その日の夜。
デュライは家主のエマに宛がわられた部屋でひとり特に考えることもなく転がっていた。
「……」
しかしデュライはまったく眠気を感じていなかった。
色々と考えることがあったためでもあるが、それ以上に自分の感情が奇妙に、あるいは複雑怪奇に、蠢いているような感覚を先ほどから感じているからであった。
経験上、こんな感情に支配される時は大抵ろくなことが起こらないのだ。
だからなにか大切なことを見落としていないかと記憶を回想してみるもそれらしい原因が思いつかない。
腹立たしげに起き上がり、聞こえてくる声に眉を潜める。
(あの2人、まだなんか喋ってるのか)
どうやらサイトの失恋?話とそれを慰める?アニエスという構図はいまだ続いているようだった。
なぜ断定しないかというと2人の会話の内容がいまいち理解できてないためであった。
サイトがうっかりガンダールヴがどうとかと言っていたが、デュライにとっては意味不明な言葉だ。
かろうじてなんかの固有名詞であるということくらいしかわからない。
まあ、詳しいことはディッガー総帥や主君たるエドムンドに丸投げするとして、どうにも落ち着かない心を落ち着けるべく、携帯しているポケットウイスキーに手を伸ばし、窓辺に寄って月見酒としゃれ込むことにした。
夜空に浮かぶ蒼月と紅月。
この双月が夜の闇を昼間の太陽ほどではないにしろ鮮明に照らし出すのが当然となってから、もう幾日であろうかとらしくない懐古的感情を覚える。
故郷の夜はこれほど明るくはなかったのに、と。
(うん?)
ふと視線を下げるとピンク髪の身なりのいい少女がメイドに引っ張られて森へ消えてくのが見えた。
ピンク髪の方は十中八九サイトを探しに来たというルイズで、メイドはその側付きだろうか。
そこまで状況を認識して激しい違和感を覚えた。
メイド風情が上流貴族の令嬢を森へ引っ張っていく?
ハルケギニアでは常識である貴族と平民、メイジと非メイジの力関係的にもおかしいのだが、それ以上にこんな夜中に薄気味悪い森の奥へ行くなどどういう意図があってのことか。
少し探ってみることにしよう。
そう決めたデュライは脱いでいた鎖帷子を着こみ、いつも持っている拳銃四丁をホルスターに差し込み、短剣を掴んでこっそりとエマの家を出て、ルイズが消えて行った方向へと足音を出さないよう気を付けながら追いかけた。
森の中は生い茂った木々が月光を遮り、真っ暗な状態であったが、夜目に長けたデュライにはさほど問題にはならなかった。
そして前方から突然、眩い光が走った。
「ッ!」
咄嗟に近くの木の陰に隠れ、様子を伺うといくつもの人影がルイズを囲んでいるのが確認できた。
(賊か……?)
そう考えたが、すぐに頭を振って否定する。
デュライは生物の気配というものに人一倍敏感な自信がある。
だというのに今までその気配を一切感じないなどありえるだろうか?
まして、この目で見てなお、いまいち存在感を感じられないほど卓越した気配遮断能力を賊風情が保持していると?
仮にそんな集団がいるとすれば、それは賊じゃなくて高位の先住魔法を行使できる謎の亜人の部族かなにかだろう。
そんなデュライの疑問は次の瞬間に氷解した。
ルイズがなんらかの魔法(先ほど目撃した眩い光の正体)を放ち、人影のひとつを跡形もなく消し去った。
いや、消し去ったように見えて、光の中から小さい物体が出ていくのが見えた。
(なるほど人に化ける類のガーゴイルか)
ガーゴイル。自律して動くゴーレムというべき存在。
どうやら妙に存在感を感じられない原因はそもそも生物じゃないからということらしい。
そしてふと思う。
(となると問題は傀儡師。どっかにガーゴイルどもを操っているガーゴイル使いがいるはずなんだが……)
デュライはガーゴイル使いと一度ならずやりあったことがある。
いかにガーゴイルが自律式といえども所詮は人形。単純な思考しかできないのでガーゴイル使い、司令塔さえ排除してしまえばガーゴイルは大した脅威にはならない。
しかしそのガーゴイル使いも夜の森の闇の中に身を潜めているのだろうから気配が掴めない。
目に見えるガーゴイルの数が百前後いることから逆算すれば最低でも十人以上はいると思うのだが、一人もその気配を掴めないとは敵はかなり手練れの集団なのかとデュライはより一層気配を希薄にすると同時に周囲への警戒を強める。
結論から言えば、デュライの予測は間違っている。
百近い数のガーゴイルを操っているのはたった一人であったし、その一人にしても特段気配を消す術に長けているというのではなく、ただ単に持ってきた魔導具で強引に周囲の空気と同化しているだけだったりする。
だが、それをデュライに予測せよというのは無茶な話だ。
