ニューカッスルの戦いで貴族派”レコン・キスタ”は勝利をおさめ、この戦いの勝者である軍に所属していた傭兵団や諸侯軍の兵は必死で王党派の死体や城の残骸から金銀財宝を漁っている。
傭兵団にとって、ボーナスを貰うような感覚で、略奪に精を出している。
ハルケギニアではある意味常識と言ってよい光景だ。
そして諸侯軍の兵は、構成員のほとんどが領主の徴兵によって集められた農民達である。
このハルケギニアにおいて、徴兵は
なので、自分たちが命がけで働いた”貰って然るべき正当な報酬”を手に入れるべく一心不乱に略奪に励むのだ。
そんな中、エクトル卿は貴族派正規軍の司令官であるホーキンス将軍とともに、死体の後処理と城の残骸の撤去作業を行っていた。
「戦闘が行われていた時より、今の方が殺気立っておらぬか?」
彼らにとっては正当な権利を行使しているだけなのだろうが、現状の浅ましさを見てそんな思いが漏れる。
やはり、貴族の持つ諸侯軍など全体的に見れば害悪にしかならん。
軍事力は正規軍、それも常備軍だけで充分だ。
今後の改革案――少しばかり過激な――を頭で考えながらも、指揮を執る。
「閣下!」
暫くするとディッガーが早足で瓦礫の山を越え、こちらに向かってきた。
「なんだ?」
ディッガーが注意深く周りを警戒し、小声で告げた。
「……エリザベートが裏をとりました」
「……ほんとか?」
「……ユアンの使い魔がきたので確かかと」
「そうか」
エクトル卿は笑みを浮かべた。
今まで怪しさを感じつつも決して尻尾を掴ませなかった傑物。
そんな傑物の尻尾をようやく掴んだのだ。
王党派を完全に滅ぼしたこのタイミングで一切尻尾を掴めなかったら、計画に大幅な修正を強いられる必要があったので嬉しさを抑えられない。
だが、そんな気分に水を差すように歓声があがった。
「なんだ?」
指揮下の兵達に休むよう命令して撤去作業を一時中断し、歓声の中心へと向かった。
するとそこには、貴族派の盟主クロムウェルがいた。
そのことにエクトル卿は冷や汗を流す。
”レコン・キスタ”の裏事情を掴んだ直後に、クロムウェルが戦場跡を訪問してきたら嫌な予測を立ててしまうのは当然だ。
(落ち着け。動揺を悟られては終わりだ)
目を閉じて、心を落ち着かせる。
時間的に考えて、ユアン達が裏切りでもしない限り、その事に関する事ではなかろう。
となると、裏で進めている工作のことか、ニューカッスルでしてきたことに関することか等と、いくつか自分に疑いがかってもおかしくない案件とそれに対する言い逃れの方法をエクトル卿は脳裏に浮かべる。
そして群衆をかき分けてクロムウェルの前に出て跪く。
「閣下!閣下から今回の戦における大軍の指揮を任された身にもかかわらず、それを放棄して自らニューカッスルに乗り込んだことをお詫び申し上げます!どうか私に罰を!」
「よいのだ、エクトル卿。
確かに大軍の指揮権を放棄したのは問題だが、君がニューカッスルに忍び込んでジェームズを討たねば我が軍の被害はあと数千は増えていただろうと皆言っておる。その功労者を罰することなどできんよ」
「しかしジェームズの体は大量の火の秘薬と共に爆炎の中で跡形もなくなってしまいました。もし死体さえあれば、閣下の”虚無”によって生前の愚かさを悟り、閣下の友人となることができたでしょうに」
「確かにそれは残念であるな」
クロムウェルは悲しそうな表情を浮かべる。
傍から見てもそれが演技であることが、ありありと見える表情であったが。
「して、閣下はなぜここへ?閣下はロンディニウムで新しい国の成立宣言の準備に取り掛かっておいでと聞いておりましたが」
「うむ。その通りなのだが、トリステインの同志が非常に興味深い情報を知らせてくれたのでな。それを確かめにきたのだ」
ひとまず、自分に疑いがかかったから戦場跡に来たわけではないと知り、僅かに安堵する。
「差し支えなければトリステインの同志と興味深い情報を教えていただきませんか?」
「うむ。まずはトリステインの同志とはワルド子爵のことだ」
ワルド子爵。その名にエクトル卿は心当たりがあった。
「ワルド子爵というと、トリステインの近衛衛士隊隊長ではありませんか。
あの国は数年前から王位が空位で政情が不安定と聞いておりますが、よもや近衛が我らの味方となるとは、見下げた奴ですな。」
「エクトル卿、真なる信仰心故の行動を罵ることは誰にもできん。
それに始祖が与えた使命の遂行に比べれば王家への忠義など大したものではなかろう」
クロムウェルは自信満々に言う。
「失礼しました。では、彼が教えてくれた興味深い情報とは?」
「……最近、トリステインとゲルマニアが共同して我が革命運動に対抗しようとしているのは知ってるね?」
エクトル卿は頷く。
空中大陸アルビオンが共和主義者の楽園と化した今、大陸に割拠する専制国家同士が自己の生存と政治体制を堅持するために手を組むのは当然の行動と言えた。
