風の復讐譚[更新停止]   作:kuraisu

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王都奪還

ハルケギニアの都市は大通りを除いて、幅の大きい街道があることはほとんどない。

 

というのも、いくつかの理由があってのことである。

 

まず第一に計画的に都市を拡大せず、その時々で余裕があれば、あるいは必要に迫られたら都市を拡大するという手法を取っていること。

 

計画に従って都市を拡大する。または区画整理をするということがあまり行われないからだ。

 

そしてもうひとつの理由が戦いの際に、地の利を知り尽くしてる防衛側が戦いを有利に進めるためだ。

 

狭い道幅は大軍展開を不可能とし、幾重にも入り組んだ路地裏は迷路のごとく敵軍の動きを阻害する。

 

これは非常に有用なことで、路地裏に敵軍が分散して突入して道に迷っいる内に敵軍が防衛側に各個撃破されるという戦例は枚挙に暇がない。

 

もっとも、入り組んだ路地裏が犯罪者の楽園(ワンダーランド)と化して大都市になればなるほど都市の治安維持の困難さが増すという弊害も発生しているのだが。

 

しかし、このアルビオンの首都ロンディニウムはその例に当てはまらず、東西南北に門がある城壁の囲まれた城郭都市で、内部にはまるで将棋の盤(チェスボード)ではないかと思えるほど整然とした石造りの街並みが広がっている。

 

そしてどの道も数リーグの幅があり、各門からハヴィランド宮殿へと続く大通りに至っては二十リーグの幅を確保し、多くの人の往来を容易にしている。

 

これは約百年前に発生したロンディニウム大火災によって当時の木材建築物の殆どが焼き尽くされ、時のアルビオン王ジョージ一世が首都で建物の建築に木材を使用するのを禁じたのと同時に計画的な首都再建に取り組んだ結果である。

 

無論、そうなれば首都の防衛はどうなるかという反対意見が存在したのだが、ジュージ一世は「首都まで敵に攻め込まれてるほどこの国の軍は脆弱で無能なのか。そうでないなら都市としての機能性を追求すべき」と反論して反対意見をねじ伏せた。

 

ジョージ一世が言ったとおり、アルビオンの国軍は脆弱ではなかった。

 

この百年の間でこのロンディニウムまで首都にいる勢力の敵に攻め込まれたことはたった2回しかない。

 

1回目は今から約1年前に”レコン・キスタ”軍勢に攻め込まれた時であり、2回目は――

 

「王家に変わってアルビオンを支配することになった我が共和国軍か」

 

そう首都を囲む城壁の上でジョン・ホーキンス将軍は自嘲した。

 

ホーキンスはエクトル卿から追撃軍の指揮権を委譲され、この空中大陸から撤退しようとする連合軍を追撃していたのだが、”たった1人の英雄”によって追撃に時間がかかりすぎ、連合軍のフネがロサイスから去っていくのを歯噛みしながら見守ることしかできなかった。

 

そこへ勝利の報告を聞く気で竜籠に乗ってロサイスへやってきた皇帝閣下にありのままを報告したところ、クロムウェルは激怒してホーキンスから指揮権を剥奪し、ロンディニウムへ更迭した。

 

こうしてホーキンスはロンディニウムの牢屋に入れられたのだが、その日のうちにロンディニウムへ王党派の旗を掲げた五千を超える数の敵軍が接近していると報告を聞いた貴族議会の面々は危機感を覚え、皇帝の命令により処罰が決まるまで牢屋にいなければならないはずのホーキンスを解き放ち、首都防衛の指揮を命じたのであった。

 

皇帝の決定を完全に無視する貴族議会の対応にホーキンスはやや呆れたが、それでも敵が来るまでの間に出来る限りのことをした。首都に残る一万の軍の指揮系統や兵糧を確認し、向かってくる敵軍の兵力も計算に入れて効率的な防衛作戦を立て、それにしたがって防衛体制を整えた。

 

それで東から敵影が迫っていると聞き、東門のある城壁の上に立って、眼前に広がる五千の敵兵を見下ろしているのである。

 

「しかし王党派の旗を掲げてはいるが、一体奴らを率いているのは何者なのだ?

