風の復讐譚[更新停止]   作:kuraisu

64 / 82
エドムンドの推測

腹違いの妹と思い出話を語り合った後、政務があると理由をつけてエドムンドは場を辞した。宮殿から出ることは認めないが客人としての扱いをすると言っておいたのでそれほど不満がでることはなかった。

 

とうぜんのことだが、先日から政務をヨーク伯に丸投げしているエドムンドである。政務云々は言い訳に過ぎず、考えを巡らせる時間が欲しかっただけの話ではあるのだが……

 

「説明して頂けると確信しているのですが」

 

「……」

 

「説明して頂けると確信しているのですが?」

 

充血させた目で言い募って来る重臣を前に、珍しく王座に座ったエドムンドが何も言い返せずにいるのであった。

 

「す、すまぬなグレシャム。あれは私もどうかしていた。いらぬ出費が必要になったことを詫びよう」

 

これまた珍しくエドムンドは全面的に自分の非を認め、そばに控えているヴァレリアがあきれたようにため息を吐いた。

 

私室で思考を巡らせていたエドムンドは、考え始めてすぐに財務卿トーマス・グレシャムが至急謁見を求めてきていると直属女官ヴァレリアから伝えられたのであった。

 

それにエドムンドは大規模な出費か収入があったかと考えた。即位直後の数週間に比べれば落ち着いてきているとはいえ、いまだに王権を強化するための国内貴族の粛正は継続中であり、それなりに規模の大きい貴族家なら討伐の為に莫大な出費や、粛正後に残った貴族財産という同じく莫大な収入が発生するのである。

 

だからそれ関連の話だろうなとあたりをつけて相対してみれば、グレシャムは怒り心頭の顔でどういうつもりだとと詰めよってきったのであった。

 

詳しく話を聞くと、「なぜ壁を壊した」ということであった。たしかにエドムンドは牢屋に行く時に精神によゆうがなかったせいか、ほぼ感情を爆発させるように牢屋化した宮殿の一室の壁を粉砕したのである。それも木っ端微塵に。

 

宮殿というのはただの壁でも豪奢な細工が施されているのが常であって、それらは職人の手によって作られたお金ではかれない価値をもっているし、牢屋として使っていたので脱獄防止用の魔法装置だって設置していた。

 

それらの被害総額と修理費用の合算は数百エキューはかかるだろう。もちろん国家運営全体から見ればささやかな金額ではあるが、こんなしょうもない理由の出費は、財務卿の職責にあるものとしてそう簡単に認めてたまるかというのがグレシャムの怒りの正体であった。

 

要するに、二度とこんなバカみたいなマネをするなと釘を刺されているわけである。

 

「なるほど。それでどうなされる」

 

「まさか放置しておくわけにもいかんだろう。自分で言うのもなんだが、王の癇癪によって宮殿の一角が粉砕された物証をいつまでも放置しておくわけにもいかぬしな」

 

「たしかにそうですな。ですが、そのための出費をどこから持ってくるのです?」

 

「……国庫から出すしかなかろう。貴族どもから搾り取った金がまだうなるほど会ったと思うのだが」

 

「今から数年税収がゼロであったとしても問題ないほどありますな」

 

「問題ないなら遠慮なく使おう。宮殿の一室の修繕など、そう金のかかることでもないからな」

 

「では、そこから出すとしましょう。しかし陛下。塵も積もれば山となるという言葉がありますように、このような事態が多発すれば”そう金のかかることでもない”と言えなくなる可能性もあります。財務卿の職責にある身としてはこのような問題が発生しないようにすると確約してほしいのですが」

 

「わかった。心に止めておこう」

 

「……確約、してほしいのですが」

 

”確約”という言葉を強調して繰り返すグレシャム。

 

「……ああ、わかった! 確約すればよいのだな!? なら王として確約してやる。二度とこんなあほらしい真似はせぬと!!」

 

羞恥心のあまり、ヤケクソ気味に確約したエドムンドの姿を見て、グレシャムは満足気味に一礼すると謁見の間から去った。

 

グレシャムが謁見の間から去ってしばらくすると、エドムンドは苛立ちのあまり叫んだ。

 

「あのような些末事でいちいち念押しされねばならんのか?! 王とは!!」

 

