中央集権体制を確立せんとするエドムンドの計画は順調すぎるほど順調に進んでいた。
既に内乱終結時から各地の新聞社からエドムンドの英雄ぶりが過剰な装飾を凝らしたうえで誇張されまくっており、更にはエドムンドの経歴が典型的なまでの貴種流離譚であったために劇作家や吟遊詩人に題材として好まれ、大量の劇や
その英雄の力になれる! そんな大義名分が民間に浸透し、”レコン・キスタ”時代の貴族の横暴さに不満を抱いていた平民たちの復讐心も手伝って、貴族達が反乱を企んでいるとか不穏な噂を聞けば即座に密告したのだ。
それだけでなく密告者は貴族家当主に信頼されている家臣にも複数いたため、どんな主従関係だったんだとエドムンドをあきれさせた。モード大公が反逆の烙印を押され、自分も連座で罪人として扱われたとき、領民はともかく自分の家臣から離反者はいなかったものだが……
とにかく密告された貴族家を
しかし王家にも損害がないほど都合がよくはなかった。
「王家が借金相手を叩き潰したおかげで丸損だ。かわりに返済してくれ」
多少オブラートにくるんではいたが、貴族家をいくらか取り潰した後に大挙して謁見を求めてきた銀行屋や金貸しどもの要求はそんな感じであった。
ハッキリ言って難癖だろうとエドムンドは思うのだが、かといって全く無視するわけにもいかなかった。銀行や金貸しが連続破産なんてことになれば国家経済も破綻へ向かって一直線なんてことになりかねない。
なので財務卿のグレシャムに未返済の借金の半額を補償するつもりだから見積もりを出せと命じた。
そしてその財務卿の報告書に書かれていた金額の巨大さにエドムンドは眩暈を感じずにはいられなかった。
無論、取り潰した家の中で借金がなかったっから丸ごと国庫に納められた貴族財産もあるにはあったのだが、それでも銀行や金貸しに対する補償で国庫からの持ち出しの方が圧倒的に多いという救いのない酷さ。
これで半額だというのだから後先考えない馬鹿貴族どもはどこまで自重せずに借金を繰り返していたのだろうと剛胆なエドムンドをして背筋に戦慄を覚えた。
ともあれそんな些細な問題が発生しつつも全体的にはエドムンドの国王による国家の掌握は順調であった。
そんな時、エドムンドはある興味深い情報をヴァレリアから聞かされた。
七万の軍勢相手に殿を務めた英雄ヒラガ・サイトがトリステインで”シュヴァリエ”の爵位を授かり、復活した伝説の近衛隊、
「なぜアルビオンの仕官を断っておきながら、トリステインの貴族になるのだ」
もし仕官先がゲルマニアなら不満を感じつつも、ある程度の納得を持って受け入れられただろう。
ゲルマニアは実力主義の国であり、メイジじゃなくても金や功績次第で成り上がれるのだから。
しかしトリステインは伝統を重んじすぎるほど強固な権威主義が蔓延している国である。
内乱終結間もない自分の国も褒められたものではないが、それでも実力のある非メイジの仕官先としてトリステインよりは魅力的だろうにとエドムンドは思わざるを得ない。
「ルイズ嬢の存在のせいでは?」
「なぬ?」
「いえ、デュライ百人長がルイズ嬢とサイトは明らかに恋仲だと言っていたのでそのせいではないかと」
「恋……か」
恋。
エドムンドにとっていまいち実感が伴わない概念である。
婚約者のクラリッサがエドムンドにいたが、それは親同士が決めたもので最初から結婚を前提にお付き合いをはじめ、そして深く異性として愛するようになったものだからクラリッサに恋をしていたかと問われると首を傾げざるをえない。
それ以前については武人として色恋沙汰より、亜人とか盗賊の退治や戦友との宴会に熱中していたため、恋愛の知識というものには疎い。
だが、貴族に生まれればよほど相手が酷くない限り、結婚はそういう形で話が進んでいくものだし、貴族のする恋など相手が問題ない家柄の人でなければ成就する可能性は限りなく低いのだから多少疎くても知識として知っていれば問題ないだろうとエドムンドは思う。
……ただ別にそういった事情もないのに敬愛した父、モード大公が女エルフを妾にしていたらしいということを知ってからはそういう認識を改める必要があるのかもしれないと思いつつあるのだが。
「それにしてもあの少年剣士は我々と違って本当の英雄と呼ぶに値する人物なのでしょうな」
ヨハネはどこか自分たちを卑下するようにそう呟いた。
幼いころのエドムンドは遊び相手だったヨハネとともに英雄譚に夢中でそれを拗らせて文官の道を進ませようとする父や兄の反対を押し切って生粋の軍人になった。
その為、どこか英雄というものに憧憬があるので、謀略によって自分たちが英雄と呼ばれていることにヨハネは少し不満があるのだ。