ジェームズ陛下はニューカッスルで爆死。ウェールズ殿下もトリステインでの極秘任務で死んだはず……」

 

それ以外にも王党派の旗を掲げられるほどに濃い王家の血を継ぐ者は革命中に全員戦死したか、処刑されたはずであった。

 

唯一例外がいるとすれば先王ジェームズの弟ヘンリーの血を継ぐアンリエッタくらいだが、トリステインの女王であるアンリエッタがアルビオンの王党派を率いるというのはいくらなんでもありえないだろう。

 

となればいったい目の前の王党派の軍は誰が率いているのか、ホーキンスはそれを考えざるを得なかった。

 

 

 

一方、王党派の本陣では実に奇怪な光景が広がっていた。

 

本陣には長机が置かれており、一番上座に座るのは約8か月前に行われたニューカッスルの決戦で戦死した筈の国王ジェームズ一世が座り、その右後方に反逆罪で処刑されたモード大公の子エドムンドが控えていた。

 

既に経緯を説明されたとはいえ、下座にいる貴族達は訝し気な顔をせずにはいられなかった。

 

彼らはベイドリックからロンディニウムに至る直線上に領地を有する領主やその代官であり、ジェームズ一世の生存と王党派の後ろにガリアがいること。既にガリアがロサイスに上陸し、そこにいるアルビオン軍と交戦していることを教えられ、降臨祭中にヨハネらに教えられ、王党派への陣中に身を投じたのである。

 

さらに言えば彼らも皇帝クロムウェルからガリアが参戦するという噂を聞いていたが、とても信じられず、クロムウェルに協力するように見せかけ、実は裏でジェームズ一世と手を組み、王権の回復を狙っていたのだというヨハネの言葉をあっさり信じたため彼らが王党派に身を寄せる決断を下すのは早かった。

 

共和政権が風前の灯である以上、王党派に「共和政権に従ったのは本意ではない」とアピールし、保身を図ろうとしたのである。

 

既に自領の民を徴兵して共和国軍へと参加させてしまっていたのと時間があまりなかったため、そんなに兵を募ることができなかったので各封建貴族に仕える陪臣筋の無領地貴族や騎士が多少加わったのみであるが。

 

とはいえ、紛いなりにも王党派に参加していたという事実は戦後自分たちに下るであろう処罰を多少は軽くしてくれるであろうと彼らは信じていたし、もしここでなんらかの武勲を立てれば共和政権に膝を屈した失態の償いにもなるだろうという考えもあった。

 

そんな打算に満ち溢れた封建貴族十数名とエドムンド配下の鉄騎隊(アイアンサイド)の千人長達、そしてヨハネ率いるブロワ侯爵軍の大隊長達が囲む長机の上座に座る人物が威厳ある咳払いをした。

 

「まずは一度は叛徒どもに王位を追われた朕に従ってくれた者達に感謝を示さねばなるまい」

 

老人故の肉体能力の衰弱に加えて過度の拷問により、うまく動かないボロボロの体を左隣に控えていた平凡な容姿の女中に支えられ、足を震わせながら立った。

 

その様子を見て封建貴族達は思わず顔を逸らした。

 

何らかの理由で叛徒に幽閉され拷問されていたところをエドムンド殿下に救出されたという説明されており、そんな体で立ってまで自分たちに感謝の念を示そうとするジェームズ一世に対して、自分たちが保身のために王党派に属したことがとても恥ずかしく思えたからである。

 

「そしてエドムンド。おぬしの一族とは忘れがたい遺恨があるが、今だけはそれを忘れ、朕と共にあの首都に籠る叛徒を一掃するために力を貸してくれたこと、まことにありがたく思う。首都を奪還し、アルビオン再興を果たした暁にはおぬしら一族に対し、しかるべき責任をとることを約束しよう」

 

「……その御言葉のみで今は十分です」

 

「そうか。では、作戦の確認を頼む」

 

既に立っているのが限界だったのか、ジェームズは女中に支えられながらも崩れ落ちるように椅子に座った。

 

そして前に進み出たエドムンドが作戦の確認を始める。

 

「ロンディニウムはその都市の構造上、市街戦に向かぬ。

故に城門さえ突破してしまえばハヴィランド宮殿まで我が軍を遮るものはない。

よって内部にいるヨーク伯の軍が東門を開け次第、騎兵隊と歩兵隊を突撃させ市街地を制圧する」

 

ここまでで疑問がある者はおるかと問いかける。

 

そこで封建貴族の1人が手を挙げた。

 

「しかしロンディニウムには一万の敵兵が犇めいておるのでしょう?

