シティ・オブ・サウスゴータ。
アルビオンの首都ロンディニウムと港町ロサイスのちょうど中間点にある最初に始祖がアルビオンに降り立った場所であると伝えられる古都であり、円形状の城壁に内面に作られた五芒星形の大通りが特徴的な都市である。
人口4万を数えるアルビオン有数の大都市であり、トリステイン・ゲルマニア連合軍はロンディニウムへの足掛かりとしてこの都市を攻略せんと積極的に偵察を繰り返していた。
対してアルビオン側はこの都市を見捨て、住民から食料を摘発して敵軍を足止めする腹積もりであった。
この判断はアルビオン将兵の不興を買った。
彼らはサウスゴータで敵軍との決戦を望んでいたのもあるが、守るべき民から食料を巻き上げて飢えさせるという行為を忌避したからでもある。
だが、クロムウェルは「降臨祭の終了と同時に……、余の”虚無”と交差した二本の杖が驕り高ぶる敵に鉄槌を下す!」と戦争の勝利を約束した上で命令したのだ。
交差した二本の杖とはガリア王家の紋章のことであり、すなわちガリアの参戦を暗に示した言葉である。
確かにガリアが参戦してから敵軍とまともに戦った方が勝率は高いし、またクロムウェルが直々に”虚無”の力を振るうと聞かされては、それ以上反論できなかったのである。
そのため、今のアルビオンにはオーク鬼、トロル鬼、オグル鬼と言った種族で構成された数百の亜人部隊と数百の共和国軍合わせて六百程度の兵力しかない。
元から捨てるつもりであるのだから当然の事ではあるのだが、この街を預かっているトライド将軍は今にも不安で押しつぶされそうになっていた。
司令官より優秀な兵士としての性格が強く、論理性より精神論に走りがちなトライドと言えど、さすがに100倍の敵兵相手に互角に戦えると思えるほど自惚れてはいない。
無論、彼とて上からこの街を敵に与えるという作戦は聞いているのだが、一兵でも多く連れて戻ってこいとホーキンス将軍から言われてもいた。
彼は如何に敵を効率よく殺すかという思考はよくしたが、如何に味方の損害を減らすかという思考は殆どしたことがなく、どのようにすれば損害を減らせるのかと延々と考えていた。
そんな精神状態であったトライドはロンディニウムから護国卿が来たという報告を受け、にわかに期待した。
護国卿がこの街においでになられたということは、ひょっとしたら作戦が変更されて援軍を送ってくれることになったのかもしれないと思ったからだ。
敵に対して正面から戦うことを好み、防衛戦や撤退戦を嫌うトライドである。そんなふうに考えてしまうのは当然の事であった。
「……陽動ですか」
しかし当然のことながらトライドの推測は外れて、彼は落胆した。
「そうだ。北から十人ほどこの街に親友して陽動をしかけ、南から敵本隊が押し上げてくると密偵から報告があった。故におぬしら第二軍は陽動に惑わされることなく北へ逃げることだな」
撤退することを命令されていたトライドにとってその情報はありがたかったが、疑問もあった。
「たった十人ほどこの都市に侵入したところで我が軍が大して混乱するとは思えませんが……」
「それがだな。この都市に侵入する者達はダータルネスで使用された魔法兵器を持っておるらしいのだ」
「な」
「そしてその魔法兵器を使うことにより、張りぼての6万の幻影を見せつける作戦のようだな」
「なるほど。それは確かに」
そんな事態になれば、自分は間違いなく亜人部隊を足止めのために北へ向かわせ、南から脱出しようとするだろう。
しかし、南には本物の敵軍六万が待ち構えており、その中に飛び込んでしまうことになる。
そう確信できるだけにトライドは寒気を感じた。
「それで私がわざわざここに来た理由であるが……、陽動の指揮をとるのがトリステインの名門貴族の子弟であると聞いている。ついてはそれを生かして捕え、敵の魔法兵器の情報を聞き出すためだ。それで僅かばかりおぬしの指揮下の兵を勝手に動かすことになるかもしれないが大目にみてほしい」
「ええ。別にかまいません」
一切の迷いなく、トライドはそう言い切った。
軍人の仕事は戦争をすることであり、故に敵の生き死になど時の運であると考えるトライドは敵の生け捕りなど向いていないと思ったので特に考えることなく了承した。
敵の魔法兵器の情報を聞き出すというのは、かなり大きい功績とした扱われるであろうこと疑いないというのにあっさりと自分がやると決まってしまったエクトル卿はやや肩透かしを食らった気分であった。
ひょっとするとこんな職分への忠実さが、トライドがクロムウェルに評価された理由であるのかもしれない。
こうして都市の北側でエクトル卿はルイズ率いる陽動部隊を捜索していた。
エクトル卿がサウスゴータに来た理由は、トライドに語ったものとそれほど差はない。
エリザベートからルイズ率いる陽動部隊が潜入するという情報を聞き、クロムウェルに敵軍が名門貴族の子に箔を付けるために前線に出そうとしており、その者を捕えることで敵軍となんらかの交渉を行うことができると提案し、それが受け入れられたからである。
だが、実際のところはルイズという少女が扱う魔法とそのからくりを暴くことが狙いであった。
仮にクロムウェルと違って本当に”虚無”であるというならば、彼女を吸血鬼どもに与えて
