エドムンドは首都ロンディニウムにあるハヴィランド宮殿で最も大きい建物、王宮に訪れた他国の使節や国内貴族といった客人との謁見に応じていた。
しかし王座に座ることなく、王座の前に直立してであった。
というのもハルケギニアにおいて王権というのは神聖不可侵なものであり、アルビオンの事実上の王であるエドムンドといえども王権の代行者にすぎず、表面上の国王たるジェームズを差し置いて王座に座って客人を出迎えれば”王に対する不敬”と騒がれるかもしれないからだ。
エドムンド個人としては、ジェームズに対する敬意など失って久しく、別に王座に座って迎えても良いと本心では思っているのだが、風習や慣習や伝統といった類のものを踏みにじるというのは相応の準備と覚悟をしてからでなくてはしゃれにならない実害を蒙ることがあるので慎重を期して形式上の立場を踏み越えた真似はしなかった。
そして今、自分に謁見している相手はエドムンドにとってある意味不快な存在であったが、それ以上に困惑の感情を覚えずにはいられない存在であった。それはこの場に居並ぶ廷臣とも共有する感情であった。
「つまり、おぬしは私の臣下の列に加わることを望んでおると?」
「ハッ、その通りにございます。家の再興が叶うならば私は王家に永遠の忠誠を捧げる所存」
エドムンドの目の前にて跪いているのは金髪でどこか浮き離れした雰囲気を持つ十代の少年貴族である。
この少年の名はマルス・オブ・バーノンと言い、バーノン家はマルスの姉がテューダー家の分家筋に嫁いでいた縁から革命戦争において一貫して王党派に属し続けた貴族家であった。その結果として彼はニューカッスルまで追い詰められ、当主である父の命令によって最後の決戦に参加することを許されず、女子供と一緒に空中大陸から逃げ去ることになった。
その後は遠い血縁を頼ってガリアのある貴族家に身を寄せていたが、ジェームズが復位したことを知ると自身の王家への忠誠を示すためにアルビオンへの帰国を望み、面倒見ていたガリア貴族も貴族としての対面からマルスを匿っていたが、その実厄介者として持て余していたのでこれ幸いと幾ばくかの路銀を渡し、マルスを放逐した。
しかしマルスは放逐されたなどと思わず自分の旅路を支援してくれたと超好意的に誤解し、今まで面倒を見てもらった恩に報いるためにもジェームズ陛下との再会を果たし、誠心誠意仕えねばならぬと決意を新たに空中大陸への帰還を果たしたまではよかったが、彼と関係があったジェームズ派貴族は全て滅亡の憂き目にあっており、王家に伝手がなくなっていることを認識して焦燥感に駆られながらもロンディニウムで時間を浪費していた。
そして与えられた路銀が底をつく直前になって貴族としてのプライドを投げ捨てたマルスは兵士の詰所に突撃を敢行。状況が理解できず呆然としている兵士の一人の胸倉を掴み上げ「私はバーノン家の跡取り息子のマルスだ! 陛下と謁見願いたい!!」と血走った目で脅迫。兵士たちは狂乱した変人としか思えぬ存在を槍で乱打して縄で縛り、あえなく御用されるところだったが元バーノン家の領地出身の兵士が詰所にいた幸運に恵まれて彼の身元が判明し、ようやくマルスは念願叶って王家との謁見許可を手に入れたのだった。
もし今のマルスに不満があるとすればジェームズ国王陛下と直接お会いできないことであったが、衰弱状態にあると言われれば飲み込める程度の不満であり、王族に再度バーノン家が忠誠を誓える機会を得たという一事をとって彼はジェームズが衰弱しているなどという些細なことを忘れて至福に酔いしれることができた。
だが、エドムンドからすれば憎っくき伯父に最後まで仕えた忠臣の遺児がやってきたわけで、心穏やかでいられるはずがない。
しかしそれ以上に困惑の感情がエドムンドを支配していた。いや、エドムンドに限らずこの謁見の間に居並ぶ廷臣すべてがその困惑の感情を共有していただろう。なにせアルビオン王国を再興してからというもの、元々ジェームズ派だった貴族の多くは共和政時代と変わらず閑職に安住しており、少しでも国内事情を知る者ならばジェームズがお飾りにすぎぬことがわかるはずだった。