我が方は五千を僅かに超える程度。敵が数に物を言わせた戦いをすれば危ういのでは」

 

「問題ない」

 

「なにゆえ?」

 

「ヨーク伯が味方を増やす努力を怠るような奴だとおぬしは思うか」

 

そう言われ、貴族達が口々に「あの白豚、いや、白いオークならそれくらいやりかねん」と言いあい、やがて納得した。

 

ヨーク伯以外にも旗色を変えている部隊がロンディニウムの内にいるのであれば、敵軍の指揮系統が崩壊してまともな戦術をとれないであろうことが想像できたからだ。

 

他に質問がないことを全員を見回して確認したエドムンドは「次に作戦行動についてだが……」

 

「殿下! 突撃の先鋒は是非我が隊が賜りたい!」

 

主君の言葉を遮り、勢いよく叫ぶヨハネ。

 

それに負けじと領主やその代官たちも自分達こそ先鋒にと叫ぶ。

 

領主や代官にとって、おそらく一番功績をあげることが可能であろう先鋒は是が非でも務めたかった。

 

無論、戦死する可能性も同じくらい大きいが、その場合”名誉の戦死”として遺族が自分の家の立場を守るために利用するので結果如何に関わらず、家の存続を重要視する貴族にとって先鋒とか一番槍という任務に就くのは魅力的であるのだった。

 

そしてその貴族の論理は、王族のエドムンドもよく理解していた。

 

「諸侯らの言や良し。

しかし諸侯らの兵を纏めては五百以下である。

その程度の兵力で先鋒を任せきるわけにはいかぬ」

 

エドムンドの言葉に幾人かの貴族は顔を俯かせたが、それ以外の貴族は喜びを露わにした。

 

「殿下。任せきるわけにはいかぬと申されましたが、ということはある程度は任せて下さるのでしょうか」

 

その質問にエドムンドは頷いた。

 

「そうだ。おぬしらにはブロワ侯爵軍の指揮下に入ることを命じる。

ヨーク伯が南門を開けると同時におぬしらも市内へ突撃せよ」

 

その命令には喜びを露わにしていた貴族も意気消沈させた。

 

てっきり彼らはいくらかの兵の指揮を任せてくれるのではないかと思い、期待していたからである。

 

結局のところ、それぞれ数十の兵しか連れてきていない領主や代官たちは自力では大した功績を立てれないと思っているのだ。

 

その貴族達の様子を見たエドムンドは軽く笑みを浮かべた。

 

「ヨハネ。貴族達は最前衛を務めさせよ」

 

「はっ!」

 

そのやりとりで再び数人の貴族の顔に喜色が宿った。

 

一番槍の栄誉を得られる可能性が格段に大きくなったからである。

 

戦意を高めだした貴族達を見て、エドムンドは内心面白いほど思い通りの反応をするなという思いを抱いていた。

 

 

 

突然、爆音が響いた。

 

「むっ!」

 

東門のある城壁から敵軍を見下ろしていたホーキンスは音が聞こえた方向へと視線を向けた。

 

すると南門にほど近い場所から黒い煙があがっているのが見えた。

 

「何事か!?」

 

「! 閣下! あれをご覧ください!」

 

今度は隣にいた副官が城壁の外を指さして叫んだ。

 

副官が指さす方向を見ると千程の騎兵が南側へと向かい始めていた。

 

いや、残り四千の本隊もゆっくりと南側へと進んでいる。

 

その光景を見てホーキンスは敵の狙いを悟った。

 

「敵の狙いは東門ではなく、南門か!」

 

おそらく敵はこちらの軍の一部を籠絡して味方につけていたのだ。

 

完全に見誤った。

 

敵軍が街の東側へ集結していることを聞いて、敵軍は東門を突破してくるであろうと考えていたからである。

 

無論、別働隊による他の門への奇襲を想定していなかったわけではないが、その場合別動隊の規模はそう多い数ではないと考え、各門へは千ほどの兵力しか配置していない。

 

だが、南門の守りに回していた部隊の何割かが裏切り、外から千の騎兵と内の裏切り部隊との挟撃にあえば南門などあっという間に落ちかねない。

 

