風の復讐譚[更新停止]   作:kuraisu

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地下牢の再会

ブロワ侯爵の領地の中心にある地方都市ベイドリック。

 

そのベイドリックの街の一角に犯罪者を収容する獄舎があり、その地下には極めつけに凶暴な犯罪者を捕えておくための堅牢な獄舎が更に存在した。

 

その地下の獄舎の住人となってから既に半年以上が経過した老人は近づいてくる足音を聞き、朦朧となっていた意識を覚醒させた。

 

その老人はこの地下牢に入る前と比べて明らかに衰弱していたが、眼にはまだ理知的な光を宿していた。

 

この人物こそ、地上では7カ月前のニューカッスルの戦いで戦死したとされているアルビオン王ジェームズ一世であった。

 

ニューカッスルでジェームズを捕えたエクトル卿は、適当な老人の死体を置いてあった火の秘薬の山で爆破してジェームズの死を偽装し、ブロワ侯爵に命じて秘密裏にこの地下牢へと移送した。

 

それからというもの、ここの拷問官達の熱烈歓迎を受け続けてきたジェームズの体は見るも無残な有様となっている。

 

普通なら死んでいるほど苦痛を負わされた続けたが、いまだジェームズは生きていた。

 

別にジェームズの精神力とか忍耐力とかが強靭であったというわけではなく、単に腕の立つ水メイジが付き添い、魔法で強引にジェームズの生命活動を維持させ続けられたためである。

 

地下に響いていた足音が止まり、自分の檻の前に4つの人影が浮かぶ。

 

1人は自分がこの牢屋に入れられることとなった原因の人物であり、両脇にいる2人は護衛の騎士であろう。

 

そして最後の1人は……、その辺の小さな村にでもいそうな容姿をした娘であった。

 

あまりにも場違いな村娘?の存在にやや困惑するジェームズ。

 

「ほう、思ったより元気そうだな」

 

嘲るような笑みを浮かべながらそう呟くエクトル卿。

 

それを見咎めたジェームズは強く睨んだが、エクトル卿はまったく痛痒を感じないようだった。

 

実際、この牢屋に充満しているむせ返るような血の臭いを楽しんでいるエクトル卿からすれば、そんなジェームズの態度など敗者のかわいい悪あがきとしか思えなかったのである。

 

「どうだ。半年以上も牢屋に入れられておれば多少頭は冷えただろう? 俺が誰なのか、少しは思い出せたか?」

 

その緋色の双眼に激しい炎を灯らせて、エクトル卿は問う。

 

それに対してジェームズは沈黙を保った。

 

答えられないこと自体が、ジェームズが未だに自分の事を思い出せていないことの証左であるようにエクトル卿は思えた。

 

「そうか。では、俺の素顔を見れば少しは思い出せるかな」

 

嘲笑しながらエクトル卿は自分の仮面を外した。

 

その素顔を見た瞬間、ジェームズの両目が驚愕で大きく見開いた。

 

自分の息子に似た凛々しい顔立ちで、赤い月を思わせるような輝く緋色の瞳を持つ青年。

 

それはジェームスがよく知っていた人物の容姿と一致したからである。

 

それを見て仮面を外した人物は胸がすっとした気分になった。

 

「その様子を見ると、どうやら思い出せたようだな。

俺はエドムンド。モード大公の第三子にして、貴様の甥だ」

 

仮面に声を加工する魔法でも付与されていたのであろうか、仮面を外したエドムンドの声は先ほどとは多少違う――ジェームズからすれば4年前の面影のある――声となっていた。

 

その声を聞いて初めてジェームズは自分の甥が生き延びていたことを知った。

 

もっとも、生き延びていたこと自体に対する衝撃からは未だ抜け出せなかったが。

 

「馬鹿な……、そなたは確かに4年前に死んだはず……」

 

「ああ、その通りだ。貴様に忠実な騎士団よって俺は致命傷を負わされた。

あの重傷のまま捨て置かれれば、確実に俺は死んでいただろ。

だが、ヨハネが重傷の俺を連れてブロワ侯爵に匿ってもらい、生きながらえた」

 

瞳に冷たい光を宿らせて語るエドムンド。

 

その後ろで護衛の騎士の1人――ヨハネが当時の事を思い出して悔しさを噛みしめていた。

 

本当であればそんな傷を負う前に自分が身を盾にしても守ってさしあげねばならなかったというのに。

 