第一、ガーゴイルを動かすには対価としてそれ相応の魔力を要求されるのだ。百近いガーゴイルに魔力を供給した上で他の魔導具を操るなんて真似をすればスクウェアクラスの達人メイジでも一瞬で魔力が枯渇しかねない。
ガーゴイルはメイジが魔力供給することによって動くと言う常識を前提にして考えてなお、百近いガーゴイルを操っている奴が一人と想定できる奴がいるとすれば、それは馬鹿か狂人だ。
しかし状況は既に座視できないところへと向かっていた。
(”伝説の虚無”といえども数の暴力には負けるのか)
ガーゴイルは何体もその機能を停止させたが、徐々にルイズとの距離をつめていた。
デュライが悩むのはルイズを助けるべきか、否かということである。
事前に例のブレスレッドでヴァリエール公爵家三女もウエストウッド村に訪れていることを報告してあるが、エドムンドからはあまり関わるなとしか言われていない。
彼が受けた命令はあくまでサイトの身柄をこの村に留まらせておくことであるので、ルイズが死のうが問題はないのだが……
今一度ブレスレッドでエドムンドと連絡をとりたいところではあるが、ここで声を発したらガーゴイルに察知されかねないし、そうなれば気が散っている時にガーゴイルに攻撃を受けたらそのまま死に直結する。
そんなリスクを犯せないデュライは、自分の判断でどうルイズを助けるか助けないかを選択せねばならない。
そう悩んでるうちに事態が進展していた。
ルイズがなにやら光る鏡のようなものを出したのだ。
デュライはその光る鏡に妙な懐かしさを覚え、ついでそこから黒髪の剣士が飛び出してきたのに驚いた。
(サ、サイトか?!)
デュライがこっそり抜け出した時に気取られた様子はなかったから、サイトはエマの家にいるはずだ。
なのになぜかここにきて、剣を振るっている。
(”虚無”には瞬間移動とかワープとかいう素敵魔法があるとでもいうのか?! それってどっちかっていうとファンタジーというよりSFの領分じゃねぇか!!)
内心で激しく愚痴るデュライ。
だが、そのワープ魔法によりサイトが登場したおかげで取るべき選択は決まった。
デュライの任務はディッガーが来るまでサイトを生かしたままこの村に押し留めておくこと。
(最近疑問におもいつつあるが)七万の軍勢と渡りあった英雄ならばこの程度の数のガーゴイル相手に負けるとは到底思えないが、万が一サイトが殺されようものならば任務不達成で自分が処罰されかねない。
降格程度で済めばよいが、七万の軍勢に匹敵する戦力と関係を持つという目的の大きさから考えれば組織的な意味でも物理的な意味でも首が飛びかねない。
デュライは短剣を携えて一番近いガーゴイル忍び寄り、一気に近づいて核の部分を短剣で一突きした。
新たな敵の存在を察知した周囲のガーゴイルがデュライを排除しようと武器を構えるが、デュライがホルスターから抜いた銃で居並ぶガーゴイル目掛けて連続発砲した。
バシュバシュッ! バシュ! バシュン!
銃声というよりかはなにかが叩きつけられたような音がする発砲音である。
それもそのはず。使用している銃は風銃と呼ばれる、火薬の代わりに風石を用いて弾を飛ばす銃である。
銃は四連発まで可能な四連装リボルバータイプで、単発式、しかも前装式が常識のハルケギニアでは反則級の代物である。
この銃はデュライがハルケギニアに訪れる時にエルフの国境警備隊と一戦交えた手に入れた戦利品であり、デュライがもっともよく使う銃だった。
とにかく発射された四発の弾は四体のガーゴイルの核を見事に貫き、機能を停止させた。
「デ、デュライさん?! どうしてここに?」
何体かのガーゴイルにトドメを刺したサイトがこちらを見て驚いたような声をあげる。
「夜の森に消えていく人影が気になって追いかけてきたんだが……、これはどういう状況だ?」
ぶちあけた方が信用されるだろうと判断したデュライはそう答えた。
無論、さっきまで木の陰に隠れていたとまではいわなかったが。
「えっと俺もよくわからないんです。ただこいつらはルイズを襲ってきました」
「なるほど」
撃ち尽くした四連装風銃をしまい、別の四連装風銃を取り出してデュライは応戦した。
ルイズは知らない青年の登場に驚いたものの”解除”の詠唱を中断するわけにはいかなかったため、疑問を押し殺して詠唱を続ける。
さらに追いかけてきたアニエスも参戦してルイズの詠唱時間を稼ぎ、解き放たれた”虚無”の魔法はガーゴイルたちを動かしていた魔力を根こそぎ奪い取り、沈黙させた。
(こりゃ確かにヤベェ力だ)
いまだ五十以上いたガーゴイルたちを文字通り一掃した奇跡の御業を見、デュライは内心戦慄した。
原作じゃエルフ製でも連発できる銃が出てないけど、あいつらなら作れるだろうと思って出しました。
ちなみにデュライが持ってる四連装風銃は二丁のみです。