風の復讐譚[更新停止]   作:kuraisu

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第22話

「勇敢なるアルビオンの戦士たちよ!神と始祖への真なる信仰心を持つ信徒たちよ!

昨年は非常に好ましく、また、非常に遺憾なことが起こった年であった。好ましいことというのは説明するまでもないであろうが、無能な王家を打倒し、真に優秀な貴族たちによる共和政権が樹立され、ハルケギニア統一と聖地奪回の悲願達成のための挙国一致体制が確立されたことである。そして昨年5月末、我らの大義を理解しない愚かなるトリステインは自らの王権にとって脅威であるというだけですでに結ばれていた不可侵条約を平然と破り、我が軍の”ホバート号”を撃沈したのだ!なんという恥知らずなことか!何人もトリステインの暴虐を許すことはないであろう。無論、我が空軍も死力を尽くしてトリステイン艦隊を撃滅しえたがこちらも大いなる損害を被り、この空中大陸へと撤退せざるをえなかった。それだけでも許し難いことであるというに、トリステインは厚顔にも野蛮なゲルマニアと手を組み、神聖なるこのアルビオンの領土を侵している!これは神と始祖より”力”を授かった余への、ひいては神より選ばれたアルビオンの民に対する挑戦である!その無謀にして愚味なる挑戦は降臨祭の終わりに潰えることなろう!そしてトリステインとゲルマニアはその罪の大きさに相応しい神の鉄槌が下ることとなろう!降臨祭の終わりとともに!」

 

ハヴィランド宮殿のバルコニーからクロムウェルはアルビオン軍の兵士たちに演説している。

 

ハルケギニアでは始祖ブリミルが降臨なされた日から10日間は戦争すらやめて祝うのが慣例となっている。

 

その慣例に従い、アルビオンは連合軍に対して休戦協定を打診し、連合軍も慣例通りに受け入れた。

 

もっとも、始祖の末裔たる王家を滅ぼした”レコン・キスタ”にそのような慣例に従う必要はないと降臨祭でも攻め続けようという意見があったのだが、共和国軍がサウスゴータで展開した焦土作戦によって糧食の補給を必要としたため、どの道動けないなら休戦に応じようと言う連合軍総司令官ド・ポワチエの意見が最終的に受け入れられた。

 

それが狙いの焦土作戦であったため、クロムウェルの傀儡主であるジョゼフの思惑通りに戦況が進んだともいえる。

 

「だが、新年を迎え、降臨祭まっただ中の現在にそのような無粋な話をこれ以上するのは控えるとしよう。

同志諸君、今は降臨祭を楽しみたまえ。サウスゴータに駐屯している敵軍を警戒している部隊以外には宴に参加せよ。

始祖が降臨なされた神聖なるこの日に、あるいは我が軍に約束された勝利の未来に乾杯!」

 

「「「乾杯!」」」

 

兵士たちが一斉に杯を掲げ、降臨祭の宴が始まった。

 

ある者たちは歌い、ある者たちは踊り、ある者たちは美食を楽しみ、ある者たちは競うように酒を飲む。

 

「陽気なものだ。我が軍は劣勢にあるというに……」

 

その喧騒を他所に宮殿の隅でホーキンスは憂鬱な顔でぼやいた。

 

それも仕方がないと言える。

 

彼はクロムウェルの”虚無”をそんなに盲信していなかったし、ガリアが援軍にくるという情報も疑っているのだから当然といえよう。

 

「随分と不安そうだな。ホーキンス将軍」

 

振り向くと仮面の護国卿がこちら見ていた。

 

どうやら独り言を聞かれたようだ。

 

「別に不安というわけではありませんが、勝利のためにするべきことも理解せずに多くの兵たちが勝利を確信しているというのは小官としては釈然としませんなぁ」

 

「なにを言う。降臨祭明けの反攻作戦はすでに皇帝閣下から聞かされていたはずだが」

 

エクトル卿の言う通り、先日軍の主だった者たちクロムウェルから今後の戦争計画を聞かされてはいた。

 

しかしそれはあくまで常識人であるホーキンスにとってはいまいち信じられない作戦計画であった。

 

「私は何十年と軍で過ごしてきました。その経験のせいか皇帝閣下の”虚無”をどこまで信じていいのか判断に迷いましてな。皇帝閣下の言を疑うわけではありませんが、どうしても伝説の”虚無”を運用する戦争というのは現実味を持てないのですよ」

 

「……なるほど。わからぬではない」

 

苦笑するエクトル卿。

 

「わかっていただけますか」

 

苦笑し返すホーキンス。

 

「なるほどおぬしの言うとおりやも知れぬ。案外これは全て夢なのではあるまいか?”虚無”はもとより、”レコン・キスタ”も全部夢で、私は傭兵団とともにどこぞの戦場で束の間の休息をとっているだけであり、おぬしもあのジェームズめの臣下の一員として不満を零しながら寝言を言っているだけやもしれぬな」