「王があのようなことを率先しておこなうようになれば、臣下が器物破損しても罪に問えなくなってしまいますわ。財務卿はそれを懸念して諫言したのではないでしょうか」

 

「んなことはわかっている! だが、たった一回だけでそんな愚王になりかねないと思われるほど、俺の評価は低いものであったのか……!!」

 

「……少し不敬かも発言かもしれないのですが、陛下はどこか子どもっぽいところがありますから、最初に強烈な釘を刺しておくのが効果的なのではないかと財務卿は考えたのではないでしょうか」

 

キッとヴァレリアを睨み付けたが、特に反論することはしなかった。どこか子どもっぽいという自覚がないわけではなかったからである。

 

しかし腹立たしいのでヴァレリアに向けて舌打ちしようとしたが、寸前でそれこそ子どもっぽいと思いなおしてやめた。

 

「まあいい。これ以上ややこしくせぬためにも壁破損の件は全面的に俺に非があったという宮内に知らしめておいた方がよいな。でなくばいまだに腹に一物抱えている貴族どもを筆頭にした連中がいらぬ探りをいれ、粛正すべき対象が増えすぎ、鉄騎隊の処理能力を超えるかもしれん」

 

「そのほうがよいと思いますわ」

 

探りを入れたら粛正と言う言葉に対し、ヴァレリアは特に反応を見せなかった。ガリアの王弟姫やトリステインの重要人物、なによりこの国の現王の腹違いの妹であるハーフエルフが虜囚としてこの宮殿に囚われているという情報がひろがることはなんとしても阻止しなくてはならないことであると認識していたからである。

 

「席を外した方がよろしいでしょうか」

 

「……うむ。いや、よい。そこに溜まっている雑務をこなしておいてくれ」

 

秘書の机にうすら高く積み上がった書類を指差しされたヴァレリアは少し顔を歪めるとそこに座って書類の整理をはじめた。

 

そしてエドムンドはグレシャムの訪問によって中断されていた思考を再開する。

 

(トリステインがどういう思惑で動いているのか考えねばな)

 

ウエストウッド村の村民を取り込もうとしたトリステインの謀略は、その工作員の人選からしてエドムンドにとっては謎だった。

 

とくに背景がないのであればトリステインが、子どもの悪戯であると苦しい言い逃れができるからと考られなくもないが、ギーシュ、サイト、ルイズの三名が参加している時点で無理だろう。いかに学生とはいえ、ギーシュとサイトは近衛隊の隊長と副隊長を務める身であるし、ルイズは女王直属の女官。言い逃れ不可能だ。

 

サイトとルイズはティファニアと面識があったらしいからリスク度外視で事の迅速な成就に重点を置いたとも考えられなくもないが、それならその2人以外の人員は余計である。ギリギリ納得できる範囲としてもギーシュが隊長としてのメンツにこだわって参加したと想像するのが限度だ。

 

ツェルプストー辺境伯の娘キュルケがいたのは、いざとなったら同盟国のゲルマニアを巻き込む算段でもあったのだろうか? しかし諸国会議でのアルブレヒト三世の印象から察するに、ゲルマニアにとって理も利もない他国の謀略に巻き込まれた一辺境伯の娘なんか笑いながら捨てると思うが……

 

なにより不可解なのはタバサとかいう偽名で参加しているシャルロットだろう。どう考えてもガリアの王弟姫を囲っている秘密はトリステインが総力をあげて秘匿べき事柄のはず。なぜにこんな工作に関与させているのか。ウエストウッド村がサウスゴータ地方の辺境にあるのだからガリア側の人間にでも見つかったらどうする気だったのか。

 

理解に苦しむ人選をいったん棚上げして、なぜそんな工作をおこなったのか、という点もかなり苦悩する。

 

ティファニアが自分の異母妹であることは七万の敵に突貫しほぼ死にかけのサイトをティファニアが救ったという経緯からトリステイン側は把握していたようだから、アルビオンに対する最強の外交カードたりうる存在を手中に収めるというのが一番納得のいく材料だ。

 

