ジェームズ一世が拷問の傷が祟って崩御し、アルビオン王国全体が喪に服していた。
しかしそんなこと知らぬとばかりにジェームズが崩御したハヴィランド宮殿王宮内にある小さな一室で秘蔵のワインを開けて、ささやかな打ち上げを行うという不敬とかいう次元を超えた所業を行っている一団が存在した。
それも当然のことで彼らは心からジェームズの死を願っていた不逞極まる連中であり、特に彼らの首領であるエドムンドは自らの復讐を達成した達成感と陶酔感に身を委ねるがままであった。
ジェームズは内乱終結時には既にエリザベートの部下であるアルニカによって
眼下に集う者達を見下ろす。全員アルビオン支配の足掛かりをつかめた歓喜に溢れている。それは同盟者であるエリザベートとて例外ではない。エドムンドの臣下たちとは目的は違えど彼女は自分たちの部族の悲願の第一歩を踏み出した喜びをこの場にいる者に隠す理由などどこにも存在しなかった。
とは言っても、彼女の存在にエドムンドの臣下の幾人かは眉をひそめはした。
ハルケギニア最恐の妖魔として子どもの頃から教えられてきた吸血鬼に対して好意的でいられる者はそう多くはないし、人間の血を啜って生きている吸血鬼はその種族であるというだけで排除すべき脅威であるというのが常識だ。
その影響からはエドムンドたちも逃れられきることはできない。手を組んでいる吸血鬼に好意的な態度をとっているのはエドムンドの腹心の中ではヨハネ、ユアン程度しかおらず、他の者は主君であるエドムンドが寛大さを示しているから渋々というのが実情である。
自分の臣下が眉を潜めているのを見て、エドムンドは少し前のことを思い出した。
諸国会議が終わってしばらくした頃、二人きりの時にヨーク伯に食って掛かかられた時のことを。
「殿下はいつまで吸血鬼と手を組んでおられるつもりです」
「なんだ。ヨーク伯? お前はエリザベートらを信用できぬというのうか?」
「その通りです。吸血鬼は悪魔の如き狡猾さを持っております。たった一人の吸血鬼によって都市ひとつ滅びたことさえあるのです。そんな存在が数十といればこのアルビオンとてその都市のように滅びの道を歩むことになりかねません。今までは殿下が王族として返り咲くために吸血鬼と手を組むこともやむなしと黙ってきましたが、権力の頂点に殿下が昇られた以上、殿下の役目はアルビオンの国情の安定化と支配体制の強化であるはず。ならば吸血鬼と手を組んでいたことが表向きになれば政権を揺るがすほどのスキャンダルとなりましょう。そうなる前に秘密裏に吸血鬼どもを討伐し、証拠隠滅を図るべきではありませんか?」
それが忠誠心からの進言ではなく、吸血鬼に対する恐怖からの進言であることをエドムンドは見透かしていたが、それなりに筋が通っていたのでちゃんと答えを返した。
「さしあたり、エリザベートらと敵対するつもりはない。いまのところ奴らの悲願が俺たちが相容れぬものではないのだからな。それにお前の言うようなことがあったとしてだ。俺がたかが数十の吸血鬼程度に易々と国を奪わせると思うのか」
「王国とは一代で終わるものではありません。吸血鬼の一生は長い。殿下に勝てずとも、奴らが忍耐を選べば国家簒奪も叶うでしょう」
「つまり、俺にできる子か孫あたりを
「その通りです」
「よいではないか」
「は!?」
「俺の跡を継ぐ奴がそんな無能なら乗っ取られてしまえばよいのだ。その方が国家のため、民のためであろう。都合のいいことに吸血鬼が公然と表舞台に立てるわけがないのだから、我が王家の名誉に傷がつくわけでもないのであるし」
まるで当然のことであることを喋るかのような口調でそう言う主君の恐ろしい言葉を、ヨーク伯はとても信じられずに戦慄し、顔を青くして喚いた。
「吸血鬼に国が乗っ取られるのですぞッ!」
「だからそれがどうしたというのだ。このアルビオンが
「吸血鬼は人を餌のようにしか思っていないのです! 殿下は民が家畜のように虐げられて構わぬと?!」
「批難する対象を吸血鬼から王侯に変えると、伯の言いようは過激な共和主義者の主張そのままだな」
この切り返しにヨーク伯はひどく狼狽した。
「い、いえ、決してそのような……」
「とにかくだ。俺の方からエリザベートらと手を切るつもりはない。少なくとも今のところは、な」
そう言って話を打ち切ったが、エドムンドからすればどうしてそれほど彼らが吸血鬼を厭うのか理解できない。
自分たち王侯貴族にせよ、吸血鬼にせよ、民からすればどちらも自分たちの血と汗を奪っていく存在で、それほど差がある存在ではないはずだ。せいぜい徴税をかけて間接的に奪っていくか、吸血という行為によって直接的に奪っていくかの差でしかないだろうにとエドムンドは思うのだが、他の者にはそうではないということは理屈としては理解はしていた。
だからエリザベートを始めとする吸血鬼に対して自分の臣下が嫌悪を露わにしても、主君としてある程度までなら許容するだけの寛大さを示すべきだと思っていたが、流石に忌々しいジェームズの顔を拝まずにすむようになった祝福すべき記念日に臣下達のそんな顔を見るのは気持ちの良いものではない。
