ロサイスの街並みは前に来た時と比べて、かなり復興していた。少なくともサイトにはそう思えた。
ほんの二か月前にここから去った時は、ガリア両用艦隊の一斉放射によって吹き飛ばされた建物の瓦礫の山があちこちに散乱していて、戦争で生死不明になった軍人や離散した家族友人の行方を尋ねる張り紙があちこちに貼られ、聞き込みを行う人間で溢れていた。
だが、瓦礫は撤去されて街の再建がすでに始まっていた。また聞いた話では人探し専用の役所が新設されたらしく、人探しをしていた人はその役所の方を利用するようになったそうで、街並みも落ち着きを取り戻していた。
「まだ混乱してるって聞いてたけど、思ってたよりよくなってるな」
そうルイズに言ってみるも、ルイズは相変わらずうわの空のままであり、サイトは頬を掻く。
実家から来た手紙を読んでから、ルイズはずっとこんな調子なのである。たぶん”虚無”が使えなくなってへこんでたところへ、あの厳しそうな父親か長女、もしくはあの恐怖の権化のような母親からのきつい言葉でも書かれていた手紙を読んだからではないかと推測しているが、そろそろいつもの調子に戻ってほしいと思う。
「ぼくはこれでも荒廃してると思うんだけどね」
同行しているギーシュが肩を竦めながら呟いた。彼はガリア両用艦隊がロサイスに押し寄せてくる前に、所属していたトリステイン・ゲルマニア連合軍と一緒に撤退したので、終戦直後のロサイスの荒廃ぶりを知らないから壊れた建物を再建している様子だけで十分荒廃しているように思えるのであった。
「終戦からもうすぐ半年なんだから、悲しみに暮れて続けるわけにはいかないんでしょうね」
「同感」
キュルケの言葉に、親友のタバサが頷きながら同意の言葉を述べる。
彼らの目的地はサウスゴータ地方にあるウエストウッド村だが、ちょっと一息つこうという話になってどこかにカッフェはないかと探していたのだが、その途中ギーシュが不自然な姿勢で固まって停止した。
「ん? どうしたギーシュ?」
「ぼくの見間違いであってほしいが……、あれはなんだい?」
ギーシュが震える手で指差した広場の中心付近を見ると、
「え?」
サイトにとってそれは信じられないものだった。
もちろん、世界史の授業とかで地球でも遠い昔にそういうことをやっていた時代があるということは知っていた。
だが、ハルケギニアに召喚されてから今まで、そういうものを見たことがなかったので、ハルケギニアがそんなことが行われる世界だとは想像だにしていなかったのである。
それは吊るし首にされた貴族たちの死体だった。
「悪趣味」
普段あまり感情を見せないタバサが嫌悪感を含んだ声でそう呟く。
たしかに吊るされた死体は何度も鋭いもので貫かれた形跡があり、着ている服を血の色に染めている。死んでいる死体が全て貴族として恥ずかしくない服装をしているため、余計に痛々しさを感じさせた。
キュルケも不快気な表情を浮かべたが、そんな行動が警備の任についている者たちの不信を買った。
「お前たちは何者だ? まさかとは思うがやつらの仲間か?」
白銀の隊服を着た人間が六人近づいてきて、隊長格のメイジがギーシュに問いかけた。
「ち、ちがう。ぼくはトリステインの貴族だ! 君たちこそ何者だ!?」
「そうか、我々は現在ここの治安任務を請け負っている
君たちはトリステインからの旅行者なのかね? 念のため
ギーシュは即座に懐から旅券を取り出して、見せた。
隊長は旅券の押し印がトリステイン外交部の印ではなく、王室の印だったことにやや驚いたが、いくつか質問しても疑わしいところはなかったので旅券をギーシュに返した。
「次、君」
「えー、めんどくさいわね」
「申し訳ないが、罪人が外国人のフリをして逃げるというのはよくあることでね。旅券が偽造かどうか確認しなくてはならんのだよ」
少し誘惑すような仕草をしてみたが、隊長はニコリともせずに旅券を出すように促したので、キュルケは素直に渡した。
旅券に書かれている個人情報を見て、隊長は眉をひそめた。
「家名がツェルプストー、出身国がゲルマニアとあるが、たしかか?」
「ええ、そうよ。情熱の国ゲルマニアの人間よ私は」
「トリステインとゲルマニアは犬猿の仲ではなかったのか? 国境争いでのツェルプストーとヴァリエールの逸話はこの白の国でも有名な話なのだがな」
「ええそうね! でも私はトリステイン魔法学院の生徒だから別にいてもおかしくないんじゃない?」
「たしかに……その通りだが……」
たしかに旅券に”トリステイン魔法学院在学中”とかかれているからおかしくはないのだが、なにか釈然としない思いを感じながらも、偽造された形跡が見られないので隊長は引き下がった。