一部、半信半疑で帰国した者は表向きは丁重にねぎらわれながらも、何の実権もない名誉職を与えられるか、さもなくば閑職を与えられるか、それとも貴族籍だけ保証されて放置されるかの三択をエドムンドに用意され、その中から選ぶしか道がなかった。当然のことながらかつて所持していた爵位や領地や財産はなにひとつ保障されない。
そしてその三択の内のいずれも選ばずに理不尽を強いる王家を罵倒した者には無実の罪を着せて発言者を監獄へと送り込んだ。エドムンドたちはそれをさらに大げさにして噂が流したため、亡命したジェームズ派貴族の多くはアルビオン王国が再興したというのに、相も変わらず異国の地で雌伏の時を過ごすことを選択する者が大半だった。
だが、そんな噂が周知のものとなってからやってきたマルスは全てにおいて戻ってきた貴族の前例に当てはまらなかった。爵位も領地も保証せぬと告げてもなんの不満もみせないばかりか、
「私の父モード大公は陛下に反逆罪を着せられた身だ。おぬしはそのことについて思うことはないか?」
「過去に不幸な行き違いがあったとはいえご家族の関係が修復されたことは喜ばしいことです」
このように明らかに胡散臭いアルビオン政府の公式発表を鵜呑みにしてしまっており、マルスは「殿下に対しても絶対の忠誠を」などとほざいてくるのだ。あまりのお気楽に過ぎる認識を聞くうちにエドムンドは自分の毒気が徐々に抜かれていくのを感じた。現状認識すらままならぬ十代の少年に悪意を向ける自分というのが馬鹿馬鹿しく思えてきたためだ。
「了解した。おぬしに任せる仕事を考えておくゆえ、それまで客間にて滞在しておれ」
そう言ってエドムンドは会談を打ち切った。
マルスを謁見の間を、王座の後ろにいたヨハネが口を開く。
「なんとも現実味のない奴ですな」
「所詮は十代の子ども。まだ夢見がちなのであろうよ」
「十代の頃から活躍していた殿下の言葉ではイマイチ説得力に欠けますよ」
エドムンドは十四歳の時に初陣を経験してから急速に戦術・戦略の才能を磨いていき、十七歳の頃には単騎で野生の風竜を単騎で撃破して個人の戦闘能力も証明し、十代の少年でありながら「次代のアルビオン王国軍務卿はエドムンド殿下なるに違いない」と宮廷で噂されるほどの稀代の武人ぶりを発揮していた。
その頃からとても夢見がちだったと言えるような暮らしをしていないだろうというヨハネの切り返しにエドムンドは低い笑い声を零した。
「なにを言う。その頃の俺は十分に夢見がちであったわ。ジェームズやウェールズに忠誠を捧げることが当然と思い込み、疑問を持つことすらなかったのだからな」
「……軽率でした」
頭を下げようとするヨハネを手で制した。
「なに、ただの冗談だ」
冗談にしては話が重すぎだと廷臣らは思ったが口には出さなかった。奇妙な気まずさのせいで謁見の間は沈黙に支配された。
「ところであの子ども、いったいどんな仕事与えるつもりなのかしら?」
そんな中空気を読まず発言したメイドに向けてエドムンドとヨハネを除く全員が眉を潜めて非好意的な視線を向けた。そのメイドは非常に美しい容姿をしており、王族の側に侍るメイドとして文句ないレベルであったが、その種族が問題であった。
「吸血鬼が……」
ヨーク伯が小さく嫌悪の感情を込めて毒づいた。
「ヨーク伯。エリザベートは我らと対等の同盟相手だ。礼儀にもとるような発言は控えよ」
「はっ、失礼しました」
ヨーク伯はエドムンドに振り返り、頭を下げた。それに対してエドムンドは肩を竦めた。
「俺に対して頭を下げても意味なかろうが」
「あら? 私は別にいいわよ。脂だらけの血袋なんか大した興味ないし」
「……互いの発言に難ありとして不問にしよう」
負けじと言い返すエリザベートに、エドムンドは呆れたような顔をしてため息を吐いた。エドムンドの差配でエリザベートを含む十数人の吸血鬼はメイドとして正式なハヴィランド宮殿の住人になっていた。それは同盟者である吸血鬼達に対する自分が信頼しているというポーズであったが、一方で吸血鬼の高い隠密能力買って暗殺者に対する備えにしようという下心もあってのことだった。
