風の復讐譚[更新停止]   作:kuraisu

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第3話

現在小型のフネは雲海の中にあり、視界がよくない。

 

「微速上昇」

 

「微速上昇、アイ・サー」

 

この小型フネの指揮を任されたブロワ侯爵は、フネの周囲を見渡して暫くは指示を出さずとも大丈夫であることを確認すると後ろに振り返った。

 

「本当によろしかったのですか?

ニューカッスル攻略の総司令部を抜け出し、このような場所に来てしまって」

 

問いかけられたエクトル卿は頷いた。

 

「五万という大軍を率いる上で一々細かい指示を出していては却って相手につけいる隙を与える。

既に我らは戦略的に勝利している。あとは型どおりの指示を出すだけで充分だ。

要するに台本さえあれば誰でもできるようなことを私自身がやらねばならん理由はあるまい」

 

エクトル卿の説明にブロワ侯爵は頷く。

 

昨日の作戦会議の後、ブロワ侯爵はエクトル卿に信頼する水兵を選んで小型のフネを運用できるようにしておくよう命じられた。

 

そして明朝の総攻撃が始める寸前に、エクトル卿はディッガーに総司令部を任せて自身は小型のフネに乗り込み、ブロワ侯爵に空図を手渡し、朱色のところまで行けと命じられ、現在に至る。

 

「左舷前方に艦あり!」

 

士官の報告を受けたブロワ侯爵は望遠鏡で、左舷前方に見える小さな艦影を見た。

 

「なっ!」

 

ブロワ侯爵は驚きの声をあげる。

 

見えたフネは2隻。

 

1隻は武装商船のようであり、これは別に何の問題もない。

 

しかしもう1隻は完全武装のアルビオン式巡洋艦だ。

 

「空賊か!?総員戦闘配置!」

 

「よい」

 

「……は?今何と仰いましたか?」

 

「よいと言ったのだブロワ侯爵」

 

「しかし敵艦を前にして……」

 

「王党派の逃亡者を討ち取って何の価値があるのだ?」

 

エクトル卿の言葉に、ブロワ侯爵は目を見開く。

 

「閣下はあれが王党派の逃亡船と仰せで?では、尚更逃がしてよいのでしょうか?」

 

「王党派の逃亡船と言っても、今さらジェームズが逃げ出すとは思えん。

もしかしたら、次代の芽を残す為にウェールズは乗っているかもしれんがな。

だが、我らの目的はジェームズだ。王の子倅(こせがれ)のことなど放っておけ」

 

「ですが、もしウェールズが逃げ出せば、将来閣下の敵となるやもしれませぬ」

 

「その時は容赦なく叩き潰し、奴の父が犯した罪の大きさを思い知らせるまで」

 

エクトル卿の断言に、ブロワ侯爵は一礼し、前に向き直り支持を飛ばす。

 

雲海の中を進むこと1時間近く。ジグザグした海岸線を進んでいると、大陸から大きく突き出した岬が正面に現れた。

 

「こ、これは!」

 

「……限られた者しか存在を知らぬ秘密の桟橋だ。

先の巡洋艦の武装商船はここから出ていたのであろうよ」

 

「……」

 

ブロワ侯爵はエクトル卿の説明を事前に聞いてこそいたが、信じられない思いが胸中を覆い尽くす。

 

確かにこの雲海の中では、練度の高い水兵によって運用されたフネでなくば、この桟橋に辿りつく前に岩礁にぶつかり撃沈するだろうが、ここまで追いつめられるような状況に追い込まれ、なおそれほどの練度を空軍が有していることを前提として造られている秘密の桟橋など、ふざけている。

 

いや、結果的に王党派は空軍の練度を下げずにすんだからよかったが、普通に考えれば負け続けで大陸の端まで追い込まれるような状況では、兵の士気も練度も下がっていると考えるべきだろう。

 

だから、わかりにくい場所に桟橋を造るのはともかく、こんなつかいにくい桟橋を造った奴の正気をブロワ侯爵は疑わざるを得なかった。

 

