二週間にわたる諸国会議が終了した。
アルビオンはひたすら神聖アルビオン共和国が行った戦争に関する責任そのものはないと主張した。
傷を浅くし、可能な限り手に入れた権益を守らねばならないエドムンドとしては当然のことであった。
ガリアは出兵はあくまで義憤にかられての挙であることを強調して対価を求めず、諸国にも同じ対応を求めた。
ジョゼフにとってアルビオンの戦乱は軽いお遊びでしかないので対価を求める必要を感じ得ず、またエドムンドとの約束もあったためだ。
連合軍に少なくない国費を投じていたトリステインとゲルマニアはそれに見合う対価を要求した。
特にアンリエッタは盛んに発言と要求を繰り返してエドムンドと弁論を戦わせ、強欲な人柄で知られるアルブレヒト三世が「嫁に貰わんでよかったわい」と辟易してぼやくほどの粘り強さを発揮した。
だが、その粘りの結果として満足には程遠いがトリステインはアルビオンからなんとかこの戦争における採算が採れるだけの対価を得たアンリエッタの手腕は賞賛されてしかるべきだろう。
その功績をアルブレヒト三世がトリステインの同盟国である立場を利用して同等の対価を獲得したあたり、狡猾である。
当事国同士の今次戦争における賠償金問題が決着すると次の議題は”レコン・キスタ”の解体へと議題が移った。
”レコン・キスタ”の占領地域、サウスゴータ地方はアルビオン、ガリア、トリステイン、ゲルマニアの4カ国によって共同統治下に入ることがさほど揉めずに決定された。
どこの国もアルビオン南部の街道の終結点である大都市の利権を三国とも欲しがったことに加え、アルビオンみたいにややこしい立ち位置ではなく、れっきとした交戦相手であったため、どこの国も要求に遠慮がなかった。
この時代の論理でいえば、敗者の側に立たされたものは全てを失うが道理なのである。
貴族議会議員唯一の生存者であり、現在”レコン・キスタ”暫定指導者であるストラフォード伯トーマスは敬虔な信徒であり、領民からの人望が篤いこともあって、ロマリアの大使が全財産を喜捨した上で僧院に入れてはどうかと提案した。
この提案に諸国は猛反発したが、ストラフォード伯の所領に魅力を感じたアルブレヒト三世が、今回の騒乱における謝罪の意味を兼ねてガリア、トリステイン、ゲルマニアに彼の領地をはじめとした財産を分配した上でなら認めてもよいのではないかと提案を修正した上で受け入れる姿勢みせた。
アルブレヒト三世の案にアンリエッタ、ロマリアの大使は肯定的であったが、エドムンドとジョゼフが反対した。
すでにストラフォード伯の所領はガリア軍に制圧された上で、アルビオンの王党派へ返還されており、すでにストラフォード伯の財産ではないと主張。彼の所領は既にアルビオン王家に既属するものであると述べた。
その反論にアルブレヒト三世は内心舌打ちしつつも、ストラフォード伯がサウスゴータ地方まで持って逃げた財産もバカにならない額であったのでそのまま三国に均等に分配してトーマスは出家することとなった。
軍事の責任者であり、”レコン・キスタ”の軍事責任者であったホーキンス将軍をどうするかについてはかなり揉めた。本人は処刑台を望んだがエドムンドが擁護したことにより大逆罪が適用され、終身刑に処されることが決定された。
こうして”レコン・キスタ”関連の問題が一掃されると、今後のハルケギニアの国際秩序の在り方について議論が交わされた。
そのひとつにジョゼフが”王権同盟”の締結を諸国に打診した。
この同盟は今度のようなことが二度とないように始祖より連なる聖なる王権に弓引く不逞な共和主義者を封じ込めるためのものであると説明され、もし自国内で共和主義者による反乱が発生すれば同盟国の軍事介入を仰げるという特殊な同盟であった。
共和主義者だけでなく新教徒への反乱へも適用できるようにしてほしいというロマリアの大使の要請を受け入れ、主要五大国は王権同盟を締結した。
これにより共和主義者や新教徒が革命を起こそうとした場合、五カ国の王軍を相手どらねばならぬのである。
その会議が終了した日の夜、ハヴィランド宮殿のある部屋ではアルブレヒト三世は連れてきた文官に事後処理を任せて帰国の準備をはじめ、ある部屋ではアンリエッタは夜を徹して書類仕事に励み、ある部屋ではジョゼフはロマリアからの特命大使ジュリオと会談していた。
そしてジェームズが病床にある今、ハヴィランド宮殿の事実上の主といえるエドムンド・ペンドラゴン・オブ・ステュアートは信頼する臣下達を前に、今後の方針を打ち合わせていた。
