「……あんたが魔法の事をそんな風に言えるのはあんたが魔法の達人だからよ。魔法がろくに使えないってことは例えるなら片腕が動かないみたいなものよ。当たり前にできることが当たり前にできない。それが貴族にとってどれだけ問題か、わからないわけじゃないでしょう? ましてわたしは王族なんだから」
やはりと言うべきか、不愉快さを隠さずにそう言い返すイザベラ。持たざる者がほしくて堪らないものを持っている者がそれをくだらないもののように言うことほど、持たざる者の怒りを誘う言葉はないのだから当然であった。
「確かにそうかもな。だが、それでも
冷たい目でこちらを見ながらそう自嘲気味に言いきる。エドムンドにイザベラは圧倒されて何も言い返すことができなかった。
なんの返事もなかったが、エドムンドは胸中に巣食う、なにか鬱屈した怪物のような感情が激しく暴走を開始した。そしてその怪物の命じるがままこの国を調べている時に嫌な気分にしかならなかった集団を罵り始めた。
「そういえば亡くなったお前の叔父のオルレアン公は為政者としての能力だけではなく魔法にもたいそう秀でていたそうだな。なんでも十二才という若さで全系統スクウェアを達成していたとか。なんと素晴らしい! だがそんな素晴らしい才能を持っていたにも関わらず、詳しいことは知らんが狩り場の誤射で”事故死”したことをはじめとして、家族の王族としての権利ははく奪され、オルレアン公派は大規模な粛正の憂き目にあったそうではないか。
要は魔法が絶対という価値観を過信したオルレアン公が、魔法が不得手だったお前の父に足をすくわれたというだけの話ではないか。そんなの歴史を見ればよくある出来事に過ぎぬ。それをさもこれ以上の悲劇はないというように語る愚か者たちが団結して派閥を形成し、王家への忠義を叫びながら国王を貶めることに執心しているとは、なんともバカバカしい」
何が気にいらないのか、心底腹立たしいと言わんばかりオルレアン派を批難し、エドムンドは空を睨む。彼も伯父によって一族が悲惨な末路を辿った経歴の持ち主である。似たようなオルレアン派に対して同情を持っていててもおかしくないとイザベラは推測していたのだが、同情どころか激しい嫌悪感を持っているらしいことが驚きだった。
イザベラは彼のオルレアン派に対する嫌悪感がどこから湧いてきているのかわからなかったが、それを問う勇気はなかった。それを聞いてしまえば、なにか取り返しのつかないことになるという北花壇騎士団長としての勘が、やかましいほど警鐘を鳴らしていたのであったあった。
「陛下」
引いているイザベラを見て、さすがに放置はまずいと思ったヨハネが小さい声で呼びかける。それでエドムンドも正気に戻ったのか、深く深呼吸して申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「失礼。姫君には無縁な汚い政治の話などいささか退屈でしたかな」
「い、いえ。興味深い話でしたわ。わたしも官職についている身なので無縁な話題でもないしね」
先ほどの衝撃が強すぎたせいで、無難に流そうとしてイザベラは思わず口を滑らせた。
「……不勉強ですまぬが、お前が官職についているなど初耳なのだが……」
今回の訪問前にガリアの情報は可能な限り集めたのだがなと呟くエドムンド。
一方、イザベラは内心窮地に追い込まれた。北花壇警護騎士団は公式には存在しない闇の騎士団なのだ。噂程度ならばともかく、その組織の全貌に知っているのは国王をはじめとした政府や軍の要職についている者のみ。そんな騎士団の団長をしているなんて他国の王に言えるわけがなかった。
とはいえ、ここでどんな官職についているか答えないのも考えものであった。もしここではぐらかすようなことをすれば、目の前の白の国の王様は不審に思い、自分の周囲を探るくらいはするだろう。そして普段鬱憤ばらしに虐めている侍女達に金貨を数枚与えればあっさりと話しかねない。
もっとも、エドムンドはジョゼフが勧める縁談の相手なのだから言っても良かったのかもしれなかったが、イザベラはそのことに気づかなかったし、秘密組織である北花壇騎士団長である責任を感じている彼女に自ら組織の秘密性を損なうような真似もできなかった。
