第28話
ハヴィランド宮殿の迎賓館でエドムンドは賓客を待っていた。
重たい扉が開かれ、古代の剣闘士を思わせるほど鍛え上げられた体に青色の髪をした偉丈夫、ガリア王ジョゼフ一世が入室してきた。
「おお!親愛なるアルビオンの皇太甥殿下!
無能と名高い余を招いてくれたことに感謝するぞ!」
ジョゼフは大仰な仕草で握手を求め、エドムンドは一瞬戸惑ったものの握り返して笑みを浮かべる。
「いや、私こそ感謝すべきであろう。
おぬしの援助なくばレコン・キスタ――神聖アルビオン共和国などと大層な名前を僭称をした叛徒どもをこの空中大陸からこうも容易く駆逐することはできなかったであろう」
「なに、余は兄弟国として抱くべき当然の感情にゆえに出兵したのだ。弟を失って嘆き狂わぬ兄などこの世に存在せぬゆえな」
よく言うわ。とエドムンドは内心で感心した。
アルビオンを滅ぼしたレコン・キスタの黒幕がよくもまあ厚顔に言えるものだ。
まあレコン・キスタで仮面を被ってエクトル卿を名乗り、神聖アルビオン共和国においては護国卿という皇帝につぐ地位にいたにもかかわらず、共和政からの解放者を演じて王党派を率いている自分が言えたことではないが。
「しかしジェームズ一世陛下が生きておられたなど余はまったく知らなかったのだが……
なぜ殿下は余にそのことを教えてくれなかったのか、聞いてもよいかね?」
ジョゼフは首を傾げて問うてきた。
ガリアとしてはロサイスにて現状アルビオン王家の血を継ぐ唯一の人物エドムンドと合流し、そのままロンディニウムへと進軍してエドムンドに戴冠させる腹積もりであったのだ。
実際、ジョゼフからそのような密命を受けて出撃したガリア両用艦隊司令クラヴィルはロサイスを制圧したにもかかわらず、エドムンドと合流できなかったばかりかジェームズの復位を知って驚愕し、激しく困惑したものである。
「陛下が囚われ身にあったことは機密。それも叛徒の上層部の一部しか知らぬことであった。
もし陛下が生きていることがバレると叛徒どもは陛下を
そのため不義理ではあることは承知の上で陛下の生存をおぬしに伝えるわけにはいかなかったのだ」
エドムンドは苦笑しながらそう言った。
嘘は言っていない。
ジェームズを幽閉していることはレコン・キスタの上層部の一部――エクトル卿(エドムンド)、ディッガー、ブロワ侯爵と言った現王党派の重鎮達――しか知らなかったし、ニューカッスルでしたジェームズの死の偽装がクロムウェルらにバレた時は、エドムンドは自分が失点を負わぬためにジェームズを髪の毛一本残さずこの世から消滅させるつもりであった。
因みにヨーク伯、ヨハネ、ユアンと言った者達は降臨祭の際に行われた秘密会議でジェームズの生存を知り、それを利用する計画をエドムンドから聞かされていたため、ジェームズの生存が公表されても特に混乱することもなくスムーズにジェームズの復位と王政復古が達成された。
「ふむ。そういう事情であれば仕方がない」
「……」
「む? どうしたのだ?」
「いや、伯父上の復位に言いたいことはないのか?」
「あえていうならモード大公に反逆の濡れ衣を着せたジェームズ殿の下につくのが意外と言えば意外だが、あなたが納得しておられるならいちいち口挟む必要を感じぬわ」
もっともらしいことを言ってのけるジョゼフにエドムンドは目を細める。
”援助と引き換えにアルビオン王国再興が成った暁にはエドムンドが相応の礼をジョゼフへ支払う”
大雑把にいえばそれが現在エドムンドとジョゼフの間で結ばれている密約である。
あくまで個人間の約束であることを強調したため、いかに皇太甥であるエドムンドといえど国王のジェームズから与えられた自由にできる財産は限られており、その全てをガリアへ贈与したとしてもさほど痛くない規模になるだろう……
そんな思惑が憎たらしいジェームズをエドムンドが生かしていた幾つかの理由のひとつであった。
無論、ガリアからすれば期待外れの報酬かもしれないが、密約は守っていると強弁できるだろうと考えていた。
しかしだからと言ってジョゼフが簡単にジェームズの復位を認めるはずがない。必ず難癖をつけてジェームズの復位を認めず、自分の即位を要求してくるだろうとエドムンドは身構えていた。
だというのに実際はこうだ。