ただどこか妖艶な雰囲気か、さもなくば庇護欲を沸かせる容姿をしている吸血鬼の女どもがメイドの恰好をすれば、それなりに清楚な姿に見えてしまうことは予想外だったが。
「それであいつにどんな仕事を割り振るつもりです?」
ヨハネが軽く苦笑しつつ、質問をした。
「そうだな。彼にはサウスゴータ地方の警邏隊でも任せようと思うのだが?」
「サウスゴータ地方の? それはいささか短慮ではありませぬか。サウスゴータ地方はいまや我が国のみならずトリステイン・ゲルマニア・ガリアの四か国の共同統治下にあるのです。それだけにサウスゴータ地方では警邏といえどもそれなりに有能なものでは任にたえられますまい。それに彼だけそのような日陰ではない職につければ他のジェームズ派貴族が不満を持つでしょうし、彼自身にしてもいつもでも盲目であるという保証はございません。いや、あの単純さでは他国の謀略の道具となりかねませんぞ」
「伯の言い分はもっともだ。だが、ジェームズ派貴族の反感はこの際気にせずとも良い。国内の不穏分子を一掃する準備が9割方完了しておると
「なにかしら?」
「アルニカにマルスの監視を任せたいのだが?」
「えぇ。陛下がお隠れになった後なら、あの子が介護してあげる必要もないでしょうしね」
エリザベートが口元を手で隠してクスクスと笑った。
そして謁見の間に青白い顔をしたユアンが走って入室してきた。
「エドムンド殿下。エリザベート様。デュライ百人長から報告がありました」
エリザベートとエドムンドが顔を見合わせ、エドムンドが続けよと言った。
「それが、かなりの重大な報告であるらしく、直接説明したいと?」
「なぬ? ……ミス・ヨーク、今日の予定はどうであったか」
「これから一刻は謁見客の相手。それから内務局と外務局の要人との会議に出席された後はブロワ大将をはじめとする空軍の幹部と面会して竜騎士団の再建の方策について討議することになっています。それから夕食までの間はまたたまってきている書類を決裁してもらいます。夕食は迎賓館にてガリアとロマリアの大使と会食を行うことになっております。それから寝るまでの間に各部署の報告に目を通していただくことになっておりますが」
相変わらずハードスケジュールだ。身体がなまらないかすごく心配だ。
そう自分の暇のなさをわずかに嘆きながら思考を巡らせ、すぐに決断した。
「謁見客の相手はヨーク伯がしておけ。どのように対処するかはお前が自由に判断してよい」
「はっ」
丸々と太った体で丁寧にお辞儀したヨーク伯に、かなり腹筋に力を入れているな、というどうでもいいようなことを思いながらエドムンドはユアン、ヨハネ、エリザベート、ヴァレリアを伴って謁見の間を出た。
「凛々しき殿下に謁見しにきたのに、迎えたのが”脂豚”では客人が卒倒しませんかね?」
「ミスタ・デヴルー。その”脂豚”の娘の前でそう言うのはやめてもらえませんか。恥ずかしいです」
「それはすまん」
ヴァレリアに冷たい目で睨まれたヨハネは恐縮して頭を下げた。エドムンドはというと否定の言葉を言わないということは内心父親が”脂豚”と言われても否定できないと思っているのだろうと推測した。そして”白いオーク”もそうだが、ヨーク伯はろくな二つ名がないなと同情するのだった。
デュライ達がつけているブレスレッドと対応するマジックアイテムの宝玉は、エクトル卿の屋敷の地下からこの王宮の最奥部、宝物庫の近くの部屋へと移されており、その部屋は知るものからは通信室と呼ばれている。通信室は大きな宝玉の他にに無秩序にいくつもおかれた椅子があり、そのひとつにエドムンドは無造作に座り、ユアン以外の者もそれぞれ椅子に座る。
「では、繋げます」
ユアンがそう呟き、宝玉を操作した。
「デュライ。聞こえるか?」
『ああ。よく聞こえてるぜクソガキ』
宝玉からウエストウッドにいるデュライの声が響く。
「言葉を慎め。殿下も聞いておられる」
『な! も、申し訳ございません!!』
「よい。なにやらただならぬことが判明したのであろう。早く報告せよ」
『はっ、例のサイトという剣士についてですが、ミス・ヴァリエールの使い魔らしいのです』
「なぬ?」