次にタバサも旅券を示したが、名前のところに”タバサ”と書かれていたので隊長はおもわず頭を抱えた。
「失礼だが、タバサというのは本名か? 犬や猫につけるような名前だが」
「ちがう」
あっさり答えられ、隊長は信じがたい顔でタバサを睨みつけた。
「偽証罪で訴えられても文句は言えんぞ」
「トリステイン王室は承知してる」
またまたとんでもないことをあっさりと教えられ、隊長は空を仰いで深呼吸すると、もう彼女に聞くのを諦めた。なんというか自分の手に負えない爆弾の匂いがしてしかたがなかったのである。
次にサイトに旅券を出すよう求めたが、吊るし上げにされている死体を見た衝撃がまだ消えていないサイトは心ここにあらずといった様子で呆然としている。
「おい! 旅券を見せろッ! まさか、持っていないのかおまえは!」
苛立ちもあらわに隊長はサイトを怒鳴りつけた。それに応じ、他の隊員たちもにわかに武器を構えだし、危険な空気が漂い始める。
「……あの人たちはどうしてあんなことされてるんですか?」
ようやくサイトが弱々しい声で漏らしたのは、そんな疑問だった。
その疑問に隊長はあっけにとられ、吊るされている死体を指差した。
「あいつらがなんで絞首刑になったか、あいつらの体の前にある板を読めばわかるだろ?」
言われてみるとたしかに死体の首から紐で木の板がぶら下げられ、木の板になにか書かれているのがサイトの目に入った。
「彼、まだ字が読めない」
タバサのフォローに隊長ははっきりと怪訝な表情を浮かべる。
「字が読めない? 貴族なのにか」
サイトはシュヴァリエ叙勲されているので、貴族のマントを身に纏っている。だが、隊長には文字も読めない無学な奴をシュヴァリエに叙すような国が存在するとはとても思えなかったのだ。
「まあいい。とにかく旅券を見せろ」
度重なる旅券の催促にサイトはおとなしく旅券を渡した、隊長はその旅券に目を通して、自分の目が間違ってないかと何度も目をこすったりしながら、旅券に書かれている名前を確認し、自分の認識が正しいことを飲み込めた。
「申し訳ありませんでしたああああああ!!」
いきなり最敬礼して敬意を示した隊長に、サイトたちも彼らの部下も驚いた。
「た、隊長。いったいどうしたんですか!?」
「どうしたもこうしたもあるか! 彼はサイト殿。先の内乱におけるトリステインの英雄殿だぞッ!」
隊長の言葉をとてもすぐには飲み込めずに呆然とした部下達。
だが、すぐに飲み込んだ後、隊長に習って彼らも最敬礼をして敬意を示す。
その様子を見て、ギーシュが「一応、隊長はぼくなんだけどな」とぼやいたが、「つまらない意地はるんじゃないの」とキュルケに頭をデコピンされた。
「聞いておりますぞ! あなたの武勇譚を! 六万から七万の敵相手のあの大立ち回りといったらもう!」
先ほどとは打って変わって、英雄に会えた喜びを満面に浮かべる隊長にサイトはやや引いた。
「えーと。なんでそんなに人気あるわけ?」
「あなたは我々
「でもおれアルビオンの軍相手にやったんだけど」
「あれは不逞な共和主義者どもの、王権に逆らう反逆者たちで構成されたならず者どもです。現アルビオンに、エドムンド陛下に仕えている我々のような人間と一緒にしないでいただきたい!」
「その時は
「「「「「「それはそれ! これはこれだ!!」」」」」」
キュルケのツッコミに対して、部隊の全員が見事に唱和してみせた。
「それで結局、あの人らはなんで……?」
話を戻そうと、サイトは吊り下げられている刑死体を指さす。
「ああ。あれですか。あいつらは共和主義者の残党ですよ。”レコン・キスタ”が崩壊した後でもしつこく危険思想を実践していたんで、諸国会議の決定に基づく法令違反で公開処刑されて屍が晒されてるわけです」
隊長の説明に、サイトはあんなふうに晒しものにされていることに納得できた。
もちろんやりすぎだと思うが、サイト自身”レコン・キスタ”に良い感情をもってはいなかったので、容認できた。
「ところでサイト殿はこのアルビオンに何の御用で? ディッガー総帥に勧誘されたと噂に聞いておりますが、もしや……」
「いや、ただの旅行」
「そうですか! 戦乱続きで減っていたとはいえ、アルビオンは観光名所として有名な地。ごゆるりとおくつろぎくださいますように!」
鉄騎隊の面々は再びサイトに向かって敬礼すると職務に戻った。
「ルイズの旅券確認していかなかったけどよかったのかしら?」
「サイトに会った衝撃で確認するの忘れてる」