それはルイズの操る魔法は戦略的価値を持つと見なしているからであり、同時にその力をトリステインに持たせ続けるのはどう考えても好ましくないからである。
いや、トリステインに限らず、自分以外の勢力がそんな規格外の力を行使され続けてはたまったものではない。
吸血鬼どもにそんな規格外の力を持たせるのも不安といえば不安であるが、エリザベートは損得勘定をちゃんとできる存在だ。
自分を排除した場合に生じるデメリットの多さに気づかぬはずがない。
それだけに安心できる。すくなくとも他国にそんな力を持たせておくよりは。
そう考えながら敵の捜索を続けていると北の門の近くから激しい物音が聞こえ始めた。
どうもトロール鬼が暴れているらしく、その騒音は激しく鳴り響いて市民たちを震え上がらせている。
それに”風”のスクウェアである彼の耳には微かに誰かを追いかけて叫んでいる声も聞こえた。
「敵の陽動の失敗か、陽動の陽動か、判断に迷うな」
しばし考えたが、陽動の陽動なら敵の幻影が見え始めたあたりで狙いを変えれば良いと”フライ”で現場に急行した。
一方、サウスゴーダに潜入していたルイズはと言うと――
「トクガワイエヤスって誰よ!?あれなら知らないって言った方がまだ言い訳できるわよ!!」
亜人とアルビオンの軍人合わせて数十の追っ手から逃げながら、激怒していた。
なぜこんなことになったのかというと、全ては馬鹿犬――もとい、ルイズの使い魔こと異世界人
始祖が最初にアルビオンに足跡を記した聖なる地であることを理由に巡礼者としてサウスゴーダに潜入したところまでは順調だったのだが、身長5メイルほどのトロール鬼を見て「でけぇ!」と叫んでしまいアルビオン兵から怪しい奴であると不信感を持たれたのだ。
昔ならいざ知らず、数百の亜人が参加している”レコン・キスタ”がアルビオンの覇権を握ってから既に半年以上が経過しており、それなりの都市部では亜人が警備をしていても不思議でもなんでもない光景となっている。
そのためアルビオン人ならば亜人は見慣れた存在となってしまっており、その醜悪の姿に恐怖と嫌悪を覚えることはあってもサイトのように亜人の大きさの驚くようなアルビオン人など皆無である。
そこでそのアルビオン兵はサイトに、このサウスゴーダに守護している共和国軍第二軍を率いる将軍は誰かと問うたところ……
「徳川家康」
と、答えたのである。
全くハルケギニア風ではない名前にアルビオン兵は呆れると同時に、とりあえず怪しすぎるから牢にぶち込んで事情聴取しようとしたところを逃げたせいである。
「だって知ってる将軍の名前なんかそれしか知らなかったんだよ!!」
必死に逃げながら泣き言を言うサイト。
彼の言うとおり、彼の故郷である異世界の日本という国では徳川家康とは非常に有名な将軍である。
日本人なら天皇より征夷大将軍に任じられて江戸幕府を開き、2世紀半に渡る太平の世の礎を築いた徳川家康という名を知らない者など殆ど存在しないだろう。
もっとも、ハルケギニアの言語では名前の発音すら困難な人物を咄嗟に出したサイトの空気の読めなさは半端ではないので、サイトに酌量の余地はないのであるが。
さて、話は変わるがルイズは公爵家の令嬢であり、サイトは一般的な日本の高校生並の身体能力である。
ルイズの護衛としてついているルネ・フォンク率いる竜騎士隊は彼らよりマシであろうが、その本領は竜の騎乗であり、あまり足は速い方とは言えない。
にも関わらず追っ手から逃げられているのはトロール鬼がでかすぎて街道を塞ぎ、人間の兵士達の追跡を阻害しているからであり、トロール鬼自体も建物から突出していてつっかえ棒になって邪魔になる箇所を粉砕しながら追いかけているので本来の速力の半分ほどしか出せていなかった。
本隊の攻撃が始まるかアルビオン兵に先回りされるまで延々とこの状況が続くのではないかとルネが不安になりかけたその時、自分達を追いかけてきていたトロール鬼の体が両断された。
あまりのことにアルビオン兵がやや茫然となったことを意に介することなく、トロール鬼を両断した仮面の人物はその死体を踏みつけて、状況が把握できないながらも必死に逃げている不審人物たちに目をやった。
(報告ではルイズ嬢は目立つピンクブロンドの髪に150サントほどの身長、そして戦場にも関わらず魔法学校の制服を着用しているのであったな)
報告通りの容姿の人物を確認したエクトル卿は杖剣をルイズの方へ向け、”エア・スピアー”を飛ばした。
目標はルイズの足であり、走れないようにして捕えるつもりであった。
だが、それは予想外の方法で防がれた。
なんとサイトが背に背負った剣を抜き放ち、”エア・スピアー”を止めてしまったのである。
「かかっ。久しぶりに震えてるな相棒!」
サイトの持つ剣であるデルフリンガーが久々にルーンを使えている相棒に喜声をあげる。
サイトとエクトル卿の距離は十数メイルあったが、エクトル卿の優れた聴覚は何と言っているかまではわからなかったがサイトの持っている剣が柄をカチャカチャ鳴らしてなにかしら喋っているのはわかった。
(”インテリジェンスソード”! それも”風魔法無効”の効果持ちか?! 厄介な!!)