「一段落つきましたな。あとはジェームズを衰弱死ということで処理すれば自動的にアルビオンの王座は殿下のものとなります」
アルビオン再興に合わせて侍従武官長に就任したヨハネは顔色は喜色で満ち溢れている。
「そうだな。だが、今はまだその時期ではない。今はそんなことより王家への、俺への臣民の信頼を得ることの方が先決だ。さしあたっては王領における税率を引き下げる」
「税率を下げるとなると今後の財政が厳しくなりますぞ」
同じく王国再興の際に、宰相の地位を与えられた白くて醜いオーク、ではなくヨーク伯が懸念を述べる。
彼と彼の部下達は表向きには王党派に属するスパイであったという名目で諸国会議での共和主義者断罪から逃れることに成功していた。
「その事に関して心配はない」
薄い青地にブリミル教の聖印と杖と銃をあしらった紋章が刻まれた軍装を着込むディッガーが発言する。
ディッガーは王都を制圧した直後からわずかな守備部隊を王都に残し、つい昨日帰還するまでアルビオン中の平定を行っていた。
その際にランカスター公爵家をはじめとする”レコン・キスタ”で主要な地位についていた彼らの元同僚、いや”王権への叛逆者”である貴族の家を取り潰してその財産を没収しているので財源は豊かなのである。
「ならば多少税率を下げてもグレシャム卿の手腕ならば財政をまわすことができよう」
「しかし大丈夫なのですか? この三年に渡る戦争で傷ついた街や村の復興事業、それに今度の戦争でかなりの損害を被った空軍の再建も必要でしょう。それを含めると支出がかなり凄まじい額になると思われるのですが」
そう懸念を述べるブロワ侯爵も表向きはヨーク伯と同じような理由で最初から王党派の一員であったということにされていた。
またその活躍に報いる形で、つい先日に中将から大将へと昇進して空軍艦隊司令長官代理から代理の文字がとれている。
「いらん心配だ」
エドムンドが苦笑する。
「取り潰した貴族家の財産の総額は軽く見積もっても国家予算十年分を超えるそうなのだ」
「……貴族家全てを取り潰したというのならまだしも、取り潰した貴族家は全部合わせて二十家前後でしょう。なんでそんな莫大な財産になるのですか」
「財務監督官であった父上が処刑され、貴族と王家が対立するようになったものだから王家の監視の目が疎かになったことをよいことにバカ貴族たちが国から財産を巻き上げて蓄財に励みまくっておったせいだろうな。”レコン・キスタ”成立後は俺達がバカ貴族たちを煽りまくったから更に自重しなくなったのだし」
「嘆かわしいですなぁ」
ブロワ侯爵が呆れたような声で呟いた。
「まあ、そんな状態で存続されるよりか早々に滅び去った方がアルビオン臣民のためであろうよ」
エドムンドの言葉にその腹心達も頷く。
追従とかではなく、本心からそう思ったからだ。
「とにかくそういうわけだから財源は十分に余裕がある。
だが人心を安定させるためにも復興事業を優先させたいから、艦の補修はともかく、新造艦の建設は認められん。それに今の状況では失われた空兵の補充のあてもない。しばらくは残っている空兵の練度向上に努めてほしい。ロサイス=ダータルネス間を航海演習するなり、”レコン・キスタ”が許可を与えていたせいで未だに暴れまわっている空賊討伐するなり、その辺の差配はお前に任す」
「はっ」
恭しくブロワ侯爵は命令に服した。
「殿下」
どこか暗さを感じさせる声が響いた。
この部屋の中で一番年齢が低い少年である。
「なんだユアン。なにかあるのか?」
他のエドムンドの腹心が高位の役職に迎えられてその忠誠に報いられたにも関わらず、ユアンだけは王政府付き従卒というなんとも微妙な役職に迎えられており、はたから見れば外見的にも役職的にもこのメンツの中で一人だけ浮いているように感じられるだろう。
「先日、例の少年剣士、名をサイトというそうですが、その捜索の任にあたっていたデュライから報告がありました。対象を発見したとのことです」
「……見つけたというのか」
「はい」
「どこにいるというのだ?」
「サウスゴータ地方南方の森にあるウエストウッドという村にいるとのことです」
ユアンの返答に上機嫌になるエドムンド。
七万の軍勢に匹敵する剣士を自勢力に迎えられる目がでてきたのだ。
嬉しくないはずがない。
早速、勧誘の文句を考えなければならないなとエドムンドが思い始めた。
その様子に嫌な予感を覚えたブロワ侯爵が口を開いた。
「殿下。まさかとは思いますが、殿下直々に勧誘しに行こうなどと思ってはいませんな?」
「……おお、そうだが?」
自分の思惑が見抜かれ、どこかきまり悪げなエドムンド。