しかし……ならなぜ”今”なのか。帰還したサイトから報告を受けたトリステインは二月ほど前には知っていたはずである。なぜその時に動かなかったのか。二月前なら国内の貴族や聖職者の弾圧に忙しかった時だ。十人程度しかいない小さな村ひとつ消えたところでだれも気に留めたりなどしなかったであろう。

 

なのに、今さら。トリステイン内部で大きな政争があってそんな謀略を巡らせる暇がなかったと想定するにしても、それを匂わせるような情報がなにひとつないから現実味がない。

 

(なら目的はアルビオン王家の弱みを握ることより、エルフの力を欲したと考える方が自然か)

 

数ヵ月前にサイトの捜索をしていたデュライから報告を受けた時、十人前後の子どもしかいない村がどうして内乱期に盗賊の襲撃や軍隊の略奪の被害にあわずにすんだのか不思議でならなかったのだが、ティファニアという存在を前提に置くと納得がくる。

 

ティファニアは半分とはいえ、エルフの血を引いている。そしてエルフというのは総じて強力な先住魔法の使い手であり、実力がまちまちな盗賊団や私掠部隊のひとつやふたつ程度ならどうとでもできるだろう。ティファニアもそうだと考えればウエストウッド村が無事だったことに説明がつく。

 

そしてなぜ、トリステインがリスク承知でエルフの力を欲するようになったか。おそらくはガリアとの間でなにかしら暗闘があったのではないかと推測する。

 

ガリアの王弟姫を匿ってるところから察するに、トリステインはガリアの政治的混沌状態に手を突っ込む気があるようなので、公式の記録に残らない攻防戦をしているとしてもおかしくはない。

 

更に仮定を重ねることになるが、その過程でビダーシャルあたりの存在を知ったと考ればトリステインが対抗手段として手札に加えようとするのも理解できる。ただでさえガリアは強力な軍事力を有するというのに、エルフも部下にしているとか知ったら、旧習固持のトリステインも所詮水面下のことだ。こちらもエルフを飼いならして対抗しようとトリステインが開き直ってもおかしくはない。

 

というか、メイジではないが戦士として規格外なサイトを自国に縛り付けるべく、国内の反発を気にせずに近衛隊を新設してその副隊長に任じるという方法を使った我が従姉妹のアンリエッタ女王陛下ならば、ためらいもなく実行するだろう。水面下のことだから、上層部の少ない連中を説き伏せればそれですむわけなのだから。

 

それにガリアとの暗闘が済めば処分してしまえばよい。幸いというべきか、ほんの数十年前のトリステインの宰相が政争の際に使い捨て前提の亜人活用をしていた。その宰相は”烈風”の活躍により失脚したが、その宰相が残した亜人の秘密裏の運用や処分方法など様々な前例がトリステインには大量に記録として残っているはず。それを参考にすれば大きな問題を起こすこともあるまい。

 

(しかし……ハーフエルフなんて爆弾を自国だけで抱えこみたくない。むしろトリステインに完全に押し付けられたらありがたいのが……いくらんでも父上から連なる血統を変えることは不可能だし、ある程度は背負わざるを得ぬか)

 

自分の腹違いの妹と認め、親愛の情を持って接したにもかかわらず、ティファニア自体がどうなろうがかまわないとエドムンドは思っていた。

 

しかしそれは五年前の粛清のキッカケのひとつだから、という感情による忌避ではなかった。単純にエドムンドは自分に忠誠を誓う臣下や自分に税を納める素朴で従順な臣民の安全が保障されるならば、それ以外の人間が何千何万死のうがどうでもいいと割り切れる残忍な部分があるのだった。

 

(まあ、トリステインのことはサイトやルイズ嬢にガリアの王弟姫シャルロットの身柄、ウエストウッド村で行った非合法工作、これだけあればトリステインを黙らせるだけの外交攻勢もできるだろう)

 

ギーシュやキュルケのことはあまり交渉材料になるとは思っていない。キュルケはトリステイン魔法学院在学とはいえ、ゲルマニアの貴族である。下手に利用すればこの火種にゲルマニアが首を突っ込んでくるかもしれず、これ以上事態をややこしくされるような隙を見せたくなかった。

 