そうした悔悟の念を抑えきれないのであった。

 

そして自分の主人をそこまで追いつめたジェームズを憎々しげに睨む。

 

ヨハネの憎悪の瞳を見て、ジェームズは得心がいった。

 

「復讐のつもりか」

 

「しかり」

 

全く抑揚のない声でエドムンドは頷いた。

 

「父の敵討ちなど愚かなことだ」

 

「貴様がどんな理由で自己弁護しようとしても無駄だぞ。

事実として貴様は我が一族とそれに仕える者らを皆殺しにしたのだ。

その事柄のみが重要であり、どのような経緯や原因がなんであろうが、俺の知ったところではない」

 

エドムンドの瞳にドロリとした危険なものが浮かぶ。

 

それを見てジェームズは説得のしようがないことを悟った。

 

「では、おぬしはこれからどうするつもりなのじゃ?」

 

ボロボロの体を不屈の精神で起こし、王者の覇気に溢れた目でエドムンドを睨みつける。

 

「ここに入れられてから散々痛めつけられたが、それでそなたは満足……ガハァ!」

 

それに対する返答は風の魔法であった。

 

壁に強く打ちつけられたジェームズは痛さに呻いた。

 

「敗残者が。偉そうな口をほざくな」

 

侮蔑と嘲りの混じった低い声でエドムンドが言う。

 

彼は4年前に味わった屈辱と苦しみ。そして今なお癒えぬ恐怖を与えた伯父への復讐を愉しんでいるのであった。

 

「第一、貴様にこれからのことなど関係ないだろう?」

 

冷笑するエドムンド。

 

「苦痛を与える為だけに生かしたというのか」

 

エドムンドの言いようから自分をここで殺すつもりなのだと解釈したジェームズは批難した。

 

ただ己の復讐心を満たすためだけに、己から臣下と共に名誉の戦死を遂げる機会を奪った自分の甥が憎かったからである。

 

だが、その眼光に怯えるエドムンドではない。

 

「確かに貴様の言うとおりよ。貴様を痛めつける必要性はそれほどなかった。

だが、だからといって皆無と言う訳でもない。俺がこのアルビオンを支配するために利用させて貰う」

 

「そなたがこの国を支配するじゃと?

戯けた事を抜かすな。国と民を護り導く為、己の肉親すら斬り捨てねばならぬのが王家の責務。

己の家族を殺されたからと復讐心に身を委ねるような若い小僧が座れるような地位でないのだ」

 

「身の程をわきまえろ!」

「貴様!」

「よい! やめろ!!」

 

主君に対する侮辱にヨハネとディッガーが激昂して杖を抜いたが、エドムンドが一喝すると2人は渋々杖を収めた。

 

「ジェームズ……、我が伯父よ。

信じてもおらぬような戯言をほざくな」

 

「……何を言う?」

 

訝しげな声で問うジェームズ。

 

エドムンドが至極当然なように言い放った言葉が理解できなかったのだ。

 

「国家とは王が身内を護る為にこそある道具ではないか。

現に貴様は民や国家より自分の誇りや身内の安全獲得に腐心していただろう」

 

「なんじゃと!」

 

心当たりのない罵倒を受け、激怒するジェームズ。

 

それに対してエドムンドは呆れたように失笑した。

 

「国と民を護り、導くが王家の責務?

ならばその忠実な臣下である貴族王家へ忠義を果たした者が数えるほどおらぬのはなぜだ?

なにより王家が打倒された時、アルビオンの民はなぜあっさりとその現実を受け入れたのだ?

王家が国と民を護る存在であったのならば、民は憤りを禁じえず、暴動を起こしたと思うがな」

 

「……」

 

ジェームズにとって受け入れがたいことであるが、真実であった。

 

領地を持つ封建貴族たちは内乱当初こそ、王家寄りの者が多かった。

 

しかし”レコン・キスタ”が王家と互角に戦えるだけの勢力であることを知ると彼らは王家と距離を置いて内乱の趨勢を静観し、王家が完全に押される状況になると己の保身のために”レコン・キスタ”へと参じて行った。

 

そのためニューカッスルの戦いの際に残っていた王党派貴族は王家の血を濃く受け継ぐ貴族を除いて、全員が領地を持たない法衣貴族だったのである。

 

そして民が王家が打倒された現実をすんなりと受け入れたのは……

 

