廃墟で一夜明かした騎馬と護送馬車の一団は、再びロンディニウムへ向かって進んでいた。
その中のひとつの囚人護送用の馬車には、傷を治したが未だに意識が回復しないティファニアが馬車の腰掛に寝転がせており、その面倒をみているアルニカと意識を取り戻したら彼女を監視するデュライが同乗している。
それ以外のアルビオン側の人間はいない。意識が回復するかもしれないエルフと同乗したがる者がほとんどおらず、乗ってもいいというのは指揮官クラスばかりだったので監視要員は彼だけだったのだが、デュライはエルフとはいえ小娘一人にあそこまで狼狽した大多数の味方に不甲斐なさを感じずにはいられなかった。
だが、ロンディニウムまではまだ時間がある。なのでさっきから睨みつけてくる二人の少年少女に向き直って暇つぶしに尋問してみることにした。
「数ヶ月ぶりだな。しっかし、どうしてお前らは俺の仕事の案件に絡んでくるんだ」
どこか呆れたようにそう言われて、サイトとルイズはキッと睨みつけた。彼らはティファニアが傷だらけにされているのを見て激しく怒り、しつこく同じ馬車に乗ると要求してきたので、辟易したデュライが認めたのである。
「別に絡みたくて絡んでるわけじゃねぇ」
「前回はともかく、今回は確信犯じゃねぇか。ガリアの犯罪者と行動を一緒にしてるなんて、どういう了見だ? それともあのタバサとかいう小娘はトリステイン王家の押印付き旅券を持ってたから実はトリステインの暗部の一員とかなんかで、合同任務中だったりするわけか?」
この問いにルイズは内心驚いた。てっきりデュライはタバサが、ジョゼフに暗殺されたオルレアン公の忘れ形見であるシャルロット姫であるということを知っていると思っていたのである。
その予想に反して、デュライはそんなことはまったく知らない。彼が受けた命令はガリアから逃亡してきた犯罪者が国内に潜伏しているので、ガリアの工作員が犯罪者の始末に失敗したら、その犯罪者及びその協力者と疑わしき者をまとめて逮捕してロンディニウムまで連行してこいというものでしかない。
ガリアと秘密裏に協定を結び、ガリアが排除しようとしている犯罪者をアルビオンは生かして捕らえようととしていることから、タバサにはそうするだけの価値があるのだろうということくらいは察していたが、そこまでで、タバサの素性までは察していなかった。
「あいつはそんなんじゃねぇよ」
「あいつの身のこなし方は暗部の人間のそれによく似ているからそうじゃねぇかとあたりをつけたが違うのか。 ただガリアから犯罪者認定されている奴を捕まえるのに、わざわざ俺たちを駆り出してまで内密に捕まえようと上の方々が思っていて、しかもそいつがトリステイン王室の押印付き旅券を持っているときた。どう考えてもただ者じゃねぇのは間違いないな」
「タバサは悪い奴じゃないぞ」
「悪い奴かどうかなんてどうでもいいんだよ。要点は俺たちにとって、敵かどうかなのだ。そしてどんな素晴らしい善人だろうが、俺たちの敵ならば撃ち殺すべき対象に過ぎん」
「ずいぶんな物言いね。善人でも敵なら撃ち殺すなんて、ゲルマニアより野蛮だわ」
ルイズの怒りの言葉を、デュライは小馬鹿して笑い飛ばした。
「ゲルマニアより野蛮ときたか。仮にそうだとして、このハルケギニアではエルフはそれ以上に野蛮で邪悪な種族とされているそうだから、そんなエルフと一緒に行動しているどこぞの水の国の一行よりかは、紳士的だと思うんだがな」
デュライの辛辣な皮肉にルイズは歯噛みした。たしかにハルケギニアの一般的な認識からすると、エルフは始祖が降臨せし聖地を不当に占領している野蛮な種族であったし、それを否定することはまっとうな信仰心があるブリミル教徒には到底不可能なことであった。
しかし現代日本人たるサイトにはそんなことに頓着しない。会ったことがある純正のエルフがアーハンブラで戦ったビダーシャルしかいないので、傲慢かもしれないけど野蛮ではないだろうと思っていたのである。
「ティファニアと一緒にいてなんで野蛮扱いされなきゃいけないんだ? おまえだってウエストウッドじゃティファニアと普通に接してたじゃねぇか」
「たしかに。だが、常識をわきまえない奴は異端視されるものだ。そしてエルフが野蛮というのはハルケギニアの常識だ」
「ってことはおまえはティファニアを悪い奴とは思っていないなんだな?」
「もしエルフってだけで危険と判断してるなら、あの場で治療するよう命令すると思うのか?」
肩をすくめるデュライにサイトは安堵のため息をついた。とりあえずデュライのところにいる間はティファニアは大丈夫ということだろう。