「殿下は自分の立ち位置がわかっておいでですか?! 傭兵時代や成り上がりのエクトル卿時代ならまだしも、すでに殿下は正当な地位を回復したアルビオンの次期国王陛下なのですぞ?! そんな御方があっちへこっちへとふらふらとしていては、アルビオン王族の鼎の軽重は問われますぞ!!」
「……エクトル卿時代でも、侯爵は煩かったではないか」
「言葉の揚げ足を取るでない!!」
「……お、おう」
相変わらずブロワ侯爵には頭の上がらぬエドムンドである。
因みにそのブロワ侯爵の言い分に、ユアンを除く全員が内心で同意していた。
正直なところ、彼らは自分の主君の独断専行と行動力の高さに突っ込みたい気持ちがあったのだ。
だが、ヨーク伯やディッガーがその手の注意をしてもエドムンドはあまりちゃんと聞いてくれず、ヨハネに至っては話している間に昔のノリを思い出してエドムンドと一緒に暴走してしまうので、叱れるのはブロワ侯爵以外に存在しないのである。
「報告を続けてもいいだろうか?」
「お、おお! 続けよ」
ブロワ侯爵の怒気から逃れたい一心でエドムンドは報告の続きを促した。
「まだ続きがあるのか?」
そんな若い主君の心の動きを明確に察したブロワ侯爵が不機嫌そうに問う。
「トリステインの銃士隊隊長、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランが同じ村におります。彼女はサイト殿が自分の庇護下にあり、彼をどうこうするつもりなのであれば、トリステイン王室を敵に回すと思えと釘を刺してきております」
ユアンの言葉に場がざわめく。
エドムンドもすこし顎に手をやって考え込んだ。
サイトという少年は”虚無”の担い手であるルイズ嬢の護衛をしていた。
ルイズ嬢が本当に”虚無”か否かは判断がつかぬがとりあえずは本物と仮定しよう。
王家に伝わる言い伝えによれば”虚無”は始祖の直系の血族に目覚めるとされている。
そしてルイズ嬢が”虚無”に目覚めた以上、トリステインの正統は現王家ではなくヴァリエール公爵家にあるということとなり、ルイズ嬢の意思など無視して彼女を女王の座につけようと担ぎ出す勢力が現れるだろう。
そういう意味ではトリステインの現王家にとってルイズ嬢はいつ爆発しても不思議ではない危険極まりない要素といえる。
できれば暗殺でもして後顧の憂いを絶ちたいのであろうが、かといって”虚無”の力は魅力的にすぎる。
ワルド子爵によれば、トリステイン王室にとって幸いというべきかルイズ嬢は現女王アンリエッタと深い友情で結ばれている上に、トリステインの王家の分家の例に漏れずに王家へ絶対的で盲目的な忠誠を誓ってもいるという。
要約すると笑えるほどに扱いやすい存在であり、ならば”虚無”に関する情報を秘匿してうまい事利用して飼い馴らそうと現王家に忠誠を誓っている者達は考えるだろう。
ならば、彼女の身を守ってやる必要に駆られる。
しかし優秀なメイジを護衛に任命すれば周囲の妙な注目を集めかねない。
だからとても腕の立つ平民を護衛に選んだということだろう。
「……これは欲しいな」
七万に匹敵する武力という意味だけではなく、情報源的な意味でも喉から手が出るほど欲しい。
彼は一度殿軍としてトリステインから捨てられた身、相応の地位を持って遇すればあっさりと麾下に加わるかもしれん。
だがトリステインが、撤退の際に彼ほどの人材を殿軍として捨て駒にはなぜだろうか?
集めた情報によると降臨祭最終日に起きたサウスゴータの内乱で遠征軍総司令官ド・ポワチエが戦死し、参謀総長ウィンプフェンが代わりにトリステイン・ゲルマニア連合軍の撤退を指揮していたらしい。
思うにウィンプフェンが”虚無”関連の事情を知らぬゆえに腕の立つ平民を殿軍にしたのだろう。
貴族にとって平民は替えがきいてしまう物なのだから。
そこまで思考が及んだ時、エドムンドは直々に勧誘したいと強く思った。
それを宣言しようとしたところで、ついさっきブロワ侯爵に叱られたばかりなことを思い出した。
「ディッガー、兵を百ほど連れてウエストウッド村に急行せよ。
俺の名を出しても構わぬ。サイトという少年を勧誘してこい。
いや、勧誘そのものは無理でもこのハヴィランド宮殿まで連れてこい」
「はっ」
エドムンドは自分の推測の多くが誤解と勘違い、そして過大評価によるものであることに気付かないまま命令を下した。
エドムンド「アンリエッタが普通に講和条約の交渉で有能さを発揮してるのに、基本的に感情と勢いで動いてるとかどうやって予測しろというのだ。それにな!人間が使い魔とかありえぬだろう!メイジ舐めてるのか!!」