風の復讐譚[更新停止]   作:kuraisu

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事後処理の方法

「いま、なんて……?」

 

言われたことを咄嗟に理解できず、思わず聞き返してしまった。

 

その様子を見て、エドムンドは肩を竦めてため息を吐くと、

 

「チキュウでは目上同士の会話に入り込むのは常識的なことなのか、と問うたのだ」

 

チキュウ。ちきゅう。地球。

 

脳内でなんどもそう呟き、聞き間違いでないと確信して衝撃を受けた。

 

それは故郷と言うにはかなりスケールがでかすぎるような気がするが、サイトの生まれ育った星、世界の名前であった。

 

そして地球という言葉を他者から切り出されたのは、すでにハルケギニアに召喚されてより一年以上たったサイトにとって初めてのことであり、どう反応していいかわからず脳細胞フリーズしてしまった。

 

「失礼ですが陛下。どうしてサイトの故郷がチキュウという場所であることを御存知なのでしょう? サイトは東方からやってきたきた剣士ということは知れ渡っていますが、東方のなんという国からきたかは広まっていないはずですが」

 

変わりに反応したのは彼の主人であるルイズであった。彼女はサイトが故郷に帰るための方法を探すのを手伝ってあげたいと思っていたが、いままで成果ゼロというありさまだったので、つい訪ねてしまった。ただ礼儀を失さないよう注意を払う程度のことは忘れずしていたのだけども。

 

その必死さをどう思ったのか、エドムンドは人の悪い笑みを浮かべた。

 

「我が国の情報網をあまくみるなよ? あらゆる伝手を駆使して調べあげたのだ。行軍中とはいえ、七万の軍勢の進撃を止めて見せた稀代の英雄だ。その英雄の経歴を調べぬほうがどうかしている」

 

たしかにそれはその通りだけどと、ルイズは悔し気に奥歯を噛みしめた。

 

エドムンドはチキュウのことを”異界”と言った。つまり異世界の存在を知っているということだろう。そのへんおことを聞き出したかったこそ、東方なんてすっ呆けた問いかけをしたのだ。

 

だが、容易くそれを見抜いたエドムンドは東方のこと一切無視し、サイトの故郷をなぜ調べたのかと言う話と受け取って有耶無耶にしてしまった。トリステインの王室が公式発表でサイトの故郷は東方だとしているのだ。トリステイン貴族であるルイズが直接それを聞けないと見越した上で、である。

 

「だが、私が国の情報網ではそれ以上調べ上げることができなんだ。だから好奇心から聞くのだが……おぬしの故郷はチキュウのどこなのだ?」

 

そこでようやくサイトはフリーズがなおったようで、目の色を変えた。

 

「日本って国なんだけど、なんで地球のことを? もしかしてエドムンドさまは地球への帰り方とかも、もしかしたら知ってたりするとか!?」

 

「だから礼儀がなっておらぬと……、いや、もういい。やはり、それが二ホンという国では常識なのだな? もうそう思うことにする。そう思えば多少の無礼は赦してやろうという気になれるものだ」

 

さっき咎めたというのに、全く態度が変わっているように見えないため、エドムンドは頭を抱えたい衝動を必死に堪えながらそう言い放った。

 

それは嘘ではなかったが、もしエクトル卿と名乗り、口汚い荒くれものの傭兵たちを統率して戦場を駆け回っていた経験がなければ、我慢できなかったかもしれないとエドムンドは内心思った。

 

そう考えると、そういう経験が絶対ないはずのアンリエッタが、このように無礼なサイトを騎士としてとりたてたのはある意味、凄まじいの一言に尽きる。いくら能力があるといっても、このような素行では伝統的腐敗貴族どもを黙らせるのは容易ではなかったはずだ。

 

しかしそれぐらい剛毅な質でなければ、あの伝統固執の小国で非常に改革的な政策を実行できるはずもなしか。おのように思い、アンリエッタに対する認識の誤解がさらに加速するエドムンドであった。

 

「それで帰り方だと? 妙なことを聞くな? 来た道の逆を辿れば帰れるに決まっておろう」

 

「いや、でも使い魔の召喚魔法って一方通行なんでしょ? それで帰れなくなって……」

 

日本に対する致命的な誤解を招いたような気がするが、礼儀を気にしなくてもいいと言われたことでもう完全に王族に対する言葉遣いをする気すらなくなったサイトである。もとよりそんな言葉遣い知らないので最初からアウトであったが。

 