なぜだ? 自分が王にならないならば報酬が減ることが目に見えておるのだぞ。それでなおジェームズの復位を全面肯定するというのか。
無論、ジェームズの復位をジョゼフが承認してくれるのはエドムンドにとって良い事である。良い事であるのだが、ジョゼフの狙いが読めないエドムンドは不安になるのだった。
「しかし私が王になれぬ以上、おぬしへの礼は少なくなるであろうが……大丈夫だろうか?」
その不安がより明確にジョゼフに問う形をとって現れた。
「かまわん。派遣したガリア両用艦隊の運用費とその報酬分さえもらえれば、それ以上要求はせぬ。
先ほども言った通り、我らは兄弟国を滅ぼされた義憤ゆえにそなたを支援したのだ。
その証拠にクラヴィル司令も無償であなたの要請に従っているだろう?」
どうでもいいようなふうにそう言ってのけるジョゼフ。
「……」
たしかにジョゼフの主張は表向き筋が通っている。
だが、レコン・キスタの黒幕がジョゼフであると知っている自分にそう言うとはしらじらしいにもほどがある。
そう憤る一方で、エドムンドの不安はさらに大きくなったようであった。
たしかにガリアのロサイスでクラヴィルと合流して王国再興を果たすという案を完全に無視したにも関わらず、クラヴィル司令は従順に自分の要請に従ってくれた。
ロサイスでガリア軍が捕虜にした七万の兵の身柄の引き渡しを求めたら無償で引き渡してくれたし、ガリア軍が占領した土地を返還してほしいといえば無償で返還してくれた。
怪しいくらいまでに誠実なガリアの対応。
本当にジョゼフはなにを狙っているというのか……
いや、これはどちらかというとこれはなにかを狙っての行動というより、まるで……
(まるで……そう……、狙っていたものはすでに手にいれたからこれ以上面倒なことをしたくないとでも言いたげな?!)
そう考えた時、無形の衝撃がエドムンドを襲った。
たしかにそれが一番この状況に説明がつけられそうな気がした。
「む? 黙り込んでどうしたのだ? 疲れておるのか?」
ジョゼフに問いかけられ、エドムンドは誤魔化すように首を振った。
バカバカしい。第一、ガリアがこの戦争で何を得たというのだ。
空の脅威がなくなったことと中立国ゆえに戦争特需の交易で儲けたくらいではないか。
その程度の利を得るためにここまでの謀略を行うなど非効率もいいところではないか……
「やっぱり疲れておるのか? なんなら我が国のアカデミーが開発した栄養
「……遠慮しておこう。疲れいるとはいえ薬に頼る気にはなれぬ」
さらっと依存性が高い劇薬を勧めてくるジョゼフに辟易しながらも疲れていること自体は認めた。
実際、王国を再興してからというものかなりの激務なのだ。
復位させた満身創痍の国王ジェームズ一世など宮殿の寝室で寝転がせているだけのお飾りにすぎない。
なので皇太甥に冊立されたエドムンドが事実上の王として再興したばかりのアルビオン王国をまとめるために政務に励んでおり、休む暇さえないほど政務に忙殺されているのであった。
それどころか”ライト”の魔法が付与された魔道具を使って夜を徹して書類仕事も行っているため、睡眠時間もガリガリと削られている。
これもアルビオンを手にいれるため!そう決意して取り組んではいるのだが、しんどいものはしんどいし、疲労は溜まり続けているようであった。
「それでだ。我がガリアとしては完全なるアルビオン復活を望んでおる」
当然の言葉にエドムンドはやや面食らった。
「……というと?」
「簡単に言えば小生意気な小娘と田舎の野蛮人にあなたの国の権益を奪われることを望んでいないのだよ」
随分と酷い言い方だ。
小生意気な小娘はトリステインの女王アンリエッタのことで、欲深い田舎者はゲルマニアの皇帝アルブレヒト三世のことだろう。
「田舎の野蛮人はともかく、小生意気な小娘はないだろう。
ましてや兄弟国の情ゆえに私を支援してくれたかたの言葉と思えませぬな」
ガリア、アルビオン、トリステインの三国の創始者は始祖ブリミルの子ども達であり、兄弟である。
つまりジョゼフに表向きはアルビオンがアルビオンの兄弟国だからという理由でエドムンドを支援したのに、同じ兄弟国のトリステインの君主を生意気な小娘呼ばわりするのはいかがなものかとエドムンドは言っているのである。
「なに。誰かを陥れる相談を公式な場でするのは憚られよう?