「ロンディニウムでもオレたちの監視はおまえがするのか?」
「さぁな? 俺の任務はガリアの犯罪者の連行だったからな。ロンディニウムで引き継ぎをしたら別の任務が与えられるのかもしれんし、そのままこの一件が終わるまでお前らの監視を続けることになるのかもしれん」
「もし引き継ぐならだれに?」
その問いにデュライは腕を交差して組んだ。
「そうだなぁ。かなり機密度の高い秘密任務だったからな。我らが総帥閣下や太っちょ宰相閣下がお前らの身柄を預かることになるか。いや、エルフなんてとんでもない要素まで絡んできたから陛下自ら処理なさるのかもしれん」
デュライはアルビオンの重鎮クラス以外がこの一件を処理できないものであることを察していた。ガリアの犯罪者を秘密裏に捕らえよという命令の時点できな臭い匂いがしていたのに、追加でトリステインの近衛隊長ギーシュと副隊長である英雄サイト、”虚無”の担い手であり女王直属の女官である名門ヴァリエール家の令嬢にガルマニアの武門ツェルプストー家の令嬢、トドメとばかりにエルフという爆弾まで捕らえてしまったのだ。
こんな他国の重要人物やらなんやらが大量に絡んだ問題の解決を部下に任せるほどアルビオンの上層部は腐敗していない。となれば、アルビオンの王であるエドムンド自らが出てきてもなんの不思議でもないと思うのもある意味当然といえた。
「この子、目を覚ましたみたいだよ」
ずっと会話に参加せず、ティファニアの様子を見ていたアルニカの報告を聞くや否や、デュライは懐から黒光りする馴染みの拳銃を取り出したので、サイトとルイズは慌てた。
「ちょっと! なんで気を取り戻したばかりの相手に銃を向けるのよ!!」
「ハルケギニアに来るとき、エルフにはひどい目にあわされたからな。警戒するに越したことはない」
ルイズの批難の声を、デュライはそう言って軽く流してティファニアを見やったが、まだうっすらとしか開眼しておらず、まだ寝ぼけているような表情をしていたので銃を向けはしなかった。
「ティファニア、大丈夫か?!」
サイトが心配そうなの叫びに、ティファニアはゆっくりと頷くことで答えた。まだ体中がだるくて喋ること自体が億劫だったので、そうやって返事することしかできなかったのだ。
だが、ルイズとサイトはそんなことに気づかずに声をかけ続けてくるので、ティファニアは無理をして声をだしたのだが、か細すぎてあまり聞こえず、申し訳なさで心の中がいっぱいだった。
流石に見かねたアルニカがその主従にそこのエルフは気を取り戻したばかりで会話する元気まで回復してないから、彼女の身を案じるならすこしは察しろと叱られてようやく黙った。
「でも、これでティファニアは元気になるんですか?」
サイトの疑い交じりの疑問に、アルニカは苦笑しながら答えた。
「あたしたちが疑わしいのはわかるけど、彼女ならもう大丈夫だよ。血を流しすぎたせいか脈が少し弱いのが心配だけど、それを除けばほとんど健康体よ。倦怠感がとれればすぐにでも喋れるようになるわ」
「なら、いいけど」
悪戯っ子を窘めるような口調で説明されたのでルイズは釈然としなかった。
だが、ティファニアの意識が回復したとことは二人にひとまずの安心を生み、現状を楽観的に見る余裕を持つことができた。
自分たちがいつまでも戻らなければ、姫様が心配して自分たちの行方を調査してくださるだろう。それでアルビオンに囚われていることを知れば、姫様がなんとかして助けてくださるかもしれないとルイズは思い始める始末だった。
だが、ルイズの楽観に基づく予測は残念ながら実現する可能性はゼロだった。というのも、その”姫様”は高度に政治的な理由によって自国を宰相のマザリーニ枢機卿に任せて、国を留守にしているからである。
そしてマザリーニならば、”虚無”のルイズと”英雄”のサイトを政治的・戦略的価値から取り戻そうとはするかもしれないが、その為とあればそれ以外を見捨てるくらいはやりかねない。
もっとも、この頃君主としての資質を急激に伸ばし始めたアンリエッタでもマザリーニと同じ決断を下す可能性もあるのだが……どちらにせよ無意味な仮定である。
そしてサイトはというと、デュライが持っている近視感を覚える銃に視線が釘付けになっていた。デュライもサイトの視線に気づいて訝し気な顔をして銃を向けた。
「珍しい銃とはいえ、そこまで熱心に見るようなもんじゃねぇだろう?」
「いや、その銃知ってるというか……」
世界中で人気がある日本の漫画の中でも、特に人気がある怪盗三世一行の漫画の主人公である大泥棒の三世が愛用している銃にそっくりであるようにサイトは思ったのだ。名前がワルサー……なんだっけ?
