風の復讐譚[更新停止]   作:kuraisu

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ロマリアの使者

中央集権化を推し進めてしばらくたった頃、ロマリアからの使者がこの白亜の王城へと訪れた。

 

ロマリアが口出しをしにやってくるようなことをしていると自覚しているエドムンドはやっぱり来たかとロマリアの使者を謁見の間を招き入れた。

 

侍従武官達に案内されて謁見の間に入ってきた女性と見紛う程美しい少年を見て、エドムンドは驚いた。

 

ロマリアの使者と聞いて聖職者としての威厳や厳格さを持った人物であろうと考えていただけにそんなものとは無縁そうな容姿だったからである。聖職者というより舞踏会に熱をあげている少年貴族という方がしっくりくる感じがする。

 

それに見間違えでなければ少年が腰に差しているのも杖ではなくサーベルのように見える。自分のようなサーベル型の杖剣という可能性もなくはないが、それならもう少し厚みがあるはずだ。

 

おまけに少年の目は両眼で色が違う”月目”だった。”月目”は不吉だという迷信が一部の人たちに信じられているハルケギニアでよく聖職者になれたものだ。

 

「よくぞ参られたロマリアの使者殿。私はアルビオン王国国王エドムンドだ。歓迎申し上げる」

 

「私は教皇聖下より助祭枢機卿の地位を賜っておりますジュリオ・チェザーレと申します。この度は聖下の命により使者としてこの国に参りました。国政でお忙しいにも関わらずこうして時間を作っていただき、エドムンド陛下の寛大さに感謝します」

 

助祭枢機卿などという高位の聖職についていることにエドムンドは警戒を覚えた。枢機卿などという教皇に次ぐ高位聖職者はたいていが老人であるというに、この若さでその一員であるというのは有能さの裏返しに他ならない。

 

だが、それとは別にエドムンドには気になることがあった。

 

「失礼だが、ジュリオ・チェザーレというのは本名なのか?」

 

ジュリオ・チェザーレはアウソーニャ半島を統一し、ガリアの南半分すらも手に入れてロマリアの全盛期を築いた偉大な”大王”の名である。そんな畏れ多い名を子につける親や神官が存在するだろうか。

 

エドムンドの疑問に少し顔を赤くしてジュリオは頬を掻きながら、

 

「お恥ずかしながら聖職に就く前は孤児院のガキ大将だったので周りから綽名でそう呼ばれていまして、それを知った孤児院の神官も悪ノリでもしたのかその綽名をそのまま私の名前にしてしまって……」

 

「……苦労されたのですな」

 

その話を聞いてエドムンドは目の前の少年に対する警戒心を最大限に強めた。

 

いったいどういう巡り合わせに恵まれれば薄汚い孤児風情が若くして枢機卿へ変身できるというのだろう?

 

(胡散臭いにもほどがあるわ)

 

それは側に控えているヨハネを筆頭とした侍従武官やヴァレリアを筆頭とした文官達も同じであった。

 

「それでどのような命を受けてこの”白の国”へ訪れたのか、理由を聞いても?」

 

「はっ、教皇聖下は非常に嘆いておられます」

 

「ほう、何に対してでしょうか」

 

「アルビオン王国の行く末に対してです」

 

ジュリオが真顔でそう言ったものだからエドムンドは噴き出すのを必死で堪えねばならなかった。

 

ロマリアの視点から見ればそうも言えるかもしれないが、俺が短気だったら激怒して面会を未来永劫中断されても文句言えぬ無礼な言葉だとエドムンドは思った。

 

しかし自分がそうしないと見抜いた上でこんな言葉を言ってきたとすると少し癪だ。

 

「なるほど、我が国の行く末に対してですか。……教皇聖下におかれては国内に様々な問題を抱えて心労が絶えぬ日々をお過ごしでしょうに遠く離れた雲の上の王国の行く末に対してまでご心配頂けるとは有り難い限りですな。教皇聖下にはこのエドムンド・オブ・ステュワート、その広い御心に深く感激したとお伝えしておいてくれるかな」

 

表面的には教皇への感謝を述べつつも毒を含む回答である。

 