 

「……確かに現実味がないなど今さら過ぎる言葉ですな。”レコン・キスタ”が革命を掲げだしてから常識というものが木っ端微塵に粉砕されているのですから」

 

傭兵出身の護国卿になられた貴方も含めてと続けるホーキンス。

 

それに対してエクトル卿は少しだけ面白くなさそうに持っているワインが注がれた杯を呷った。

 

なぜ面白くないかというとクロムウェルが自分を護国卿につけた理由を察せられないからであった。

 

当初”レコン・キスタ”に馳せ参じた時、エクトル卿には自分を雇わせるだけの勝算があった。

 

4年前にモード派貴族の多くが粛清されたと言っても、多くはなんとか生き延びていた。

 

モード大公はかなり顔の広い人物であるがゆえ、その派閥の規模も大規模であり、その派閥全体を粛清したりしたら国力が大幅に低下するためである。

 

だから王家としても彼らを閑職に左遷させられたり、領地の一部を召し上げられたり、当主の首を飛ばすことで責任をとらされたりはしたものの中級下級貴族達は自家の存続させることに成功させていた。

 

これに関してエクトル卿は腹立たしいものを感じるものの、仕方ないとも思ってはいる。

 

貴族にとって何より重要なのは自家の存続であり、そのために本心を押し殺して辛酸を舐めるのはよくあることだ。

 

モード派貴族が全てを知った時にはモード大公は処刑されたし、その息子達も死亡ないしは生死不明とあっては、たとえモード大公の仇討に成功したとしても周りの貴族によって自家が取り潰されるのが目に見えている。

 

だから保身に走ったのも仕方ないと言えば仕方ない。

 

なによりブロワ侯爵が表面上だけでもジェームズめに忠誠を誓っていなければ、自分は全身傷だらけのまま放置されて4年前に出血死している。

 

だから仕方ないのだ。

 

と、まあ、とにかく発足直後で兵員に乏しかった”レコン・キスタ”にとってテューダー王家に不満を持つ貴族達を糾合できる可能性を持つ”エドムンド”というカードを手に入れることは実に魅力的であっただろうと考えたのだ。

 

だが、同時にそれほど実権は与えられないと考えていたのだ。

 

なにせ非常に魅力的であると同時に、自分にあまり力を持たれては”レコン・キスタ”にとってとても困るカードでもあるのだ。

 

無論、そうなってもバレないよう裏で蠢動(しゅんどう)して秘密裏に力を蓄え、陰謀を張り巡らす自信があってのことであったが、いざ”レコン・キスタ”に参加してみると自分はとんとん拍子で出世していまや護国卿である。

 

どうも自分に都合のいい展開が続いたことに対してエクトル卿は大いに警戒してきたが、特に問題は発生することなく今に至る。

 

(都合が良いと言えばジョゼフから届いた密書……

密書だから王印も無いし、”公式文書”としての拘束力は微塵もない。

とても信じられる代物ではないが、かと言って無視しきることはできぬ)

 

エクトル卿は目を瞑ってため息を吐いた。

 

密書の通りにガリアが動くのか、動かないのか。

 

いずれにせよ。手ぶらで密書の指示通りに動くなど論外。

 

エクトル卿としては共和国崩壊という演劇の舞台も脚本も既にジョゼフによって用意しつくされており、大まかな物語の道筋を変えるのは不可能だが、せいぜいヤジに大量に飛ばすことによって役者にアドリブを強要させて結末の情景を多少は変えねばならなかった。

 

「過去の事象はさておき、常識的に考えると我らの状況は絶望的だな。

降臨祭が終わっても依然と敵軍はサウスゴータにおり、ガリアも参戦してこないとしたらおぬしはどうする?」

 

エクトル卿に問いの意図をホーキンスはやや訝しんだが、質問には答えた。

 

「私はジェームズ王の横暴に思うところがあって王を裏切り”レコン・キスタ”に与した身。

”レコン・キスタ”が追い詰められたからいって簡単に仰ぐ旗を変えることはできません」

 

ホーキンスは4年前のジェームズ王の所業に憤りを禁じ得なかった軍人の1人である。

 

当時のホーキンスはモード派ではなかったが、それでも温厚で表裏のない人柄だから民や貴族の多くから慕われていたモード大公とその一派を理由もなく処刑したジェームズに対して憤りを覚えたのだ。

 

アルビオン軍に所属する軍人として忠誠心を疑われるようなことであった。

 

しかしホーキンスが軍人として自分が忠誠を誓い、命を捧げてきたのはジェームズ王でもなければテューダー王朝でもなく、始祖の末裔に大使でもない。

 

アルビオンという国家そのものであり、この空中大陸に暮らす無辜の民を護るためである。

 

王家がその義務を放棄したとあっては、ホーキンスにとって最早王家に忠誠を尽くす義理など微塵もないのである。

 

