「つい数時間前にガリアの大使との会食した時、
ガリアからの園遊会の誘いをエドムンドは嫌そうな顔をして告げ、ガリア大使から渡された親書を円卓の中心に放り投げた。
そのふるまいを見るだけでガリアの提案を主君が歓迎していないことを、この場に集った臣下達は瞬時に察することができた。
「陛下はガリアとの友好を深めるつもりはないのですな」
「ない。ガリアとの友好が断絶するのもそれはそれで困るが、そこかしこに火種が燻ってる火薬庫みたいな国とはあまりお近づきになりたくはないな。ましてやその火薬庫に火が近づいておるのなら、なおさらの事よ」
「”火”が近づいているとは?」
信頼する空軍将校の問いにエドムンドはエリザベートに視線で説明するよう促した。
「私たちのシルヴァニアにロマリアの密使が来たのよ。有事の際、ロマリアに味方してくれたら相応の便宜をはかるからって。それと似たような話を他の有力貴族にもしていることも匂わせていたわ」
その言葉が示唆する事実に真っ先に反応したのはブロワ侯爵だった。
「では、ロマリアはガリアへの侵攻を企図しているというのか!」
「そうとしか考えられないですね」
怒鳴るように叫ぶ侯爵とは対照的に、ヨハネは肩をすくめて呟く。
「エリザベート、それは本当のことなんだろうな?」
あまりに信じられない情報に、疑念の目を向けるディッガー。
「本当よ。仮に嘘だとして、ここでそんな嘘を吐いて私に何の利益があるというの?」
そんなこともわからないのかとエリザベートは嘲笑する。
その態度が気に食わず、ディッガーは軽く舌打ちする。
「お前がロマリアに寝返ってでもいない限り、嘘を吐く理由はないだろうな」
そしてエリザベートたち吸血鬼の一族の悲願はロマリアとは決して相容れない。
だからシルヴァニアにロマリアの密使が訪れたことも、他の有力貴族にも接触していることも事実ではあるのだろう。しかし……
「レコン・キスタとの戦争を経て、五大国は共和主義者という諸国共通の敵を見出し、いくつかの国際条約を締結したことで内実はどうあれ五大国は体面的には一丸となっている。そんな中でロマリアがガリア相手に戦争を起こせば諸国の非難を浴びることになるだろう。ロマリアの首脳部にそれがわからぬとは思えんが」
青白い顔をしたユアンの言葉が、ここに集った者たちの心情を代弁していた。
諸国会議においては今後のハルケギニアにおける”あるべき平和と秩序”についても討議されたのである。その討議の結果は当然のごとく王権同盟と同時に結ばれたいくつかの国際条約にも反映されている。
そのあるべき平和と秩序を論じた五大国のロマリア自らそれを破るとなれば、残りの四大国がそれを非難するのは火を見るより明らかであろう。
「そうとも言い切れぬ。ガリアは思惑が入り乱れすぎて全体像がわからん。もしガリアにロマリアの侵攻を正当化しうるだけの”劇物”があったとしても、不思議ではあるまい」
エドムンドでもガリアの内情は推測しがたいほどに複雑である。ジョゼフ派、反ジョゼフ派、新教徒、旧教徒……大まかに分ければガリアはその四つの勢力に分断されているといえるだろうか。
ジョゼフ派は言うまでもなく現ガリア王ジョゼフ一世を中心とする派閥であり、本来ここが一番力をもっておらねば国家運営が難しくなるのだが、他派閥を圧倒するほどの力はない。にもかかわらずジョゼフ即位から数年の間に散発的な反乱はあれども、広い視点でみれば概ね安寧を保っているという事実が彼らの手腕の凄まじさを物語っている。
反ジョゼフ派は”無能王”ジョゼフが自分たちの国の王冠を抱いていることが気に入らない勢力の総称であり、一つにまとまった派閥というわけではなく、各々が勝手に動いているだけであり、分家王族の野心家や王政そのものの打倒を目指す共和主義勢力もあったりするなど統一性は全くない。その反ジョゼフ派の最大勢力と言えるのが、王位継承のごたごたで亡くなった王弟シャルルの仇討ちに燃えるオルレアン派だ。
新教徒は百年前に宗教庁の腐敗ぶりに嫌気がさしたロマリアの一司教が唱えた”実践教義”とやらを信仰する連中であり、保守的な方々にとっては腹立たしいことこの上ない連中である。そのためガリアでは国法でその信仰を禁じられており、数こそ少ないが国中でテロを繰り返している。現体制の反逆者という意味では反ジョゼフ派と親和性があるのかもしれないが、反ジョゼフ派は現政権や”無能王”が気に入らないのであって、ガリアの秩序を乱す新教徒と共同戦線を組むことは稀だ。
旧教徒は宗教庁に所属する聖職者の勢力だが、神と始祖の威光をもってしてもガリアの混沌ぶりから逃れられないらしい。というのもジョゼフに信仰心がまったくないため、とかく教会の意向を無視する問題児だからである。その問題児ぶりに対する反感から反ジョゼフ派に協力する聖職者が現れ、それがジョゼフ派に捕縛されて対立ができている。ジョゼフ派貴族のとりなしや諸国とは比べ物にならないほど苛烈なガリアの新教徒撲滅姿勢のおかげで対立関係が過激化せずに済んではいるが。