教皇は王侯貴族と違って世襲ではなく枢機卿たちによって開かれる教皇選出会議によって選ばれた者がその地位に就くという形をとっている。

 

そして現在の教皇である聖エイジス三十二世ヴィットーリオは枢機卿達に支持されて教皇の冠を抱いたわけではなかった。

 

というのも現在の教皇は筋金入りの改革派であり、民衆からの人気は高かったが保守的な神官達には嫌われていたので教皇選出会議はかなり揉めたのだ。

 

改革派と保守派では保守派の方が圧倒的に多数であったが、多すぎるせいで内部で派閥が乱立していて神官全員が納得する教皇候補を派閥内から立てることができず、保守派から好意的な評価を得ていたトリステイン王国宰相マザリーニ枢機卿に帰国してもらって彼を教皇候補にしようとした。

 

しかしマザリーニ枢機卿は”始祖ブリミルの代弁者”たる教皇の仕事よりトリステイン王国への忠義の道に生きがいを見出していたため保守派からの帰国要請を断ってトリステインに留まり続けたので保守派は足並みが揃わず、消去法でヴィットーリオが教皇となり、”始祖の盾”と称された聖者エイジスの名を襲名したのだった。

 

そうした経緯から現教皇はロマリア国内に潜在的な敵が大量にいるはずであり、アルビオンの行く末より自国の行く末を心配したらどうだとエドムンドは嘲っているといわけである。

 

「どれだけ離れていようと全ブリミル教徒の頂点におられる方です。教徒達が教義に従って正しい方向へ進んでいるのかと気に病むのは当然の事でしょう」

 

エドムンドの皮肉に気づいているのかいないのか、ジュリオは軽く微笑んでそう返した。

 

「その言いようから察するに我が国が教義に背いているか聖下が疑っている……そう解釈してよいか」

 

「ええ」

 

「酷い言いがかりだ。私は常に神の御心にそうと信じる道を歩いている。いったいなぜそのような疑いをもたれているのか説明してもらいたいな」

 

疑いを持たれた理由をエドムンドは明確に察していたが、それでも不快なものは不快であり、不機嫌さを隠さなかった。

 

「それは陛下が国内の聖職者を弾圧しているという話を聞いたからです」

 

一週間ほど前に各地の反抗的領主を粛正されて他の領主も恐怖に凝り固まって動くの自粛しだしたのを見計らい、エドムンドはもっと王権を強化すべくさらなる一手を打った。

 

荘園を持っている聖職者、政治的に強い影響力を持っている聖職者を共和主義者の残党と見做して片端から投獄したのである。

 

当然ロンディニウムのロマリア大使は激怒して抗議の為に謁見を求めたが、エドムンドは黙殺したので仕方なく本国にありのままを報告し、こうしてジュリオが派遣されてきたのが今回の顛末である。

 

「聖職者を弾圧している? はて、なんのことやら」

 

「アルビオン在住の大使から報告を受けているのです。なのに言い逃れしようとするなら大使館で保護されている弾圧から逃れた人たちを招きましょうか。彼らを連れてくると話が拗れるだろうから呼ぶのは嫌なのですが」

 

「おぬしは弾圧をやめろと求めているのに被害者にやけに冷たいな」

 

エドムンドはそう言って冷笑し、

 

「確かに被害者の悲鳴を聞きながらの交渉など面倒だ。一部の聖職者を牢に入れたことを認めよう」

 

「では、すぐにその改善をしてほしいですね。そして宗教庁に謝罪して頂きたい」

 

「なぜかな? その必要性を私は感じぬが」

 

弾圧したことを認めても悪びれないエドムンドにジュリオは目を細めた。

 

「それをして罪の意識を感じないというのなら陛下は異端の誹りをまぬがれませんよ」

 

異端認定を武器に脅迫するが、エドムンドはそれを笑い飛ばす。

 

「お若い枢機卿猊下は勘違いをしておられる」

 

「勘違いとは?」

 