「各部隊へ伝達! 東門守備隊を除いた全兵力を即座に南門に向かわせよ!」

 

そう叫んでホーキンスは馬に飛び乗り、南門の守備を固めようとしたがそう思うようにはいかなかった。

 

どうも東門を守っていた部隊で反乱が発生しているらしい。

 

それに加えてあそこの部隊が裏切っている、あっちの部隊も裏切っていると言った流言が共和国軍全体に流れ、裏切ってない部隊同士に同士討ちが発生したりしてどうしようもないほど指揮系統が混乱していると部下から報告を受けた時、ホーキンスは天を仰いだ。

 

「始祖よ。これが貴方の末裔に背いた者への罰なのですか……」

 

降臨祭終了直後からホーキンスが参加する戦争のめぐるましく変わる天変地異のごとき戦況の変化に、ホーキンスは頼むから”伝説の虚無”とか”単騎で戦況を覆す英雄”とか存在しない常識的な戦をさせてくれと神と始祖に願わざるを得なかった。

 

 

 

そしてヨーク伯軍は順調に南門を制圧しつつあった。

 

「市内の軍の動きに統一性はありません。なればあと数分でこの門も落ちるでしょう」

 

部下からその報告を聞いたヨーク伯は満足げに頷いた。

 

「殿下の戦略眼に狂いはないようだ。かように想定通りの状況を作り上げるなど」

 

敵軍がこうも混乱しているのはエドムンドの策略によるものだった。

 

エドムンドがとった策は極めて単純なものだ。

 

ある貴族が指揮する諸侯軍Aと違う貴族が指揮する諸侯軍Bが存在したとする。

 

この内、AとBに所属する兵士を屍食鬼(グール)化させ、ヨーク伯が旗幟を鮮明にする直前に緊急報告があるとAの兵をBの指揮官に、Bの兵をAの指揮官に近づかせ、暗殺を実行させる。

 

するとAとBの諸侯軍は互いに相手は裏切り者であると断じ、派手に同士討ちを始めるであろうというもの。

 

無論、これだけなら騙されないかもしれないし、対処のしようもあるだろう。

 

しかしヨーク伯の交渉によって本当に裏切ってる諸侯軍が数個あることや、ヨーク伯の手の者があちこちで事実無根の噂を大声で流しまくってるせいで諸侯軍は互いに疑心暗鬼になっているのであった。

 

最早、ロンディニウムにいるのは共和国軍という一体性のあるものではなくなっており、それぞれの指揮官が率いる私軍が複数存在しているだけといってよかった。

 

「門を開けるぞーー!!」

 

ヨーク伯軍が南門を制圧し、南門を開けた。

 

それから数分とたたずにヨハネ率いる騎兵隊が市街地へ流れ込む。

 

「進め進めぇー!」

「王家への忠誠を見せる時ぞ!」

「始祖に連なる王家に背いた叛徒どもを一掃しろ!!」

 

そんな取ってつけたようなセリフを叫んで市街地へと消えていくのは領主やその代官率いる少数部隊である。

 

つい最近まで共和政に肯定的であったはずの彼らの変わり身にヨーク伯は苦笑を禁じ得なかった。

 

「本隊が来るまでこの門を死守するぞ!」

 

そう叫ぶのは千の騎兵を率いるヨハネである。

 

この南門が奪還される可能性は低いであろうが、万が一にも自分が突撃して門を奪われたら一気に勝敗が危うくなるであろうと考えるヨハネは本隊が車で門の防衛に専念する。

 

同時に内心で後先考えずに突撃していた貴族どもへ呪詛の言葉を吐き続けた。

 

そしてヨーク伯の姿を確認したヨハネは馬を彼に近づかせた。

 

「ヨーク伯! 開門ご苦労であった!」

 

「なに、全ては、殿下の思し召しに、御座います」

 

ヨーク伯は脂汗でコーティングされてテカりまくってる顔を奇妙に微笑ませ、息も絶え絶えにそう返事した。

 

「そ、そうか」

 

その、なんともいえない様相にヨハネは思わず視線を逸らしながらそう言った。

 

どうやら典型的な肥満体型であるヨーク伯が軍を率いるのは相当な重労働であったらしい。

 