この場だけでも注意しておくべきかと声をあげようとしたが、その前にディッガーが声をかけてきた。
「本当によろしかったのですか?」
「なにがだ?」
「殿下がアルビオンの王、絶対者なる為の準備は万端です。しかしこの方法ではジェームズの名誉がある程度は保たれてしまいます」
それはディッガーに計画を指示した際にも質問されたことであった。
「くどいな。その方法が一番国内の権力掌握が容易い方法だ。それに死んだ奴にいつまでも執着しておれん。死んだ奴が利用することで俺の臣下の犠牲を減らせるならばそれがどんなに気に入らない奴でも利用するとも。前に言ったはずよな?」
「確かに。しかし殿下は諸国会議において死んだウェールズを名誉を貶めていたではありませんか。死んだモード大公の為にも、叶うならばジェームズの名誉も踏みしだきたいと思っておられるのでは、と愚考したものでして。もし自身の復讐心を抑えておられるのであれば、我らに対してだけでもその真意をお聞かせ願いたく思います」
その問いにエドムンドは沈黙した。
あーあ、とヨハネが両手を挙げて肩を竦めて姿がディッガーの目に入った。彼はエドムンドが幼少の頃より側に仕えていた人物であり、今のエドムンドの家臣団において一番の古参といえる。だから自分の知らない主君の側面を彼は知っており、自分の懸念の滑稽さに呆れているのだろうかと推測し、それは正しかった。
「ディッガー。あまり俺を侮るなよ?」
主君の明確すぎる怒りの矛先を向けられて、ディッガーは背中に寒気が走った。
「死んだ父上のため? くだらぬ。よいか、復讐という行為自体は自己満足でしかないのだ。だというのにその復讐心の源泉を己の感情ではなく、死んだ者に求めるなど侮蔑すべきことだ。いや、これは復讐に限ったことではない。死んだ誰かのために。少なくとも俺の知る限りにおいて、本気でそう思い込むこと以上に虚しく愚かなことは存在せぬ。死んだ者ためになにかを成したとして、それで死者の心が動くことは決してない。どれほど喜んで欲しくても、あるいは叱って欲しくても死者はなにも言ってはくれぬ。そのズレに生きている人間は延々と苦しめられる。そんな愚かしいこと、俺は決してせぬ。俺が誰かの為に行動を起こすとすればそれは生きている者だけが対象だ。どれだけ大切な存在であれ、死んでしまったらそこで終わりなのだからな」
まるで次元がゆがんでいると誤認してしまうほどに濃い負の感情を纏わせたエドムンドの視線をもろに浴びたディッガーは恐怖から思わず数歩下がって杖に手を伸ばした。
「ディッガーッ!!」
ブロワ侯爵の怒号でディッガーは正気を取り戻し、姿勢を正して頭をさげる。
「申し訳ありませぬ! 殿下の御前で杖を抜こうとするなど、忠誠を誓った主君に対してなんという罪を……。殿下、たとえ死罪でも私は甘んじて受ける所存」
「いや、よい。俺も少々大人気なかった」
エドムンドは軽く笑いながらそう言った。いかにディッガーの懸念が気に入らなかったとはいえ、自分を慮ってのことであったのだ。それに対して悪意をぶつけてしまったことにそれなりに非を感じたので笑ってなかったことにしようとしたのだ
「いえ、それでは私の気がおさまりません。なにとぞ罰を下さいますよう」
「さようか。……では、ディッガー、なにかここで芸をせよ」
「は?」
「いやな。せっかくの宴であるが、宴の内容が内容なだけに外部の楽師を呼ぶわけにはいかなかったのだが、それでは少し物足りぬと思っておったのでな。だからお前が楽師の代わりをやれ。それをもって先の不敬に対する罰とする」
小さな宴会場が爆笑に包まれた。
「で、殿下も、お人が悪いですな。騎士に対してそのような、恥辱に満ちた罰を与えるとは、グフフフフ」
ヨーク伯が腹が痛いと言って、でかすぎる腹を抱えて抱腹絶倒した。
「殿下、これは騎士にとって自害に勝る罰ですぞ」
真顔になろうとして失敗して表情筋がひきつりまくって歪みまくった表情でヨハネが告げる。
「どんな芸を見せてくれるのかしら〜」
エリザベートが興味津々といった体でディッガーにキラキラした視線を向ける。
「これほど笑ったのは久しぶりですなっ!」
ブロワ侯爵が目尻に涙を浮かべ、大声で笑いながらそう叫んだ。
「ひどい騒ぎだ」
ユアンはいつも通りの風を装っていたが、唇がはっきりと弧を描いている。
ディッガーは大量の汗を流しながら、救いを求めて縋るような目で自らの主君を仰ぎ見た。
なにか労働などを課せられるならまだしも、まわりから笑い者にされることをせよと命じられるなど想定外にもほどがあった。
「ほら。早くやるがよい」
しかしエドムンドは人の悪い笑みを浮かべながら、無情にもそう命じた。
その後、この秘密の宴は大いに盛り上がりを見せたが、ディッガーはその記憶を恥じて死ぬまで封印することになる。
モチベが下がり続ける今日この頃。