タバサのどこか誇らしげにそう言うのを聞いて、キュルケは微笑みながら頷いた。
一方その頃、シティ・オブ・サウスゴータにある警邏隊の兵舎で三人の人間が向かい合っていた。
「間違いないのですか……?」
とても信じられないという表情を浮かべながら、震える声でそう問う少年はマルス・オブ・バーノンであった。
彼はエドムンドにお家再興が許され、ジェームズ王が崩御した後、サウスゴータの警邏隊の隊員に任命されていた。
そしてエドムンドの即位後に始まった反抗的貴族の粛正に熱狂的に協力した。具体的に粛正から逃れようとする者達がサウスゴータを統治している他国の代表と接触しようとするのを全力で阻止し、何十人もの元貴族を
その引き渡した元貴族の中には、マルスの顔見知りのジェームズ派の人間も少なからずおり、彼らは必死で助命を懇願したた。
もちろんマルスにとっても顔見知りを処刑台へと送り出す手伝いをするのはつらいことではあったが、王家に反逆するという最大の犯罪を犯した彼らを処罰しなければならないという使命感の方が強かったのであった。
やがてその使命感の巨大さに顔見知りへの同情は押しつぶされてしまい、犯罪者の懇願にはまったく耳をかさずに、冷酷に犯罪者たちを死刑執行人へと引き渡していったのだった。
そうして現国王への忠誠心の高さを示したマルスはその実績も高く評価され、ニューカッスルまでジェームズ王を崇拝している一派と行動を共にしていたにも関わらず、警邏隊長に抜擢されたのだ。
「ああ、間違いない。こいつはエドムンド様直々の勅命だ。ここの警邏隊は俺の指揮下に入り、この秘密任務を遂行せよとな。反逆者や共和主義者の粛正の際にお前が見せた活躍を今回も期待させてもらうぜ」
隊舎にいたもう一人の人物、デュライ百人長は面白げな声音で肯定した。
マルスはその意味を慎重に咀嚼しながらも、胸中は歓喜に震えた。
国王陛下の勅命! 素晴らしい! しかも秘密任務!
秘密任務を任せてくださるということは、国王陛下は自分の忠誠心をそれだけ高く評価してくれているということ!
臣下として身に余る栄誉を賜った高揚感に支配されたマルスはなんとしても達成させねばならないと意気込んだ。
「でもいいんですか? 議会どころか各国の代表団の頭越しにあたしたちが行動してしまって」
マルスの高揚感に水を差したのは白いフード付きのコートを着た女性だった。
名をアルニカといい、まだ少女と言っていい年頃で、とても警邏隊には不似合いな存在に思えるが、槍の達人であったため特別に入隊が許可された。
世話焼きでなにかと面倒を見てくれたので、マルスはその恩に報いるべく彼女を副隊長にしていた。つまりこの警邏隊の指揮官は外見年齢が平均十代という恐るべき警邏隊となっているのである。
そんなアルニカの疑問はただしいといえた。諸国会議で結ばれた条約により、このサウスゴータ地方は四か国の代表の監督の下、議会によって統治されることになっているのだ。それを完全に無視してよいのかという疑問は当然だった。
それに対し、デュライは邪悪な笑みを浮かべた。
「なんのための秘密任務だと思っているんだ。表沙汰になれば面倒だからに決まっているだろうが。つまり対象を”夜と霧”の中へ! というわけさ。誰の目にも映らねぇようにな」
「夜と霧?」
作戦実行時は日中のはずだし、今は霧がでるような季節でもないのにと思いながら、アルニカは首を傾げた。
その様子を見てデュライは軽く舌打ちした。
「ああ、そういや、ここで故郷の言い回しなんざ通じるわけねぇわな」
そのことに気づいて恥ずかしさを誤魔化すためか、髪の毛を掻きまわすデュライ。
彼の故郷。あの国で父親達が抱いていた理想のために戦っていた頃の戦友たちならば、今の詩劇的言葉の暗喩に気づいて笑みをこぼしたというのにと理不尽な怒りも沸き上がる。
落ち着くために持っていた葉巻たばこを口にくわえて一服する。
「とにかく勅命だ。確実に任務を遂行しねぇとな」
今度の言葉はちゃんと伝わった。マルスは「そうだ。その通り!」と叫びながら激しいテンポで何度も頷き、アルニカも唇を釣り上げて攻撃的な笑みを浮かべる。
「我らの王家への忠義を示す好機ッ! 逃がす手はないぞ!」
理性が蒸発したのではないかと思えるほど熱狂してるマルスを、アルニカは冷ややかな目で見た。
(そういや、ギーシュ、キュルケ、タバサ登場初めてだったりするのか?)
さーて、エドムンドの妥協なき中央集権化の結果、なかなか凄まじい国家に変貌を遂げているアルビオン! 滅ぼした貴族の資産をばらまいてるので国民からの人気はあるぜ! 貴族の心は恐怖で固まってるけどなぁ!