「貴様は民衆に慕われていた父上を無法に処刑したわだかまりを、無能にもまったく解消できなかったのだろうが」

 

とどのつまり、そういうことであった。

 

「……もとはと言えば、非はおぬしの父にある」

 

ジェームズが苦し紛れに吐き出した言葉に、エドムンドは眉を顰めた。

 

もう一度、”エア・ハンマー”でモード大公を貶すようなことを言うであろうジェームズを打ち付けてやろうかと腰に下げてある杖剣に手が伸びたが、やり過ぎてジェームズがいま死んでしまったら少々面倒なことになると自制心が働き、杖剣を引き抜ことはなかった。

 

「おぬしの父が異教徒(エルフ)(めかけ)なんぞにしなかったらこのようなことにはならなんだ」

 

「……なに?」

 

予想外な言葉にエドムンドは目を丸めた。

 

両隣にいたディッガーやヨハネも大変驚き、村娘?は少しだけ面白そうな表情を浮かべる。

 

しばしの沈黙の後、エドムンドはようやく口を開いた。

 

「……信じられぬな。父は敬虔なブリミル教徒だった。

その父上が異教徒の女と床をともにするはずがあるまい」

 

「だが、紛れもない真実だ。

それを知った時、おぬしの父にエルフを追放するよう再三要請した。

しかしあいつはそれを拒否し続けた。

故にエルフを排除するために強硬手段を取らざるを得なかったのだ。

もし王弟がエルフと情を通わせていたなどと周知されては、王家は威信を失い、ただしき教えをアルビオンに広めるという大義名分でも掲げて、ロマリアがこの国に介入してくるであろうことは容易に想像できたからの」

 

ジェームズが嘘を言っている可能性はないか?

 

そう思った。父を貶めるための虚言ではないかと。

 

しかしエドムンドはすぐに嘘を言っているはずがないと判断する。

 

ここで嘘を言ったところで何の意味も持たないからだ。

 

(となるとなぜ父上は異教徒、エルフなどと……)

 

そう考えてはたりとエドムンドは気づいた。

 

(待て。エルフだから、亜人だからと言って異教徒であると決まっているわけではない)

 

その例証である者達をエドムンドは知っている。

 

多少、いや、かなり彼らに都合よく教義が解釈されていたがと横目で村娘?を見る。

 

そして父は異端とか気にせず、新教徒にも公正な人であったことを考えるとなんとなく想像はできた。

 

おそらくはそのエルフの女とやらは、なんらかの理由で悪魔崇拝を捨てたのだろう。

 

ハルケギニアでブリミル教を信仰しない者が迫害されるように、その女も同じエルフから悪魔崇拝を捨てたことで迫害を受けてこのアルビオンまで逃げてきたところで父上と出会い、そういう関係になったのだろうと。

 

あと考えられる可能性としては、エルフがなんらかの魔法で父上を操っていた可能性だが……

 

(やめよう。こんな何の益のない思考は。第一、そのエルフも4年前の一件で殺されいるだろうから確かめようがない……)

 

確かめようがない以上、父に対する尊敬と信頼を根拠に最初の可能性が真実であるとエドムンドは信じたかったし、それ以外の可能性など耐えられる気がしないので信じたくないし、考えたくもなかった。

 

それにたとえ父がエルフを妾にしていたから抹殺したと聞かされたても、エドムンドのジェームズに対する怒りは全く鎮火していない。

 

「……なるほど。仮に父にそんな妾がいたとしてだ。

結局のところ、貴様は国より自分たちの誇りとやらを優先したことは変わらんではないか」

 

「……なに?」

 

「貴様が本当に自分達より国と民を思っていたならば、もっと賢いやりようがあっただろう」

 

まるでしょうもないことを言うような口調でエドムンドはとんでもないことを言ってのけた。

 

モード大公がエルフを妾にしていた証拠を抹消するために反逆罪に着せた後の始末が悪い。

 

モード大公は財務監督官の役職についていたのだから、その職位を不正に利用して利益を得ていたとか適当な罪状をでっち上げるべきだった。

 

無論、モード大公の人柄を知るモード派貴族や大公を慕う民が納得するはずがないだろうが、これはこれで使いようがある。

 

その後も確実に冤罪な罪状で王家にとって不利益な貴族は次々と処断してジェームズの悪名を広める。

 

そして皇太子ウェールズに父王の非道を声高々に批難させ、機を見てジェームズを殺させて王座に登極させるのだ。

 

