風の復讐譚[更新停止]   作:kuraisu

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即位

ジェームズ一世崩御から数日後、

 

ハヴィランド宮殿王宮の謁見の間に招集をかけられたアルビオン貴族が集まっていた。

 

彼らはここでジェームズ一世の葬式の式次第と今後のアルビオンの方針について伝えられると考え、当然それに関心を持っていたのだが、一方で疑問を禁じ得ないでいた。

 

要約すると、なぜこのタイミングで本当の貴族たる封建貴族全員に招集をかけたのか?ということだった。

 

「葬式の際に弔問客として集めるというのならわかる。しかし……今集めるということは葬式の準備のために協力を求めるということか? しかし数が多すぎるだろう。協力を求むのであればその貴族だけでいいだろうに」

 

という疑問を覚える貴族の声に対して

 

「そんなの誰もやりたがらないからだろう。ジェームズ派は共和主義者の反乱で全滅しているし、次期国王になられるエドムンド殿下との因縁を考えると葬式で先王陛下を悼む仕草をしただけで新国王陛下の不興を蒙りかねん」

 

というのが多くの貴族が持つ認識だった。彼らはエドムンドがジェームズと和解したという戯言など露程も信じていない。

 

平民や他国の貴族ならいざ知らず、アルビオンの貴族であるならば他国に亡命していたジェームズ派貴族は閑職に回されるか、適当な罪を被せられてそのまま牢獄行きになった事実を知っている。

 

そこからわかることはエドムンドは決してジェームズを許していないということだ。

 

それがわかる有力な貴族たちはジェームズの葬式の段取りなどという見える地雷に突っ込みたくない。ただでさえ”レコン・キスタ”残党を捕縛し、国内の混乱を収拾するためという名目で鉄騎隊(アイアンサイド)が貴族領にも王家の威光を武器に領主に無断で侵入したりしながら国中を闊歩して共和主義者と思わしき者、もしくはその協力者と思わしき者を平民だろうが貴族だろうが片端から逮捕して回っているのである。

 

もしエドムンドの不興を被れば自分も鉄騎隊(アイアンサイド)に連行され、適当な罪を被せられて処刑されるかもしれない……

 

そんな不安を多くの貴族は抱いており、王政府に対する不満をさらけ出すことはできなかった。なぜかというと長きに渡った内乱によって厭戦感が拡大しており、戦をすると言っても王政府に対抗できるほどの兵力を揃えられるとは考えにくい。

 

それに加え、鉄騎隊(アイアンサイド)は共和主義者を摘発する傍ら、盗賊の討伐も行っていたため国内の治安は急速に回復していたのである。政情不安と内乱によって治安悪化の一途を辿っていた国内状況に辟易してアルビオンの臣民は何度も盗賊を撃破したとアピールする鉄騎隊(アイアンサイド)に好意的な感情を抱いており、一部では英雄視すらされていた。

 

そんな状況で鉄騎隊(アイアンサイド)がいる王政府相手に戦争をしかけたら、内部から離反者が続発しかねない。

 

というわけで彼ら封建貴族は王政府に言いたいことは山ほどあるが、言えずにいるのである。

 

「アルビオン王国次期王位継承者エドムンド・オブ・ステュワート殿下の御成りである!みな頭を下げよ!」

 

赤髪の侍従武官長の次期国王の入室を告げる声に、何十人もいる封建貴族が一斉にその場に片膝をつき、頭を垂れる。

 

扉が開かれる音が響き、次いで幾人もの足音が響いた。

 

「面をあげよ」

 

重々しい声に従い、貴族たちが頭をあげる。

 

玉座の前にエドムンドが立ち、その両端にその側近たちが固めていた。

 

(?)

