サイトとルイズが再会してから数日後。
ディッカー率いる部隊はシティ・オブ・サウスゴータでレザレスと合流を果たし、レザレスの案内でウエストウッド村にてデュライとも合流して目的の人物であるサイトと対面した。
「初めましてヒラガ・サイト殿。私は
サイトは貴族や騎士としての高慢さなど微塵も感じさせない態度をしているディッガーに衝撃を隠しきれなかった。今まで会った貴族や騎士は程度の差こそあれ、自分を所詮平民だと見下す気配を感じられた。このハルケギニアで最初でできた友達であるギーシュでさえ初対面の時はそうだった。
ルイズやアニエスも驚いていた。
ティファニアは2人とは別の意味で驚いていた。エドムンドという人がアルビオンの新しい王さまになったとは知っていたが、その出自まではこの小さな村まで流れてこなかったのである。モード大公の子であるということは自分の――
「殿下の御意向でデュライ百人長には君をある事件の重要参考人であるとしか教えていなかった。だから彼が君に何か無礼な発言をしていた報告を受けている。それはこちらの責任だ。この通り許してほしい」
申し訳なさそうな顔ををしながらためらいなくデュライは頭を下げる。するとサイトはやや驚きながらも別にいいですよと笑って許した。
「それで、貴方たちは何の事件の参考人としてサイトを探していたのだ?」
アニエスの疑問にディッガーは軽く頷くと
「ええ、サイト殿。先の戦争でトリステイン・ゲルマニア連合軍の殿としてこの近くで七万の軍勢を相手に奮戦されたのは君ですね?」
その答えにアニエスは警戒心を強め、サイトは気楽に答えようとしたが、
「え、いや」
アルビオンのお偉いさんに対してアルビオン軍相手に暴れたことを認めちゃってよいのだろうかと思い、口ごもる。
あれ? この状況ってやばくない?
そんな思いが急速に膨れ上がっていく。アニエスの話じゃ
後ろ向きな思考をし始めたらどこまでも後ろ向きなサイトは、不安に駆られて冷や汗を流しながら背中に下げたデルフの柄を掴んだ。
ガンダールヴのルーンの効果で身体能力が向上するのを実感すると余裕ができてきて、百人位ならなんとかなるなとサイトは思い始めた。
そんなサイトの思考を読んだ訳ではないが、武器に手を伸ばしているのを見て、どうも穏やかじゃない方向に勘違いされていると思ったディッガーはあわてて口を開いた。
「別にそのことで責めているわけではありません。いや、むしろエドムンド殿下は君に深く感謝の意を示しておいでです」
その言葉にサイトたちは困惑した。アルビオン軍を足止めしておきながら、アルビオンの王族に感謝されるとはどういうことだ。
「もし君が”レコン・キスタ”や”神聖アルビオン共和国”などと僭称していた共和主義勢力の軍を足止めしてくれなければ、撤退中であったトリステインとゲルマニアの連合軍はほぼ一方的に壊滅的な打撃を受け、再興したアルビオン王国と大陸諸国の間に修復しがたい亀裂が生じるところだったとエドムンド殿下は仰せでした。――レザレス!」
レザレスは上官の意を察し、馬にくくりつけていた革の布袋を取り外してそれをサイトへと手渡した。
布袋のズシッとした重さの感覚に覚えがあったサイトは、中身をなんとなく察しつつも布袋の紐を緩めて、中を覗き見た。
やはりというべきか、布袋の中身は沢山の金貨であった。半年くらい前にタルブでアルビオン軍を撃退した時も姫様から報酬でもらったな。そういやあの時の金、モンモンに惚れ薬の解毒剤の材料に大金がいると言われて全額貸したままだな。
そんなことを思い出しているサイトは確実にまた日本じゃ絶対もらえない大金を手にいれたという現実をうまく処理できずに逃避しているわけだが、ディッガーはそれをどう解釈したのか、
「本来であればその十倍から数十倍が正当な報酬だと思うのだが、その程度の金しか礼として渡せぬことを許してほしいともエドムンド殿下は仰せであった。なにぶんこの国は長きにわたる戦の傷跡を癒すためになにかと金が入用なのでな。勘弁してほしい」
「じゅ、充分ですよ!」