「ああ、そういえばおぬしはミス・ヴァリエールに召喚されて使い魔になっていると、デュライから報告を受けていたな。それで帰り道がわからなくなったと。では召喚される前、どこにいたのだ?」

 

「地球の日本だ」

 

「そうか、チキュウの二ホンか……、って、はあ!?」

 

サイトの返答にエドムンドは一瞬納得しかけ、納得できるわけがないと叫び声をあげた。

 

「嘘つけ貴様! 使い魔を召喚する”サモン・サーヴァント”はハルケギニアのいずこからか使い魔に相応しき動物や幻獣を”(ゲート)”を通じて招く魔法だ。その(ゲート)がチキュウなんぞとつながる訳がなかろうッ!!」

 

「でも実際つながったわけだし!! そうじゃなきゃおれハルケギニアに来れてないよ!」

 

エドムンドは内心首を傾げた。どうにも話がつながらぬ。サイトの必死さに演技の気配は感じられぬし、会ってからそう時間がたってないが、演技の類が下手なのだろうと第六感が囁いている。ということはサイトの言葉は真実ということか?

 

いや、それは早計だ。なにか確かめる方法ないものか……。そこでふと思い至った。それを確かめる術がひとつあった。

 

「ひとつ問いたい。”シャイターン”と言う言葉に聞き覚えは?」

 

「ないな。……いや、ルイズに向かってビダーシャルがそんなこと言ってたっけ。なあ?」

 

「え? あの時、わたし魔法唱えるのに必死でそんなの覚えてないわ」

 

「いや、たしか、そんなふうなこときみに向かって言ってたよ」

 

サイトがアーハンブラでそうビダーシャルが叫んでいたことを思い出し、そのことをルイズはよく覚えておらず、代わりにギーシュがそんなことを言ってたと証言した。

 

だが、そんな一幕を見てエドムンドの脳内にはクエスチョンマークが乱舞した。ルイズがシャイターン? サイトがじゃなくてか? そうなるとルイズとあの異世界人との共通項はいったい?

 

性別、体形、年齢、性格、およそ共通項と思しきものはなし。あえていうなら肌の色がサイトと比べ、ルイズと同じハルケギニアの民よりであるが、その理屈で解釈するとハルケギニアの人間が全員シャイターンになってしまう。

 

色々思考を巡らせたが、シャイターンという言葉の意義を履き違えていたらしいというのが一番しっくりとくる結論だった。シャイターンとは異世界人を意味するエルフ語と思っていたのだが……

 

「で、それがいったいなんなんだ?」

 

「いや、すまぬ。どうやら私の勘違いであったようだ。忘れてくれ」

 

内心の困惑を表に出さず、エドムンドは朗らかに笑いながら誤魔化した。

 

「だが、おぬしの問いに答えることはできんな」

 

「知らないんですが」

 

「知らぬし、そして仮に知っていたとしても教えられぬわ」

 

それは遠回しに知っているという意味か、とサイトは思った。

 

「どうしてですか」

 

「おぬしはトリステインとその君主に忠誠を誓った騎士なのだろう? 貴重な情報源の存在とそこから得た情報をなぜ他国のやつに開示してやらねばならぬ? 相応の見返りを提示されたというならまだしも、ただで教えたとあっては、私を信じて情報を集めてくれた臣下に対して裏切りも同然ではないか」

 

トリステインにもアンリエッタにも忠誠を誓った記憶はなかったが、エドムンドの言はもっとも過ぎて言い返すことができなかった。それでもなんとしても情報を聞き出したいサイトはなにか方法はないかと必死で考える。

 

実際のことろ、エドムンドは地球に行く方法なんて知らなかった。いくつか推測をたててはいたが、それらすべて自分を納得させるだけの説得力を持てていなかったので、仮にサイトがなんらかの見返りを提示できたとしてもろくな答えを返せなかっただろう。

 

「まあ、おぬしの故郷関連の話はまた今度だ。そんなことより目の前に差し迫っている問題の方が、重要であると考えるが?」

 

「問題?」

 

サイトが首を掲げるのを見て、エドムンドは首をしゃくった。すると隣にいたヨハネがすらすらと夕食の場ですることとは思えないほど場違いなセリフを発した。

 

「ひとつ、アルビオン王族に連なるティファニアさまの誘拐未遂を実行した罪。

ひとつ、領主の許可を得ず、領民の不法移動の強制及び村の破壊を企てた罪。

ひとつ、鉄騎隊及び警邏隊に暴行を加え、公務執行妨害を行った罪。

以上、三つの罪状があなたがたを拘束する主な理由となっております」

 