 

だが、その中にロンディニウム大司祭が混じっていたことが貴族たちを不思議がらせた。

 

ジェームズの葬式を行うのであろうから聖職者を呼ぶのはわかるのだが、なぜ自分たちの側ではなく、側近たちと同じ扱いをしているのかが彼らにとっては謎だったのである。

 

「諸君らも既に知っておるだろうが、我が伯父ジェームズ一世が崩御された。不逞な連中の革命騒ぎで傷ついた祖国再建の最中に、である。志半ばで伯父上はさぞ無念であられたことであろう」

 

沈痛な顔をして語るが、それを本気で信じる者はこの場にいないだろう。

 

「司祭。陛下の遺言状を読み上げてくれ」

 

エドムンドにロンディニウム大司祭は恭しく礼をし、その命令に従って懐からジェームズ一世の紋章が刻まれた遺言を取り出し、読み上げようとする。

 

「ま、待っていただきたい! 殿下、王の遺言状は王の葬儀の最後に読み上げられるのが習わしのはず。今この場で読み上げるのはいかがなものかと」

 

慌てて招集された貴族の中の一人、グリムス伯爵が口を挟むが、遺言状を読み上げようとしていたロンディニウム大司祭が穏やかそうな声で伯爵をたしなめた。

 

「その通りですが、先王陛下から朕が死んだらすぐ国中の貴族に自分の遺言状を公表してくれと仰せつかっておりました。なので慣例からは外れますが亡き先王陛下のご遺志を尊重した結果、エドムンド殿下がこの場に貴族を招集なされたのです。伯がこの国に忠実なる臣下であると自負するなれば、ご理解頂きたい」

 

「……なるほど」

 

司祭の言葉に渋々引き下がるが、グリムス伯爵を中心とする一団はエドムンドに抗議する視線を向け、納得はしていないという意思を伝える。

 

そもそもからして先王の遺言というのは政治的な意味が含まれていることが非常に多いのだ。それに対する調整というか対策の為に王の葬儀は何日もかけてするという側面がある。

 

なのに崩御直後に招集され、葬儀より前に遺言状を公表されるのでは他の貴族と連携を組むことができないのだから伯爵をはじめ、集った貴族たちが良い顔をしないのは当然だ。

 

もっともエドムンドはそれを狙ってジェームズにそんな言葉を大司祭に言わせたのだから、彼らに配慮する気は毛頭ない。

 

「では司祭、遺言状の読み上げを」

 

「はっ」

 

ロンディニウム大司祭がジェームズの遺言状を読み上げていく。

 

ジェームズの遺言はエドムンドが用意した文面を、アルニカの指示で彼女の屍喰鬼(グール)であったジェームズが丸写ししたものであるので、当然のことながらエドムンドに有利なことばかり書かれており、自分たちのことを書いてくれてはいないかとひそかに期待していたジェームズ派貴族は見事に裏切られることとなる。

 

「朕の国葬は不要である。内々の弔いのみでよし。国葬を行う費用があるならば、国家再建に使うべし」

 

これもエドムンドがジェームズの葬儀なんかしたくないという心情が全面的にでている。

 

が、ジェームズの気性を知っている貴族達からしてもあの王ならばそう言い残してもおかしくはないと受け入れられたが。

 

「次王エドムンドと為す。臣下一同これを支え、朕の不徳ゆえに乱れた国家を立て直してほしい」

 

ロンディニウム大司祭は遺言状をしまい、以上ですとつぶやく。

 

それを聞いてエドムンドは軽くうなずき、口を開く。

 

「伯父上は内々の弔いのみで良しと言い残しておるが、おぬしらの中にも陛下を弔いたい者がおろう。これより一月ほどこの宮殿のゴドリックの間に陛下の遺体を安置する。陛下の死に顔を拝み、個人的に弔いたい者は赴くように」

 

感情を押し殺した声でエドムンドが告げる。怒りと悲しみ、どちらの感情を押し殺しているのかはそれぞれの貴族の解釈によって違ったが、それだけは一致していた。

 

「先王の国葬がなくなったとなると次は後継者に指名された私の戴冠式を行うことになるわけだが、こうも国情が不安定な今、華やかな戴冠式などを行えば臣民の怒りを買いかねぬと考える。そこで私は伯父上の身の処し方に習い、この場で略式で即位し、それをおぬしらに見届けてもらおうと思うのだが、どうか?」

 