見ればいつもなら軍を指揮しているヨーク伯の臣下が申し訳なさそうに口を歪ませている。

 

どうやら彼の臣下にでも、今の彼の姿は直視するのは辛いものであるらしかった。

 

そんなしょうもないことをしている間にエドムンド率いる本隊も南門を越えてきた。

 

「殿下! 敵も体制を立て直しつつあります。ここは一気に私自ら敵本陣まで突撃しようかと」

 

その姿を見つけるなり、雷竜に跨ったエドムンドに進言するヨハネ。

 

いささか礼を失した行為であり、隣にいたディッガーが咎めようとしたがエドムンドに静止された。

 

「ディッガー。お前は30程率いてジェームズが乗っている天幕付き馬車を守れ。

そしてヨハネ、おぬしの言う通りだ。一気にハヴィランド宮殿まで駆け上がってトドメを刺せ」

 

「はっ!」

 

望み通りのエドムンドの命にヨハネは体を歓喜で震わせた。

 

軽く腰を折って礼をすると即座に自分の馬に飛び乗り、散らせていた部隊を纏めあげる。

 

「エドムンド殿下! クロムウェルの首、このヨハネが持ち帰ってみせますぞ!」

 

そして大声でそう叫び、千の騎兵を率いて街の中心部へと消えていった。

 

「よろしかったのですか?」

 

ディッガーが控えめな声で尋ねる。

 

ヨハネが戦場であるとはいえ、王族であるエドムンドにちゃんと礼儀を払わずに進言し、それを認めてよかったのかと言う意味である。

 

「大局的に見ればこれでよかろう。むしろ礼儀を理由にあいつに突撃の指揮をとらせなかった方が後が怖い」

 

エドムンドはヨハネの焦燥を完璧に見抜いていた。

 

見抜いていたがゆえ、認めなかったら後々面倒だと判断したのである。

 

ヨハネほど忠誠心でも武力でも信頼できる優秀な騎士は数がしれているのだから。

 

「あの、殿下」

 

「む? どうしたヨーク伯」

 

エドムンドは表面上ヨーク伯の汗臭さを感じる姿に動揺した様子は見られない。

 

しかし、ディッガーには自分の主君の顔がわずかに引きつっているのがわかった。

 

「ヨハネ殿はああ言われたが、クロムウェルは現在首都を留守にしております」

 

「なに? では奴は今どこにおるのだ」

 

「前線の報告を聞きたいとロサイスへ行かれたきりで」

 

エドムンドは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

密書通りにガリアが動いているなら、今頃ロサイスへ上陸し終えてる頃だろう。

 

だとすればクロムウェルの首級はガリア軍が上げている可能性が高い。

 

ガリア軍によるアルビオンの叛徒の首魁の撃破。

 

それはその功績に見合うような配慮を戦後交渉でガリアに対してせねばならぬことを意味し、その結果として自分が実質的に支配できる領土が減るであろうことが容易に想像できるため、エドムンドは憂鬱になるのであった。

 

「……とりあえず、ヨハネにクロムウェルはハヴィランド宮殿におらぬと伝令を出してやれ」

 

エドムンドは大きくため息をつき、クロムウェルがガリアの魔手から逃げきっていてほしいものだと思った。

 

そして残る四千の内、二千の兵を率いて城壁の完全攻略に乗り出した。

 

 

 

ハヴィランド宮殿へ続く城門を守る部隊は心の底から湧き上がってくる恐怖に囚われていた。

 

本音を言えば今すぐにでも逃げ出したいのだが、必死でそれを抑え込んでいるというべきか。

 

それは共和政への忠誠心の発露などという高尚なものでは決してなく、単に任務を放棄したら確実に殺されると理解していたからである。

 

恐怖に濁った瞳でこの部隊を率いる太った中年将軍は、血まみれで絶命している部下をみた。

 

彼は恐怖に負けて戦列から離れようとしたところ、城壁の上にいた弓箭兵に射殺されたのであった。

 

(おのれランカスターめ! 督戦隊を置くほど心配なら貴様自ら前線に立てばよかろう?!)

 

将軍は内心で督戦隊を配置してくださった内務卿に呪詛の言葉を吐きまくった。

 

そして一通り呪詛の言葉を吐き終えると、悪夢に等しい現実へと意識が向いた。

 

(なぜ……、なぜこのようなことになったのだ?)

