軍港都市サン・マロンから少し離れたところにある広大な農作地には、ジョゼフ王が即位して建設された”実験農場”が存在する。
それは塔で幾人もの農業研究者がより効率的な耕作方法について模索し、それを塔に隣接している約十アルパンの農地で実践し、結果を見て再び塔の研究者が理論を構築するというサイクルで動いている。
しかしそれは表向きの姿であり、塔の地下部で行われている本当の実験を隠蔽するためのカモフラージュでしかないのであった。
塔の地下部では論理的に問題がありすぎる実験、宗教的に問題がありすぎる実験、国際条約で禁止されている禁呪の実験等、表沙汰になれば大問題になることが確実な実験が数多く行われている研究施設があるのであった。
「いわばここはガリアの暗部ということかな?」
そう呟きながら緋色の目で鋭くまわりを観察しているのはアルビオン王のエドムンドであった。
彼とその一行は実験農場の地下部を視察するジョゼフに同行してこの実験場を見ているのであった。
本来であれば、他国の人間には決して見せてはいけないものであるはずであり、モリエール夫人や少なくない職員が他国の王の一行を訝しげに見ていたが、ジョゼフに先導されている以上、ツッコムわけにもいかず、疑問を押し殺して職務に励んでいた。
「暗部というのは言い過ぎだ。歴史上繰り返されつづけてきた国家の行為の一側面というだけだ」
そっけなくそう言ってジョゼフは、奥へ奥へと進んで行く。
それについていくうちに、エドムンドはふと違和感を覚えた。
「ヨハネ。さっきから徐々に暑くなっていっるような気がするが、気のせいか?」
「……間違いありません。この感じからすると近くに金属の加工場かなにかがあるのでしょう」
「加工場ね。いったいジョゼフは俺になにを見せるつもりかな」
やがて蒸し風呂並みの暑さの場所を超え、古代の闘技場を思わせる円形の大広間まで来ると、黒いフードを着た女と大きな帽子を被った男がジョゼフたちを迎えた。
「お待ちしておりましたわ。ジョゼフ様」
そのうち黒いフードを着た女性の方がジョゼフに抱きつき、モリエール夫人の顔をしかめさせる。
だが、ジョゼフは気にすることなくその女性を抱き上げた。
「おお、ミューズ。例のものが完成したと聞いてな」
「ビターシャル卿の協力あってこその成功です」
「ビターシャル、よくやってくれた」
ビダーシャルと呼ばれた大きな帽子をかぶった男は王の感謝の言葉になにひとつ表情を動かさなかった。
「我は、任務を達成できなかったからな」
「構わん。このヨルムンガルドの完成で、そのような些細な失態は帳消しだ」
上機嫌にそういうジョゼフにミューズは懸念を述べようとしたが、ジョゼフと一緒についてきた人物にようやく気付いて、あわてて口を閉ざした。
エドムンドもミューズの正体を察したらしく、皮肉げな笑みを浮かべる。
「これはこれは、麗しき皇帝秘書殿ではないか。お久しぶり」
「お久しぶりですか。では、護国卿閣下と呼ぶのが筋でしょうか?」
冷たい笑みを浮かべてそう返すミューズの姿に、モリエール夫人は嫌なものを感じた。
しばらくエドムンドを睨んでいたミューズだが、この場を思い出して膨れ上がる疑問を問うべくジョゼフに向き直った。
「ジョゼフ様、なぜこの者達をこの場所へ?」
暗にここのことが知られればまずいのではないかという勧告だった。
「かまわん。エドムンド殿はそれほど愚かではあるまい」
「ジョゼフ様がよいと仰るならばそれでよろしいのですが……、あの姪御がトリステインの手に渡った今、これ以上問題を増やすのは好ましくないのでは?」
「あの小娘に、余に歯向かう度胸などあるものか。問題として認識するに及ばぬわ」
凄まじく傲慢なことを言ってのけるジョゼフに、エドムンドはトリステインの女王を過小評価していまいかと内心苦笑した。
もっとも、エドムンドもエドムンドで過大評価しすぎであるので五十歩百歩である。
ひととおりの話が終わったのをモリエール夫人は疑問を投げかけた。
「陛下、一体その”ヨルムンガルド”とはなんですの?」
「見れば分かるよ」