「ほう。じゃあこの銃の素晴らしい性能も当然知ってるんだろうな。言っておくがどんだけ金を積まれても絶対に譲らねぇぞ。こいつは親父の形見なんでな」
「……その親父さんってどこの国の人なんです?」
父親の形見という言葉に、サイトは若干バツの悪さを覚えたが、それでも尋ねずにはいられなかった。もしかしたら自分と同じ世界の出身者かもしれず、その情報は故郷に戻るための手がかりになるかもしれないからであった。
「グロースドイチェス」
「ぐろうすどいちぇす?」
「ああ。それが親父が騎士として仕えた国だ。八十で死んだ親父がまだ二十半ばくらいの頃に戦争で滅んだって聞いたから、だいたい六十年以上前の国だな。聞いたことあるか?」
”
そしてデュライが自分の父のことを騎士と認識しているので、東方にあった国の可能性の方が高いように思えた。地球で騎士がいつから過去の遺物になったのか知らないが、六十年より前であることは間違いない。サイトは期待が空振りしたことにため息をついた。
しかしルイズはサイトとは別の意味で衝撃を受けていた。デュライの容姿は三十代半ばくらいにしか見えないのだが、彼の父親の年齢から考えて五十代、下手したら六十代の可能性が高いと気づいたのである。自分の両親とさして変わらないかもしれないという現実をなかなか飲み込めなかった。
因みにデュライは父親が老いてから授かった子であるので、実際のところ四十代半ばである。
アルビオン王国、王都ロンディニウム、ハヴィランド宮殿、玉座の間。
エドムンドは玉座に座ってなんともいえない難しい顔をしながら、かれこれ数時間もの間手に取った杖剣を気分次第に操って、周囲に居並ぶ臣下たちの心胆を寒からしめていた。
玉座の周囲がピリピリしているように見えるのは、エドムンドが発する気難しい空気によって起きた錯覚によるものではなく、実際に小さな電撃が走る魔法をエドムンドが唱えているので、彼の周囲でパチパチっと音をたてて発光しているのである。
明らかに尋常ではない様子に居並ぶ臣下は例外なく冷や汗を流した。普段は表情が変わることがないユアンでさえ、どうしたこうなったという顔をしているほどである。彼と後ろで控えているエリザベートはこの状況を作り出した元凶みたいな存在なので、周りからの責めるような視線が痛くてたまらないのだ。
ヴァレリアは国王直属の女官であるのでエドムンドからの距離が近く、時たま聞こえる電撃の音に身を縮こまらせて父親に助けを求める視線を送っていたが、当のヨーク伯は止まることのない滝汗を流し、足元に汚い汗の湖を作らせるほど動揺しているので助けられる可能性は望み薄である。
ディッガーは主君を諫めるべきかどうか迷っていた。しかし今のエドムンドに話しかけること自体が、竜の尾をそうと知った上で踏むのと同レベルの覚悟が要求されているような重苦しい空気に押しつぶされ、戦場で見せる勇敢さを発揮できずにいた。
彼らの主君は武断的で荒々しい部分があるとはいえ、それでも冷静な思考を失わない主君であるはずだった。そんな主君が、こうもなにを考えているのかわからない顔をして奇妙な行動されると、その落差のぶん得体の知れない強烈な恐怖が臣下たちを襲うのであった。
「……………………………ヨハネぇ」
数時間の沈黙を破り、唐突にエドムンドが侍従武官長の名を呼んだ。それはどこか虚無的な響きがあって、臣下たちがどのような会話が繰り広げられるのかと、恐怖と興味半分の視線が王の隣に控え続けていたヨハネに集まる。
「……なんでしょうか」
昔もこんな状況に遭遇したことがあるヨハネとしては、その時みたいにまたろくでもないことを言い出さないかと不安だったが、呼びかけられた以上、無視するわけにはいかなかった。
「さっきの報告……お前も聞いてたよな?」
「はっ」
「ガリアの元公爵令嬢の身柄を抑えるように命じたデュライが、エルフの女を、それも十代の少女を見つけたんだってユアンがねぇ」
エドムンドはガリアの王弟シャルルの娘シャルロットの身柄を手にいれようとしていた。シャルロットというカードが手中にあれば、ジョゼフとの関係が悪化すればシャルロットを矢面に晒してガリアを混乱させるなり、イザベラが自分のとこに嫁いで来れば、イザベラのストレス発散用サンドバックとして与えるなり、いろいろ使い道があると考えてのことだった。
そしてデュライはその任務を見事に成功させたのだが、いろいろと面倒なオマケが大量についてきた。トリステインの手の者が一緒にいるかな程度にしか思っていなかったのにゲルマニアの辺境伯の娘が混ざってるし、トリステインの手の者にしても”虚無”のルイズと英雄サイト、ついでにその上官であるグラモン元帥の四男坊だ。
いったいトリステイン王室はなにを考えているのだろう。いったいどういう意図でそんな重要人物たちをこのアルビオンへ派遣したというのだろうか。”虚無”や”伝説の左手”という超戦力をこの国へ向ける価値があるとでもいうのだろうか?