 

楽観主義すぎてホーキンスから罵倒を受けた彼であっても、悲観に暮れるしか道がないほど現実は残酷であった。

 

なぜだ。我らは降臨祭の終了と同時に敵の連合軍を叩きだして反攻するのではなかったのか。

 

なのになにゆえ、我らは去年滅びした筈の王党派の軍に追い込められねばならぬのか。

 

全てが理不尽の極みであるかのように将軍は思えた。

 

(おのれクロムウェル!おのれエクトル!おのれホーキンス!

どいつもこいつも1年も国を維持できぬ無能のくせに我ら貴族を巻き込みおって!!)

 

あまりにも無茶苦茶な怒りであるといえよう。

 

早期から”レコン・キスタ”に参加し、その恩恵として将軍などというその能力からしたらありえなほど高位の軍職に就き、つい先日まで我が世の春を謳歌していた彼が巻き込まれた(・・・・・・)などというのは虫が良すぎる。

 

しかし彼自身にとっては至極当然な怒りのように思えた。

 

今となっては自分達を熱狂させた伝説のカリスマであるクロムウェルはただ演説だけが桁外れにうまかっただけのペテン師であったように思えるし、護国卿などという大層な地位に就いたエクトル卿は鉄騎隊(アイアンサイド)が敵の陣中にいることから恥知らずにも裏切ったのだろうし、アルビオンの名将であるはずのホーキンスは敵の連合軍を取り逃がしたばかりか、このロンディニウムの防衛を任されてから数刻とせぬうちに敗色濃厚の防衛戦を展開している有様ではないか。

 

話が違う。いったいなんなんだこれは?! 何とか言ってみろ疫病神どもが!

 

中年将軍は顔を赤黒く染め上げ、再び現実から思考が外れ出す。

 

或いは彼の本能が無意識のうちに現実逃避をしたがっているのかもしれなかった。

 

「か、閣下! 敵が突進してきます!!」

 

しかしそんな現実逃避は部下の悲鳴のような声によって中断された。

 

そしてこちらに向かって一直線に突撃してくる敵の騎馬隊をようやく意識できた。

 

そして将軍の顔色は鮮やかに赤黒から蒼白へと色を変え、現実逃避できぬならばといわんばかりに呆然自失し、部下達の混乱を殊更に煽ったようであった。

 

 

 

ヨハネの騎馬隊の突撃を遮るものはなにひとつとしてなかった。

 

いや、遮るものはあるにはあったのだが、前面に強い鋒矢の陣の突破力に容易く打ち壊されていった。

 

ならば弱点である側面から……と本来なら考えられたのだが、ハヴィランド宮殿へとと続く大通りの幅を埋め尽くすように騎兵が整列しており、側面は建物で守られているため、そのようなこともできなかったのである。

 

そして今やヨハネの騎馬隊はハヴィランド宮殿の城門付近まで進軍していた。

 

「まどろっこしいわ!!」

 

城壁の上から飛んでくる矢の嵐を、炎の渦で焼き尽くして灰へと変える。

 

そして閉じている城門へ向けて馬の速度を上げた。

 

ともすればそのまま激突して自滅するのではないかという速さだ。

 

「邪魔だ!!」

 

火・火・火・火のスクウェアスペル。

 

巨大な炎の槍とでもいうべき豪火の奔流は、城門を守っていた部隊ごと城門をぶち抜いた。

 

これはかなり危険な行為といえる。

 

というのも、馬とは本来は臆病な生き物であり、それを訓練することによって逃げることを忘れた軍馬となるのだ。

 

しかしいかに訓練されたとはいえ、臆病な生き物であることに変わりはない。

 

するとあまりの恐怖に直面すると軍馬は逃げずに立ち止まってしまうのだ。

 

つまり騎手が馬上から投げ出されるような危険が生じるのだ。

 

そんな軍馬の馬上からスクウェアクラスの火系統魔法を使うなど自殺行為もいいところである。

 

しかしながら、ヨハネにそんな危険は無縁の代物であった。

 

「スゲェな。隊長」

「なんせあの馬は使い魔だぜ? 曲芸じみた機動くらいお手の物なんだろ」

「……ちょっと迫力に欠ける気がするが羨ましい」

 

