ウエストウッド村のティファニアの家で、サイトたちは”土くれ”のフーケと奇妙な再会を果たしていた。
”土くれ”のフーケはサイトがハルケギニアに召喚されて一月ほどした頃に、トリステイン魔法学校の秘宝”破壊の杖”(と、オスマン学院長が名付けた対戦車用ロケットランチャー)を巡る騒動でサイトたちに倒され、チェルノボークの監獄に入れられた。
しかし”レコン・キスタ”に内通していたワルド子爵の手引きよって脱獄し、その後は”レコン・キスタ”の刺客としてサイトたちと何度か戦った、因縁ある相手である。
そんな因縁ある相手とどうして円卓の机で向かい合っているかというと、話に聞いていたティファニアを援助してくれている親戚というのが、フーケのことであったらしい。
サイトとしてはウェールズ皇子暗殺に関わっていたフーケに対して、内心穏やかではない感情を持っているのだが、自分の命を救ってくれた恩人であるティファニアが「マチルダ姉さん」と呼んでフーケを慕って前でそれを表面に出せるほど、サイトは子供ではなかった。
だが、敵意までは隠しきれないので、緊張感漂う互いの近況の話し合いが終わったあと、フーケがサイトたちがこの村に来た目的を聞いてきた。そしてサイトはティファニアたちをトリステインで迎えたいことを告げた。
ティファニアは喜んだが、すぐに気まずそうにフーケの方を見た。サイトは今までティファニアのことを守ってきたフーケが、トリステインに行くことを認めるとは思えず、口論になったら剣を抜く覚悟もあったのだが、フーケはあっさりと認めてしまった。
「仕事がなくなって、もう仕送りできないのさ。それにね。ちょっと勘違いしてこの村の警備兵を気絶させちゃったから、たぶんもうアルビオンでもお尋ね者になるのは避けられないだろうしねぇ」
フーケがウエストウッド村に帰省すると、村に
叩きのめした後にティファニアに
自分と一緒についてこさせる選択肢は最初からなかった。相棒のワルドの聖地への執着心につきあわされているせいで聖地や始祖の伝説にまつわる知識が増えたフーケには、ティファニアが抱えている爆弾が出生以外にもあることに気づいていた。もしティファニアをついてこさせたらワルドとティファニアを巡って争うことになりかねない。
そういった現実的な理由もあるが、フーケ個人の感情として、ティファニアにはまっすぐなまま育って欲しいという思いがあったので、後ろぐらいことが大量にある裏の世界で生きる自分のような人間になってほしくはなかったのであった。
いろいろな案が浮かんではくるのだが、どれも問題を感じずにはいられないものばかりで途方に暮れ始めていたところへ、サイトたちの来訪であり、事情を知っているトリステイン王家が面倒みてくれるというのだから、任せることにしたのである。
フーケはティファニアと抱き合い、夜まで話し合ってティファニアが寝ると、夜中のうちにウエストウッド村を後にしようとした。しかしサイトに見咎められたのである。
「ティファニアに挨拶していかないのか?」
「しめっぽいのは苦手なんだよ」
フーケは苦笑しながら、そう言った。
「一応礼を言っておくよ。あんたらが来なかったら、いちかばちかでロンディニウムに乗り込んで王様の庇護を願おうと思ってたんだけどね」
サイトは疑問に思った。エルフがどれだけハルケギニアで恐れられているか、知っているつもりだ。なのにアルビオンの王様がエルフを助けたりしてくれるんだろうか。
そんな思いが顔に出ていたのか、フーケは呆れたようにため息をついた。
「今のアルビオンの王様はテファの異母兄なんだよ」
「ティファニアの兄ちゃんがいるなら、おれらよりそっちを頼った方がいいんじゃないか?」
フーケにとって敵だった自分に預けるより、ティファニアの親戚に預けた方がいいに決まっているだろうにとサイトが首を傾げる。