「うち、ティファニアの件は目を瞑ってやってもよいと思っておる。なにせ我々とて知らぬ事実であったし、存在自体把握しておらなんだからな。だが、残りはアルビオンの王として断じて見逃すことはできぬ」

 

そう言われ、ルイズたちは衝撃を受け、顔を青くした。サイトだけが怒りも露わに反論した。

 

「おれたちは別に村を壊そうとなんてしてないし、デュライたちの一件なら襲ってきたのはそっちじゃねぇか」

 

「ウエストウッドの村民全員移動させようとしたのが村の破壊以外のなんだというのだ。領主の許可を得ずに領民が勝手に住居を移動することは不法行為だ。その手続きを取らず秘密裏にやろうとしたのだろう? しかもその時にウエストウッド村の警備当たっていた鉄騎隊の隊員三名を不意打ちで気絶させている。にもかかわらず先に手を出したのはこっちだと? ずうずうしいにもほどがあるぞ」

 

エドムンドの弾劾にサイトは反論した。

 

「領主の許可というのは知らなかったから悪いとは思うけど、ウエストウッド村の警備兵を気絶させたのはおれたちじゃないぞ」

 

「? ではだれが警備兵を襲ったというんだ?」

 

ディッガーが不思議そうに首を傾げる。その三名の隊員は不意をうたれたために自分を気絶させたのがだれなのかわからなかったが、報告を受けたディッガーは状況的にサイトたち一行の所業と断定していたのである。

 

その疑問に答えたのは、サイトではなかった。

 

「あの、それやったの、姉さんです。村に兵隊がいるのを見て、わたしの正体がバレたと早とちりして……」

 

ティファニアが気まずそうに、今にも泣きだしそうな表情で、とぎれとぎれに答えた。

 

ティファニアの姉さんというのは、マチルダのことだろう。ティファニアを守り通してきたマチルダの視点から見れば、そう勘違いするのも無理はないと思うが……

 

それにしても……

 

「侯爵令嬢だった、あの頃のお淑やかさはどこに消え失せたのだ?」

 

「たぶんいろいろあったんでしょう。いろいろ。だからこそ華麗な変身を遂げたんでしょう」

 

「華麗というには、少々雑味が強すぎやしないか」

 

貴族時代のマチルダの姿を知るエドムンドやヨハネからすると、そのように過激な行動をとった人物が記憶の中の令嬢が同一人物であるというのはなかなかに信じがたいことである。

 

当時のマチルダはエドムンドのようにやんちゃな性格ではなく、まさに万民が思い浮かべるような深窓の令嬢であったから、真実であったとしてもどうも違和感を感じてしまう二人であった。

 

「まあ、村の件は置くとしても、だ。おぬしらと交戦した警邏隊の証言によれば、街道で犯罪者の引き渡しを要求した際に、暴言を吐いたおうではないか。なんでも我が王家が間違っているとか」

 

「タバサは犯罪者じゃないって言っただけだぞ!」

 

「なら素直に捕まって身の潔白を証明すれば、それで済む話ではないか。にもかかわらず実力行使で抵抗したということは、後ろめたいことがあるなによりの証明なのではないか?」

 

責める視線をサイトに向ける。

 

「なぜだ? なぜそうしようと思わなかった? 我が国の誠意が信じられなかったなどとでもぬかすつもりか?」

 

「そう、信じられなかった」

 

タバサが当然のことであるかのようにそう言い放ち、エドムンドが憤怒の表情を浮かべた。

 

「ほう、なぜかなシャルロット殿下。返答次第によってはただでは済まさぬぞ」

 

「警邏隊が来る直前まで、わたしたちはガリアの手勢の襲撃を受けていた。それを退けた直後にやってくるなんてタイミングが良すぎる。あなたたちがジョゼフと手を組んでいたとしか思えない」

 

断定口調の反論に、エドムンドは憤怒を収めた。

 

「なるほど。先を見通す目はともかくとして、現状把握の方は問題ないようだな。たしかにわれわれはジョゼフとの交渉の結果、シェフィールドとかいう奴がおぬしらを襲うのを黙認した。そんな我らを信じられぬというのも無理からぬ話か」

 

あっさりとジョゼフと手を組んでいた事実を認めるエドムンド。

 