ヨハネの部下のいうとおり、ヨハネの乗る馬は彼の使い魔なのである。

 

一心同体の使い魔であればこそ、信頼関係は強固であり、はたから見れば無茶なことも平然とできるのだ。

 

「どこだクロムウェル! 出てこい! 貴様の首を殿下へ献上せねばなぬからな!!」

 

ハヴィランド宮殿前の広場で大声で叫ぶヨハネ。

 

そして行きがけの駄賃とばかりに広場にいる敵兵を焼き殺し、馬で踏み潰していく。

 

これは一種の挑発である。

 

というのも火系統のメイジである自分が屋内で本気で戦えば建物が無事ではすまない。

 

さすがにこれから自分の主君の居城となるハヴィランド宮殿を炎上させるわけにはいかず、できるならクロムウェル自らこの場に来て欲しいのだった。

 

しかし広場にいた敵兵をあらかた殺しまくっても出てこないので、仕方なく不利を承知で屋内戦を行おうかと考え始めたその時、大量の水が空中から降り注ぎ、広場をを舐め尽くしていた炎を鎮火した。

 

「”ウォーター・フォール”か」

 

そう呟くとヨハネは空中を睨みつける。

 

するとそこにはヒポグリフに跨った老齢のメイジがいた。

 

「我は神聖アルビオン共和国内務卿ハンフリー・オブ・ランカスター!

無能なる王党派の残党どもよ。我が前にひれ伏すがいい!!」

 

そこへヒポグリフが急降下し、ランカスターが”水の鞭”で地上の兵を数人吹っ飛ばし、ヒポグリフ自身もその鷲のようなくちばしで適当な兵士の首を引っこ抜き、再び上空へと飛翔した。

 

「ランカスター公か……。まあ、詐術頼りのクロムウェルよりやりがいがあるか」

 

そう呟くとヨハネは宮殿の壁へと向けて馬を走らせた。

 

「ハイッ!」

 

ヨハネは見事な手綱さばきと平衡感覚で宮殿のわずかな突起物に馬の足を引っ掛けさせながら、宮殿の屋上へと躍り出た。

 

そして斜面の屋根を転げ落ちるようなスピードで助走をつけ

 

「ハイアーッ!」

 

そのまま空中へと身を躍らせた。

 

そしてコモンスペルの”レビテーション”で馬の落下スピードを低下させ、まるで空中を駆けるかのごとくランカスターのヒポグリフに体当たりした。

 

あまりにも予想外な場所からの攻撃にランカスターは思わず動揺した。

 

その動揺がおさまらぬうちにヒポグリフの翼をヨハネの魔法で焼かれた。

 

「くっ!」

 

ヨハネと同じような手法で落下するヒポグリフを安定させつつ、ランカスターは隣でほぼ同じ速度で落下するヨハネと魔法を撃ち合いながら地上へと帰還する。

 

(これで五分……いや、まだ向こうの方が有利か?)

 

ヨハネの推測は概ね正しいといえる。

 

そもそもヒポグリフは馬の二倍ほどの速度を出せる幻獣であり、翼を失ったとはいえ馬のスッペクを圧倒的に上回るのだ。

 

(もっとも、あくまで一対一で考えればの話だが)

「やれい!!」

 

ヨハネの叫びとほぼ同時に弓馬兵や銃馬兵の狙撃がランカスター公の体を蜂の巣にした。

 

確実に絶命するほどの傷であるはずだが、ランカスターはまるで何事もなかったように杖をヨハネに向けて大きいボール状の水の弾を乱射した。

 

これに驚いてヨハネは回避行動をとったものの、逃げ切れず一発だけ左腕に当たってしまった。

 

いかに水の弾といえど、勢いよく叩きつけられれば重症を負う。

 

「ぐっ!」

 

左腕の骨にヒビでも入ったのか、激痛がヨハネを襲った。

 

激痛を堪え、敵を見ると平然としているランカスターに対して重症を負っているヒポグリフの姿が確認できた。

 

「ハッ。あの生臭坊主め、幹部すら自分のお人形にしてやがったか」

 

その事実に対してヨハネは得心したようだった。

 

4年以上前からテューダー家とは疎遠だったとはいえ、ランカスター家の家系図を紐解けば百代以上前にテューダー家から分裂した家であったはずだ。

 

