ハヴィランド宮殿の謁見の間。
貴族議会の決定によって、新たに”神聖皇帝”の称号を手に入れたクロムウェルの言葉によって新しい国の成立がこれから宣言される。
因みになぜ共和制を掲げる”レコン・キスタ”の盟主がゲルマニアやかつてのジュリオ・チェザーレの帝国等の君主が用いた”皇帝”という称号を用いるかというと、共和政国家の元首の称号が決まっていなかったからだ。
国家元首の称号を何にするかで議会が揉めた末に、聖地を取り戻すという”レコン・キスタ”の大義とゲルマニアの皇帝は有力貴族達の投票によって決まる共和制の要素がある事から、元首の称号は”神聖皇帝”ということに決まったのである。
また共和主義者達の主張によると、本来王に帰する権力を”議長”と”元首”に分けることにより、権力を制限しあい暴政を防ぐ役割を持たせる必要性があるため両職の兼任は不可能と国法に明記するべきだそうだが、全てのハルケギニア諸国が仮想敵である現在、共和国の立場が安定するまでは両職兼任による権力の集中も止む無しというのが貴族議会の見解である。
原理的な共和主義者達はこのことに不満を持ったが、ハルケギニアで初めて成立した共和政体の地盤が盤石ではないどころかとても脆いと理解しているために批判しつつも渋々納得している。
式典の準備が整うと、クロムウェルは玉座から立ち上がり、人懐っこい笑みを浮かべる。
「アルビオンを統べる神聖皇帝として、ここに神聖アルビオン共和国の成立を宣言する」
「「「神聖アルビオン共和国万歳!神聖皇帝クロムウェル万歳!」」」
式典に参加している有力者達が一斉に声をあげる。
それを見てクロムウェルは鷹揚に頷くと、手をあげて黙らせる。
「此度の革命が成ったのは余と余の同志達の団結による努力に神と始祖が報いた結果である。
であるからには、この神と始祖の祝福に応えるべく、我らの理想を現実のものとせねばならぬ。
理想とは即ち、ハルケギニアの統一と聖地奪還であり、神より与えられた神聖な義務である。
その神聖な義務を果たすべく、余とともに無能な王家に変わって共和国を導くべき有能なる同志達を告げる」
クロムウェルの言葉に、謁見の間全体に緊張が走る。
ここで名を告げられた者が、新アルビオンの有力者となるからだ。
「ハンフリー・オブ・ランカスターを内務卿に命じる。
革命戦争の際の占領統治の手腕を余は内政面でも活躍を期待する。
サー・レジナルド・ジョンストンを外務卿に命じる。
君は余の代弁者として今後とも活躍してもらいたい。
デナムンダ・ヨークを法務卿に命じる。
君は法に疎かった余に様々な助言をしてくれた。今後も余を助けてほしい。
ジョン・ホーキンスを軍務卿に命じる。
革命戦争での戦功は見事だった。全軍を指揮してもらいたい。
トーマス・グレシャムを財務卿に命じる。
君の財政管理能力は抜きんでたものであると余は確信しておる。
……………――――」
その後も次々と共和国の役職に就く人間の名前を発表していく。
そして各部署の官僚の発表も終わり、多くの者から緊張がぬけはじめたその時だった。
「最後にこの革命戦争で間違いなく戦功第一位であるエクトル卿、前へ」
どよめきの中、群衆からエクトル卿が進み出て、満面の笑みを浮かべているクロムウェルの前に跪く。
仮面の下でどんな表情を浮かべているのか、周りから伺えない。
そもそも”レコン・キスタ”に参加した貴族達にとってエクトル卿は謎の人物であった。
元々彼は傭兵団を率いる平民メイジに過ぎない存在だった。
反乱初期から彼と彼の傭兵団は”レコン・キスタ”に参加し、数々の戦功を立てている。
身分的に見れば平民であるため、途中参加の貴族は古参の平民仮面に良い感情を持たない者が多かったが、エクトル卿が盟主クロムウェルから絶大な信頼を受けていたため、嫌味を言うだけで妙な策動をする者は一部を除いていなかった。
その一部の貴族達はというと暗殺を企んだが暗殺者がエクトル卿に捕縛され、そのことを知って激怒したクロムウェルによって暗殺を命じた貴族達は処刑されている。
このことに鼻白んだ他の貴族達はエクトル卿に嫌味を言うこと自体を避けるようになった。
反乱の最中は将軍として扱われていたこの人物が共和国でどの役職に就くか、周りの注目が集まる。
「天と地と精霊の御名の下、神聖皇帝クロムウェルが命じる。神聖アルビオン共和国を守護する至高の地位である護国卿の地位に、
どよめきが更に大きなった。