再び貴族たちがざわめく。エドムンドの言葉が予想外のことであり、動揺して周りと耳打ちして相談している。

 

いち早く動揺から立ち直ったグリムス伯爵が反論した。

 

「殿下のお考えはごもっともながら、あまりにごぶたい。いささか性急にすぎます。それにこの国は共和主義者どもの横暴によって王が不在の時代、共和政などという空想上のものでしかなかった悪夢が現実のものとなっていたのです。よってそのような悪夢の時代が王の帰還によって終焉し、伝統ある秩序を回復したことを臣民に示すためにも殿下の戴冠式は歴代の王の戴冠式に勝るとも劣らぬ規模で行うべきであると私は愚考しますが」

 

他の貴族もグリムス伯爵に続く。

 

「グリムス伯爵のおっしゃる通りです。それに戴冠式を質素に済ませるようなことがあれば、他国から舐められるおそれがございます」

 

「さよう。殿下はまだお若いのです。我らの言うように体面と権威を重んじる姿勢をお持ちくださるよう……」

 

「わし個人として申し上げるならば、戴冠式を略式で済ますというのはありがたいですな」

 

最後の言葉にぎょっとなって集まっていた貴族たちはエドムンドの意見に賛成した初老の貴族を見た。

 

その初老の貴族は気だるげで穏やかそうな顔をしているが、体は青年のようにひきしまっている。

 

服装は貴族としての体面を最低限整えている程度で、王族に謁見する時に着るような服ではなかった。

 

エドムンドは面白げにその初老貴族を眺めやったが、グリムス伯爵は顔を赤黒くして怒鳴った。

 

「貴様! 臣下としてお若い殿下の過ちを諫めるべき場であるのに、なにをぬかすか!」

 

「そうはいわれますがわしはものすごく切実かつ現実的な理由で殿下の意見に賛同せざるをえないのです」

 

「なんだと?」

 

「我がリーズデイル男爵家は五年前の一件以来、国中に漂っていた不穏な状況に対処すべく動き続けておりましてな。そして三年前に内乱が発生してからは軍事費も嵩んでおる。そのせいで我が家の財政が破綻寸前なのだ。いや、ある意味既に破綻しておる。借金に借金を積み重ねるありさまじゃ。金貸し屋に愛しい孫娘まで担保として送り出しておるほどじゃ。おまけに今度の借金の担保は爵位だとまで言われてしまってな。このままでは今年の秋ごろにでもわしは爵位なしの下級貴族となりかねぬ。そうならぬためには早急に国内を再建させ、今年の利子分だけでも返せる収入がほしいのだ」

 

あまりにアレな経済事情を聞かされてグリムス伯爵がリーズデイルに同情と憐憫の眼差しを向ける。

 

だが、ジェームズ一世ともクロムウェルの共和政権からも厚遇されていなかったグリムス伯爵からすればエドムンドは中央権力を握るための足掛かりであり、エドムンドには是非とも手痛い失敗をして頂き、それを助ける形で自分を売り込みたいのである。

 

だから共和主義に被れた腐敗貴族から収奪して潤っているであろう国庫を、エドムンドの虚栄心を刺激して使わせてやりたいのだ。

 

だからリーズデイル男爵家を生贄しても自分の思惑を押し通そうとしたのだが、そうもいかなくなった。

 

リーズデイル男爵と同じような経済事情に陥っている者たちが何人もおり、それほどでなくても厳しい状況になっていた貴族たち二十数名が略式の戴冠式に賛成の意を表明した。

 

「グリムス伯爵、おぬしらの言うこともよく理解できるが、私としては自分の臣下であるアルビオン貴族が度重なる出費ゆえに何十家も潰えるなどという屈辱が、私の戴冠式が質素であるという屈辱に勝る。それでもなお、私の戴冠式を略式ですませることに反対するか?」

 

こうまで言われてはグリムス伯爵も折れざるをえない。

 

こうしてエドムンドの即位は史上まれにみる質素さ――王冠とかが本物であることを除けば子どもの遊びでやってるではないのかと思える規模で――で執り行われた。

 

 

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