エドムンドは首を傾げて固まった。他の者たちも同じである。
「待て。人間が使い魔になるなど聞いたことがない。なにかの間違えか、向こうの策謀ではないのか?」
いち早く我を取り戻したヨハネの疑問に遠くにいるデュライはすかさず自分の感がを述べた。
『サイトの左手に使い魔のルーンが確かに刻まれていました。間違いという可能性はごく低い。そして策謀にしてもなんの意味があるのでしょう。本物の使い魔を隠すためならば、それならば他人の使い魔を自分のものであるかのように使えばいい。ヴァリエール公爵家の人間となれば忠誠の証として使い魔を差し出せと命じれば、応える陪臣たちは数多くいるでしょう。にもかかわらず人間を使い魔として扱うなど……』
「愚策にもほどがあるな。となるとルイズ嬢の使い魔が人間であることはほぼ確実か」
エドムンドは確信を持ってそう言った。デュライの報告を聞く限り、策謀の可能性は極めて低い。いや、いっそ皆無といってもよい。ならばサイトが使い魔であることは疑いないように思えた。
一方で疑問に思うのは、なぜそれが噂となって飛び交わぬのだろうかということである。エクトル卿時代にワルドから聞いた話ではルイズはトリステイン魔法学院に通っていうはず。ヴァリエール公爵家の令嬢が使い魔召喚で人間を召喚したなどというスキャンダルは生徒から親へ、親から社交界へと凄まじい速さで伝わっても不思議ではないのだが……
なのに広まってないということはやはり国家権力がルイズの正体を機密していると考えるのが一番しっくりくる。
「使い魔はメイジの系統の向き不向きを測る一種の指針になるのですけど、人間の場合ってどうなるのでしょうか? 判断に困るのもほどがあるでしょう?」
「あら? 案外”虚無”なら使い魔が人間で確定という可能性もあるでは?」
「……それはないと思いますが。始祖が人間を使い魔にしていたなど聞いたこともありません」
「最高峰の聖人が人間をしもべにしていたなんて外聞が悪いから、六千年の内に歪められたと考えれば不思議でもないと思うけど?」
「っ! 随分と野蛮な考えですね!」
エリザベートの物言いに怒りが篭った瞳で睨みつけるヴァレリア。始祖を侮辱されているように聞こえたからだ。
2人の言い合いを諌めるべきエドムンドは目の前のことを認識していなかった。彼女らの言い争いで遠い過去、かつて父や兄らと共に過ごし、自らの在り方こそが正しいと信じて疑わなかった、なにもかもが輝いていたあの頃。
聖堂で何種類も聞かされた聖歌のひとつにそんな唄がなかったか――!!?
神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。
左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。
神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。
あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは陸海空。
神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。
あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。
そして最後にもう一人…、記すことさえはばかれる…。
四人のしもべを従えて、我はこの地にやって来た……
始祖ブリミルが異教により故郷を追われ、このハルケギニアへとやってきた時の記録が記された古い聖書。その冒頭に書かれていた詩。それを遠い過去から強引に引きずり出されるようにエドムンドはそれを次々に思い出した。
四人のしもべ。当時は聖職者から精霊、もしくは妖精の類であったと教えられた記憶がある。なるほど聖書が語る彼らの活躍は実に現実離れしており、およそ人の成せる業とは思えなかったことも。
だが、それが使い魔であり、彼らの英雄譚も始祖に刻まれた使い魔のルーンの加護によるものが大きいと考えるのであれば、彼らの正体が人間であったとしても十分に筋が通ってしまうのではないか!