それにフーケはもっと深いため息を吐いた。目の前の英雄様はアルビオンの事情と言うものをまったく御存知ないらしいとようやく気付いたのだった。
「あのね。テファの父のモード大公がエルフの女性を妾にしていたから、あたしらみたいにモード派だった貴族派先代王のジェームズに貴族の称号を剥奪されて粛正されたんだよ? 当然大公の息子であるエドムンド陛下だって五年前はあたしと同じ、いや、それ以上に悲惨な目にあってるはずさ。そんな経験のあるエドムンド陛下に自分の父が粛正される原因になったハーフエルフの娘を匿ってくれるか怪しいもんだよ」
「で、でも、ティファニアはそんな悪い奴じゃない!」
「そりゃそうさ。あの子はなんにも悪くないさ。でも、ジェームズが粛正を決意したのは間違いなくテファとその母親が原因だからね。エドムンド陛下は信頼できるけど、自分達が粛正される理由になったテファを前にして冷静でいてくれるかとなると自信はないよ」
正直、事情を話した直後に杖剣を抜き放って、ティファニアを殺そうとする可能性がとても高いのだ。しかしフーケにとっては表の伝手で頼れる相手がエドムンドしかいなかったから、非常に苦悩することになったのである。
「とにかくあたしはもう行くよ。アンタもたまには、故郷に帰るんだね。親に顔を見せてやりな。私みたいに帰る場所がなくなってしまう前にね」
それだけ言い残すとフーケは夜の暗闇の中へ消えていった。
それからルイズとサイトの間で”使い魔のルーン”に関する言い争いが発生し、その結果としてサイトのルーンによる形成されていた偽りの記憶が”虚無”によって消し飛ばされた。
そして使い魔でなくなったサイトと、彼の面倒を見ようとしていたタバサの2人だけウエストウッド村に残して、ルイズたちはロサイスへと向かった。
しかしその道中でミョズニトニルンが操るヨルムンガンドの襲撃を受け、使い魔の契約抜きでもルイズに惚れぬいていたサイトは剣を抱えてタバサと一緒に助太刀に戻り、協力してヨルムンガントを撃破した。
そしてサイトたちが強敵を倒して気が緩み始めた頃、そこから数リーグしか離れていない地点には約百前後のアルビオンの混成部隊が待ち望んだ合図をようやく受け取った。
『頭脳より報告。毒蛇のテストは終わった。協定通りあとは任せる』
デュライは持っている人形型マジックアイテムから聞こえてくるミョズニトニルンの声に、獰猛な笑みを浮かべた。
「念押しするが、この後、あいつらがどうなってもガリアは口を挟まねぇんだろうな」
『ああ。そういう取り決めよ』
「それを聞いて安心したぜ。ガリアの元大公姫だがなんだか知らねぇが、自由に動ける相手に手加減できるほど俺は器用じゃねぇんでな」
口の端を吊り上げたデュライは、持っていた人形を落として踏みつぶした。
遠隔会話できるマジックアイテムは、ハルケギニアはではかなり貴重なものであったのだが、あの人形は1対1で使用できるタイプの物であったので景気づけに踏みつぶしたのである。
もったいないという意見もあるかもしれないが、費用はガリア持ちだ。躊躇う必要はない。
ブレスレッドに「デュライだ。今から任務を開始する」と告げると、ここまで乗ってきた馬にまた借り、号令を出した。
「さぁて諸君、仕事だ。この先にいる蒼髪の小娘を掻っ攫う。邪魔する奴には容赦するな」
その命令は単調であったが、どこか他を圧する威風があった。
しかし、その命令を出してすぐに一部の部隊がすぐに土煙をあげて進んでいくのを見て、デュライは疲れたような声で
「バーノンのガキめ、先走りすぎだ。まあ、アルニカがいるから大事にはならねぇとは思うが……」
と、誰にも聞こえないくらい小さく呟く。
そして隊列を整えつつ、マルスの警邏隊を追うようデュライは命令した。
