ガリア王国はハルケギニアの最大の領土を誇る大国であり、北西でトリステイン王国と、北で帝政ゲルマニアと国境を接し、ガリアの中部から西部までを貫いている火竜山脈の東端の向こう側に存在するアウソーニャ半島にロマリア連合皇国が存在し、大海と空を挟んで北西の空中大陸にはアルビオン王国が存在し、ハルケギニア全体の中心に存在すると言って良い。
東部ではエルフが住まう砂漠とも国境を接しているため、ハルケギニアの中心に存在しながらもブリミル教圏の最前線に存在するとも言え、過去数千年の歴史の中で幾度か行われた聖戦では諸国の中でもガリアが特に大きな役割を果たしてきたと言える。その一方、わずかながらサハラにあるエルフの国やその向こう側にある
また広大で豊かな領土によって養われた王軍は強力で、特に空軍は先代アルフォンス五世の代から多額の予算を投下してジョゼフの代に完成を見たガリア両用艦隊が威容を誇っている。”空の覇者”と恐れられたアルビオン空軍が弱体化した今となってはハルケギニア最強の艦隊と評されており、ガリア王家が所有する軍事力のほどを内外にしらしめている。
広大な領土、ハルケギニアの中心部という立地、強固な軍事力、その他諸々の要素に恵まれたのか、一時的に地図上から消滅したアルビオンや権威主義に凝り固まりすぎて年々国力が低下しているトリステインとは無縁の繁栄を続けており、同じ始祖の子によって建国された兄弟国とは思えないほどに。
そんな王国の首都リュティスに存在する宮殿の中で青いレンガで造られた一番巨大な建物、”グラン・トロワ”の廊下を一人の女性が歩いていた。高価な絹の布の服を着て、頭に小さな冠を乗っけている美しい女性で、歳のころは十七、八といったところだろう。
この女性こそがガリア王国第一位王位継承権者であるイザベラ王女であり、”無能王”と名高きジョゼフ一世の、今のところ唯一の子どもであった。ジョゼフほど逸脱はしていないが、王族としての型に嵌らぬ女であり、それゆえ多くの者から好かれておらず、好意的な噂は殆どなかった。
イザベラの頭脳は噂されるように劣悪と言うわけではなかったので、幼少期から「無能のジョゼフの娘」「父親ほどではないが魔法が使えぬ無能」と陰口を叩かれながら育まれてきた精神には強烈なコンプレックスが見事に刻みつけられ、普段”プチ・トロワ”の主として君臨している時はヒステリー王女として侍女たちから恐れられる存在である。
「いったい父上は私に何の用なのかしら」
王が寝泊まりする住居であり、政務の場である”グラン・トロワ”に彼女が訪れているのはその主から呼び出されたからであるが、わざわざ呼び出されるようなことをしたような覚えがイザベラにはなかったので困惑しているのである。
ふとイザベラは自分の部下であった忌々しい従妹のことを思い出した。あの従妹は自分の頭越しに父王からある任務を与えられたが失敗し、罰として狂人となった母共々どこかの城に幽閉されたというのが公式発表だが、宮廷では実は間一髪で他国に亡命したと噂されている。もしかしてそれに関することだろうか。
従妹が他国に亡命したかもしれないという情報はそれほどイザベラの感情を刺激しなかった。勿論、他国の力を借りてガリアに攻め込んでくるかもしれないという政治的懸念は理解できたし、国の要人としてその対策の議論に参加しろと言われたら参加する気はある。
従妹……あのガーゴイルみたいに無表情な人形娘を見るたびに、腹立たしくて憎くてとにかくしかたがなかったのものだが……うまく説明できないがいざ目の前からいなくなってしまうと、途端に興味を失ったというか従妹に向けていた感情が霧散してしまったのである。
父王の居室の前につき、その扉をノックする。
「イザベラです」
「おお、入れ」
やけに陽気な父王の返答を聞いて部屋に入り、巨額を投じて王宮お抱えの細工師に作らせたハルケギニアを模した
「父上、私に何か用があるとのことですが、いったい?」
「おお、明日の園遊会のことについてだがな」
視線を箱庭から全く動かさずにそう言う父に少し反感を持ったが、イザベラはすぐに思い直した。父がわけわからない
しかしイザベラとて人の子である。常日頃、表面だけ好意的で裏で激しく毒づいてるような連中とばかり接しているせいで孤独感を募らせており、王族としての虚勢を張って決して認めないが恐怖感にも苛まれている。暗殺者の類に襲われたことは一度や二度ではないのだ。
だから父親の愛情を欲しているところが少なからずある。しかしイザベラは昔から周りの配慮のせいで父と距離をとらされていたせいか、それ以上に父が自分を娘として愛してくれることなどないと諦観しているのだった。
