風の復讐譚[更新停止]   作:kuraisu

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第6話

神聖アルビオン共和国成立宣言が成された日、エクトル卿はクロムウェルに晩餐に誘われてハヴィランド宮殿の一室で夕食を共にしていた。

 

「此度の革命の成就は君の働きによるところが大きい。」

 

クロムウェルはニコニコしながら、フォークとナイフで高級なステーキを切り分けて口に運ぶ。

 

司教のままならこんな高級なものは一生口にすることはなかったであろう。

 

「私ごときに礼など不要です。

全ては神の加護を受け、”虚無”の担い手として選ばれた閣下の威光があったればこそ。

神の祝福を受け、閣下が正義を成さんと立たねば憎きテューダー朝を滅ぼすことはできなかったでしょう」

 

別にクロムウェルがいなくても復讐は成し遂げる気だったが。

 

まぁ、この男が踊ってくれたおかげで予定を数年前倒しできたことは感謝してもしたりないが。

 

そんな内心をエクトル卿は全く表に出さず、クロムウェルを煽てるようなことを言う。

 

「そうだな。これからも余とともに始祖の理想を叶える為、協力してほしい。

君に護国卿の地位を与えたのも、余の気持ちの表れであることを分かってほしい」

 

「願ってもいないお言葉です」

 

軽く頭をさげるエクトル卿にクロムウェルは満足気な顔を浮かべる。

 

そしてエクトル卿はグラスのワインを飲むと、躊躇いがちに問うた。

 

「失礼ながら閣下が我らの復讐の旗頭になるなど4年前には予想だにしませんでした。2年前に再会した際は、閣下のご助力を得られるに、またこれまでの2年間は閣下の信頼を得て、期待に応えようと必死で今まで質問する機会に恵まれませんでした。いったい閣下は如何にして神と始祖の恩寵を受けることとなったのでしょうか?」

 

「なに単純なことだ。神前において神にジェームズ王の罪を訴え続けたのだ。

2年に渡る訴えはついに天上の神と始祖に届き、余に力と使命を授けてくださった」

 

自己陶酔の色が見え隠れするうっとりとした表情でクロムウェルは語る。

 

「そして始祖は余に仰せになられた。

”我は我の末裔に過大な期待をしすぎていたようだ。怠惰で無能なばかりか、聖地奪還の悲願を忘れて、有能な身内すら処刑する有様だ。ゆえに王家は廃し、有能な貴族による共和制をもって聖地を奪還せよ。そのための力を我はおぬしに託そう”

こうして”虚無”を授かり、神の御力により王家を打倒した以上、聖地奪還は必ずなさねばならんのだ。

何せ我らは神と始祖の祝福を受けし聖なる軍隊を率いておるのだ。革命戦争の最中にどのような強敵とあいまみえようと必ず我らは勝利し、ハルケギニアを統一し、異教徒(エルフ)から始祖の降臨せし聖地を取り戻すのだ!」

 

よく見ればクロムウェルの頬は紅潮している。

 

完全に自分の言に酔っているのだろう。

 

「なるほど。ならば何に引き換えても達成せねばなりませぬな。それで閣下。

私直属の鉄騎隊(アイアンサイド)の指揮系統はいったいどうなるのでしょうか?

全軍を指揮してもらいたいとホーキンス将軍に言っておられましたが」

 

自分の演説に対してまったく高揚したところを見せずに実務的な話をふってきたエクトル卿にクロムウェルは一瞬眉を顰めたものの、すぐさま笑顔を浮かべて答える。

 

「あ、ああ。余の親衛隊と同じような扱いになる。

全軍をホーキンス将軍に任せたと言っても、役職が上の人物が隊長を務める隊の統率を任せたらかえって混乱しかねんからな」

 

この言葉にエクトル卿は内心安堵した。

 

自身が4年の歳月をかけて築き上げた信頼の置ける精鋭達の指揮権をろくに知らない男に譲るなど考えただけで腹立たしかったからだ。

 

「それでエクトル卿。今夜晩餐を共にしたいと思ったのは今後の戦略について君の意見を聞きたいからだ」

 

「……戦略構想を定めるのは貴族議会の役割では?」

 

