デュライ率いる護送馬車の一団は、サイトたちの捕獲からちょうど一日後にロンディニウムは、ハヴィランド宮殿の城門前に到着した。ティファニアを乗せている護送馬車に監視要員として一緒に乗っているデュライにかわって、騎馬部隊の指揮をとっていたマルスが、門番に説明をつける。
しばらくして事情を理解した門番たちが、上官の指示を受けてデュライたちの一行を宮殿内の中庭――ちょうど建物が入り組んでいて外からは見えにくい死角にある――へ案内した。
そこで待っていた人物を見てマルスは慌てて馬から降り、多くの兵士を従えている赤髪の騎士に向かって敬礼した。
「デヴルー殿。私はサウスゴータ地方警邏隊長マルス・オブ・バーノンです! 勅命に従い、蒼髪の犯罪者とその同行者をひっ捕らえて参りました!」
「御苦労だった。陛下もバーノン卿の活躍を喜んでいるだろう」
「なんと有り難きお言葉!」
感極まって今にも泣きだしそうな顔をするマルスに、ヨハネはやや引いた。
「と、ところでこの任務の責任者の姿が見えんがデュライ百人長はどこだ?」
「百人長でしたら、エルフの娘の監視を自ら行っておりますので、あの馬車の中です」
マルスが指さした馬車を確認するとヨハネは杖剣を抜いた。それに追従する様に彼の後ろに整列していた兵士の内メイジは杖を抜き、メイジではない兵士の半分は銃を構え、もう半分は持っていた
たった一人に対して過剰に警戒しすぎな気を感じないではなかったが、ヨハネには翼人などといった先住魔法を使う亜人と戦ってきた経験があった。だから先住魔法の使い手がどれだけ手強い存在かよく理解していた。
だからこそ、亜人の中でも一番先住魔法を使いこなすというエルフ相手に警戒をおこたる気にはなれんかった。通説によればエルフというのはメイジの戦士が十人分の力を持っていると聞くし、いくら警戒しても警戒しすぎということはないと判断していたのである。
しかし馬車を開けて出てきたエルフがデュライに拳銃を突きつけられ、涙目になりながら震えていたので、ヨハネはやや拍子抜けした。
ヨハネは杖剣を収めることはなく、囚人たちを宮殿内の牢屋に連行した。牢屋といっても、宮殿にもとからあった客間の入り口に鉄格子をつけただけのものなので、宮殿の一室を丸ごと与えられたようなものであり、サイトたちを困惑させた。
牢屋の中でティファニアの顔を食い入るように見つめた後、ヨハネは部下を連れて牢屋を出て行った。
「こんな待遇にするってことは、アルビオンはタバサの素性に気づいてるって、ことよね」
「さあ、どうかしら。あたしたちの身分を知ってそうしてるだけかもしれないわよ」
ルイズとキュルケの推測のどちらもありえそうだと、タバサは思った。しかしどちらかというと自分の出生を知っている可能性の方が高そうだ。そうでないとヨルムンガンドを倒した後を見計らったように出てくることはないだろう。
ガリア王家とアルビオン王家が手を組んでいるなら今後の展開はかんたんに想像できる。自分たちの身柄はガリアに引き渡され、自分は王家の形式的な裁判にかけられて処刑され、自分以外のみんなも裁判にかけられるか、そうでなければトリステインに対する交渉材料として扱われる。それを想像してタバサは身震いした。
「でも貴賓用の牢屋ってことは、それほど悪い扱いを受けないんじゃないかなあ」
などとギーシュは言うが、すこし楽観的に過ぎるとタバサは思う。アルビオンとガリアがなんらかの対立を抱えているにしても、アルビオンがおとなしく自分たちをトリステインに送り返してくれる義理がアルビオンにあるとは思わない。
「いざという時どうすんだよ。デルフは取り上げられちまったし、みんなも杖を取り上げられたんだろ?」
サイトの言う通り、彼らは全員捕まった時に杖を取り上げられてしまっていた。
「ご、ごめんなさい。わたしのせいで」
「あなたのせいじゃない。たぶんわたしのせい。もっと慎重に行動すべきだった」
ティファニアが涙目になって謝るのを、それ以上の非を感じていたタバサが止める。