「我が王家が総力をあげて主催するのだ。お前も必ず参加するように。アルビオンのエドムンド殿も来ると返事が来た。恥ずかしいところを見せるのではないぞ」
どうやら園遊会に参加するよう釘を刺すのが呼び出した目的だったらしい。園遊会とか舞踏会が好きではなかったのでよく無断でサボっていたから言われるのも当然か。でもさすがに今回みたいな国家の面子にかかわるような大規模園遊会をサボると思われているのだろうかとイザベラはすこし苛立った。
「わかりました」
「うむ。しっかりやるのだぞ。もしかするとお前の夫になるかもしれん奴だからな」
さらっと告げられた問題発言にイザベラはフリーズした。時間にして数分ほど固まっていたが、ジョゼフは我関せずと時折箱庭の中にある駒を動かしたりしながら相変わらず箱庭を見下ろしてなにか考えていた。
「ち、父上?」
「ん? どうしたイザベラ」
「私の夫になるかもしれないって、誰の事です?」
イザベラは顔を真っ青にしながら、震える声でそう問いかけた。どうか聞き間違いであってくれと心の底から祈りながら。
しかし現実は無情らしく、ジョゼフはイザベラの方にふりかえると満面の笑みを浮かべながら、
「だからアルビオン王のエドムンド・ペンドラゴン・オブ・ステュワート殿だ」
「き、聞ぃいてないよぉぉおおぉおぉおおぉおおおおッッ!!!!!??」
気が狂ったように叫ぶ己が娘の姿を見て、なかなか面白い反応を見せるなという感慨をジョゼフは抱いた。
「えっと、いつの間に、そんな話ができたのか、教えてくれます?」
頭を抱えて蹲ったり、突然当てもなく歩き出したり、壁に向かってぶつぶつと話しかけたり、夢じゃないかと思って二十回もほっぺを引っ張ったりしているうちになんとか現実を認識することには成功したらしく、イザベラはどんな経緯でそんな話ができたのか父に動揺を隠しきれぬ声で問いかかった。
「つい最近思い出したことなのだが、よく考えたらお前は結婚や婚約をしていてもおかしくない歳ではないか。だからエドムンド陛下を園遊会に誘うついでにイザベラを嫁にいらんかとも伝えておいたのだ。先方はなかなか好意的な反応みたいだからな。園遊会でお前と馬があうようなとんとん拍子に話はまとまると思うぞ」
「つい最近思い出した」「ついでに」。そんなノリで自分の縁談が進んでいたと知ったイザベラは眩暈を覚えたが、それ以上に言いたいことがあった。
「どうしてその人と会う前日まで当事者の私に一言もないんだい?」
イザベラは大国の王女として十分な教育は受けている。態度が悪いので教師たちから好かれはしなかったが、可もなく不可もなく程度には王族の義務と責任の重さを自覚している。そして女の王族の義務の中には政略結婚というものがあるということも承知していたからそういうこともあるだろうとは思っていた。
だがしかし、それでも心の準備っていうものがあるだろうに、なんだってアルビオンの国王陛下に会う前日にその人が夫になるかもしれないなどと唐突に知らされるようなことになったんだとイザベラは思わずにはいられなかった。
「親愛なるアルビオンの王を園遊会に招くことを思いついて誘いの手紙を出したのが一週間前だからな。返事がこない可能性もあるなと思っておったのだが、四日前に来ると返事が来たのでけっこう急な話だったのだ」
「でも、それなら四日前には教えられたはずでしょう!?」
正直、四日前でも派手に混乱しただろうと思うが、少なくとも今言われるよりかはマシだったはずだ。
「四日前に教えるより前日に教えたほうが劇的だと茶目っ気がさしたのだ。許せ」
対立するいくつもの勢力がごちゃまぜに混ぜ込まれや闇鍋のような政情のガリアを平然と治める悪魔的頭脳の持ち主でありながら、ジョゼフの精神構造はその辺の街にいる悪戯小僧みたいなところがあり、今回伝えるのをわざと遅らせたのもイザベラの面白い反応が見れるかもしれんという悪戯心が発揮されたものだった。
「ふざっけんな! このクソ親父ッ!!」
その悪戯心の哀れな犠牲者となったイザベラは理性と礼儀を、激しい怒りで吹き飛ばしてしまった。王女という身分も弁えずに父王に向かって殴りかかったのである。そこに一切の躊躇いも容赦もなかった。
ジョゼフが華麗な身のこなしで娘のパンチを避け始めると、イザベラは見境なくその辺のものを掴んでは投げて王の居室を荒らしまわった。イザベラの狂乱は、ジョゼフの遊びに付き合わされていた小姓が必死の覚悟で止め、騒ぎを聞きつけてやってきた近衛騎士達によって制圧されることによって終結した。
「ハハハ、我を失うほど嬉しかったかイザベラ。久しぶりに父として良いことをした気分だ」