そんなことを思いながらユアンの報告を聞いていたエドムンドだったが、十代半ばと思しきエルフの少女がいると聞いてそのような思考は吹っ飛んで、臣下達を怯えさせるような謎の行動を無意識にとりながら、複雑な感情の整理を先ほどまでやっていたのであった。
「なあ。俺の母上って死んだのいつだっけ?」
「……自分たちがまだ子供だった頃ですから、二十年くらい前ではありませんでしたか。大公妃が流行り病に倒れたのは」
脈絡のない問いにヨハネは困惑しながらも、自分たちが子供の頃に亡くなったエドムンドの母のことを思い出しながら答えた。
するとエドムンドは母譲りの緋色の瞳を暗くしながら、深いため息をついた。
「……計算があうな。あってしまうな」
エドムンドのつぶやきに、臣下達は怪訝な顔をする。
「……捕まえたというエルフの女。俺の腹違いの妹ではあるまいな?」
ぽつりとこぼれた小さな呟きは、玉座の間にいる者達を無形の大砲直撃したような気分にさせた。
しばしの沈黙があって、玉座の間に絶叫が響き渡る。どうしてそんな疑問が湧いて出てきたのか彼らには理解できなかったのだ。
「エドムンド様に仕えてもう二十年以上になりますが、あなたに妹がいるなど聞いたこともありませんぞ!」
「俺だって知らんよ。ただ父上が愛している女性を放って妾を作るような性格とは思えないからなぁ。母上が亡くなった後に妾を迎えたなら、年齢的にはおかしくないと思うのだ。まあ、エルフの寿命は人間なんかよりはるかに長いらしいから外見的年齢がどこまで参考になるかわからんし、そもそも人間とエルフの間に子どもなんかできるのかという疑問があるが、この国の辺境の村に潜んでたというのでは、状況的にそんな気がしてなぁ……」
ヨハネは思わず音を鳴らして生唾を飲み込んだ。考えすぎだと言われればその通りだが、確かにそんな可能性もありうると思ってしまったので、狼狽したのである。もしそうなら、エルフの妹と会った時にエドムンドがどのような行動をとるのかサッパリわからないのだ。
「ガリアのビダーシャルみたいに、エルフの国の間者って可能性はないのかしら?」
若干焦った声でエリザベートが問う。普段エリザベートに対して害意を示すヨーク伯やディッガーも特に異論をはさまずに、激しく頷いて同意を示す。
だが、どす黒い影を帯びた血のように紅い瞳を向けられると、エリザベートは恐怖から思わず後退したい気持ちに襲われた。
「それはなかろう。どこか大きな都市に潜んでいたというならまだしも辺境の村、それも王国の記録にすら載ってない辺鄙な村に潜んでいたやつだぞ。そんなところに何年も潜んで、エルフの連中にいったいどういう利益があるというのだ?」
エドムンドの問いに答えられるものは誰一人いなかった。
「ヨーク伯、すまんが数日国政を任す。この一件片付けぬことには政務に集中できそうにないのでな」
「わかりました。重要案件以外はすべて私の一存で処理しましょう」
「うむ。頼んだ」
エドムンドはそれだけ言うと玉座から立ち上がり、なにかに引きずられるような足取りで私室へと向かった。
>太っちょ宰相閣下
ヨーク伯爵のこと。
”白いオーク”、”脂豚”に続き三つ目の異名である。
>怪盗三世一行の漫画の主人公
無論、ルパン三世のこと。
>名前がワルサー……なんだっけ?
ワルサーP38。世界最高級クラスの自動拳銃。
>グロースドイチェス
正式国名はドイチェスライヒ。ドゥリテライヒとも言われることがある。
”虚無”の翻訳機能は固有名詞には聞かなかった模様。この国の騎士だったってことはつまりそういうことである。