それだけ言うとジョゼフは観覧席の方に移り、ジョゼフが一番中央にある席に座った。モリエール夫人はその隣に座り、反対側にエドムンドが座った。それに続いて他の者達もそれぞれ思い思いの席に座った。
「なにをするつもりだ?」
「動作テストをかねた、ただの余興よ」
エドムンドの問いにジョゼフは微笑みながらそう答えると、手を掲げて始めるよう告げた。
西側の柵が開き、高さ二十メイルはある土ゴーレムが三体入場してきた。
そのうち一体のゴーレムは闘技場の隅に置かれていた大砲を操作して、火薬をつめ、砲弾を込める。
「あのゴーレムは西百合花壇騎士団の精鋭たちが作り上げた、スクウェアクラスの土ゴーレムで御座います」
ミューズの解説に多くの者が感心の唸り声を漏らした。
いかなスクウェアメイジとはいえ、あの巨体のゴーレムをあそこまで細かく動かすのは熟練の技である。
「陛下、あれがヨルムンガンドなのですか?」
モリエール夫人は少し呆れたような声でジョゼフにそう問いかけた。
たしかに凄いものだとは思うが、生粋の貴婦人である彼女にはわざわざそんなものを見せるために自分を連れてきたのかと不満を感じたらしい。
しかしジョゼフは笑みを浮かべたまま、肯定も否定もしない。
すると東側の柵が開き、三体のゴーレムよりひとまわり大きい巨人が入場してきた。
全長二十五メイルはあろうかというその巨人は帆布で体を包んでいた。
巨人の動きはゴーレムのそれとは違い、人間のような滑らかな動きだった。
その巨人に向かって二体のゴーレムが殴りかかったが、狂人はなんなくその拳を掴んで止め、そのゴーレムを力任せに引っ張って互いにぶつからせて粉砕した。
残ったゴーレムは大砲を巨人に向けて発射したが、巨人は帆布の下に分厚い鎧を着込んでいたのでまったくの無傷であった。
巨人は残ったゴーレムに向かって突進して蹴り飛ばし、ゴーレムは壁に激突して粉砕された。
この対戦は巨人――ヨルムンガンドの完全勝利であった。
「”先住”と”伝説”。ふたつの奇跡が出会って完成した産物さ」
対戦中叫びまくっていたが、スクウェアメイジに対するあまりに一方的な戦いに言葉を失っていたモリエール夫人に対し、ジョゼフはそう優しく言った。
「こんなものが十体いたら、ハルケギニアが征服できますね」
声を震わせながら、モリエール夫人はそう返したが、
「十体? 余はこのヨルムンガンドで騎士団を編成するつもりなのだが」
この発言に、モリエール夫人の精神は限界に達したらしく、白目をむいて気絶した。
「そうだ、このヨルムンガンドたちを貴女の花壇騎士団に組み込んでも良いかもしれんな……、って、寝ておるわ。夫人は寝不足だったのかな? おい、誰か。夫人をふかふかのベッドに連れて行ってさしあげろ」
西百合花壇騎士団の騎士たちに運ばれてモリエール夫人が去った。
「お気に召したでしょうか?」
「無論だ。よい出来ではないか、この騎士人形は」
「実戦で使ってみませんと真価は測りかねます」
ミューズの言葉にジョゼフは同感だったらしく、髭をいじりながら思案にふける。
「のう、エドムンド殿。ものは相談なのだが……」
「私の国の軍隊をヨルムンガンドの実戦相手として提供しろというのならば、断じて認めぬぞ」
「つれないな。では、国外逃亡した反逆者の余の姪を相手にしようと思うのだが、ガードが固い。そこで姪が要塞からでてくる隙を狙おうと思うのだ。だが、その抜け出す先があなたの国であることは間違いないのだが、貴国の領内で戦いを起こすことを認めてもらえぬだろうか」
「……さっき聞いた話では、おぬしの姪はトリステインに匿われているのではなかったか。なぜその姪を始末するのにアルビオンが選ばれるのだ? ガリアから狙われる身であるならば、アルビオンに来るとは思えぬが」
エドムンドは不審に思ってそう問いかけた。
「いや、必ずアルビオンへ行く。あれはそういう女だ」
「なぜそう言い切れる?」
「あれはおとぎ話の勇者、いや、囚われのお姫様に憧れていたやつだ。国家の暗部で働き、冷たい目つきをした今になっても、その本質は変わっておらぬ。ならば勇者に重ねた存在がアルビオンへ行くならば、意地でも同行するに決まっておるわ」