初っ端にイザベラの右ストレートを一発食らったはずだが、平然としているジョゼフは満足げに笑いながら見当ちがいのことをほざいた。小姓や近衛騎士たちが冷たい非難の眼差しでジョゼフを見たが、当然彼は意に介しない。
「……もういい」
暴れまわってとりあえず感情を発散させたイザベラは、とにかく前向きに考えようとしだした。いつまでも父の奇行に突っ込んでいては腹立たしいだけだし、頭痛がしてくるからだ。近衛騎士を退室させてイザベラは自分の懸念事項を告げる。
「でも私の相手が他国の王族でいいのですか。婿入りならわかりますが……エドムンド陛下がお相手である以上、必然的に嫁入りでしょう。となると北花壇騎士団団長って経歴がけっこう問題になると思うんだけど」
自身が建造させたヴェルサルテイル宮殿を愛した先々代の国王ロベスピエール三世は、王家直属の警護騎士団もヴェルサルテイルにまつわる名前に変更した。場内にある花壇の風景をそのまま騎士団の名前にしたのである。
形式的には《花壇のある方位》《その花壇に植えてある花の名前》《花壇警護(略されることが多い)》騎士団という名称であり、例をあげると東薔薇花壇警護騎士団、南薔薇花壇警護騎士団、西百合花壇警護騎士団等があるが、北の方位を冠する騎士団は存在しない。北側には陽光が当たらないので花壇は設置されていないからだ。
しかしながら、北花壇警護騎士団が秘密裏に存在しているのだった。国内外から持ち込まれた厄介事を処理するための秘密機関であり、団員達の功績が日の目に当たることは決してない。名誉や栄光とは無縁の、国家の暗部に潜む闇の騎士団。
その騎士団の団長がイザベラなのであった。イザベラ自身が官職に就くことを望み、ジョゼフより与えられた地位であったのだが、もっと目立つ官職を欲していたイザベラは不満がいっぱいだった。しかし仕事は仕事として真面目にこなしていたため、歴代の北花壇騎士団団長に勝るとも劣らぬ働きをしている。
国家の暗部を統べる騎士団を統括していたため、イザベラはガリアの国家機密の大半に精通している。たとえばジョゼフが異教徒のエルフと手を組んでいたり、異端に片足以上軽く突っ込んでるヤバい研究を強力に支援していることとか。
そんなことを知っているからイザベラはジョゼフ派の重鎮貴族、もしくは和解の印として反ジョゼフ派に属する一勢力の主と結婚することになるのだろうと思い込んでおり、国際結婚する可能性など夢見だにしていなかったのである。
「気にするな。もし話が纏まるようなら、どうとでもできるわ」
イザベラとエドムンドとの間に婚約が成立しようがしまいがどちらでもいいのだ。成立しなければ何の問題もないし、もし成立するようならエドムンドに盛大なちょっかいを出す足掛かりができる。ジョゼフにとってはその程度の事でしかない。
第一、イザベラとの縁談話はエドムンドを園遊会に参加させるための理由づけのひとつとして仄めかしたに過ぎない。来ないようならアルビオン側の意向など無視してことを起こすつもりだったが、来てくれて何よりだ。きっと今度の
ジョゼフの言葉に納得したわけではなかったが、ジョゼフがまったく問題視していないからにはなにか対策があるのだろうと思ったイザベラはいくつか事務的な話をして部屋を辞した。
久しぶりの娘との会話を終えたジョゼフは次の一手を考えようと箱庭に近づいたが、イザベラが暴れた時に箱庭の上の駒も散らかされたらしく、位置が無茶苦茶になっているし、いくつかの駒は投げ飛ばされて行方不明になっていた。
ジョゼフは小姓になくなった駒を探すよう命じると、驚異的な記憶能力を発揮して大量の駒を元の位置に戻し始めた。十分ほどすると駒は荒らされる前の位置に戻っており、小姓も投げ飛ばされた駒をみつけてジョゼフに手渡した。
「む?」
手渡された駒のひとつの顔に罅が入っているのがジョゼフの目に止まった。その駒は聖職者のなりをしており、首には穏やかな笑顔を浮かべた始祖像の聖具が下げられていた。この駒は現在どういう状況だったかと頭を巡らせて、ひとつの考えが固まった。
「急がせれば園遊会中の見世物として間に合うか。早急にこの駒を脱落させて余の世界を正常に戻すとしよう。しかし原因であるイザベラを責めようという気持ちが沸いてこんということは、意外と余は娘思いなのかもしれんな」
本人が聞けば再び我を失って激怒しそうなことを呟きながら机の上に置いてある紙にサラサラと書き込み、それが終わると小姓に命じてふたつのサイコロを振らせた。
「目は8か。となると……」
さっき書き込んだ紙の内容を確認して、箱庭からいくつかの駒を取り出すと罅の入った駒と一緒にゴミ箱に放り投げた。
ジョゼフとイザベラのキャラってこんな感じだよね?
それにしても微笑ましい親子のコミュニケーションですなぁ(白目)