ヨルムンガンドを倒して、ロサイスへと向かっていたサイトたちは、シティ・オブ・サウスゴーダ方面から五十前後の部隊が近づいてきていると気づくまでにそう長い時間はかからなかった。
後ろから激しい騎馬の群れの足音が響いてくるのだから、当然だった。
「こ、こんどはなんだ?」
さっきのヨルムンガンド戦でまったくいいところがなかったギーシュは、不安もあらわに呟く。
他のみんなもだいたい思っていることは同じようで、近づいてくる部隊を警戒する。
「われわれはアルビオン王国所属、サウスゴータ地方警邏隊である! そちらは何者か!?」
そう声を張り上げるのはサイトたちとさして変わらぬ年頃の少年であった。
しかし明確な所属を告げられたため、ギーシュは思わず安心した表情を浮かべた。
「ぼくらはトリステインからの旅行者さ。これからロサイスに行って帰るところだよ」
ギーシュの説明に、馬上の少年は深く頷いた。
「そうか、私はこの警邏隊の隊長を務めるマルス・オブ・バーノンだ。現在国王陛下の勅命を遂行すべく行動しているのだが、君たちの協力を要請したい」
「協力ってなにかしら?」
国王陛下の勅命。その単語に不吉な予感を覚えたキュルケが笑みを浮かべながら問いかける。
「なに。そこの蒼髪の少女を引き渡してもらいたい」
「なんですって?!」
ルイズが血相を変えて叫んだ。それにマルスはややひるんだが、すぐに体面を整えて言い返した。
「なぜトリステインの旅行者と一緒にいるのかはわからないが、そこの少女はガリアで罪を犯した犯罪者だ。ガリアの外交部から”アルビオンに潜入しているので発見した場合は貴国の政府の裁量で処分されたし”と通達を受け、陛下はその犯罪者を拘束するよう我々にお命じになった。だからその少女を引き渡してほしい」
タバサは奥歯を噛みしめた。自分が誘拐されてもなんのアクションも起こさなかったガリア王政府を無意識のうちに舐めていたかもしれない。
考えてみれば今のアルビオン王国はガリアの支援を受けて復興した国だ。ガリアで暴れた犯罪者が自国内にいるなどと聞かされたら、アルビオン王政府は信義にかけて自分を捕まえようとするはずだ。
そしてそれに自分たちは抵抗することはできない。もし抵抗してしまえばガリアだけでなく、アルビオンもトリステインと対立することになりかねない。
だからタバサはおとなしく従おうかと考え始めたのだが、その前にサイトが剣を構えて前に出た。
「おい。タバサは犯罪者じゃねぇよ」
「なに? では、お前は陛下が間違っているとでもいうのか?!」
怒りで顔を紅潮させてマルスは怒鳴った。
「間違ってることに間違ってるって言ってなにがいけねーんだよ」
「王家は常に正しい! ましてやその当主であらせられる国王陛下の見解を否定するは犯罪である! つまりおまえたちは全員犯罪者だ! 総員、犯罪者どもをとらえよ! 国王陛下に仇なす不届き者だ、容赦はするな!」
無茶苦茶なマルスのわめきっぷりに警邏隊はやや困惑したが、フードを深くかぶった副隊長がかすかに頷いたのを確認すると、隊長の命令に従って突撃してきた。
ヨルムンガンドとの戦いの後でサイトたちは疲弊していたが、サイトたちの一行は伝説の”虚無”一名、同じく伝説の”左手”一名、スクウェアメイジ一名、トライアングル一名、ドット一名、韻竜一匹となかなか強力なパーティであり、ほとんどが平民の警邏隊など本来であれば大した脅威ではなかった。
しかし今は戦い慣れていないティファニアや無力なウエストウッドの子どもたちを守らねばならず、必然的に防戦を強いられて苦戦した。
「ギーシュ、あんたが子どもたちを連れて先に行きなさい! このままじゃジリ貧だわ」
「そうだね!」
ギーシュは魔法で作り出した数体のワルキューレで子どもたちを守りつつ、戦場から離れるよう距離を取る。