”インテリジェンスソード”とは、簡単に言うと意思が付与された剣である。
剣を喋らせることにいったいどのような利点があるのか理解に苦しむ珍品である。
だが、大抵の”インテリジェンスソード”にはなんらかの魔法が付与されており、ものによっては正面からメイジを相手取れる性能を誇る。
無視していい相手ではないと判断するには十分すぎる材料と言えよう。
エクトル卿は杖剣をサイトへ向けなおし、魔法を唱えた。
風・風・水のトライアングルスペル、
形成された幾本の氷の矢は一斉にサイト目掛けて発射された。
しかしサイトは氷の矢を避けることなく、剣で防いでかき消した。
「馬鹿なッ!」
思わず声をあげるエクトル卿。
先ほどの魔法は水系統を足した複合魔法だ。
だというのにああも見事に魔法をかき消したということは”水魔法無効”の効果も付与されているとでもいうのか。
「先に行け! こいつらはオレがなんとかする!」
そう叫ぶとサイトは一気に十数メイルの距離をつめ、エクトル卿に斬りかかった。
あまりの速さに不意をつかれたが、エクトル卿は咄嗟にサイトの斬撃を杖剣で受け流した。
エクトル卿の技量と杖剣がサーベルとしての性能も備えていたがゆえに成せた技と言えよう。
そして”エア・ニードル”の魔法を唱え、杖剣に鋭く固めた風の渦を形成してサイトの体目掛けて突きを繰り出す。
「相棒! 危ねぇ!」
デルフリンガーの声に必死に身を引き、ズッコケた。
ズコッケたサイトに対して、エクトル卿は容赦なく”エア・ニードル”での突きを繰り返す。
「わ、ちょ! ちょっと待って!!」
サイトは必死に転がりまわりながら攻撃を避け続ける。
エクトル卿は高速で奇妙に転げまわるサイトに苛立ちながらも攻撃を続け……
「面倒だ!」
辺り一帯を纏めて”ウィンド・ブレイク”で吹っ飛ばした。
吹っ飛ばされたサイトは石造りの建物に激突し、体中に激痛が走った。
しかしそれを気にすることなく、サイトは剣を構えてエクトル卿に向き直る。
揺らぎないサイトの眼光を見て只者ではないとエクトル卿は判断し、先程から呆けているアルビオン兵に向けて命令を下した。
「お前らはあの連中を追え!」
「は。いやしかし護国卿閣下、我らはトライド将軍の……」
「トライドの許可は得ている! いいから追え! ただし他の者は殺してもかまわぬからピンクブロンドの髪の女だけは殺さずに捕えるのだ!」
その言葉にサイトは目の色を変えて斬りかかってきた。
エクトル卿も”ブレイド”の魔法で杖剣を強化して迎え撃つ。
そして残っていたアルビオン兵達はなぜピンクブロンドの女だけは生け捕りにせねばならないのかと疑問を覚えながらも、命令通りオーク鬼やオグル鬼を従えて追跡を再開した。
「待て!」
「他人の心配をしている余裕があるとは思えぬがな!!」
一瞬、サイトがアルビオン兵達に気を取られた瞬間に左頬を斬りつけられた。
左頬の皮膚が軽く捲り上がることになったが、軽く血を流しただけで戦闘続行に何の支障も齎さなかった。
両者の実力は互角と言ってよく、何十合と斬り結んでも決着はつかず、互いを苛立たせた。
(なんでだ!? ガンダールヴの力が使えてるのに倒せねぇなんて!)