この大まかな分け方でも十分に複雑だが、どの派閥に属しているが見分けるのが至難であることがさらに事態を複雑化させている。ジョゼフが自分を批判する声に寛大というか無関心であったから、ジョゼフ派貴族の重鎮でもジョゼフを”無能王”呼ばわりする者がいるし、それに紛れ込むように反ジョゼフ派の者たちは弾圧を免れて対抗する力を手中にすべくジョゼフ派に潜り込んでいるし、新教徒も同じような理由で権力者の中に潜り込んで民衆の海に身を潜めている過激な実働部隊にテロを指示している。
そんな状況にあって、なぜかジョゼフは現状を受容している節があるのである。具体的に言うとジョゼフ派があまり敵対派閥を攻撃することに積極的ではない。ジョゼフ派が全体的に動くのは決まって危険なほど敵対勢力が大きくなった時である。政治というのは目的はともかくとして手段は常に攻撃的だと信ずるエドムンドにとっては理解しがたいことであった。
だが、国内になにかしら”劇物”があることをジョゼフ派が知っており、かつそれを隠すために必死だと仮定するなら、いささか胡散臭くはあるがある程度説明がつくようにエドムンドは思えた。
そこでエドムンドは自分で言った”劇物”という言葉にはっと思った。ロマリアはジョゼフが”虚無”かもしれないということに気づいているのだろうかと。万一、ジョゼフが”虚無”であり、そのことが周知のこととなった場合、ロマリアにとって不愉快極まることが起こるだろう。なにせ信仰心の欠片もない”無能王”を”始祖の再来”として崇めねばならなくなるのだ。
それを考えるとその証拠ごと物理的に消滅させ、始祖ブリミルの系統である”虚無”の神聖さを保とうとロマリアが企んだとも考えられなくは……
(いや、確かに中々面白そうな未来図ではあるが、そんな現実味の薄い可能性のために戦争を起こすほど馬鹿でもあるまい)
ジョゼフが”虚無の担い手”であることを周知のものジョゼフを”虚無”と認めない輩は星の数ほどいようし、クロムウェルが先住の力を”虚無”と喧伝したように、その逆のことを言いだす奴は必ずいるだろう。なにせジョゼフの人気は身分の貴賤を問わず、総じて低いのだから。
「”劇物”を抱え込んでいるかもしれないガリアと近づくのが下策なら、ガリアと距離を置いてロマリアに近づくか?」
「冗談はよせ。ロマリアと表面的友好以上の関係になってみろ。何度も多額の喜捨を求められるばかりか、聖職者の語る幻想を信じてロマリアに流れた難民どもの世話をする負担を負わされた挙句、”無垢な子羊達を始祖の教えをもって導く”とか言って内政干渉をしてくるに決まっておるのだ。あの国と仲良くするくらいなら巻き込まれる覚悟で内憂だらけのガリアとの関係を深めた方が明らかにマシだ」
ヨハネの疑問に、エドムンドは冗談じゃないとロマリアを罵る。
エドムンドはロマリアという国が嫌いだった。”光の国”などと呼ばれているが、その光は冒涜的なほど悍ましい色で発光しているに違いない。
「そうなりますとガリアとの距離を保つしか方法はないのでは? 園遊会の誘いについても正式な外交ルートを通して誘いをかけてきた上に、文面にこれといった問題もない以上、無下に断るわけにもいきませんし、園遊会で無難な対応に終始すればそれほど大事になるとは思いませんが」
円卓に置かれた親書を読み終えたブロワ侯爵は自分の意見を述べる。
「普通に考えればそうなのだが、そう単純にもいくまい」
力なく首を振りながらそう言う主君に、ブロワ侯爵は怪訝な顔をした。
「なぜです?」
「ガリアの大使がな。ガリアの美しき姫君も園遊会に参加するという話をしてくれた後に”両国の友好の象徴として、両王家の誼をより深く結ぶものとするきっかけになれば”とか言っていたのだ。その親書には書いておらんが、園遊会に参加することに同意したらそのことにも同意しているとガリアに誤解される――いや、誤解してるフリをして話を進めるのではないか。そう懸念しておるのだ」
そのことを向こうの体面を傷つけない形で拒否しようにも園遊会まで時間がなさすぎると続ける主君に対して臣下達は絶句した。
両王家の誼を深く結ぶ。平民ならいざ知らず、王侯貴族の価値観で家と家の誼を結ぶと言ったら、結婚のことを言っているも同然である。
「自分が言うのもなんですが、あの国の王女はあまり評判が良くないですよ」
渋面を浮かべてそう述べるディッガー。
「ハッ。”無能王”と名高い男の娘だからな。親の因果が子に報いているのだろう」
エドムンドもガリアの姫君に対するろくでもない噂や風評を知っていたが、そういったものをあまり信じる人間ではなかった。モード大公粛正後に自分たちの一族を貶める酷い虚言があたかも真実のごとくに流布したのか、身をもって知っている。