ジョゼフの説明は説明になっておらず、エドムンドの疑問は膨れる一方だったが、ジョゼフがそう確信していることは十分に伝わってきたので、ちゃんと説明する気はないのだなと思った。
「まあいい。おぬしの姪が雲の上の王国にくるのが確定しているとしてだ。おぬしの国の暗躍を認める対価を示してくれないことには、受け入れることは到底できぬ」
「こいつを一体くれてやるがどうか?」
ジョゼフはヨルムンガンドを指差してそう言い、ヨハネや他のアルビオンの客を動揺させた。
こんな凄まじい新兵器を、ためらいもなく他国にやると言うとはとても信じられないからであった。
「ゲオルグ大使を守りきれなかった非の償いを兼ねて十体だ」
しかしエドムンドは傲然とした態度で要求を釣り上げた。
さすがにこれにはジョゼフも眉をしかめた。
「欲張りすぎではないか。ゲオルグ大使には余が開発させたラグドリアン産に新ワインを十本詫びとして贈呈したのだぞ」
「毒殺に使われたワインを詫びとしてプレゼントとはどういう嫌がらせだ?」
「プレゼントしただけではないぞ! ワインの銘柄が決まってなかったゆえ、ワインの名前も”オルレアン・ゲオルグ”にしたのだ!」
「なおさら悪いわ! そのふざけぶりの謝罪も込めて十体だ!」
「このヨルムンガンド一体の製作にどれだけの国費を投じていると思っておるのだ……。二体ならなんとかしよう」
「これの実戦が済んだ後の後処理は全てこちらが行うという前提で、五体だ」
「三体。これ以上は認めん」
「……まあ、そのへんが落としどころか。よかろう」
合意に至り、エドムンドとジョゼフは互いに手を差し出して握手した。
この悪魔のような兵器がガリアからアルビオンへと渡ることが確定したのである。
この研究施設でヨルムンガンドの制作を手伝っているビダーシャルは、軽くため息をつきながら効率的なヨルムンガンドの制作方法を考えていた。
ある程度はここの研究施設にいる人間に技術知識を教えてしまえばいいが、鎧に魔法を付与するのは自分にしかできないので必然的に自分の多忙は確定しているのであった。
不意にビダーシャルは誰かに見られている気配を感じ、身をひるがえらせた。
「何者だ。ジョゼフの手の者でないのならば、出てこい。そうでなければ侵入者として排除するよう命令されているのだ」
視界には誰の姿もなかったが、ビダーシャルはだれかいると確信して声をあげる。
だが、何の返答もなく、ビダーシャルが侵入者と判断して魔法を行使する直前、資格になっていた柱の陰からメイド姿をした一人の女性が現れた。
エドムンドと同盟を組んでいるエリザベートであった。
自分たちの本拠地にいる吸血鬼たちと自然に連絡をとるべく、今回のガリア訪問についてきていたのである。
「行使手? ということは、おまえは吸血鬼か。なぜこのような場所にいる」
「私こそ聞きたいわ。どうして人を野蛮と蔑むあなたたちがこんなところにいるのかしら?」
エリザベートの問いにビダーシャルはバレているなら隠しても仕方あるまいと被っていた大きな帽子を取った。
とても整った顔立ちに、とんがった長耳。
その長耳はブリミル教の聖地を奪った、人類の点滴であるエルフの証明であった。
「やっぱり、あなたエルフだったのね。でもどうしてエルフがハルケギニアに、それもガリアの国家施設にいるのかしら? ひょっとして噂に聞く民族反逆罪でも犯して故郷を追放されたの?」
「我とジョゼフとの契約の結果だ。おまえはなぜこんなところにいるのだ?」
「なぜって、名目上は上司のあの坊や、アルビオンの王様にくっついてきたからだけど?」
「なるほど。ならばアルビオンの王はおまえの傀儡なのか」
「いえ。彼は今もれっきとした人間よ。利害が一致しているから表向き忠誠を誓ってあげてるの」
エリザベートの返答にビダーシャルは目を丸くした。
蛮人を餌にする吸血鬼と、亜人排斥の教義を信奉する蛮人たち。
そんな両者の利害が一致したということすら驚きだというのに、形の上だけといえ吸血鬼が餌でしかない蛮人の王の臣下に甘んじながら協力関係にあるというのはビダーシャルの理解の範疇を超えていた。
「そんなに驚くことかしら? 私からすればエルフとガリアが手を組んでることの方が驚きなのだけど」
「ちがいない」