サイトはルイズによって使い魔契約された際に、ガンダールヴのルーンが刻まれていた。
ガンダールヴとは、伝説に謳われる4つの始祖の使い魔のルーンのひとつだ。
”神の左手”と呼ばれるガンダールヴは幾千の軍勢を単独で撃破できるほどの武器の使い手である。
そのルーンが刻まれたサイトはどんな武器でも触れればその武器の使い方を理解し、身体能力も桁外れに強化される。
身体能力の強化具合はサイト自身の心の震えに比例する。
最近ルイズがジュリオに気のある行動をしているせいで調子が狂っていたが、目の前の仮面の男は明らかに自分の主であるルイズを、淡い思いを抱いている少女を狙って魔法を放った。
そのことでサイトは激しく怒り、その心はワルドの片腕を斬り飛ばした時ほどに震えているのだが、それでもその憎い敵を倒すことができずにいるため、追っ手に追われているルイズ達は無事だろうかと焦燥感を感じていた。
(なんなんだこいつは?! 傭兵にありがちな我流の喧嘩剣法でさえもっとましな剣術を使うぞ!!)
対してエクトル卿はというと相手の技量のなさに腹を立てていた。
斬りあいを始めた当初こそ、自分とまともに斬りあえる好敵だと思っていた。
なのにこいつはまともな剣術を使っていない。ただがむしゃらに剣を振り回しているだけだ。
エクトル卿には自負がある。
他者の追従を許さぬほどの武人としての才能を持って生まれたこととその才能に胡坐をかくことなく鍛え上げてきた自負が。
大公息として平和で幸せな生活を謳歌していた頃は、武人としての才能を磨くと父や兄らが褒めれくれたからであるが、4年前の事件で仮面を被ってエクトル卿と名乗りだしてから今までの間は自分の命を守るために必死で武術の、魔法の訓練に励んだ。
その結果として、正面から戦ってエクトル卿と互角に戦えるメイジなどハルケギニア中を探しても両手の指の数より少ないであろう。
それほどの技量を持ちながら、ろくな剣術すら使ってこない剣士を倒しきれない理由。
それは敵の身体能力と反射神経がエクトル卿のそれを遥かに凌駕しているからに他ならない。
だが、それだけに対処は容易だった。
なるほど。確かに全ての攻撃が一撃必殺という戦士が憧れるようなものであり、並の人間ができる芸当ではない。
だが、全く合理性のない剣筋に加えてその剣戟すべてが大振りなら受け流すのは容易だし、場合によっては反撃すらできる。
言ってみれば学習能力がない人間の形をした強力な獣を相手にしているような感覚だ。
そんな獣を相手して、仕留めきれないのだからエクトル卿が腹立つのも当然であろう。
戦い方を知らない相手と互角。それだけで自分の技量が嘲笑われているように感じてしまうのだ。
このエクトル卿の苛立ちを理不尽とは言えないだろう。
むしろ大した苦労をせずに達人顔負けの身体能力を手に入れたサイトこそ世界中の武人からすれば理不尽である。
まあ、サイトから言わせればこの世界に拉致同然に連れてこられたこと自体が理不尽なので、一番の原因はこの世界を創造したという神なのかもしれない。
永遠のような数分の斬りあいを2人が演じている内に、トリステイン・ゲルマニア連合軍のサウスゴーダ攻略作戦が開始された。
艦隊による砲撃と着弾の音がサウスゴーダの市中に響く。
その轟音にエクトル卿が一瞬気を取られた隙に、サイトの剣がエクトル卿の顔に迫った。
「くっ!」
即座に飛びのいたおかげで傷を負うことはなかったが、つけていた仮面は見事に割れた。
「え……」
そして仮面の下にあった素顔を見たサイトは思わず気が抜けた声をあげた。
瞳の色を除けば、サイトが知っている人物によく似た容姿をしていたからである。
いや、サイトの記憶の中にあるそれよりは多少大人びており、やつれているように見受けられた。
「チッ!」
左手で顔を隠し、周りの状況を確認したエクトル卿は即座に逃げることを決めた。
自分の素性をトリステインやゲルマニア、ジョゼフの影響下にあるアルビオンの者に知られては今後の計画に差し支えがでる。
可能であれば目の前の剣士も殺すべきなのだが、簡単に殺すことは不可能である以上、捨て置くしかない。
幸い、たかが平民の護衛風情が他国の王家に連なる人物の顔を知っているとは思えないから大丈夫だろう。
石で舗装された街道を強力な風魔法で粉砕し、砂煙りを舞い上がらさせた。
そして路地裏に入り、指笛を鳴らして都市の郊外に待機させていた雷竜を呼び寄せ、その背に跨った。
「くそっ!」
”虚無”を手に入れるどころか、その担い手の始末にすら失敗した。
その結果にエクトル卿は歯噛みしながら、ロンディニウムへと帰還した。
オリ主のコプセントその①
ガンダールヴと互角に戦えるメイジを出したかった。