今までの常識外れの力が飛び交う戦場では、自分のワルキューレはなんかやられ役になっているような感じがしてギーシュは不満を抱いていたのだが、敵の攻撃から弱き者を守るという立派な活躍ができて、ギーシュはワルキューレの操作に苦慮しながら内心喜びを感じていた。
「させない!」
それを相手が黙って見過ごしてくれるはずがなかった。特に警邏隊が拮抗している理由が相手に守るべき相手がいると明確に理解していた副隊長はそれの戦場離脱など許すものかと近場の味方と一緒にワルキューレに向かって突撃する。
しかしその突撃は横腹からの”氷の雨”で騎乗していた馬が殺され、副隊長たちは勢いのまま地面に投げ出された。その衝撃でかぶっていたフードがとれた副隊長アルニカの顔を見て、周りにテキパキと指示を出していた人物が、とても戦いに慣れていなさそうな妙齢の女性だったことにタバサはやや驚いたのだが、表情を変えることなく、倒れたアルニカに近づいて杖を向ける。
「なんの真似かしら?」
気丈にアルニカはタバサを睨みつけるとそう言った。
「停戦するよう命令して」
「……そんな権限、副隊長のあたしにはないよ」
「でも」
タバサは北花壇騎士時代の冷たさをにじませた。
「さっき警邏隊が突撃する前に、それとなくあなたの挙動に皆注目してた。それに隊長のバーノンがひたすら突撃しかしていないところを見ると、警邏隊の指揮は実質あなたがとっていると推測した。だからあなたが停戦を命令したら半分以上は従うはず」
アルニカは図星をつかれて悔しがっている演技をしながら、地面に転がっている槍を掴もうと手を伸ばした。
しかしそれを見抜かれてタバサが放った氷の槍が伸ばした手の爪先に刺さった。
「次は外さない」
絶対零度の声でタバサは言ったが、アルニカは睨み返してしばらく沈黙していたが、唐突に笑みを浮かべたのでタバサは困惑した。
「あたしにかかりきりでいいの? 友だちが大変なことになっているけど?」
そう言われてタバサは思わず振り返った。すると敵の数が増えていることに気づいてかすかに動揺した。
その動揺をついて、アルニカは女性のものとはとても思えない力で槍をふるってタバサの杖を叩き落し、槍先をタバサの首元に突きつけた。
「形成逆転……だね」
槍先を突きつけられたタバサは、想像だにしなかった相手の底力に驚きつつも、それを表面に出すことはせず平然としていた。
その平然ぶりにアルニカはまだなにか勝算を持っているのかと疑い、タバサに隙を与えまいと睨みつけた。
だが、それが悪い方向へ働いた。
「お姉ぇさまになにするのねー!」
主人の危険に気づいたシェフィールドのブレスが、アルニカの体を吹き飛ばした。
アルニカは街道の脇に生えている木に激突し、激痛に呻きながら森の暗がりに消えた。
「あれ? へんなのね」
シェフィールドが不思議そうに首を傾げる。韻竜の感覚が微妙な違和感を感じ取ったのだ。
「気のせいかもしれないけど、あの白いの。精霊を操っていたようにみえたのね」
それを聞いて、タバサはハッとした。
人間の姿、精霊の使い手、そして女性のものとは思えない力。
そんな特徴を持った相手とタバサはとある村で交戦したことがあった。
相手が白いフードを深くかぶっていたのは、女性でいることを隠すためのものかと思っていたが、もしかしたらまったく別の意味があったのかもしれない。
「どっちにしても、今は関係ない」
タバサは思考を打ち切った。今は戦闘中であり、仲間を助けることの方が先だと思ったのである。
しかしそう思った瞬間に、大声が響いた。
「抵抗をやめろッ! さもなくば今度はこの小僧の頭を吹っ飛ばしてやるぞ!」
その声が聞こえる方を見て、タバサは愕然とした。
サイトが血を流して地面に横たわり、やや白みがかった金髪の蒼銀の騎士がその頭に黒光りする拳銃を突きつけていたからであった。