正義の王子様が暴政を行う愚王を討つ。如何にも民衆が歓迎しそうな話だ。

 

そして暴君と化した父王倒した新王ウェールズはモード派貴族に詫びを入れ、彼らを他の貴族同様に重く用いれば、貴族や民の王家への反抗心はかなり薄れただろう……

 

そうなれば”レコン・キスタ”が台頭する理由がそもそもなく、自分も国盗りを実行に移すまで少なくとも後10年はかかったはずだ……

 

「そ、そんな真似できるものか!!」

 

エドムンドの語る案にジェームズは思わず叫んだ。

 

そんな合法性の欠片もない方法をとることなどできるはずもない。

 

「なにを言う。父に反逆罪を着せた時のように、国家の危急とあってはたとえ無実の者でも殺した貴様ではないか」

 

「あれはあいつが、エルフを追放しなかったからじゃ! 反逆罪ではなかったが、あいつに罪はあった!」

 

「法に照らせば外患誘致ないしは背教の罪になるわけだが、それにしては随分と罰の配分が重いものだ。連座で問答無用で逮捕され、処刑されて言った者が多すぎると思うのだが。どれだけ重くても前例に照らして普通に考えれば一家纏めて貴族籍剥奪した上で当主を処刑。そして他の者を国外へ永久追放程度の重さの罰のはずなのだがな。

だから不当な罰を与えた罪で貴様が暴君として歴史に名を残すくらいなら誤差の範囲だろうが」

 

「……」

 

エドムンドの詰問にジェームズは口を開いて何か言い返そうとしたが、力なく黙り込んだ。

 

「それにだ。国と民を護り導く為、己の肉親すら斬り捨てねばならぬのが王家の責務なのだろう?

ならば、ウェールズが国と民のために父殺しをするのも王家の責務のうちのはず。

だというのに、貴様は息子にそんな業を背負わせたくなかったか?

それとも、老い先短いくせに己が死にたくなかったからさせなかったか?

あるいは、なんの証拠もなく反逆罪を弟を着せた身でありながらそんなに己の名誉が大事だったか?」

 

責めるようなエドムンドの問いにジェームズは答えられなかった。

 

心当たりがまったくないとは、とても言い切れなかったから。

 

心のうちに後ろめたさを感じてしまったから。

 

ジェームズの眼光がその肉体同様に弱まったように感じられたエドムンドは興味が失せたように顎でジェームズを指し示した。

 

それに応えて、村娘のような少女がジェームズが入れられている檻をあけて、中に入った。




ようやくオリ主の本名を書けるようになったぞ!
因みにオリ主の経歴を纏めるとこんな感じ。
=======
20年以上前、モード大公の第三子としてエドムンド誕生。
10年前、百匹近いオーク鬼の群れを撃破。
7年前、風竜を単騎で撃破。竜狩人(ペンドラゴン)の称号を授かる。
6年前、ステュアート領を下賜され、ニューカッスルの城主となる。
さる子爵家の令嬢クラリッサと婚約を結ぶ。
4年前、モード大公に反逆罪を着せられ、エドムンドも連座で罪人となる。
多くの家臣の犠牲とブロワ侯爵の助けによって一命を取り留め、ヨハネ含む残った家臣を連れてガリアへ密入国し、傭兵団鉄騎隊(アイアンサイド)結成。
同時にエドムンドは仮面を被ってエクトル卿と名乗るようになる。
3年前、ガリアの王位継承の際の混乱ついて国境紛争を起こしたゲルマニアとの戦に参加。
鉄騎隊(アイアンサイド)は3倍のゲルマニア軍を撃破して勇名を轟かせる。
また、この頃にディッガーが鉄騎隊(アイアンサイド)に参加。
2年前、鉄騎隊(アイアンサイド)がレコン・キスタに参加。
ヨハネと20名くらいの人員が秘密裏に動くため別行動を始める。

時期不詳(傭兵団時代)、エリザベート率いる吸血鬼の部族と関係を築く。
時期不詳(レコン・キスタ時代)、政治手腕を買ってヨーク伯を仲間に加える。
=======
あんまりちゃんと本文で説明できる自信がないので、あとがきに書いたというのは内緒の方向で。
因みにオリ主はマチルダより1才か2才年上という設定。
それとジェームズ一世の口調ってこんなのだよね?
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