その可能性に思い至った彼はもう一つ、重大な懸念を抱かずにはいられなかった。
「……デュライ。先のルイズ嬢襲撃犯についてなにか新たに判明したことはないか?」
自分たちの主君の声がかすれていることに気づいたヴァレリアはエリザベートと言い争うのをやめ、不安げな顔をする。
『その襲撃犯はシェフィールドと名乗っていたようです。心当たりはありませんか?』
「それは皇帝秘書の……。やはりガリアは”虚無”を狙っていたのだ!」
ヨハネが喚くが、エドムンドは自分の懸念が的中してしまったことを確信した。
「殿下、”虚無”をこのまま放置しておくのは危険です。万一、ガリアの国力と伝説の”虚無”が交われば、ハルケギニアはジョゼフの思うがままに蹂躙されかねません。やはりここは危険を承知で強引な手段を使ってもミス・ヴァリエールを手中におさめるべきです」
ヨハネの進言は、どっちにしろ危険なら動いて滅んだ方がマシという思考の表れだった。
しかしエドムンドはその進言を拒否した。
「なぜです?!」
ヨハネが顔を紅潮させ、問いかける。それに対してエドムンドは深いため息を吐いた後、穏やかな声で説明をはじめた。
「ヨハネ。”虚無”とガリアの国力が交われば脅威と言ったな」
「はっ。ですから……」
「おそらく既に交わっておるぞ」
「……え?」
あまりに予想外の言葉に呆然とするヨハネを気にせず、エドムンドは言葉を続ける。
「デュライ。先に聞いた話ではお前は大量のガーゴイルを投入されたにも関わらず、襲撃犯の姿をひとつも確認できなかったと言ったな」
『はっ』
「それを聞いた時、俺は相当な手練れの小隊かなにかだと思うておったが、どうやら違うようだ。シェフィールドの容姿を俺は見たことがあるが戦働きをする人間としてはど素人といってよい体をしておった。俺はお前の索敵能力を信頼しておる。そんなお前がど素人の気配を察知できぬ道理がない。となればあの女は他のマジックアイテムかなにかで姿を隠しておったに違いあるまい。聖書に曰く、ミョズニトニルンはあらゆる魔導具を使いこなす者にして始祖に助言を呈す知恵深き賢者なり。そこから大量のマジックアイテムを使っても問題にならないほどの神の加護をあの女は宿していると考えれば不思議はあるまい」
「で、殿下。ミョズニトニルンとは?」
ヴァレリアが内容を理解できずに困惑した顔で問いかける。ヨハネやエリザベートも同じ顔をしている。おそらくウエストウッドでデュライも同じような顔を浮かべていることであろう。
「始祖と共にハルケギニアへやってきた四人のしもべの一人。そしておそらくは”虚無”の使い魔に刻まれる”ルーン”の名だ」
「え? し、しかし! 始祖が使い魔を、人間を使役していたなんて聞いたことがありません!」
「それはエリザベートの推測通りではないか? 確かに外聞が悪かろう。聖書にも使い魔とも人間とも書かれておらんかったはずだ」
ヴァレリアは言葉を失った。
「待ってください。シェフィールドが”虚無”の使い魔ということは既にガリアは別の”虚無”の担い手を勢力に加えていると……?」
「加えているどころか、ガリア王本人がそうだろうな」
ヨハネの疑問に対するエドムンドの答えに全員が驚愕した。
「ジョゼフとルイズ嬢が”虚無”。確証はないが、俺は間違いないと言い切れる」
互いに始祖の血を継ぐ名家に生まれ、頭脳的肉体的にはともかく魔法的に無能という評判。そして明らかにそれに近い立場でありながら明らかに場違い感を感じさせる”ルーン”を刻まれた人間の存在。
状況証拠でしかないが彼らが”虚無”であることの証明であるかのようにエドムンドは思えた。シェフィールドにルーンがあるのを確認していないが、”レコン・キスタ”でクロムウェルの秘書をしていたあの女の素肌は春夏秋冬常に真っ黒なローブに覆われて隠されていた。当時はなんでそんな古代の呪術師のような姿をするのか疑問でならなかったが、ルーンを隠すためと考えれば別に不思議ではないように思える。
ジョゼフとルイズが”虚無”であり、サイトとシェフィールドが使い魔。それを前提にこれからの展開を見極め、打つべき手を考えなくてはならない。
願わくば彼ら同士が相争い、互いに消耗してくれることが理想的が、国力的にトリステインが不利すぎるので一方的に潰されないか心配だ。場合によっては支援することも検討しなくてはならないだろう。
エドムンドは肘掛に肘を置き、頬づえをつきながら思考の海へと溺れていった。
+マルス・オブ・バーノン
原作2巻で亡命した人たちのその後を書いてみたくて創作した一発キャラ。
……の筈が、久しぶりに読んだ銀河英雄伝説のランズベルグ伯を夢見がちな少年貴族ならこんな感じだろうとモデルにした結果、強烈前向きロマンチストというむちゃくちゃ濃いキャラに変貌をとげていた。
書いててなんか気に入ったので、また出せる機会があれば出したい。