「……ヴァッソンピエール卿の補佐官をしているわ」
数秒の間に凄まじい勢いで頭脳を回転させた結果、北花壇騎士団の業務をしているときに偶然汚職の証拠を掴んだので、それを武器に脅して色々と便利に利用している大臣の名前をあげた。
「ヴァッソンピエールと言えばガリア貴族の名門ではないか。そんな人の補佐をしているなら、なおのことそこまで自分を卑下する必要があるのか。今代のヴァッソンピエールの当主が特別無能という評判は聞かんしな。もっと表に出て動けば、お前が宮廷で遊び呆けているわがまま王女などという噂もたつまいに」
「遊び呆けてる気はないけど、だいたいそれであってるよ」
不満げだが肯定するイザベラにエドムンドが苦笑いを浮かべる。
「自己評価が低いにもほどがあろうが。少なくとも今話してる限りにおいてだが、それほどわがままとは思わんぞ。仮に俺の推測が甘いとしても、隙あらば俺の命を狙って襲撃してくる我が忠実なる臣下ほどのものではあるまいし」
「……ちょいお待ち。隙あらば襲撃してくる臣下ってどんな臣下だい?」
「あれの名誉にかかわる話なのでそいつの名は言えぬが、なんでも俺が主君に相応しいかどうか常に試さずにいられんそうだ。要するに自分の襲撃を防げなくなった主君に仕える価値なし、とでも思っているのだろうさ」
「臣下に何度も命を狙われたら王としての威厳がなくなると思うけど?」
「その辺は向こうも弁えておる。襲撃してくるのはいつも俺一人の時か、事情を知っている側近しかおらん時だ」
一部脚色しているが、同盟を組んでいる吸血鬼の部族の長エリザベートとの間でよくあることである。そんなことを認めているのはそれだけ吸血鬼の能力をエドムンドが高く買っているからであったが、それと同じくらい彼女も彼女の悲願のため、妥協など絶対にしないことを承知しているからでもあった。
そんな事情は知らないイザベラは純粋にエドムンドの度量の大きさを思い知らされた。自分の命を狙ってきた相手を許し、いつでも襲って来いと言ったうえで、その襲撃犯の誠意を信じて臣従を認めるなんか並大抵の人間にできることではない。
少なくとも自分には無理だとイザベラは思った。
「あんたも随分変わってるね。そんなヘンテコな奴を臣下にしてたら、周りの奴らも翻意を抱きかねないよ」
「忠告痛み入る。確かにそんなのが何人もいたら流石に無理だ。そんなふざけた臣下ばかりいては身が持たぬわ。……いや、待て。ある意味国中に嫌われてるお前の父がそれと似たような状況なのではないか? よく反乱やら暗殺未遂が起きておるそうだし。まあ、俺やジョゼフ王ほどでないにしろ、お前にも十分主君としての度量はあるだろう」
「は? さっきまでの話聞いてなかったのかい?」
「そうは言うが、‥……そこにいる者たちを見てみよ。お前に人望がないのであれば、ああも輝いている目をお前に向けることはあるまいて」
そう言ってエドムンドが違う方向を向き、イザベラも不思議に思いながら追ってそちらを見た。
そこには園遊会の余興でダンスを踊る楽師をみる貴族たちのうちの幾人かが、チラチラと振り返りイザベラの姿を盗み見ていた。
その貴族が誰かわかって、イザベラは顔から血が引いて真っ青になった。
(あいつら、アルトーワ伯の誕生日記念園遊会にいた連中じゃないかい‥‥……!!)
約一年前、地方領主のアルトーワ伯が主催する園遊会に誘われて参加したことがあった。
その行幸の時に、イザベラは憎たらしい従妹に自分の影武者をさせた。
そして北花壇騎士団に所属する凄腕暗殺者”地下水”に命じてに従妹を襲わせ、普段微動だにしない従妹の鉄面皮を恐怖一色で染め上げてやろうという手の込んだ悪戯を実行するためであった。
しかし最初はうまくいっていたのだが、”地下水”が従妹に弱点を見破られ、それで脅す形で従妹は”地下水”の協力を得て報復してきたのだ。
その結果としてイザベラは、アルトーワ伯の誕生記念園遊会でガリアの歴史に残りかねない、園遊会で全裸でダンスを踊るという醜態を晒す羽目になったのである。