いや、それを差し引いたとしても、ガリア王族の風評を信じる気に到底なれなかったであろう。なにせガリア王の無能と言う風評が間違いでしかないのを知っているのだから。
「では、国内の混乱を落ち着かせるのに大変だということで私を変わりに派遣してはどうでしょうか? 宰相である私が陛下の名代として参加して詫びの言葉を述べれば、それほど問題にはならないと思いますが」
脂肪を揺らしながら述べる宰相の目にうっすらと期待の光が灯っていることをエドムンドは見抜いた。
「おぬし……、ガリアの宮廷料理を味わいたいから言っておるのではあるまいな?」
「いえ! 確かに私は美食家ですが、それを国論にまで持ち込む気は毛頭ありませんぞ」
すぐそう言い返したものの、ガリアの宮廷料理にちょっと、いや少し、……白状すると諸国会議の際にジョゼフが振る舞った料理の残りを食べて「出来立てのを食べたかった」と悔しがったヨーク伯である。そういう心情もない訳ではなかったので内心かなり動揺していた。
「冗談だ。もしお前がそんな奴ならばこの場にいられるわけがあるまい。お前は俺が王女を気に入ってしまわないか。それが心配なのだろう?」
「……」
図星をつかれてもヨーク伯は平静を装ったが、冷や汗が頬をつたうのを感じた。
「いっそのことその王女様娶ってガリア支持を明確にするのもひとつの手段だと思うぞ。あんまり長引かせると王国の存続にかかわりますし、それに過敏になってる奴らが多いしな」
やや不敵な言いように反感を持ったヨーク伯やディッガーがヨハネを睨み付ける。
しかし他の者はヨハネの言葉はある大きな問題が絡むので難しい顔で腕を組んだりしながら考え込んだ。ヨーク伯やディッガーも問題の深刻さは理解しているのでヨハネに反論するわけにもいかない。
彼らを纏めるエドムンドとてその問題に何度頭を痛めたことか。
「確かに、王族が王しかいないというのは問題でしょう」
冷静にそう告げるユアンの言葉がすべてだった。
共和革命の頃にレコン・キスタはアルビオン王族は片端から処刑した。テューダー家を滅ぼして王とならんとしていたエクトル卿と名乗っていたエドムンドとその部下達も全力でそれに加担した。なんとなれば自らがアルビオンの王となった時、対立候補となりかねないからだ。
だからエドムンド達は”共和革命の敵”という大義名分の下、王位継承権を持つ者、アルビオン王家の血を濃く受け継ぐ者を老若男女の区別なく処刑台に送り込み、エドムンドの対立候補を文字通り根絶やしにすることに成功した。だからこそエドムンドが実権を握り、玉座につくまでがスムーズに進んだのである。
だが、その副作用として唯一の王族であるエドムンドのところには洪水のように縁談話が舞い込んでくる。国内の大半の貴族から送られてくるばかりか、国外の王侯貴族からも話が舞い込んでくるほどだ。
エドムンドは国王である。アルビオンの最高権力者に舞い込んでくる縁談話には当然のごとく政略が絡んでおり、それがない縁談話など存在しないのだからそれぞれの話のメリットとデメリットを比べて検討しなければならないのだが、中央集権化とそれに伴う混乱を叩き潰すのに忙しいエドムンドに膨大な縁談話を見比べてる暇などない。
だから「国内の混乱がおさまるまで結婚の話をする気はない」と言えば、「この際、妾でもいいから」と女を押し付けようとしてくる輩がいる。ブリミル教的道徳規範に照らしせば妾はあまり良くないものであるはずだが、アルビオン王家の血統の存続はその道徳観念を超越するらしかった。
「確かにそうすれば縁談話の嵐は収まるか。かの国の第一王女となればハルケギニアで最も高貴な女性ということだからな。それに対抗しようとする者は殆どおるまいしな」
「陛下、本気ですか?」
まさか、という顔で問いかけてくるのは”脂豚”の宰相である。彼もまたエドムンドの伴侶に自分の娘を勧めている人物であり、ガリアの王女との縁談話に主君が前向きというのは、彼にとって由々しき事態の到来を意味するからである。
「俺自らリュティスの園遊会に乗り込むことに関しては本気だな。園遊会にはガリア貴族の過半が参加するそうであるから、あの国の情勢もある程度推察できるであろうし、それによって臨機応変に行くとしよう」
それでガリアと手を組むのが上策と判断したとしても、王女様がどうしても自分に合わない相手であるならば有耶無耶にしてやるがな。
そう言って獰猛な笑みを浮かべる主君に、ヨーク伯はそれ以上何も言えなかった。
注※ここまで前ふりしておいてなんですが、エドムンドとジョゼフの絡みは考えているのにイザベラとの絡みはロクに考えていません。
あと原作読み直して思ったことだが、軽く考えてここまでややこしいガリアの玉座に大半の連中から嫌われているのに平然と何年も座れているジョゼフはパネェ。