦隊に、ブロワ侯爵は悪い笑みを浮かべる。
「焼き討ち船を突撃させろ。目標、敵両翼の艦」
「焼き討ち船突撃! 目標、敵両翼の艦! 急げ!」
その命令を受けて最前線に配置されていた油を藁を満載したフネに火をつけて突撃させる。
燃え盛って突撃してくる焼き討ちに船に冷静に対処できた艦は少なく、五隻が撃沈。二隻が甚大な損害を受けて後退していく。
いきなり無視できない被害を蒙った敵艦隊は混乱したが、それを見逃すブロワ侯爵ではない。
「敵左翼に向かって外側から突撃。接近戦に持ちこめ」
「敵左翼に外側から突撃ィ!」
ブロワ侯爵が右翼ではなく、左翼を狙ったのは右翼がゲルマニア艦隊で構成されていたからである。
ゲルマニアは野蛮人の国と三王国やロマリアから侮られることが多いが、ブロワ侯爵は戦争を繰り返して都市国家からあそこまでの大国に成り上がった戦争国家と認識しており、そんな国の艦隊相手に本気でやりあえる自信を持てていなかったからだ。
混乱しているトリステイン艦隊と接近戦に持ち込んだアルビオン艦隊は、竜騎士部隊も出撃させて地道に敵に損害を与えて行った。
敵左翼に突撃した決断自体は間違いではなかったと言えよう。
しかし……
「巡洋艦”グリアデ”、”ケルカピア”撃沈!」
「な、なにがあったのだ?!」
「あれをご覧ください」
副官が指し示した方向を見る。
すると後方にゲルマニア艦隊が砲口をアルビオン艦隊へと向けていた。
「早すぎる……」
ブロワ侯爵は小さく呻いた。
ゲルマニア艦隊は予想以上に速く混乱を収集して体勢を整え、アルビオン艦隊に一方的に砲撃を喰らわせることのできる位置へと動いていたのだ。
「多少犠牲が出ても構わん!さらに浮上して風下へまわれ!体勢を立て直す!」
「閣下!風上という利点を放棄するのですか!」
「そうだ!急げッ!」
その命令は速やかに実行されたが、ゲルマニア艦隊と混乱を収集したトリステイン艦隊の追撃を浴びて十隻もの艦が撃沈された。
「有効射程距離ならこちらの方が上だ。距離を保ちつつ砲撃せよ」
艦隊戦では”風上が有利”と言われることが多いがそれは必ずしも正しいとは言えない。
確かに風上だと操船の自由度の高さが強くて、有利ということは間違いない。
だが、風下は風下で利点があるのだ。
風を強く受けてフネが傾き、甲板が防御力の高いフネの側面で隠れるのだ。
無論、これはどちらかというと小細工の類であり、敵艦隊が陣形を整えて一斉に突っ込んで来ればあまり意味のないものとなってしまう。
しかし、ブロワ侯爵はそこまで組織的な行動をあの艦隊がとれるのかという疑問があった。
2か国の混成艦隊であるし、おまけにトリステインの練度は酷いものだし、ゲルマニアは実力主義故に功に逸る者が多いと聞く。
なら、こちらの若い士官を抑えて防衛に徹すれば、損害を抑えられるのではないかと考えたのだ。
このブロワ侯爵の考えは正しく、この状態が1時間近く続いてどちらもあまり損害はでなかった。
敵艦隊は戦闘中になると足並みが揃わなくて統一された艦隊運動ができず。アルビオン艦隊も一部の将兵が消極的な作戦に不満を抱いていたものの、各艦の館長らがその不満をよく抑えたからである。
「なんだと?! もう一度言ってみろ!」
ところが、”ハボクック”にやってきた伝令用竜騎士からの報告を受け、ブロワ侯爵は思わず激昂した。
「は、はい。”ダータルネスに敵艦隊現る。至急応援に現れたし”」
「敵艦隊は我が艦隊の目前にいる! この上、ダータルネスに艦隊が送る余力など敵にない!」
「わ、わたしは伝令を預かってきただけで、くく、詳しい事情はわかりかねます!!」
今にも泡を吹きそうな伝令竜騎士の悲鳴のような報告にブロワ侯爵は深呼吸して、気を落ち着かせた。
こいつはダータルネスに敵が現れたとしか聞かされただけなのだろう。
「陸軍にも報告したのか?」
「え、ええ」
「ちっ!」
おそらくロサイスへと向かっていた陸軍は今頃、ダータルネスへと進行方向を変えているだろう。
ロサイスで各個撃破する道は断たれた。
となると劣勢な艦隊戦を続ける理由がなくなってしまった。
「閣下、どうなさいます?」
「……」
「閣下!」
副官が自分を呼ぶ声を聞き、ブロワ侯爵は決意した。
「……撤退だ」
無念さが滲み出る声でそう呟いた。
「聞こえたか! 撤退だ! 艦隊を反転させ、ロサイスへ帰投――」
「愚か者!」
ブロワ侯爵は自分の副官を怒鳴りつけた。
敵の砲撃に晒されながら、横腹を晒すなど自殺行為に等しいことではないか。
普段はこんなとんでもないことをいう副官ではないのだが、事態の急転に対応できなかったようだ。
「単縦陣を敷き、敵右翼を砲撃。そして敵右翼が混乱しているところへ突撃をすると見せかけて素通りし、ダータルネスへと向かう!」
「……」
「復唱どうした!?」
「は、はっ。単縦陣を敷け!敵右翼へ集中砲撃!しかるのちに敵右翼を突破し、戦場から離脱!」
命令通り、横一列に並んだアルビオン艦隊は敵右翼に集中砲撃して敵右翼に損害を与え、息を吐かせる暇すら与えず敵右翼に向けて突進。
これを見て、右翼を叩くつもりであると受け取った敵艦隊は右翼を下がらせて左翼を伸ばし、アルビオン艦隊が接近したところに集中砲火を浴びせようといき込んだが、アルビオン艦隊がそのまま戦場から急速離脱すると彼らは地団駄を踏んで悔しがり、追撃をかけてきたが四隻ほど撃沈できただけで振り切られてしまい、アルビオン艦隊を壊滅させることはできなかった。
「損害を報告しろ」
アルビオン艦隊が完全に戦闘空域から離脱したことを確認すると、ブロワ侯爵は副官に損害報告を求めた。
「十六隻が撃沈。三隻が大破。十一隻中破。残りの十隻もいくらか傷を負いましたが、戦闘航行に何の問題もないとのことです」
「つまり残ったのは十隻だけということか?」
「すぐにということであれば。ただ中破した艦十一隻ならドッグに入れれば3か月ほどで修理することが可能かと思われます」
「そうか……」
(修理が必要なものも含めればなんとか殿下の言うニ十隻確保したと言えなくもないが……)
自分は殿下の御期待に応えることができたのであろうか。
いや、自分は軍人として最善を尽くした。
それで殿下の御不興を蒙るようであれば、唯々諾々と殿下の裁きを受けよう。
そう決意し、ブロワ侯爵率いるアルビオン艦隊は一路ダータルネスを目指した。
そういえば、トリステインの先王ヘンリーが亡くなったのって何年前?