「ワルド卿がトリステインの麗しき姫殿下から聞いたところによるとゲルマニアの皇帝とトリステイン王女が結婚することで強固な同盟を結ぼうと考えたようだな」
「……権威主義者の多いトリステインにしては奮発しましたね」
トリステインは始祖の末裔の一族が治める伝統ある国家だ。
ここでいう伝統ある国家とは旧態依然とした慣習に囚われて領土は縮小を続け、貴族の専横により国力は衰退の一途を続け、歴史しか誇れるものがなくなった国家という意味である。
要するにプライドだけ高い弱小国である。
対してゲルマニアはトリステインの十倍以上の国土を誇る大国。
元々は数十の都市国家の乱立地帯であり、数百年前に歴史ある国家と対抗するために連合を組み、次第に都市国家ゲルマニアの王を頂点とする帝政へと移行していった帝国だ。
そういう歴史的経緯からゲルマニアの皇帝は始祖の血を継いでいないため、他国の王と比べて下に見らることが多く、国内の精神的支柱となりうる権威も持っていない。
そのため、権威を欲する現皇帝アルブレヒト3世が、トリステイン王女アンリエッタと結婚する引き換えに国家として頼りないトリステインと同盟を結ぶということだ。
一部のトリステイン人の誇りが踏みにじられることを除けば、実に理想的な関係を築いていると言える。
「ところがだ。かの国の王女様曰く、ゲルマニアとの同盟が白紙になりかねない材料を王党派が握っているというのだ」
「そんな都合のいいものがあるのでしょうか?」
「ああ、そんな都合のいいものがあるのだ。アンリエッタ王女からウェールズ皇太子に宛てたラヴレターなるものがな」
「は?」
エクトル卿が呆けた声をだす。
仮面が無ければ、鳩鉄砲に撃たれたような表情が見れたことだろう。
それだけクロムウェルの言葉が予想外なものであり、理解しがたいものであったからだ。
「……ラヴレターごときでゲルマニアとの同盟を白紙にできると思えませんが」
再起動を果たしたエクトル卿がそれでも真面目に問う。
普通に考えて恋文の一通や二通出てきたところで「偽造」と言い張ればそれで問題ないのだ。
「最初にワルド子爵から話を聞いたときは余もそう思った。
しかし、しかし!アンリエッタ王女の恋の情熱は我らの想像の遥か上をいったのだ!
ワルド子爵が問い詰めたところ、トリステインの麗しき姫君はこともあろうにそのラヴレターに『始祖ブリミルの名に於いて、アンリエッタ・ド・トリステインは、ウェールズ・テューダーに永遠の愛を誓う』という誓いの言葉まで書いたそうだ!
――王女の印と署名入りというおまけつきでね」
「正気の沙汰とは思えん!」
エクトル卿は我慢できずに大声で叫ぶ。
手紙に書かれているという一文は始祖に永遠の愛を告げる言葉――具体的に言うと結婚式で嫁が夫に告げる言葉だ。
それだけならまだいい。よくはないが、それだけならまだ偽造と言い張れる。
だが、王女の印は偽造は不可能といっていいほどの代物である。
署名した上でそんなものを押したら立派な”公式文書”だ。
出すところに出せば、アンリエッタ王女はウェールズ皇太子と結婚していると見なされても文句は言えない。
というか、絶対にそう判断される。
そして重婚というのは、ハルケギニアでは大きな罪と認識されている。
そんな罪を被ってしまえば、たとえ始祖の血を得たとしてもアルブレヒト3世の面子は丸潰れだ。
婚約は無効化され、ゲルマニアとの同盟も白紙になるだろう。
いや、それどころか恥をかかされたゲルマニアがトリステインに宣戦布告することすらありうる。
「恋愛に熱中して、ロマンチシズムに酔いしれておるだから正気ではあるまいよ」
「……崇高な大義によるものではなく、王女の恋心のせいで国家存亡の瀬戸際に立たされるトリステインが哀れでなりませんな」
エクトル卿の本心からの呟きであった。
先程まで近衛隊長という顕職にありながら裏切ったワルド子爵にエクトル卿は侮蔑の感情を抱いていた。
しかし、王族がこんな暴挙をやらかすほど落ちぶれているのならばトリステインなど裏切って当然だ。
「だが、ワルド君はウェールズを討ち取ったものの、残念ながらラヴレターの奪取には失敗した。
しかし既に終わった話はもうよい。もとよりこれは我々が計画した作戦ではなく、降って湧いた話なのだ。失敗したら失敗したで一向に構わん。当初の方針に戻るまでだ。
まずはロンディニウムに戻り、共和国の成立をハルケギニア全土に向けて宣言せねばならん。
そして、我が共和国を導く優秀な貴族もあわせて紹介するのだ。
エクトル卿、君にも相応の地位が与えられるよ。信賞必罰は国家の拠って立つ処だからね」
クロムウェルはエクトル卿の両肩を掴んで熱弁すると、ステップでもするように親衛隊を引き連れてどこかへ行ってしまった。
エクトル卿は埃でもはたくように両肩を叩くと、撤去作業の指揮を続けるべく、瓦礫の山へと戻っていった。
政治的に見たアンリエッタの行動は好意的に書くのは不可能。
キャラとしては好きなんだけど、こんな女王様の国は嫌だ。