真夜中に起きたエドムンドは若干苛立たしげな顔をしながら問うた。
「いったい何の騒ぎか」
エドムンドは今日の政務が終わってようやく眠りについていたのである。
そこを直属の女官に無理やり起こされたのだから眠気もあってエドムンドは不機嫌だった。
「父とユアン様が至急の用件と言って謁見願っております」
女官の報告にエドムンドはやや寝ぼけていた意識を覚醒させた。
「……なるほど。なら身なりを整えるゆえ謁見の間にてまつように――いや、至急の報告か。そのニ人ならば寝巻のまま対応してもさほど問題ないか。すぐにここへ連れてこい」
その意を受け、女官は2人の人物をエドムンドの寝室へ連れてきた。
エドムンドは女官に茶を入れてくるように命じて外に出した。
そして脂肪の塊で表情がわかりにくい人物へとエドムンドは視線を向けた。
「至急の用件と聞いたが何事か? わざわざ俺を叩き起こすほどだ。よほどのことなのだろうな?」
暗にくだらないことなら許さんという態度で応じるエドムンド。
それに対して王国宰相でデナムンダ・ヨークはわずかばかり体を竦ませる。
「は。例の黒髪の剣士、サイトに関する情報でございまする」
「その一件はひとまずディッガーに一任しておいたはずだが?」
その問いに今度はユアンが答えた。
「どうやらウエストウッド村にて動きがあったらしく……、現場のデュライから重大な報告が上がってきました。これはすぐに上に伝えるべき案件であると私は判断し、ヨーク伯と相談したところ伯も同じ意見とのことでこうして報告にきたということです」
「ほう、ではその重大な報告とやらを聞こう」
「ルイズ嬢がウエストウッドにいるそうです」
エドムンドは目を細めた。
「ヨーク伯。ルイズ嬢がこのアルビオンへ来ているという情報は掴んでいたのか?」
「いいえ」
「ふむ。となるとかなり少人数でこの国へということになるな」
上流貴族が他国へと赴く時は見栄を張って凄まじい人数を従えてくるのが常識だ。
公爵家の令嬢ともなれば、護衛や世話人などを含めた随行員は最低でも一個中隊規模になろう。
そんな大人数がこの国へやってきたら、エドムンドかヨーク伯の耳に届かぬはずがない。
「は。デュライからの報告によれば他にメイドが一人いるだけとか」
「なに、メイドが一人だけだと? 護衛は一人もおらぬのか」
「は」
「……無謀な」
戦乱続きであったアルビオンの治安は悪い。
戦乱終息時から鉄騎隊が数々で”レコン・キスタ”の残党や傭兵くずれ、盗賊などを討伐して八面六臂の大活躍をして治安の回復を図ってこそいるが、それでも他国に比べれば治安はまだまだ悪いと断言できる。
集めた情報をまとめると”虚無”は即応性に欠ける。なのに随行員がメイド一人とはどういうことか。
下手すれば剣を持っただけのど素人が五、六人と遭遇しただけで全滅しかねないだろうに。
メイドが凄腕の武術の達人でもない限り。
(……まあ、”虚無”についているメイドだ。本当にそんな可能性があることも否定できぬ)
”虚無”という伝説というかジョークのような絵空事が現実のものとなっている時代だ。
メイドが百戦錬磨の戦人という存在が実在してもおかしくはないだろう。
エドムンドは考えすぎだなと苦笑した。
「実際無謀だったのでしょう。襲撃にあったと聞かされております」
「賊か?」
「いえ、それが正体が不明ですが、凄腕のガーゴイル使いだったそうで」
「ガーゴイル使い、か。凄腕と言えるレベルならば賊ではあるまい」
軍用に耐えうるガーゴイルとは非常に高価な代物であり、基本的に食い詰めものの集まりである賊の類が運用するには対費用効率が悪すぎる。
「ええ、間違いないでしょう。なんでも人の能力を模倣できるガーゴイルを山ほど使っていたという話で、そんなガーゴイルを使っていたという時点でどこぞの勢力の刺客であることは疑いありませぬ」
「……人の能力を模倣?」
あまりに予想外な言葉にやや首を傾げるエドムンド。
しかし次の瞬間、父親から聞かされた御伽噺を思い出して驚愕とともに目を見開いた。
「よ、よもや”スキルニル”か?!」
「恐れながら、スキルニルとはなんのことでしょうか」