いまさらな話だが、どうしたこんな迂闊な真似をしでかしてしまったのだろうか? いつもならアルビオンに行く危険性なんて自分なら理解できたはずではないか。なのにどうして今回は深く考えずに来てしまったのだろう。
タバサは落ち着いて自分を見直したい気持ちに駆られたが、自分の世界に籠るのによく利用する読書本は全て取り上げられているし、もし取り上げられていなかったとしても杖がないのでは親友のキュルケの声を遮れないので、この牢屋内でそうするのは不可能だろう。
しばしなんとも言えない空気が蔓延していたが、しばらくして外が騒がしくなってきた。
「陛下! 落ち着きください!」
「そのような剣幕では……」
「ご乱心! ご乱心!」
「黙っておれ!!」
なんか想像と異なる騒がしさに、全員の神経が外から聞こえる声に向かう。
「へ、陛下。 いったいどうしたので……」
「とらえた囚人どもを尋問するのだ。バーノンよ。道をあけるがよい」
「わかりました。すぐに解錠します」
「ええい! まだるっこしいわ!!!」
紫色の巨大な電撃が牢屋の壁を貫いた。続いて突風がヒビの入った壁を木っ端微塵に吹き飛ばす。そこからアルビオン王エドムンドが狂気を感じさせる笑みを浮かべてサイトたちがいる牢屋へと入ってきた。
あまりに衝撃的な登場の仕方に、敵味方を問わず、彼以外の全員が何も言えずに圧倒された。
エドムンドはギロリと囚人たちの姿を見回し、目当ての人物が視界に入ると狂気的な笑みをさらにふかく浮かべて近寄った。
「貴様の父親の名はなんという?」
「え?」
「貴様の父親はモード大公か! どうだ?!」
今にも斬りかかりかねない剣幕でそう問われて、ティファニアは殆ど無意識に頷いた。それを見てエドムンドはわなわなと肩を震わせ、表情をさらに歪めさせる。
危険を感じてサイトとギーシュが止めようと駆け出した瞬間、彼らの天地がひっくり返った。
「へ?」
そのままサイトとギーシュは壁に激突して激痛に苛まれた。
「許せ。今貴様らのような輩の身を案じる余裕がないのだ。次は手加減できる自信がないゆえ覚悟しておけ」
その言葉を聞いた慌てたのは意外なことにアルビオン側の人間たちだった。彼らはここの囚人たちは政略的価値が極めて高いことを理解していた。だからこそ慎重な扱いが必要だということも。
だというのに自分たちの主君がこの有様では、貴重な囚人を勢いで殺しかねない。そう判断したヴァレリアが周辺の兵たちに囚人を拘束するよう命じ、ヨハネが即座に従って囚人の体を拘束し、他もそれに倣った。
「さて……、どうやって今まで生きてきたのか覚えているところから語ってもらおうか。言っておくが、嘘偽りなく語り、俺の質問には嘘偽りなく答えろ。もし嘘を言えば、そうだな……、ここにいる孤児どもはこいつの村のやつだったか。よし、そのたびに孤児をひとりずつゆっくりと時間をかけて痛めつけて殺してくれよう……」
「へ、陛下。落ち着きください!」
ヴァレリアがたしなめに入る。平均的ブリミル教徒である彼女の価値観からしてエルフは問答無用で悪であったのでティファニアを殺すというなら別に止めはしなかっただろう。
しかしながら、戦意がない上に怯えきっている少女に対して杖を突きつけて脅しの言葉を吐きながら尋問しているのは忠誠を捧げる君主として相応しい姿ではないと断言はできた。
「落ち着け? 俺は十分に落ち着いておるわ。どこを見て落ち着いていないなどと判断する?」
心底不思議そうな表情を浮かべながら、苛立ってる声でそう言ってくるので、ヴァレリアは叫んだ。
「どこをどう見ても落ち着いておられません! 周りのみんなだって先ほどから諌めているのに、一考だにしていないではないですか! そんならしくないことをしておられて、なぜそう言い切れるのです!?」
ヴァレリアの言葉に、エドムンドは思わず周囲を見やる。マルスを除き、部下の全員が頷いたのを見て、エドムンドも現実を認識せざるを得なかった。