園遊会終了後、北花壇騎士団の総力をあげて園遊会に参加していた皆殺しにしてやる、と狂気だか現実逃避だかよくわからない激情に支配されたイザベラは、トンデモなく壮大な暗殺計画を作り始め、ガリアを容赦なく暗殺の嵐の中に叩き込むことを本気で考える始末だった。
だが幸か不幸か、完璧な暗殺計画を築き上げたあたりでイザベラは正気に戻った。流石にこれだけの数の貴族を表に出せる理由もなく暗殺しては、ガリアという国家の威信そのものに関わってくると。
そこでイザベラは方針転換した。噂の火消しさえできればそれでよしと判断したのである。アルトーワ伯には「あれはあなたの誕生を祝ってやったことだから二度としないし、誰か言ったら身の安全は保障しないよ?」と良い笑顔をしながら釘を刺し、自分のことを話題に出したという口の軽い貴族を数人闇に葬った。
それはその噂を拡散させたら消すというイザベラなりのメッセージだったのだが、それでも理解しないおバカさんが存在したので、そいつらには侮辱罪で逮捕し、高等法院で公開裁判を受けさせた。
被告は全員、真実を
その裁判を見てどれだけ頭の出来が悪い馬鹿でも状況を理解したらしく、揃って口を閉じた。一部ここまで徹底してやるということは事実なのではと逆に疑う者がでたが、それはイザベラの普段の素行を知っている者達とどんな女性でもこんなうわさ流されたら怒るのは当然という貴族女性達の声の大きさにかき消された。
かくしてイザベラはアルトーワ伯誕生記念園遊会における死ぬほど恥ずかしい真実を根も葉もない噂に変化させることに成功したのだったが、実際に園遊会に参加していた青年貴族たちは、うまれたままの姿のイザベラの女体の美しさを目に焼き付けていたようだった。
因みに”地下水”と従妹に対しては不問に処した。”地下水”は非常に優秀な北花壇騎士であり、”地下水”が追い詰められたのは自分の策略の詰めの甘さもあったので、許すことにしたのである。帰参を許したら悪びれもせずに戻ってきたのは少々腹が立ったが。
従妹に関してはデリケートな政治問題に発展する可能性があったので自重した部分もあるが、それ以上に策略に対して負けたことを理由に従妹を処罰するのは、魔法の才能を除けば自分の方がすべてにおいて優秀だと信じるイザベラの矜持が許さなかったのである。
「……顔色が悪いが、大丈夫か」
そんな事情は知らないエドムンドだったが、イザベラの機嫌が急速に悪化したは理解できた。
「あ、ああ。気にしないでくれ。いつまでもわたしのことを変に誤解してる連中の顔があったから気を悪くしただけさ」
「つまりあやつらは変人の類か。とはいえお前の支持者であるならばいいように使いこなしてやるのが上に立つものの在り方というものではないか? そしてそうしようもないほど無能だったり我慢できないほど嫌な奴だったりすれば、使いつぶす方向へと持って行くか、飼い殺しにするか、いくらでも有効活用できよう。人材を有効活用することこそ、支持者に対する王侯の礼儀というものだからな」
「……使いつぶすって、あんた、わりととんでもないことを言い出すね」
「とんでもないこととは思わんぞ。むしろ支持者を使い潰したりできない王侯こそ、俺からすればとんでもないと思うがな。まあ、相手にどれだけの憎しみを抱かせることになるか理解せずに使い潰すのは更に論外だが」
自分なりの政治信条を語ってみせながら、エドムンドは内心首を傾げた。
なんかどうも口が軽くなっている気がする。会ったばかりの他国の要人相手に喋りすぎだ。
そもそも、エドムンドはこんなどす黒い政治の話題を淑女と楽しんだことなど一度もない。いや、ヴァレリアとはしたことはあった。だが、それは父親のヨーク伯が娘の政治的才能を高く評価していたし、直属の女官として取り立てたことも大きい。
しかし、イザベラが政治能力が高いという評価をエドムンドは聞いたことがない。それどころか巷に流布している噂ではイザベラは”無能王の娘”に相応しい評価をされていたはずだ。立場にしたところで他国の王女であり、ヴァレリアのそれとは全然違う。なのになぜこうも喋りぎてしまうのだろうか?