遠縁だが王家の分家の出であるハンフリー・オブ・ランカスターが王権を否定する共和制に与しいたのは不自然といえば不自然だし、そう考えると彼が操り人形だというのも十分に頷ける話のように思えた。

 

「せめて安らかに逝け……」

 

わずかばかりの哀れみを込めた声で城門をぶち抜いたスクウェアスペルをヨハネは唱え、ランカスターの体を焼き尽くした。

 

クロムウェルの”虚無”による復活の魔法の秘密が強力な水の先住の力を持つなんらかのマジックアイテムで死体を思うがままに操ることであるということをエドムンドは突き止めており、その情報はヨハネにも教えられていた。

 

要するにやたら完成度の高い死霊魔術の一種であり、そういう相手には炎が有効的である例に漏れず水の先住で動く死体も火に弱いこともまた実験済みであった。

 

こうしてランカスターを倒したヨハネはハヴィランド宮殿に突入して貴族議会の面々と対峙し、一人を除いてすべて既に動く死体であったのでランカスター同様に炎で浄化し、唯一の生者であったストラフォード伯トーマスを牢獄へと叩き込み、ハヴィランド宮殿を制圧した。

 

それからそう時をおかずにロンディニウム全体を制圧した王党派はジェームズ一世の復位と、モード大公の息子にしてステュアート伯エドムンドの生存と王族の地位の回復、そして次期王位継承者に定めることを宣言した。

 

クロムウェルの前線視察と貴族議員の全滅により指導者を失った神聖アルビオン共和国であるが、ホーキンス将軍が隠し通路からハヴィランド宮殿に囚われていたストラフォード伯トーマスを救出してサウスゴータへ逃れ、共和政権が未だに健在であることを宣伝した。

 

そしてロサイスにいるクロムウェル率いる七万の兵と合流して巻き返しを図ろうとしたが、王党派の要請によって参戦してきたガリア軍によって既に七万の兵はすべて降伏しており、皇帝クロムウェルに至ってはガリア艦隊の最初の砲撃で戦死していることを知ると”神聖アルビオン共和国を僭称する叛乱軍”は王党派に降伏を申し出、王党派はそれを受け入れた。

 

かくして、約3年に渡るアルビオンの内乱はこうして終結した。




この話だけで文字数が一万超えてる件について。
とにかくこれで第一部完って感じになるのかな?

>ジェームズ一世
なんで生きてるのとかいうツッコミを受けそうな人。
ボカしていうと前話に出てきた村娘?と今話に出てきた女中は同一人物です。
……まあ、つまりそういうこと。

>ヨハネの焦燥
単純に今までエドムンドのそばで忠誠心に見合うだけの功績を献上できてないので焦ってました。
エドムンドが幼少の時からいる忠臣なので忠誠心が他の者より大きいせいです。

>ストラフォード伯トーマス
洗脳されてない+クロムウェルがただの平民ということも知らんのに貴族議員だった凄い奴。

>ホーキンス
今のところ本作随一の苦労人。
簡単にまとめると……

反ジェームズだから”レコン・キスタ”に参加
↓
想像以上に貴族が理想より自分の権利拡大に興味深々だった件
↓
でもなんとか王家を倒せたから王家よりマシなはず!
↓
え? 内乱終結直後で国内荒れてるのにトリステインに侵攻するの?
↓
侵攻作戦失敗して空軍がああああああああああ!!!!!
↓
部下の将軍は血の気が多かったり、楽観主義な奴だったりして辛い
↓
敵軍に上陸されたよ。こうなったらサウスゴータで決戦だ!
↓
え? 皇帝の”虚無”でなんとかするからサウスゴータから食料巻き上げろ?
↓
”虚無”で敵軍三万が味方についた? なんか怪しい
↓
でも不安を押し切って敵軍を追撃ぃーーー!!
↓
たった一人に七万の軍勢が足止めされるとか!
↓
皇帝「敵が逃げるのを許した? 役に立たぬ奴め! ロンディニウムに更迭してやる!」
ホーキンス「そんなー」
↓
首都で監禁されてたら王党派が攻め込んできて防衛の指揮をとれとか言われた件
↓
首都にいる一万をまとめて防衛体制を整える
↓
……なんで敵が攻め込んできた直後に反乱が多発するかなー?
↓
案の定、ロンディニウム陥落
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