エクトル卿はというと、妙な感慨に囚われていた。

 

かつて自分が城主を務めた城に王党派が立て籠もり、滅びようとしているという運命の皮肉を感じずにはいられなかった。

 

ニューカッスルの桟橋に入港し、エクトル卿は命じた。

 

「ブロワ侯爵。フネを任せる。

鉄騎隊(アイアンサイド)は私についてこい。王党派にトドメをさす」

 

「「「ハッ」」」

 

4年前に全てを失い、ゼロから自分の手で築きあげた鉄騎隊(アイアンサイド)の隊員達を率いて、エクトル卿は城内に突入した。

 

 

 

 

 

ニューカッスルの城壁で王党派の最後の精鋭三百が必死の防戦を繰り広げていた。

 

相手が手柄を立てんとして我先にと無秩序に殺到してきているのとニューカッスルの城壁のおかげで、空軍の砲撃に注意していればかろうじて防衛ができている。

 

だが、その防衛は一時的なものでしかなく、やがて五万の物量の前に脆く崩れ去るのは火を見るより、明らかであった。

 

そろそろ防衛も限界、防衛するのをやめて華々しく散るため、総攻撃をかけるべきかとジェームズが言おうとしたその時だった。

 

「へ、陛下!」

 

隣にいたパリーがそう叫んでジェームズの背後に回った。

 

そのことに不思議に思う暇もなく、弓矢や銃弾。魔法の嵐がジェームズの周りに吹き荒れる。

 

「な、なんじゃ!?」

 

この攻撃は明らかにニューカッスル城壁内からのものだ。

 

どうやってか、反乱軍は城壁を超えることなく城内に侵入を果たしていたらしい。

 

「な、なんということじゃ」

 

攻撃の暴風が周囲を過ぎ去った後、ジェームズとパリーの前に仮面をつけた男が10人程の兵を引き連れて立っていた。

 

仮面の男は感情を無理やり抑えたような声で呟く。

 

「近くに防衛用にしては多すぎる火の秘薬が置いてあった。

反乱軍を道ずれに散華することで下らん誇りとやらに殉じる気か。貴様のやりそうなことよな」

 

あの仮面の男、強い。

 

パリーは戦場の勘でそう悟った。

 

ついであたりを見回す。

 

他の者は城壁に上がってくる兵を追い返すのに必死で気づいていない。

 

「陛下、ここはこの老骨が防ぎます。

陛下は前線の兵と合流し、皆に突撃の号令を……」

 

そう言って、杖を抜き敵の集団に突撃しようと向き直った。

 

直後、仮面の男の杖剣がパリーの杖を斬り飛ばした。

 

「敗残の老いぼれ風情が!邪魔をするな!」

 

掲げた杖剣を振り下ろし、パリーにトドメをさす。

 

そして血を払い、男はジェームズを睨みつける。

 

あの実力者のパリー相手に仮面の男が一切魔法を使わずに殺したことにジェームズは気づき、驚愕する。

 

「……お前は何者だ?」

 

もはや、自分の命運が潰えたことを悟り、ジェームズは呟く。

 

それは答えを欲しての問いではなかった。パリーを瞬殺してのけた男への恐怖ゆえに漏れただけの言葉だった。

 

だが、その問いは仮面の男には耐えがたいものであったようだ。

 

「貴様、これほどの憎しみを受けてなお、俺が誰かわからんというのか?」

 

仮面の男の感情を抑え、必死に努力して言葉にしたような声。

 

その声の根源に凄まじい憎悪があることにジェームズは気づいた。

 

「まぁいい。覚えておらんというならそれでいい」

 

ゆっくりと杖剣を地面に引きづりながらジェームズに近づく。

 

「待ち続けたぞ、父の仇を討てることの時を!」

 

仮面の男はパリーを仕留めた時のように杖剣を振り上げる。

 

直後、ジェームズの意識は暗い闇の底へと薄れていった。

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