鋭い指摘にビダーシャルは思わず苦笑した。
ハルケギニア最恐の妖魔と呼ばれる吸血鬼も蛮人たちにとっては脅威だろうが、六千年に渡って対立を続けてきた自分たちエルフの方が蛮人たちにとって遥かに恐怖を感じさせる存在だろう。
ましてやジョゼフの要求により、契約が守られる限りにおいて自分はジョゼフの臣下なのだ。他人の主従関係についてどうこういえる立場ではない。
「だが、吸血鬼と蛮人の利害が一致したというのは興味を覚えるな」
「あなたたちエルフとガリアとの間でどのような契約を交わしたのか、教えてくれるなら私も教えてあげるけど?」
「ふむ。だが、それは契約上できぬな。ある程度までなら教えてやれるが、それでもかまわぬか?」
「別にいいわよ」
エリザベートの返答を受け、ビダーシャルは話し出した。
「簡単な話だ。我々の国ネフテスとしては、蛮人たちとの戦争を望んでいない。だからジョゼフに
ビダーシャルは少しだけ顔をゆがめた。
「ジョゼフはそれでは足りない。エルフの部下が欲しいと言ったのだ。その要求を聞いて我は本国から適切な人材を呼ぶつもりだったのだが……、ジョゼフは面倒だから我でいいと言ってな。仕方なく我はその要求を受け入れ、ジョゼフの臣下になったわけだ」
「……噂には聞いてたけど、ガリアの王様もまともじゃないわね。嫌がってるエルフに臣下になることを要求するなんて」
あまりの無茶苦茶ぶりに、エリザベートはドン引きした表情を浮かべる。
「いや、それ以前に人間の国が連合したところであなたたちエルフにとって大した脅威になるとは思えないのだけど、なんでそこまでして人間の国同士の協力関係が結ばれるのを恐れているのかしら?」
「そのあたりが契約上話せぬ部分だ。ただ個人的な望みを語るならば蛮人とエルフが互いに争うことなく共存できるならそれに越したことはないと我は思っている」
「人間とエルフの共存ね。そのためならどれだけ人間同士が共存できなってもかまわないのね」
エリザベートの指摘に、ビダーシャルはわずかに眉をあげて不快感を示したが、すぐにそれを消した。
「いささか省略しているが、我とジョゼフの契約はそのようなものだ。今度はおまえとエドムンドとの関係を教えてくれると思っていいのだろうな?」
エリザベートは華やかだけどゾッとする笑みを浮かべた。
「とても簡単な話よ。あの坊やは同族意識なんてものかけらも持ち合わせていないのよ」
「どういう意味だ?」
「だから自分たちを襲ってくる人間より、自分たち以外の人間の血を啜る吸血鬼の方がはるかに親しみを感じるような精神構造をしているのよ。あの坊やは。私たちが坊やの敵である人間を何千人吸い殺しても、あの坊やの心は微動だにしない。あの坊やは自分の世界に存在していない人間がどうなってもかまわないのだもの」
クスクスと笑うエリザベート。
「……なるほど。そんな蛮人が相手だと利害が一致することもありえるな。だが、おまえは何を望んでアルビオンの王の下についている?」
「……」
エリザベートの顔から表情がごっそり抜け落ちた。
「望みは単純よ。生きたいのよ。生き抜きたいのよ」
「なに?」
あまりにも抽象的な返答に、ビダーシャルは首を傾げる。
「同じ精霊の力の行使手として、ひとつ忠告しておいてあげる。あの坊やを、エドムンド・オブ・ステュワートを甘く見ない方がいいわ。この国の王様も大概だけど、彼はそれ以上なのだから。すくなくとも私たちのような存在にとってはね。死にたくないのであれば、あの王様とだけは敵対しないことね。もし敵対したらあなたたちの国がどうなるかわかったものじゃないわよ」
不吉な忠告を言い残し、エリザベートは身を翻すと、柱の影の暗闇に溶けるように消えていった。
「エドムンド・オブ・ステュワート……」
ビダーシャルはその名を呟き、一抹の不安を覚えた。
>この国の王様も大概だけど、彼はそれ以上なのだから。
あくまでエリザベートの見解です。
あと筆者の力量不足により、ヨハネがガリアに同行してる主人公の側近の癖に影が薄くなってしまいました。(言い訳をするならば、ガリアのキャラがどいつもこいつも濃すぎて、活躍させる場がなかった)
これにてエドムンドのガリア訪問は終了ですw