護国卿。それはアルビオンにおいては王権に匹敵する最高統治権を与えられた官職である。
要するにエクトル卿がクロムウェルに次ぐ地位と権力が与えられたことになる。
そしてクロムウェルに万が一のことがあれば彼が後継者となるということだ。
誰もが否定できないほどの戦功をあげたとはいえ、そんな地位を素性の知れぬ仮面の男に与えるなど……
「非才の身ではありますが、微力を尽くしましょう」
どよめきが収まらぬ中、エクトル卿は深々と頭を下げた。
神聖アルビオン共和国が成立した日の夜、アルビオン空軍のボーウッド将軍は友人と酒場で酒を飲んでいた。
「お前、
ボーウッドの友人ホレイショは酒をボーウッドの杯に注ぎながら言う。
「褒められても嬉しくないな」
「何を言う。お前はあのフネの艦長になるのが夢だったんだろ?」
「そうだ。だが、恥知らずの王権の簒奪者によってあのフネの名はレキシントンになった。
そしてそのフネの艦長として、簒奪者の手先となる。悪夢だよ」
ボーウッドはそう言うと酒を一気に呷った。
彼らは心情的には実のところ王党派であった。
しかし彼らは軍人は政治に関与すべからずとの意思を強く持つ生粋の武人であった。
上官であった艦隊司令が反乱軍側についたため、しかたなくレコン・キスタ側の艦長として革命戦争に参加したのである。
そのため、今の祖国の現状には不満しかないと言ってよいが、だからと言って武人としての誇りを捨てて自ら政治的理由で行動することができず、こうして酒を飲みながら互いに不満を言い合っているのだ。
「まったく、この国はいったい何処へいこうとしているのか……」
「さぁな。なにせ司教が皇帝に、仮面男が護国卿になるような国の未来予想なんか始祖に助言したという賢者でも不可能だろう。まぁ、なんとなく先が暗そうなのは察せるが」
ホレイショの言いようにボーウッドは大きく頷いた。
そしてボーウッドは呟くように言った。
「エクトル卿か……」
「国王陛下の首を取った大手柄に対する報酬として充分すぎる地位だな」
ホレイショが吐き捨てるように言う。
その態度ひとつとってエクトル卿にろくな感情を抱いていないのは明確だ。
「しかし、あの男はニューカッスルに秘密の桟橋があることを知っていたのなら、なぜ事前に総司令部で我らに言わなかったのだ?先立って伝えられていたらあそこまで強引な力攻めをする必要もなかった」
「武勲をあげたかったのだろうよ。可愛気はないが、気持ちは理解はできる」
「そうなのだろうが、それ以外にも功績を立てすぎてて少し不気味だな」
「不気味?」
「身分が低いからと侮る訳ではないが、奴の率いる
ボーウッドの説明にホレイショは頷いた。
確かに仮面で素顔を隠しながらこれほどのことをしてのけるのは、不気味といえば不気味だ。
「……確かに。案外、貴族どもの噂話の中に真実があってもおかしくないですな」
エクトル卿が護国卿に任命されてから、貴族達は口々にエクトル卿の正体を噂しあった。
その結果、エクトル卿の正体に関する様々な噂が流れた。
曰く、クロムウェル閣下の御落胤である。仮面で素顔を隠しているのは顔がクロムウェルに似ており、クロムウェルが始祖に誓った生涯の貞潔を破ってしまったことを周りにばれたくないためである。
曰く、他国の有力貴族の子弟。仮面で素顔と声音を隠しているのは本家の人間に疑いが及ばないようにすため。そしてこの共和国がその国に攻め込んだ時に、仮面を外して本家とともに道案内するのだ。
曰く、人型亜人の族長。クロムウェルが亜人との交渉術に長ける人物であるからだ。仮面を被っているのは、人間の亜人への感情を考慮して亜人であることを隠しているのだろう。
そのほかにも様々な噂が飛び交ったが、結局どれも決定打に欠け、正体の謎さが深まっただけだ。
「エクトル卿も皇帝閣下と並んで底の知れぬ御方だ」
ボーウッドは皮肉気にそう呟くと再び酒の入った杯を呷った。
本作に置ける共和主義の主張。
・国家の頂点に立つ人物は、血統ではなく能力と信頼によって選ばれるべき。
・三権分立を行い、立法を司る貴族議会の議長、行政を司る行政府の元首、司法を司る高等法院院長がそれぞれの権利の頂点に立ち、互いに権力を制限し合う関係を構築する。
・議長・元首・法院長、この3つの職の兼任を禁じて暴政を防ぐ。
・議長と元首は貴族議会の投票で決定する。最高司法権の所持者を君主から法院長に変える。
だいたいこのようなことを主張している設定です。
要するに非民主型共和政体をつくろうという思想ですね。