ヨハネが例の囚人どもを貴賓用の牢屋にぶち込んだという報告を聞いて、ほぼ反射的に牢屋へ直行してきたのだが、思い返せば移動中ピーチクパーチクとわずらわしい
己の混乱ぶりをはっきりと認識したエドムンドは小さく「すまぬな」とだけつぶやき、近場のソファに腰を下ろした。
「ではミスに任せるぞ」
そう言って丸投げしたが、エドムンドが見る者に強いプレッシャーを与える真剣な表情をしながらティファニアを睨むことをやめず、ヴァレリアはため息を吐いた。
自分が抱いていたエドムンド像が崩れていくのを自覚しつつ、念のために袖に忍ばしてある杖の感覚を確かめた。幼いころからエルフの凶暴さを聞かされて育った彼女のエルフへの恐怖は、ティファニアの怯えぶりのおかげでかなり警戒感が薄れたとはいえ、完全に払しょくできる類のものではなかった。
「初めまして。私はヴァレリア・オブ・ヨークと言います。あなたは?」
エドムンドに殺気のこもった目で睨み付けられた恐怖が抜けきっていないティファニアだったが、それでもなんとか答えを返すことができた。
「……ティファニアです」
「そう。じゃあティファニアさんって呼ぶわね。ティファニアさんの両親はどんな人だったか教えてもらえる?」
「……良い人でした」
「……ごめんなさい。質問の仕方が悪かったわ。あなたたちの両親は互いにどんなふうに接していたのか。あなたには普段どのように接して、どんな言葉をかけてくれていたのか。そういったことを教えてほしいの。そうね、じゃあ両親は周りからなんて呼ばれていたのか教えてくれる?」
ティファニアの恐怖をほぐそうと、できるだけ優しい声で申し訳ない顔でヴァレリアは問うた。
その成果かどうか不明だが、ティファニアはやや持ち直したらしい。
「父さんは大公様か、財務監督官様と呼ばれていて、母さんはエルフのお妾さんって呼ばれてました。父さんはシャジャルって名前で呼んでいました」
「シャジャルってエルフの女とどうしてそんな関係になっていたの? モード大公は敬虔なブリミル教徒だったわ。始祖を悪魔と呼ぶ異教の女を妾にするとは思えないのだけど」
「母がどうしてアルビオンに来たのかは聞かされていないから知らない。どうして父さんの妾になったのかも知りません。でも母は毎日始祖に祈りを捧げていましたし、ちゃんと愛しあっていたわ」
「エルフなのに? ってごめんなさいね。べつにあなたの母親を悪くいいたいわけじゃないの。ただ……その、ね?」
思わずヴァレリアは疑わしい顔をしたが、すぐにハッとして表情を取り繕った。
「気にしなくていいです、エルフがハルケギニアの人たちにどう見られているのかは知ってますから」
「ありがと。それであなたは物心ついた時からずっとウエストウッド村で生活していたの?」
「いえ、五年前までは父さんの別荘の屋敷で母と一緒に暮らしていました」
「どこの別荘?」
「……ごめんなさい。外にはでれなかったからどこにあった屋敷なのかわかりません」
「ってことはあなたはずっと屋敷の中で暮らしていたの?」
こくりと頷くティファニア。
「……寂しくはなかったの?」
「母さんがいつも一緒にいてくれたし、屋敷の人たちも優しくしてくれました。それにたまに父さんも来てくれるので寂しくはなかったです。外に出たいという気持ちはあったけど、父さんが外は危ないといって認めてくれなかったわ」
「ということは、屋敷で軟禁状態だったということね」
「はい。でも五年前の冬にそれが終わりました。屋敷にやってきた父さんが真っ青な顔をして兄さんにあたしたちのことがバレたと、話し合ってなんとか理解してもらうつもりだと言って王城に向かった数日後に王立騎士団が屋敷やってきました。母は私をクローゼットに隠すとやってきた騎士たちにエルフは争いを好まないと言ったけど……」
その当時のことを思い出してティファニアは震えた。その時、クローゼットの隙間から見た、なんの抵抗もしなかった母が騎士たちの魔法の雨を浴びて殺された光景を思い出したのだ。