だが、それでもその時は王家に対抗できる勢力が存在しなかったため、ホーキンスは不肖ながらも民の為に王家に従順であるかのようにあり続けた。

 

転機が訪れたのは2年前。

 

旧モード派貴族が治めていた領地の辺境で”レコン・キスタ”が成立し、レキシントンの戦いで数倍の王軍を粉砕したという情報を広まると多くの貴族が”レコン・キスタ”に与した。

 

その流れを見たホーキンスは真にアルビオンを支配すべき勢力が台頭してきたと思い、同調する部下を引き連れて”レコン・キスタ”に参加したのである。

 

もっとも、そうして参加した”レコン・キスタ”はホーキンスの期待を大きく下回るものであったのだが、それでもいきなり多くの貴族を粛清したテューダー王朝に比べればマシだと自信を持って言えた。

 

いや、今となっては言えていた言うべきか。

 

ホーキンスはシティ・オブ・サウスゴータの民を見捨てたクロムウェルに不信を抱いているのであった。

 

ガリアと共同して敵と当たった方が勝算が高いというのは理解できる。

 

だが、だからといって四万の民を飢餓地獄に陥れるのが国の指導者として正しい姿なのだろうか……?

 

「ふむ。なるほど。国に仕える軍人としては正しかろうな。

期待しているぞホーキンス将軍。結末がどうあれ、全力で事にあたろうではないか」

 

奇妙な激励にホーキンス内心首を傾げたものの、肯首した。

 

それを見てエクトル卿はエントランスホールへと足を進めた。

 

ホールの端に設置されている長椅子に座っている脂肪の固まりを見つけるとそちらへと赴く。

 

そしてその白豚の隣に座ると小声で話しかけた。

 

「降臨祭の明けると共和国軍の大半がこのロンディニウムから離れる。その時こそ我らは表舞台に立つ。

今宵、円卓に集まれ。そこで王国再興と共和主義者どもの駆逐するための作戦の全てを説明しよう」

 

「わかりました」

 

ヨーク伯は宴会で振舞われている料理を食べながら、同じく小声で答えた。

 

その様子を見てエクトル卿は仮面に隠れた眉を顰めた。

 

「しかしおぬし、少しは痩せる気はないのか?」

 

「痩せる気はあります。しかし痩せませぬ」

 

ほっぺの脂肪をたぷんたぷんさせながらそう言うヨーク伯。

 

「いや、もう少し食べる量を減らせばよいであろう」

 

「趣味の美食をやめろと? ありえませんな」

 

そう言って胸を……いや、脂肪を張るヨーク伯。

 

それを見てエクトル卿は小さくため息を吐いた。

 

彼の知る限り、ヨーク伯の趣味は美食とは思えない。

 

エクトル卿は視線をヨーク伯の横にうず高く積み上げられた皿の山へと移る。

 

その皿の山は全てヨーク伯が完食した料理がのせられていた皿である。

 

(どう考えても、ヨーク伯の趣味は美食ではなくて暴食であるとしか思えぬのだが……)

 

それはエクトル卿のみならず、ヨーク伯が語る趣味の美食とやらに費やされる料理の多さを知る者全員が抱く共通の思いである。

 

「ああ、そう言えばうちの娘が閣下に早くお会いしたいと申しておりました。

ついてはこの戦争が勝利に終わった際の祝賀会で娘と会っていただけませんか」

 

「……そういう話は目的を果たしてからにせよと言っておいたはずだが?」

 

エクトル卿は冷たい目でヨーク伯を睨む。

 

エクトル卿は”レコン・キスタ”に参じて以来、ほとんど戦争か占領統治にその辣腕を振り続けているため社交界には出席していないと言ってもよく、そのあたりのことは全てヨーク伯とブロワ侯爵に任せきりだ。

 

それは可能な限り自分の素性を隠蔽したいという思惑があってのことで、すくなくとも”エクトル卿”であるうちはあまり目立ちたくはないのだ。

 

「は。ですが、これは戦争の終わった後の話ではありませぬか」

 

ヨーク伯は平然とそう言ってのけた。

 

まあ、確かに目的を果たした後の話であるのだから少々強引な解釈をすれば筋は通らなくもないが……

 

「抜け目のない奴め」

 

「私は新参者。抜け目なくてはなりますまい」

 

「そうでなくてはこちらが困る。

その抜け目のなさを買っているのだからな」

 

「おお、では?」

 

「おぬしの娘と戦勝祝賀会で会うことを約束しよう」

 

エクトル卿はエントランスホールで踊る貴族の男女達の姿に目をやった。

 

さて、この国の貴族がどれだけの数が生き残れるやらというろくでもない思いを抱きながら。




+ヨーク伯が新参者
ハッキリ言って『秘密の会談』で登場した面子の中で一番の新参者。
それ以外の面子は”レコン・キスタ”参加前、鉄騎隊(アイアンサイド)がただの傭兵団だった時からいる。
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