だから誰に対して言っておるのかわからぬようにするのは当然の配慮だ」
誰に対して言ってるか一瞬でわかるわッ!!
少しでも国同士の政治に関わっているやつならば、誰にでもわかるだろうッ!
「あなたが叛徒の生き残りの代表を懐柔していることは知っている。
というか、むしろこれを見越してあなたがやつらを生き残らせたと我が国では考えている。
実にありがたいことだ。これで数日後の諸国会議で小生意気な連中と田舎者どもの君主を黙らせることが簡単になるだろう」
やはり、こいつは誰を指しているか隠す気は微塵もないようだ。
ある種の確信を抱いたエドムンドはジョゼフの配慮を全く感じられない配慮を受け入れて諸国会議における方針を相談していった。
迎賓館の一室の椅子に寝間着のジョゼフは腰をかけていた。
「陛下、なにをなさっておられるのです?」
同じ部屋で夜を共にしていたジョゼフの愛人モリエール夫人が声をかける。
「いや、今度箱庭で興じる遊びはどのようなものにしようかと悩んでいたのだ」
ジョゼフの答えにモリエール夫人はぞわりと恐怖に震えた。
箱庭でする遊びとはあれのことだろう。ハルケギニアをもした箱庭でやっていた戦争ごっこ。
しかしモリエール夫人は知っている。あれは断じて戦争”ごっこ”ではない。
でなくば、サイコロの目でアルビオンへの出兵を決定したりするものか。
「陛下はまた戦争をするおつもりでいらっしゃいますの……?」
恐怖に震えながらも勇気を出して問いかけた。
それに対してジョゼフは髪の毛を乱暴にかき回して唸った。
「いや、箱庭で遊ぶのはしばらくお預けだ。今やっても面白みがない」
明らかにホッとするモリエール夫人をジョゼフは気にも止めなかった。
ジョゼフにしてもジェームズが生存していたのは予想外であった。
というかあんな誇り高い耄碌ジジイがエドムンドの言いなりに甘んじるなど考えられなかった。
だが、よくよく考えればジェームズの意思など関係ない。禁呪の”ギアス”を筆頭に相手を言いなりにする方法などいくらでもある。
その可能性を無視した隙をエドムンドにつかれただけの話だ。
なかなかどうして面白いものが存在したものだ。
「余より強い相手などおらぬ。
だが、遊び相手としてならあれは十分に合格だ。
少なくとも掌で弄ぶより、敵として遊んだほうが楽しそうだ」
しばらくは自分の姪のクラスメートで遊ぼうと思うが、次の箱庭遊びの相手くらい今から考えておいてもいいだろう。
さて、次の敵はどちらにしようか。
ジョゼフは金髪赤目の青年の形をした駒と僧服を身に纏った青年の駒を弄りながらしばし悩み、やがて眠気が襲ってきたのでモリエール夫人を伴って寝床に転がった。