その様子を見て、ヴァレリアもそのあと何があったのか十分に察せられた。
「それでシャジャルさんが死んだあと、あなたはどうやって助かったの?」
素直に答えようとする刹那、ティファニアは言いとどまった。自分の力のことを言いてしまっていいのだろうか。サイトの剣のデルフリンガーが自分の力の影響力の強さについて語っていたことを思いだしたのだ。
しかし急に質問に答えなくなったからヴァレリアを含め、周囲がいぶかしげな視線を向けてきたので黙り続けるわけにはいかず、その部分は飛ばして続けることにした。
「母を殺した騎士たちはそのまま屋敷の奥へ走って消えて行きました。ときどき悲鳴が聞こえたから、たぶん屋敷の人たちを殺して回っていたんだと思います」
当時の国王ジェームズは、弟がエルフの女と情を通じていたというスキャンダルを完全に抹消する決断をしていた。その意を受けていた騎士たちがその真実を知っている者が生きながらえるなど許すわけがなく、彼らはその屋敷で働いていた者はエルフの妾の存在を知っていたかどうかわからない庭師や小間使いも、知っているかもしれないという理由で一方的に虐殺してまわり、徹底的に口を封じたのであった。
当時のことを知識として知っているヴァレリアもこれには絶句した。そしてティファニアが言い淀んだのも自分たちのせい起きた惨劇を思い出した衝撃のせいなのだろうと好意的な誤解をしたことは、嘘をつくのが苦手なティファニアにとって幸運だった。
「一人の騎士がクローゼットを開けて、中にいたわたしを殺そうとしましたが、姉さんがその騎士を気絶させて助けてくれました」
「姉さんって、モード大公とシャジャルの子どもがあなた以外にいるの?」
「自分と仲が良かった人です」
「その人の名前はなんていうの?」
その問いに返すことにためらうティファニア。
これにもヴァレリアは目の前のハーフエルフが姉さんと呼ぶほど慕っている誰かが、エルフの自分を助けるべく動いていたと言ったら、姉さんに迷惑がかかると思っているのかしら、健気ね。とこれまた好意的な解釈をした。
悲惨な生い立ちを聞いたおかげか、エルフ全体はともかくとしてティファニアに対する認識は急激に良くなっているようである。
「んー。その姉さんってマチルダとかいう奴のことじゃねぇか?」
口を挟んできたデュライにヴァレリアは向き直る。
「前に総帥にあった時にティファニアが言っていたよ。マチルダ姉さんとかいうやつが村を運営するためのお金を仕送りしてくれているって。なあ?」
「は、はい」
「そのマチルダというのは何者なのですか」
「ええと、父さんに仕えていた貴族の娘さん、です」
ティファニアの発言に、ヨハネが気まずそうな表情を浮かべた。幼少時からエドムンドに仕えていた立場上、その”マチルダ”なる人物に心当たりがありすぎた。
こっそりと主君の顔を伺い、安堵のため息をついた。ティファニアのあまり幸福と言えない人生を聞いたからか、狂気染みた目の光は消え、いつもの理知的な光が戻ってきている。
エドムンドはゆっくりと腰をあげると、先ほどと比べるとかなりマシな目つきをしたが、ティファニアはほぼ反射的に身を縮こまらせた。
「そのマチルダとは、侯爵令嬢だったマチルダ・オブ・サウスゴータのことか」
「姉さんを知ってるの?」
「知っているとも。まあ、俺は武人の道を志向していたのでマチルダとはあまり親しくはなかったし、五年前の事件から一年ほど前に戦場で再会するまで生き残っていることすら知らなかったがな」
そう言って目を細めるエドムンドに、ティファニアはやや驚いたように声をかけてきた。
「姉さんが戦場にいたんですか?!」
「ああ。俺の臣下になる気はないかと勧誘してみたが、別の人ができてるみたいでフラれてしまったがな」
そう言ってニヒルに笑ってみせるエドムンド。
「で、でも姉さんはトレジャーハンターなのに、どうして戦場なんかにいたの?!」
予想外の言葉にエドムンド以下、数名が絶句し、サイトたちが少し青い顔をした。