別にお金が欲しくて七万の的に特攻したわけじゃない!とサイトは叫びだしたくなったが、ディッガーがほんとうに申し訳なさそうな顔でそう言うので言いづらく、しかもすぐ隣に特攻した最大の理由であるルイズがいるので恥ずかしくて言えなかった。
「そうか。それで君はこれからもそのままでよいのか?」
ディッガーの問いにサイトは首を傾げた。
「どういう意味ですか?」
「そのまま傭兵を続けたいと言うのならよいのだが、もし君が望むならばエドムンド殿下は君を貴族として迎えると仰せだ。七万の敵を相手に奮戦した君ならばゆくゆくは千人長、いや、私の後を継いで
信じられない高評価にサイトは呆然とした。
我を失っているサイトに代わってルイズが反応した。
「サイトはメイジじゃないですし、平民です。貴族にはなれないと思うのですが」
「アルビオン貴族はこの内乱で大半が没落して人材不足だ。一刻も早く国を再建せねばならん時に身分が違うとかメイジじゃないとか気にしてられん。気にかけるのは優秀か否か、国に忠誠を誓えるか否かということだけだ。現に私は卑しい傭兵の出、しかもアルビオン人ですらないのに重用されている。サイト殿とていくらでも出世の機会は掴めよう」
そこまでいうと視線をルイズへと向ける。
「それに貴族がメイジであるべきという伝統も最近崩れつつあるだろう。でなくばトリステインでミス・ミランが栄えある近衛の長になるはずがないだろう? ならばこのアルビオンとてトリステインの先例を真似して悪い道理があるまい」
自分の国のことを例に出されてルイズは口惜しそうに黙り込む。
なんで口惜しいのかというとこのお調子者のバカは偉い人から褒められるとあっさりと言うことをきいてしまうのではないかという不安があったからである。タルブの戦の後でも東に行って元の世界への手がかりを探すと言っていた癖に姫様から「これからも力になって下さいね」と言われたらあっさりと頷いていたし。
一方、サイトはそんなルイズの苛立たし気な雰囲気を見て、やっぱりまだ対等には見てくれてないんだな、と見事な勘違いが炸裂して内心落ち込んでいた。この主従の両方の内心を知っているならば百人中百人が呆れかえるレベルのすれ違いであろう。
「いきなりそんなこと言われても……。俺、貴族なんて柄じゃないですから、いいです」
とはいえ、ここまで迎えに来てくれたルイズを放ってアルビオンに仕える気はないので、サイトは断った。
するとディッガーは不満気な顔で
「本当に良いのか?」
「はい。俺、貴族のマナーとか無理そうだし」
「……そうか。残念だが、無理強いするなと言われているしな」
とても残念そうな顔をしたが、ディッガーはおとなしく引き下がり、腰からひとつの書類をサイトに手渡した。
「とはいえだ。もし気が向いたらその書類を持ってハヴィランド宮殿に来るといい。お前ほどの凄腕剣士ならばいつでも大歓迎だ」
「あ、ありがとうございます」
これぐらいでよいだろう。そうディッガーは判断してサイトへの勧誘をひとまずやめた。
本人が望んで味方になってくれるというならまだしも、そうでないならガリアから狙われているであろう人物をいかに逸材とはいえ取り込むのは下策と彼の主君であるエドムンドは判断しており、故に可能な限り友好的に、好意的に接触しつつも、無理強いはしない。これが現在のサイトに対するアルビオンの方針であった。
「それでティファニアさん」
「な、なんでしょうか?」
急に呼びかけれたティファニアは驚きながらも返答する。
「デュライから聞いた話によりますと君がこの村の村長なのですね」
「え、ええ」
「この村は孤児達だけで暮らしているとか?」
「はい」
「子どもだけで村が運営できるとは思えません。誰からか援助してもらっているのですか?」
「ええ。マチルダ姉さんから仕送りを貰ってます」
ディッガーは天を仰ぎ、なんとも微妙な顔をした。
なんでそんな顔をするのか顔を傾げるティファニア。
「そのマチルダって人がどこにいるかわかりますか?」
「いえ。出稼ぎに行っていて、数か月に一度しかきてくれません」
数か月も村に子どもしかいない状態を良しとするとは、マチルダとかいう奴はなんと無責任な奴だ!