もしかしたらイザベラが纏うどこか”陰”の感じる雰囲気に、親しみを感じているせいだろうか。ともかく警戒心が薄れすぎだとエドムンドは自分を戒めた。
「……考えてみれば、淑女に対して随分と面白くない話をしてしまったな」
「いや、十分楽しめたよ?」
「それはありがたい。ガリアの姫君は政治に精通しておられるようだ。機会があれば政治討論を楽しみたいものだが、せっかくの園遊会なのに無粋な政治の話ばかりするのもいささか問題があろう。
なにか最近ガリアの宮廷で流行っている娯楽はないかな? アルビオンでは戦後復興に忙しくてこの手の話題をのんびりしている暇がないのだ。なにか面白かった演劇や小説の話があれば是非聞きたいのだが」
幼少期から演劇を鑑賞したり小説を読んだりするのが大好きで、その物語に登場する英雄に憧れ、父や兄の静止の声を振り切って軍人たる道を歩んだエドムンドである。演劇や小説の類にはいまだに興味を持っていた。
しかしそう問われたイザベラはやや困った。勿論、演劇鑑賞をすることはよくあるのだが、よくありすぎて飽きてきており、巷で高評価の演劇を鑑賞したり、小説本を読んだりしてもちゃんと見ていないので内容をおおまかにしか覚えていない。
かといってそのことを正直に告白するのは少々躊躇われた。大国ガリアの王女が流行りの文芸に興味がないというのは、ちょっと問題がある。王族というのは魔法が優秀なのは当然として、知的で優雅な存在でなければならないのだ。少なくとも表向きには。
魔法が優秀であるべきということに関してイザベラはもう九割方諦めているが、だからこそ知的で優雅な存在という幻想を守り抜く気はあった。不真面目だが、覚悟だけはあるのである。だからこそ、なにか話題性のある作品がなかったかとおぼろげな記憶の中を必死で探した。
「ああ、そういえば……最近平民の間で流行りの小説を読んでね……『バタフライ伯爵夫人の優雅な一日』とかいう……」
そこまで言ってしまってから、内容をはっきりと思い出して激しく後悔した。その小説はイザベラが八つ当たりで虐めた侍女が落とした小説で、暇つぶしに読んだ小説だったのだが、……いろいろと内容が衝撃的で、イザベラが目を回しそうになった小説のタイトルであった。
「『バタフライ伯爵夫人の優雅な一日』? 寡聞にして聞いたことがない小説だが、どのようなストーリーなのだ?」
興味津々な目をしているエドムンドに今更話を変えるとかとても言えない。とはいえ、こんな場でその小説の内容を話してしまうのは問題がありすぎる。アルトーワ伯の園遊会のことも揉み消したのが無駄になりかねない。
「ど、どうしてもわたしが教えなきゃだめかい?」
「いや、全部教えてくれなどというつもりはない。さわりだけでいい」
「……教えるからちょっと耳を貸してくれるかい?」
「む? う、うむ」
なぜそんな要求をされるのか理解できなかったが、イザベラの顔から必死さが伝わってきたのでわけもわからぬまま耳を貸す。もしイザベラが自分に害意を持っていた場合、非常に危険な体勢だが、すぐ後ろにヨハネがいるので大丈夫だろう。
イザベラがゴニョゴニョと『バタフライ伯爵夫人の優雅な一日』の大まかな物語を述べるのだが、話を聞いている内にエドムンドの顔がみるみる青ざめていった。
「どうしてそんな小説が人気なのだ。リュティスの平民の風紀は大丈夫なのか?」
「いや、あたしも気になって調べてみたんだけど、この小説はトリステインの方から流れてきた小説らしくてね。首都トリスタニアじゃ店頭に並ばない日はないってほど人気があるらしいよ。理解できないけど」
「……いつの間にトリステインの風紀はゲルマニアをより凶悪化させたような風俗に染まったのだ?」
『バタフライ伯爵夫人の優雅な一日』のイザベラの説明を聞く限り、生々しいまでの男女の肉体関係を綴った凄まじいまでのエロ小説である。しかも常に女性優位。こんなふざけた小説がなぜあの病的までに伝統保守なトリステインで、しかも首都のトリスタニアの販売されている上に、大人気になっているのか。
「高等法院仕事しろ」
国家にとって大切な文化を保護して育て、必要とあれば是正する仕事を任されているのが高等法院だろう。高等法院がちゃんと仕事をしていれば、こんな有害な小説が検閲をパスすることはなかっただろうに。
いや、待て。そういえば前高等法院院長のリッシュモンが”レコン・キスタ”に所属していた罪で処罰されてからしばらく高等法院は機能不全に陥っていたのだ。つまり拡大解釈すればこのとんでもない小説が出回ってるのは俺の責任でもあるのかとエドムンドは予想外すぎる影響に驚きを禁じ得なかった。
「作者が異端審問にかけられないことを祈るとしよう」
聖堂で始祖像に跪く時のように厳粛な仕草で、指を聖具の形に切り、ある種ぶっ飛んだ作者の命の無事を願った。
しばらくなんとも微妙な空気が流れ、沈黙が続いて息苦しさを感じ始めたところでジョゼフが「ダンスホールの方へ行こうではないか!」と叫んでいるのが聞こえてきてエドムンド、イザベラ、ヨハネの3人はたぶん初めてガリア無能王の常識破りの行動をしてくれることに心から感謝した。
一応、ヨハネさんずっとエドムンドの側居るんだけど、護衛の立場だから影が薄い……