ヨーク伯が不思議そうに首を傾げる。
「古代の王たちが戦争ごっこに用いたという伝説のマジック・アイテムの人形だ。
人形に人の血を流しこめば、その血の持ち主の姿と能力を再現するというな。
そんなものをいくつも持っているなど、始祖の血を継ぐ家の者だとしか思いつかぬな」
あまりのことに驚くヨーク伯。
ユアンも驚きはしたが、思いついた疑問を口にした。
「なぜ始祖の血を継ぐ家と言い切れるのですか?」
「伝説によればスキルニルひとつ作り上げるのに莫大な資金と材料、そして新鮮な始祖の血が必要らしい」
「なるほど……」
「となるといったいどこの手の者かということだが……」
「我が国の可能性は皆無だ。例の革命騒ぎで分家含めて俺以外の王族は一人残らず死んだはずだ」
エドムンドが純然たる事実を述べる。
「トリステインも除外してよいでしょう。王位空白状態が数年続いても簒奪の意思を持たぬほど無欲で盲目で忠誠心に篤い分家が、女王陛下と仲の良い”虚無”を襲うなどという勇気を持っているとは思えませぬ」
ヨーク伯はトリステインの可能性は極めて低いと分析する。
「そしてロマリアだが……、正直言ってあの国の貴族の殆どが始祖の血を継いでるからわからん」
エドムンドがそう言って頭を抱えた。
ロマリアほど始祖の血族が溢れ返っているのだ。
なぜそんなことになっているのか。
そう問われたら、少しでもロマリアの歴史を学んだことがある奴ならすぐに答えられる。
何千年も昔、ロマリアに”大王”ジュリオ・チェザーレが君臨していた頃。
文化的にも軍事的にも他国を圧倒し、ガリアの南半分を手にいれ、我が世の春を謳歌していた黄金時代。
その輝しい黄金時代が滅びる最大の原因となったと評されるのは皮肉なことに偉大な大王の子である皇太子アグリッパである。
後世から”性豪帝”と称されるアグリッパは国家の統治者として能力や器をかけらも持ち合わせていないばかりか、音楽、狩猟、文芸、美食のいずれにも興味がなく、生涯を猟色のみに捧げた歴史的に見てもアレな変態野郎であった。
そのアグリッパが夜に臥所を共にした異性の数は測定不能であり、彼の子供の数で容易く一個大隊を編成可能と聞けばどれだけ常軌を逸していたのかがわかるだろう。
まあ、そんなわけで君主の跡を継げる人物が多すぎる故に皇子達が皇位継承を巡って熾烈な内乱が繰り広げられ、史上最大の国家を築き上げたジュリオ・チェザーレの帝国は成立から百年もせぬうちに複数の都市国家に分裂して崩壊してしまったのだ。
そんなわけでロマリアの貴族の大半が始祖というか、アグリッパの子孫にあたるので濃い薄いはあれど始祖の末裔だったりするわけなのである。
というわけなので候補者が多すぎて絞りきれん。
「まあ、一体や二体ならともかく山ほどとなるとかなりの数であろう。難民達の怨嗟の声で溢れまくっている光溢れる国にそんな金があるとは思えぬ。だからここはまあ除外してもよかろう」
エドムンドがそう言って肩をすくめる。
「と、なりますと残るは消去法でガリアとなりますな」
「……そうなるなユアン。となると裏で糸を引いておるのはジョゼフか」
「は、ですがトリステインと違ってガリアは全てがジョゼフの、現王家の下に統制されているわけではありません。豊富な財産を持つ有力な分家もいくつかあり、彼らの独断という可能性もあります」
ジョゼフの王としての手腕や力量は警戒に値するが、国内のまとめ方はトリステインのように王室が分家に本家への忠誠心を深く根付かせるというものではなく、ジョゼフは他の貴族達と同様に分家に対しても恐怖を持ってその反抗心を押さえつけているといったやり方だ。
だから勝手に分家が暴走している可能性もなきにしもあらず、とユアンは思っているのだ。
しかし一方でエドムンドは襲撃のジョゼフが糸を引いていると確信していた。
なにせ”レコン・キスタ”なるとんでもない代物を傀儡にしていた化け物である。
自分がルイズの特別な魔法を”虚無”と仮定して警戒しているのだから、ジョゼフもルイズの異常性には気づいているだろうと推測している。