孤児達だけの村を建設するという愚行を犯すマチルダなる人物へ怒りを覚えつつ、ディッガーはアルビオン騎士として無防備なこの村を放置しておくわけにもいかないのでとって然るべき行動をとった。
「デュライ!」
「はい」
「十人隊をひとつ与える。この村を守ってやれ」
「ハッ!……って、え?」
デュライが咄嗟に命令に返事をしたものの、命令を思い返してあわてて反論した。
「いや、別にこの村そのものを守らなくてもいいでしょ! この孤児達を近場の街の孤児院へ託せばそれでいいではないですか!」
「ひとりふたりならともかく、孤児院に託そうにも一気に十数人となるとあらかじめ先方と話を通しておく必要があるだろう。それまでこの子らの面倒を誰が見ると言うのだ? お前が自分の隊舎でこの子らの面倒を見てくれるというなら話は別だが」
ディッガーの合理的な説明にデュライは言い返そうとしたが、適当な言葉が思いつかずに黙り込んだ。
「あの、この村で暮らしていくので大丈夫です。
勝手に村から出たらマチルダ姉さんにも迷惑をかけますし」
ようやく事態を飲み込めたティファニアが遠慮がちに口を開く。
だが、それはディッガーの騎士の誇りを強烈に刺激したようだった。
「子ども十数人しかいない村など飢えた盗賊共からすれば格好の獲物にしかみえんだろうよッ! 守る術はおろか逃げることすらおぼつかない者しかいない村の存在を知りつつ放置したとあっては
そう言われてティファニアはディッガーと自分達との現状認識の差に思い至った。
ディッガー達からすれば自分たちがとてもか弱い、凶悪な盗賊に襲われればあっさりと殺される子どもの集団としか見えないのだろう。だからディッガーの判断はとても正しいといえる。
しかしティファニアからすればそれはありがた迷惑でしかない。もしなにかの拍子でティファニアの出生がバレでもしたら大変なことになる。
ちらりとサイト達の方へ視線を向ける。サイトは困ったような顔をしているが、そこまで深刻そうな顔はしていない。ハルケギニアの人間ではない彼はティファニアの出生がバレたら問題であることは理解できても実感はあまりないのだ。
だが、生粋のハルケギニア育ちであるルイズとシエスタ2名の顔は事の深刻さに比例した不安な顔をしていた。アニエスは鉄面皮であったが、内心は2人と同じくらいの不安を感じているだろう。3人とも現状を正しく理解している。
ティファニアには知り得ぬことだが、特にアニエスはティファニアの正体がアルビオン側にバレたら主君であるアンリエッタの名誉を守る為にティファニアを見捨てる悲壮な覚悟すら固め始めている始末である。
「で、でも勝手に村から出るわけにもいけないし、この村に十人も泊められる家はないの」
ティファニアの苦し紛れの声に、ディッガーはため息をついた。
「ミス・ヴァリエールらが滞在できたのですから三人一隊の三交代制で村を守ればよいでしょう。……どうしても村を離れたくないと言うのなら三か月程度なら猶予を与えます。そしてマチルダさんが戻られた時に今後の事について話し合わせてもらいます。ただ、三か月たってもマチルダさんが戻られないというのなら申し訳ないがこちらの判断で村民を街の孤児院へ預けるか、この戦で住むところを失った者達を集めてこの村を本格的に開拓村にするかのどちらかの手段をとらせてもらいます」
ディッガーから向けられる視線は、どこか小さいころに「外に行ってみたい」と言って駄々をこねた時に父から向けられた同情はしているけど要求を拒絶をする視線と重なった。
だからティファニアはこれ以上言っても無理なのだと納得してしまい、それを了解した。
やるべきことを終えたディッガー達はロンディニウムへの帰途についた。
そしてウエストウッドの一件から一週間後、アルビオン王ジェームズ一世の崩御がアルビオン王政府から公表され、アルビオン貴族全員に召集令が下された。