マチルダの正体が、”土くれのフーケ”の異名で有名な盗賊であるなどとティファニアに教えるわけにはいかず、とっさにサイトが誤魔化したさいに出た言葉であった。
戦時中にアルビオン兵に詰問された際の答え含め、サイトは咄嗟のごまかしスキルが酷いのであった。
「……マチルダはトレジャーハンターだったのか? いや、ある意味間違っておらぬのかもしれぬが……」
そんなことを知らないエドムンドは
その獲物である財宝がトリステイン貴族の財産で、手に入れる手法が盗みであるとしても、本質的な意味でトレジャーハンターという言葉を使ってもあってはいるだろう。
しかしティファニアの純粋に不安そうな表情をみるに、なんかどうも夢想的な冒険家みたいななにかと思い込んでいるようである。ティファニアの生い立ちを聞く限り、このハーフエルフがある種の箱入り娘であるのは間違いないから、マチルダが刺激が強すぎるとオブラートに包んだのかも知れないと推測した。
「”レコン・キスタ”なる共和主義者どもが蜂起してから今年の初めまで、この国は内乱中だったからな。戦争の混乱の中、一時的に軍に身を置くことになったのだろう」
マチルダは優秀なメイジだからなと続けて呟くと、エドムンドはおもむろにティファニアに近づき、その頬に右手を添えた。
品定めするかのような視線にティファニアは怯えたが、エドムンドは目の前の少女をどのように扱うべきか少し迷っていた。もし今この少女に触れている手を喉にやって力を籠めれば、数秒とせぬうちに喉を潰して確実に殺すことができるだろう。
しかしそのような気持ちがあまり沸き上がってこないことにエドムンドはやや戸惑い、そして弱々しいながらもずと自分を見つめている彼女の碧眼を眺めた。
「……きみは俺と真逆で、瞳の部分だけ父上に似たのだな」
その青い瞳は、エドムンドにとってよく見た瞳であった。
英雄譚に夢中になった末に自らも英雄たらんと武人を志した少年時代のエドムンドは、温厚な性格であるモード大公とって文官の道に進んだ長男や次男と比較するまでもなく、やんちゃ坊主であり、よく過激なことを言い出す三男を幾度となく窘めたものである。
無論、エドムンドも幼いなりに自分の理屈を父に認めてもらおうと必死で弁舌をふるって反論するのだが、モード大公はエドムンドを説教するときは決して声を荒げたりなどせず、声も表情もやわらかないながら、口から出る言葉はまったく優しくない鋭さをもってエドムンドの理屈の問題点を抉り出した。
当時のエドムンドは相手も同じくらい過熱しているなら、多少自己の矛盾を押し通してでも自分の非を認めようとはしなかったのだが、モード大公は真摯さはあるが、穏やかさを失うことはなかったので、エドムンドは自分だけ激しい口調で言い返せば逆に自分の大人気なさを露呈するだけだと自覚し、戦場においては優秀な武人であっても、論戦では父になんども敗北を積み重ねたのである。
いや、父だけではなく兄たちにも戦争狂にならないか心配だとよくぼやかれたいたのだったかとエドムンドは懐かしい記憶を思い出し、クスリと口元を歪める。この五年、一度として思い返すことなかった懐かしい記憶に、暖かい感情が胸奥から溢れてきたのである。
そして目の前の少女を殺す気も完全に失せた。ティファニアが語った身の上話ですでにかなり揺らいではいたのだが、こんな気持ちになっている状態で目の前の少女の首を刎ねたところでジェームズに地獄を見せたときのようにスッキリすることはなく、むしろ後味の悪い最悪の気分になるだけであろうと思ったからである。
「身内なぞ、ジェームズのようなろくでなしを除いて、五年前に全員死んだものとばかり思っておったが、まだ生きていてくれた者もおったのだな……」
「……え?」
「そういえばいつの頃だったか忘れたが、父上に問われたことがあったな。妹が欲しいと思ったことはないか、と。やんちゃだった俺は深窓の令嬢よりは、ともに戦場を駆け回れる弟が欲しいと言ったら、父上は少し困った顔をしていたな。もしやすればあの時、弟ではなく、妹が欲しいと言っておれば父上はきみのことを教えてくださったのだろうか」