「牢にいる聖職者は聖職者という理由で投獄されておるわけではない。”レコン・キスタ”の残党である疑いが濃厚であるから牢におるのだ。確かロマリアも先の諸国会議で共和主義者の封殺する趣旨の”王権同盟”の内容に賛成していたと思うのだが……はて、私の記憶違いであったかな」

 

揶揄するような声でエドムンドは側に控えている文官の列を眺め観た。

 

「記憶違いではございませんわ。”王権同盟”の条約をロマリアはしっかりと締結もしております」

 

「だ、そうだが?」

 

エドムンドの冷たい視線を受け、ジュリオは憮然とした顔をした。

 

「証拠はあるのでしょうか、陛下」

 

「奴らは”聖地奪還を成し遂げようとする彼らは聖なる戦士である”などと説法して無垢な民草を共和主義などという過ちへと扇動しておったし、”レコン・キスタ”の皇帝クロムウェルや護国卿エクトルと関係を持っていたというのだ。どちらも大量の証言がある。それを提示しながら共和主義の聖職者を一掃しろという国内の声を無視するわけにもいくまい」

 

「その論法でいくと陛下の親衛隊である鉄騎隊(アイアンサイド)も含まれるのでは? 彼らは先の内乱でエクトル卿直属の部隊として”レコン・キスタ”の為に獅子奮迅の活躍をしたと記憶しているのですが、これも私の勘違いでしょうか?」

 

ジュリオの痛烈な皮肉に侍従武官は殺気立ったが、エドムンドはしばらくジュリオを黙って睨み付けた後、肘掛けにもたれかかって視線を外した。

 

「現在我が国の宮廷において奇妙な噂が広がっているのだ。それも無視しがたい噂が」

 

唐突な話題変更にジュリオはやや困惑した。

 

「それに関する噂というのが”レコン・キスタ”の異常なまでに素早い規模の拡大には貴国が大いに関わっているのではないか、というものだ」

 

「先の戦争において、我がロマリアが連合軍に義勇部隊を派遣したことを陛下はお忘れですか?」

 

「忘れてはおらぬし、感謝もしておる。しかし噂を信じておる連中は思わず感心したくなるほど穿った見方をしておるのだ」

 

「どのように?」

 

「”レコン・キスタ”は手段はともかくとして掲げていた目的はロマリアの悲願と同じであろう?」

 

「彼らが本当にそれを成し遂げるつもりがあったとは思わないですが、その通りですね」

 

ジュリオは頷いた。

 

始祖が降臨せし聖地は六千年前に異教徒に奪われた時よりその奪還はブリミル教徒の悲願である。

 

「それに先ほどおぬしも言ったが、どんな遠い場所にいるブリミル教徒でも正しい教義を守っているどうか気に病むのがロマリアという国。しかるに国法で新教を禁じているガリアとは違って新教を禁じておらず、それどころか新教の信仰すら大事にならぬ限り黙認している我らがアルビオンに対して、好ましからぬ感情を持っているのではないか。だから厳格な保守派であった教皇聖下が”レコン・キスタ”を支援して新教徒をこの白の国から抹殺しようと考えた。そして先代の死後、後の教皇の座を巡ってロマリアは混乱したせいで”レコン・キスタ”は暴走。今の教皇聖下が戴冠して現状を把握し、証拠隠滅のために義勇軍を派遣した。そして諸国会議の際にその証人であるストラフォード伯の身柄を要求したのだと。こんな内容の噂が流布しておるのだ」

 

「ただの噂です」

 

「そうだ。ただの噂だ。だが妙に現実味のある、よくできた話だとは思わぬか?」

 

美形の少年は目を細めてゾッとするほど良く整った顔で笑みを浮かべた。

 

美しい笑顔でも、いや、この場合むしろ美しすぎる笑顔だからこそというべきか、存外と雰囲気次第では美しいものでも相手に恐怖を煽るものに化けるものだとエドムンドは思った。

 

「陛下もその噂を信じているのですか?」

 