その上で立場の違いを考えるとジョゼフがルイズの暗殺ないしは誘拐という行動にでてもおかしくないように思われた。
なにせガリアはハルケギニア最強の大国。
もし大事になったとしてもアルビオンとの戦で疲弊したトリステインなぞ、鎧袖一触で撃破できよう。
「その可能性も考慮するにこしたことはないが、ジョゼフの可能性が一番高いと俺は思うのだ」
だが、ユアンの進言は真っ当なものではあったので否定するようなことはせずに自分の考えを述べた。
「なるほど。となるとルイズ嬢に関わるサイト殿をこちらの陣営に加えるとなるとガリアと対立する可能性も考慮する必要がありますな。はっきり明言しておきますが私は今ガリアと対立するなど死んでも反対ですぞ」
ヨーク伯の懸念にエドムンドは頷いた。
これからアルビオンを支配していく者として今現在はなんとしても他国と戦争することはさけねばならなかった。
なにせ三年に渡った内乱(最後の一年に関しては対外戦争の性格が強いが公式には内乱であるというアルビオンの主張が先の諸国会議によって国際的に認められている)が終結し、アルビオンの民はようやく訪れた平和を噛みしめている。
自分がアルビオンの民や貴族から消極的にしか支持されていないことを自覚しているエドムンドは、この状況で戦争などしようものなら国民の不満が爆発してまともな抵抗をすることすらできず、ようやく手に入れた国家を、他者を支配する権力を喪失する羽目に陥る可能性が極めて高いと考えていた。
そんなことはもう絶対に嫌だった。
権力を振るうこと自体には価値を微塵も見出せないが、そうせねば政治という汚水の濁流に押し流され、自分や自分の臣下達がその汚水に溺れて溺死しかねないことを四年前のモード大公粛清の際に死ぬほど思い知らされたエドムンドは、少なくともこのアルビオンに強固な政治的基盤を築き上げるまではそんな冒険的な真似をする気はない。
「伯の言はもっともだが、ルイズ嬢本人ならともかくかの少年は凄腕の平民剣士にすぎん。ならば大丈夫だろう」
しかしエドムンドはルイズ自身に手をだすつもりは今の所なく、勧誘したいのはその元護衛の平民だ。
ならば”虚無”のルイズに熱い視線を注いでいると思わしきジョゼフもさほど気にせぬだろうとエドムンドは想定した。
そのことにヨーク伯は不安そうな顔を浮かべながらも反論してこないところを見るとエドムンドの意見に基本的には賛同しているのだろう。
話が一段落したところでドアからノックが響いた。
「入れ」
ドアを開け、エドムンド直属の女官が入ってきた。
その女官の姿を見て、ヨーク伯は表情はいっそ露骨といえるほど激変した。
「我が娘をよく使っていただけているようでありがたい限り、礼を言わせてもらいます」
ヨーク伯が深々と頭を下げる。
そう女官の名はヴァレリア・ヨークと言い、ヨーク伯の一人娘である。
戦勝祝賀祭の際に初めてヨーク伯爵家の領地からでてきたのだが、舞踏会の場で脂肪だらけで醜悪なヨーク伯と清楚で美しいヴァレリアの印象の差異があまりにも大きかったため、エドムンドは血縁関係が偽りではなのかと疑ったものである。
その舞踏会で幾度か会話を交えたところ、事前のヨーク伯のアピールどおり利発で美しい女であったので自分直属の女官としてエドムンドは政務の補助や小間使いをさせていた。
エドムンドはヴァレリアが持ってきた茶を飲んで喉を潤す。
「なにをいう。ヨーク伯の娘のヴァレリア嬢にはよく助けられておる。こちらが礼を言いたくらいだ」
「おお。このヨーク伯デナムンダ、感謝の極みにございます」
さらに平身低頭するヨーク伯。
「ヨーク伯。今は我らの目しかないのであるからよいとしても、王国宰相であるおぬしがそうも頭を簡単に下げているところを他人に見られては宰相の権威にかかわるぞ」
どこか呆れた調子でそう言うエドムンド。
「は。心得ております」
そう言って再び頭を下げようとしたが、ヨーク伯はすんでのところで頭を上げた。
その様子にユアンは侮蔑の視線を向け、エドムンドは呆れたとばかりに首をまわすとヴァレリアが困った顔をしていたので苦笑を浮かべた。
たぶん、今年最後の更新。