「ヨハネ、遠い異国の話なのだが、なんとかチェスっていう国でヴェッセルとかいう英雄がいたそうなのだ」
「なんとか
急に話を変えた主君にやや戸惑いつつもヨハネは答える。
「ヴェッセルは愛国心からとある政治勢力に肩入れして敵対する政治勢力と戦う武装組織に所属していたのだが、ある日敵対勢力の尖兵に殺されてこの世を去った。そしてそのことを知った上官たちがヴェッセルの遺作で自分たちの力で誰もが自由とパンを享受できる日を作るのだという趣旨の詩を発見して感動し、ヴェッセルを英雄として讃え、彼の作った詩が国中で歌われたそうだ」
それを英雄というのかどうか少し怪しいが、一人の兵士の美談としてはなかなかだとヨハネは思った。
「ところがだ。ヴェッセルが所属していた勢力が敗北するとろくでもない真実が明らかになった」
「ろくでもない真実?」
「なんでもヴェッセルは連れ込み宿の常連客だったそうなのだ」
「は?」
あまりに予想外な言葉にヨハネは頭が真っ白になった。
「そしてある日ヴェッセルは金欠状態なのに女を連れて連れ込み宿を利用した。家主に金を払えといわれたがヴェッセルにそんな金はない。そこで女は金で自分が買ったモノだからという暴論で一人分の宿代で話をすませようとした」
「いや、無理でしょう」
無茶苦茶にもほどがあるだろう。
「当然だ。家主は激怒して知り合いの屈強な男性に協力を頼んだ。その男は快諾して馬鹿な宿泊客に常識を叩き込んでやろうと連れ込み宿に赴いたが、ヴェッセルが連れ込んでいた女が自分の元恋人だと気づいた瞬間、携帯していた銃でヴェッセルを撃ち殺したというのが真相なのだそうだ」
「……」
ひどすぎる真相にヨハネは頭を抱えた。
「それでは敵対勢力の尖兵に殺されたというのは嘘だったのですか?」
ヴァレリアの問いにエドムンドは
「いや、嘘じゃない。ヴェッセルを銃撃した男が敵対勢力の部隊に所属していた。それでヴェッセルの遺作の詩も含めてそのことを上官達が最大限利用したと感じだ」
あまりにもひどい三角関係とそれを利用する政治勢力の存在にヴァレリアはドン引きした。
エドムンドはひとつため息をつくと疲れたような声で
「真実は常に様々な推測や願望の解釈で覆い隠され、周知となるのは表層的な事実のみだ。いや、その事実とて場合によっては派手に歪めることを躊躇せぬ輩は数多いよう。それを考えれば我々が憧れた英雄譚もどこまでが本当なのやら。だからヨハネ、英雄の称賛に価せぬと思うのは自由はだが、だからといってそれを理由にあまり自分を卑下するな。我々はそういう印象を与えるという目的をもって動き、それを達成したのだから。ヴェッセルのように自分のあずかり知らぬところで英雄になったわけでもないのであるし」
「わかりました」
かなり婉曲的な主君のフォローをヨハネは受け入れた。
「さて、かなり話がそれたが現代のトリステインの英雄の話に戻すとしようか。再建された
「ギーシュ・ド・グラモンという貴族の子弟です」
「グラモン……トリステインの武門の家柄だな。だが、ギーシュという名に心当たりがないな」
「グラモン家の四男でまだ魔法学院の生徒らしいので当然かと」
エドムンドは目を見開いた。
「なぬ? ではド素人の学生を隊長に据えたと?」
「先の戦争でサウスゴータ攻略の際に一番槍の功績で勲章をもらっておりますので、まったくの素人というわけではないそうですが……」
「なるほどな。しかし隊員からすればたまったものではなかろう」
エドムンドは当然のように他の近衛隊と同じように
「いえ、その心配はないでしょう。
「……それでは魔法学院で学業に励んでいる奴らに宮仕えを命じたのか? 理解しかねるな」
「正式に宮仕えするのは卒業後だそうですが、私も理解しかねます」
それでも儀仗兵としての役目すら果たせるか怪しいではないか。
エドムンドは
暫くして合点のいく推論がまとまり、ひとつ頷いた。
「白百合の女王も食えぬ奴よ。なにがなんでもサイトを自国に取り込む腹積もりか」
「どういうことでしょうか?」
ヨハネが問うとエドムンドは笑いながら
「考えてもみよ。サイトはルイズ嬢の使い魔なのだ。ということは
結局、だれがどう思いそれを行ったのかという真実は周りにはわからず、表層的な事実のみで推測するしかない以上、勘違いという現象は避けられないのである。
+ヴェッセル
死因が昼ドラなのか政治闘争なのか、それが問題だ。
なんでエドムンドがこいつの逸話を知ってるんでしょうね(棒)
+白百合の女王
トリステイン王家の紋章は白百合。つまりアンリエッタのことです。
エドムンドはどんだけアンリエッタを評価すれば気がすむのでしょう。