「冗談が上手いな君は。護国卿というのは余の最も信頼を置く片腕であるということだ。

確かに貴族議会に議席を持っていないが、相談役(オブザーバー)の権利を持たせているつもりだ」

 

そんな中途半端な権利は欲しくない。

 

咄嗟にそんな思いが浮かんだが、努めて表情には出さずに頷く。

 

「なるほど相談役ですか。では、お聞きしましょうか」

 

「うむ。そうだな。まずは……と、ワインがきれておるな」

 

クロムウェルは自分の手に持ったボトルの中身が空になっていることに気付いた。

 

「誰かおらぬか?ワインボトルを持ってきてくれ」

 

すると奥の扉から一人の凛々しい青年がワインボトルを持ってやってきた。

 

その青年の姿にエクトル卿は思わず目を細める。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう。ウェールズ君」

 

そう言ってクロムウェルは亡国の皇太子にほほ笑み、ワインボトルを受け取った。

 

そしてグラスをワインで満たしたクロムウェルはようやく、エクトル卿がウェールズを見て固まっているのに気付いた。

 

「そう言えば、君には言ってなかったか。

ウェールズ君は余の”虚無”で己の過ちに気づき、余の友人として親衛隊に入ってくれた」

 

「失礼ながら閣下、こちらの人は?」

 

「ああ、余が信頼を置く護国卿のエクトル卿だ」

 

「そうですか。初めまして」

 

ウェールズが差し出してきた手を、エクトル卿は思わず払いのけた。

 

そして困惑した顔を浮かべるウェールズにクロムウェルは笑いかける。

 

「ウェールズ君。君は彼と初対面ではないだろう」

 

「……」

 

なおも困惑しているウェールズに対し、エクトル卿は仮面を外した。

 

するとウェールズの表情がぐしゃりと悲しみに歪んだ。

 

「なるほど、済まなかった。君達に対してテューダー家がしたことは決して許されないことだ。にもかかわらず君に対して先程のような言い口。無礼にも程がある。王族の一員である僕がこのていたらく。我がテューダー家から民心が離れるのも道理だ」

 

エクトル卿の抱える冷たい憎悪の炎は、元凶の一族が慰めや謝罪の言葉をかけた程度でおさまるようなものでは決してない。

 

いや、加害者側の謝罪や哀れみほど彼の憎悪を煽るものはないであろう。

 

しかし、この謝罪がクロムウェルに操られての茶番劇だと思うと、ウェールズへの哀れみの感情の方が勝った。

 

エクトル卿は仮面を付け直して、冷たい声で呟く。

 

「あれはお前の父ジェームズが主導したことだ。

あの男の息子だからと言って、そこまで憎もうとは思わん」

 

「……そう言ってくれると、ありがたい」

 

「だが、その面を見ているとどうにも不快になる。二度と俺の視界内に入るな」

 

「……」

 

ウェールズは真顔になっているクロムウェルを見た。

 

クロムウェルは手を払って、ウェールズに退室するよう促した。

 

「君があの程度で許すとは意外だね」

 

「殴りあうような展開をお望みだったのですか?」

 

「そういうわけではないが、……いざという時の為に水メイジを数名用意していた」

 

余計な心配であったなとクロムウェルは再び笑みを浮かべて呟いた。

 

「ところで閣下、ウェールズの生存を公表しないのですか?

ウェールズが神聖アルビオン共和国の正当性を主張すれば、風向きが変わると思いますが」

 

”レコン・キスタ”はアルビオン王家から国の支配者たる権利と権力を暴力によって不当に簒奪したとして、諸国から批難を受けている。

 

もしアルビオン王家のウェールズが”レコン・キスタ”支持を表明すれば、王家から諸々の権利を譲られたという形で正当性を主張することができるだろうになぜしないのか、とエクトル卿は言っているわけだ。

 

「ああ、さっきの戦略構想に失敗した時のために今は隠しておこうと思ってな」

 

クロムウェルがグラスの中のワインを飲み干す。

 

「話を戻すが、まずはガリア・トリステイン・ゲルマニア三カ国に対して不可侵条約を打診しようと思う」

 

「……無能な王家との共存を許せば”レコン・キスタ”の理念そのものを否定することに繋がりますぞ」

 

更に”共和制によるハルケギニア統一”も偽りであることを内外に知らしめることになりかねない。

 