それにギーシュは水精霊騎士隊(オンディーヌ)の隊長とはいえ、しょせんサイトの風当たりを減らすためのお飾りであるという認識であり、交渉材料になるとは思っていない。むしろトリステインがギーシュにすべての責任を負わせ、トカゲの尻尾切りのごとくに切り捨ててお茶を濁してのらりくらりとこちらの追求をかわすのではないかとエドムンドは懸念していた。

 

(問題はガリアだ。ティファニアのことをどこまで知っているのか……)

 

今回の襲撃はウエストウッド村に訪れるシャルロットの身柄確保を狙ったものであり、その情報を伝えてきたのはジョゼフだ。なぜトリステインの工作活動にシャルロットが参加すると断定できたかは謎だが、場所を特定していた以上、トリステインの狙いがティファニアであることも当然知っていたと考えるべきだろう。

 

そしてガリアがティファニアの存在を調べなかったというのは楽観的に過ぎる。トリステインはあまり大きな国ではないとはいえ、はルケギニア全体に大きな影響力を持つ五大国のうちの一国。そんな国がアルビオンの辺境に住む村人一人を手にいれるべく暗躍しているとか怪しいにもほどがある。

 

その怪しさを前に調査をするように命じないような無能ならば、ジョゼフはとうの昔に国内に大量にいる不満分子によって失脚してなければおかしいので、自然、調査されたと考えるべきだろう。

 

その調査の結果、どこまでティファニアのことを知ったのか。エルフの血が流れているというのは外見的特徴から容易に察せられるからバレているとして、アルビオン王家の血が流れていることまで掴んでいるのか。あるいは自分の腹違いの妹であるという真実までか。

 

(こちらもエリザベートたち吸血鬼のおかげでジョゼフがエルフを臣下にしていることは知っているのだ。それを承知しているジョゼフがティファニアの存在を公にしてアルビオンを非難するようなことはせぬだろう。もしされたらこっちもビダーシャル卿を臣下にしているではないかと言い返してやる)

 

そして泥沼の戦争に一直線だ。エルフと関わりを持ってると公にされて混乱したガリアとアルビオンが戦争状態に突入するかどうかは少々考えを巡らす余地がある。なぜなら宗教的・政治的な混乱のあまりどっちも内乱の道へ突き進むという可能性もあるからである。

 

(そう考えると、ティファニアのことについて王家とあまり縁が深くない貴族霊場とか、てきとうな偽装身分でもでっちあげておいたほうがよいかもしれぬな。嘘ではあるが一見信憑性は高く思えるだろうし、そっちのほうがいざという時、傷が少なくてすむ)

 

多くの常識人にとって、アルビオンの王族がエルフと情を交わしていたというのは信じがたいことだろう。ゲルマニアを除く五大国の国王はロマリアに宗教庁ができ、そのトップである教皇の権威を認めるまでは各国のブリミル教の最高位の聖職者でもあったのである。

 

数百年前に教皇が宗教的に頂点にたった今でもその事実は決して軽くなく、そんな王という立場に次ぐ王族がエルフと情を交わしていたという”真実”より、中小貴族がエルフの色香に騙されて床をともにしていた”嘘”のほうが、民衆に”事実”として受け入れられるのではないか。

 

「ミス・ヨーク。今まで粛清した貴族の名簿を持ってきてくれ。それとトリステインの大使、いや、サスウゴータ地方共同統治者のマルシヤック公爵に面会を申し込んで欲しい。面会日はむこうの都合にあわせるが、できるだけ早くと念押ししておくのを忘れるな」

 

「はい。了解しました」

 

さっそくエドムンドは己の考えを具体化させるべく、行動を開始した。




おまけ・今のエドムンドの評価。

>ティファニア
自分の腹違いの妹で、ハーフエルフ。強力な先住魔法の使い手。

>アンリエッタ
油断できな女狐。機を見るに敏であり、伝統に拘らない改革主義者。

>ジョゼフ
アンリエッタ以上に油断ならない。”無能王”とか完全に詐欺。

>シェフィールド
気に入らない皇帝秘書殿。たぶんミョズニトニルン。

>イザベラ
なぜか気が合う有力な婚約者候補。恋愛感情はない。

>アルブレヒト三世
敵としてかなり好感が持てる相手。

>サイト
ガンダールヴ。自分でも七万相手に一騎駆けはなかなかきびしい。

>ギーシュ
人身御供。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。