私個人としては(・・・・・・・)信じぬよ。言ったであろう? 先の内乱でロマリアを義勇部隊を派遣してくれたことを感謝しておるし、その誠意を疑っておらぬ。だが、”レコン・キスタ”を支持した聖職者に対する拘禁をロマリアの介入によって中断させられたと宮廷の雀どもが聞けばその噂を信じる者が増えるのではないかと懸念(・・)しておる。ゆえにロマリアには今回の聖職者に対する処置について是非理解(・・)して頂きたい。そうでなければ、今後のロマリアとの外交関係が好ましからざる(・・・・・・・)方向へと向かっても私は責任をとりかねる(・・・・・・・・・・)と教皇聖下にお伝え願えませんかな?」

 

ジュリオは頬を引き攣らせた。

 

今のエドムンドの言葉を彼なりの言葉で直訳すると「自分は噂を信じてないけどロマリアに介入されると噂を信じちゃう人が増えるかもなー、そうなると噂を信じている宮廷勢力を抑えられなくなってロマリアとの関係が悪化するかもしれないね! そうなっても俺のせいにはすんなよ!」である。

 

要するに脅しじゃねぇかとジュリオは内心で思った。

 

だがアルビオン側がどの程度覚悟して弾圧を行っているのかわからない以上、脅しに屈せず聖職者弾圧をやめろと言うのも考えものだ。

 

いや、即位直後から封建領主の粛正に積極的で王権強化に余念がないエドムンドならな、本気でロマリアとの開戦も視野にいれているのかもしれない。

 

それはだめだ。ガリアと水面下で対立している今、ジュリオたちの目的の為にもハルケギニア諸国の戦力が低下するのは避けるべきだ。

 

「陛下のご懸念は理解しました。しかし聖職者の中に共和主義者が紛れ込んでいるのはアルビオンのみならず宗教庁の問題です。その調査と摘発を我らの側に委ねて貰えませんか」

 

「……ミスタ・チェザーレ。それと中断にどれほどの差があるというのだね? そうなれば今度は身内を庇っているという噂がひろがるだけであろう」

 

「その対策として、こちらの調査にアルビオンの代表も交えて摘発された聖職者が共和主義者かどうか判断して対処を検討しましょう」

 

しばし無言の睨み合いが続いた後、エドムンドは妥協した。

 

「おぬしの言い分はわかった。しかしこの一件は世俗的な内政問題にすぎぬと我が国はとらえている。しかしロマリアとの友好関係に配慮を示し、貴国との協議の上で牢の聖職者に対する処罰の具体的内容を決めるというのが我が国の最大限の譲歩だ。それでかまわぬかな?」

 

「……いいでしょう」

 

その後、細々とした取り決めをしてジュリオは一礼すると謁見の間から退室した。

 

「よかったのですか。ロマリアの内政干渉を認めてしまって」

 

「牢の聖職者どもが無罪放免になろうがかまうものか。何の問題もない」

 

ヨハネの懸念をエドムンドは皮肉で笑い飛ばした。政治に腐心する聖職者の投獄は彼らを政治の舞台から一時的に追放する為の措置なのだ。彼らが牢にいる間に彼らの政治基盤を徹底的に叩き壊して自分の手の者に浸食させるための時間を創出する為の。

 

元より大した罪を犯してもない聖職者を、反逆してきた封建貴族の一族のように処刑するのはリスクが高すぎるので彼らの政治的影響力を激減させたら釈放してやるつもりだったのだ。

 

もしそのことでロマリアが文句を言ってこようものなら、本来人の精神面の指導者たる聖職者に世俗的な政治に煩わさせるのは忍びないと思ったので善意でしたとでも言ってやろう。実際、政治に腐心してた聖職者に神と始祖に祈ることを思い出させてやるのだから彼らが真にブリミル教徒であるなら感謝されてもおかしくはない。

 

「これでまたヨーク伯の仕事が増えるな。ミス、貴女の父上によいダイエットになるだろうと言ってこのことを伝えてきてくれ」




+聖職者をなんで投獄できたか
本作では聖職者単体ではそこまで権力を持っていないことになってます。(ロマリアは別)
なので基本的に各地の貴族と結託して政治に関わってたわけですが、封建貴族を粛清されて混乱している時に、何の前兆もなく唐突に鉄騎隊が殴りこんできたので一網打尽にされました。
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