「無論、裏があってのことだ。外交の基本はパンと杖だ。

ガリアはともかく、トリステイン・ゲルマニアは我らが侵略戦争を仕掛けてくることを恐れている。

故に杖を遠ざけ、温かいパンを彼らの前に放り投げるのだ。

仮に彼らが我らの策謀を警戒したとしても、彼らとしては食わざるを得ない。

そのパンが釣り針入りであることを知らずにな」

 

「一見平等そうな不可侵条約案を送り、その穴をつくのですか?」

 

釣り針入りのパンという表現で思いついた方法をエクトル卿は述べた。

 

しかしクロムウェルは首を横に振る。

 

「違う。彼らに条約を破らせる。そして”自衛”の大義名分を持ってトリステインに攻め込む」

 

そしてクロムウェルが無駄に大仰な口ぶりで、戦略構想を聞かせた。

 

その説明を聞いたエクトル卿は感銘を受けたような態度で賛成を表明する。

 

「反対の余地がない完璧な作戦です。貴族議会のお歴々の深慮遠謀には感服致します」

 

クロムウェルの語った案は神聖アルビオン共和国の国際的信用を築こうとするどころか、底をぶち抜けて崩壊させる暴挙であった。

 

しかしエクトル卿が抱える計画的に見れば、この作戦は失敗して良し、成功すればおまけがついてきてなお良し、と言ったところであり、貴族議会が自ら墓穴をわざわざ掘ってくれたのだから最高のタイミングで墓穴に落として、埋めてやろうと思った。

 

「ところで各国への使者には誰を検討しておられるのです?」

 

「その人事に関してはジョンストン君に任せようと思うが……」

 

「では、私をガリアへの使者としてお選びください」

 

エクトル卿の進言に、クロムウェルはやや驚いた顔をした。

 

「君が?余の最も信頼する護国卿が使者としてガリアに赴くと?

君は余に次ぐ重要人物ではないか。そう簡単に他国を訪問などできん」

 

「で、あればこそです。

それだけ我らアルビオンが偏狭なトリステインや野蛮なゲルマニアに比べてガリアを高く評価しているということを示すことになります。そうなればガリアも態度を軟化し、交渉をスムーズに進めることができましょう。

今の段階で、歴史と伝統ある強国ガリアと敵対したくはありませんからな」

 

エクトル卿の説明にクロムウェルは顔を伏せて、考え込んだ。

 

いや、考え込むというよりはなにか迷っているような気配を漂わせている。

 

暫くして、

 

「……なるほど。一考の余地があるようだ。

君の提案、貴族議会で審議にかけるとしよう」

 

何時になく言いづらそうな口調でクロムウェルは答えた。

 

「そうですか。では、夕食も食べ終わったので、この辺で……」

 

「あ、ああ!話に集中しすぎていて、夕食を食べ終わっているのに気づかなかった。

それで、これからこの宮殿で寝泊まりする気はないかねエクトル卿?

今や君は護国卿の職につく者だ。ならば、懐かしの宮殿暮らしも簡単にできるぞ!」

 

「非常に魅力的な提案ですが、本日はヨーク伯と約束しているのでこれで」

 

「ほう!法務卿にいったい何の用があるのかね?」

 

クロムウェルは興味津々といった顔で問いかける。

 

「ヨーク伯に現在アルビオンで施行されている法をお教え頂こうと思いまして。

4年前とは違い、君主制から共和制に移行したのですからなにかと勝手が違うでしょうし」

 

「ほう!勉強熱心で感心だ!君を護国卿に選んだ余の眼に間違いはなかったようだ!

是非ヨーク伯に教わった知識をもとに余の国政の補佐してほしい!

それとヨーク伯にダイエットする気はないかと余が言っていたと伝えておいてくれ!」

 

クロムウェルは絶対の信頼を感じさせる顔をしながら言った。

 

「わかりました。伯に言うだけ言っておきますが、望み薄ですよ」

 

苦笑しながらエクトル卿は、ヨーク伯の容姿を脳裏に浮かべてそう言った。




貴族議会:神聖アルビオン共和国最高意思決定機関。
     特に有能な貴族とクロムウェルが認めた者のみ議席がある。
     レコン・キスタ発足時からあまりメンバーが変わってない。
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