そう言ってなんとなしにティファニアの頭を撫で、そして人の頭を撫でるという行為をした記憶がいままでなかったことに気づき、力加減ってこれくらいでよいのだろうかと妙にズレた思考をした。
だが、ティファニアとしては純粋に嬉しかった。かなり迂遠な言い方であったが、それは自分を妹だと言ってくれたからであった。
「で、でもわたしはハーフだし……」
それでも自分の事をエルフと人間のどちらでもない半端者だと思っているティファニアは気まずそうに呟いた。
しかし、それにエドムンドはやや反感を抱いたようであった。軽くため息を吐くと、諭すように語りだした。
「お前の母は毎日始祖に祈りを捧げていたといったな。それはきみもか?」
「え、ええ」
「なら聖書を読んだことはあるか」
「ちゃ、ちゃんと読んだことはないけど母が読み聞かせてくれました」
「なら知っておるだろうが、この世界を、ハルケギニアに限らずあまねく場所、果ては天に燦然と輝く太陽や夜空に煌く星々に至るまで。この世の万物を創造した存在こそが我らブリミル教徒が信仰する神だ。当然その世界に暮らす生物もすべて神の被造物であり、その生を謳歌できるという慈悲を受けた身だ。つまりこの世のありとあらゆる生物は皆すべからく神の
エルフとて神の創造物のひとつに過ぎず、人間と大した差があるとは思えないという常識を根本から覆す宗教観をとくとくと語ってみせるエドムンド。聖職者どころか、宗教庁の語る教義を素朴に信じている一般人であれば、卒倒することまちがなしである。
なにが言いたいのかよくわからないまま、ティファニアは頷いた。
「ならきみも俺と同じく神の御子だ。なら出生などという自分を構成する一要素だけに囚われるな。加えて言うなら俺は父モード大公を尊敬している。お前の母親のことはなにも知らぬからなんとも言えぬが、モード大公の子であるならば胸を張って生きろ。でなくば、亡き父上の顔に泥を塗りたくっているように思えて不快極まりない」
辛辣な言葉だが、ティファニアが自分の事を卑下していることを敏感に感じ取ったエドムンドの配慮から出た言葉であった。
「ご、ごめんなさい」
ティファニアは羞恥で顔を赤くして謝った。そういうのをやめろと言っているのにとエドムンドは思ったが、それを口に出すことはなかった。こういうのは劇的な衝撃でも受けない限り、とにかく時間が必要であることを心得ていたからであった。
「謝るのはこちらの方だ。先の非礼を詫びさせてほしい。最初から脅すようなマネをしてしまって」
そう言ってエドムンドは深々と頭を下げた。どのような事情かちゃんと聞きだしてから処断を下すつもりであったのに、エルフが連行されたと聞いたとたんに憎悪がすべてを塗りつぶして感情的に行動してしまったことを今になって悔やんでいた。
……あるいは、自分自身が彼女を”悪”だと信じたかったのか。
復讐の味は甘美だが、彼女とてジェームズがおこなった粛正の被害者なのだから筋違いだし、殺した後に苦味を感じずにはいられないだろう。だからこそ無意識下でそうと知る前に殺してしまいたかったのかもしれないが……
「あなただってわたしたちのせいで苦しんだようなものじゃない。気にしないわ」
ティファニアの許しを得て、ろくでもない思考をエドムンドは振り払った。そんなことを考えるより、ティファニアと話し合いたい話題をすることの方が健全に思えたのだ。
「ありがとう。よかったら父上の、いや、きみの両親の話を聞かせてくれないか。私人としての父の姿を語りあえる者はずいぶんと減ってしまったからな……」
悲し気に微笑みながらそう言ってくるエドムンドに、ティファニアは望み通りの話を始めた。
サイトたちの影薄い……
ま、まあ、今回の主役はエドムンドとティファニア(ついでにヴァレリア)みたいなもんだし(言い訳)