「だがな。王権という力は実に強力な力でな。その矛先にいる者の口を封じて反論を許さず、こちら側の主張だけ述べて罰を下すことが、いかに容易いか。オルレアン派粛正を経験された殿下におかれては、そのことを身をもって知っておられると思うが……」

 

「そんなことをすれば外交問題になります! それに陛下の名誉も傷つくとになりますわ!」

 

脅迫以外の何物でもない言葉にタバサは鼻白んだが、即座にルイズが悲鳴のようにそう叫んだ。いつものような激情の産物であるようにサイトやギーシュなどは思えたが、殊の外論理的かつ効果的な反論であった。

 

事実、エドムンドにとってタバサの扱い以外は事前にまったく想定していなかったから、現状は不本意の極みだった。

 

なぜなら、強硬的な手法で一方的に処理したら戦争が勃発しかねない事案だからである。国内において容赦ない中央集権化を推し進めているエドムンドであるが、あれはレコン・キスタ時代からの入念な準備の賜物であり、その為の準備をまったくしていない他国の貴族相手いそんな方法で処理できない。したら戦争まったなしである。

 

内乱の終結から数ヵ月が経過したが、その程度の期間で国土の大半が戦場になった傷を癒しきれてるわけがない。それなのに戦争が勃発したとあっては、長い内乱の結果として厭戦感情を抱いている民意を裏切ることになってしまう。

 

そうならないようにするためにエドムンドは、そんな状況になる前にこの問題を処理しなくてはならないのであった。

 

「ミス・ヴァリエールの言う通りよな。だが、犯してくれた罪の重大さを鑑みれば無罪放免というわけにもいかぬ。トリステイン政府との交渉によって下すべき処罰が決まる、ということになるだろうな」

 

ルイズたちはそろって安堵のため息をこぼした。トリステインとの交渉によって処罰を決めるのであれば、そこまで重い処罰にはならないだろうと思ったからである。

 

そのあからさまな態度に少々不快感を覚えたエドムンドは表情を一切変えず、骨付き肉を手に取り、齧りつき、肉を引きちぎった。口の中に広がる甘い肉汁の旨さは、かすかな不快感を容易く消し去った。

 

「ちょっと待ってくださる? あたしはゲルマニアの貴族なんだけど、その辺はどうなるのでしょう?」

 

「ツェルプストー辺境伯に使者を送った。お前、主犯でもなければ重要人物でもないらしいし、この件に関しゲルマニア政府は関わっておらぬようだから、アルブレヒト三世の以降を伺う必要もないと思ったのでな。処罰の方はお前の実家に丸投げだ」

 

報告からキュルケの経歴を知ったエドムンドは、彼女の愉快犯的思考をそれなりに把握しており、たかが一辺境伯の娘一人のためにあの手強そうなアルブレヒト三世の介入を招く方が、ゲルマニア政府を最初から無視する方がはるかにマシと判断してのことであった。

 

ついでに言えば、エドムンドは使者に持たせた親書にツェルプストー辺境伯家に対して相応の謝罪金を要求する旨を書いており、キュルケの処罰自体に固執せず、辺境伯家から金をせしめることに重点を移したようであった。

 

「この話はここまでとしよう。もうひとつ重要なことをわれわれは話し合わねばならないのだからな」

 

「なにを、ですか?」

 

安堵していたところへ、再び鋭い目を向けられて、ルイズは固い声でそう問い返した。

 

「ティファニアのことについて、だ」

 

さっきまではトリステインとの外交問題的な話だったので、ある意味蚊帳の外にいて純粋に豪勢な料理を楽しんでいたウエストウッドの孤児たちも含めて全員に緊張が走った。

 

「念のため……、おぬしらがティファニアをトリステインで匿おうとした理由を話してくれぬかな」

 

すでにデュライらの報告により、成り行きの大枠を理解しているエドムンドであったが、直接彼女らの言い分を聞いておきたいという気持ちがあった。部下の報告を信用していないわけではなかったが、ことがことであり、自分で確認したかったのである。

 

ルイズは言える範囲でありのままを語った。表沙汰にはならなかったがシャルロットを巡る一件でガリアと対立したことにより、トリステインの女王アンリエッタが、ガリアと友好関係にあるアルビオンで、しかもガリアも統治に参加している四カ国共同統治領サウスゴータ地方の辺境でひっそりと暮らしているティファニアの身の安全を憂いたのである。

 

なのでティファニアらウエストウッド村のみんなをトリステインの庇護下に置こうと考え、ルイズたちに対して自分の従姉妹であるティファニアをトリステインに連れてくるよう命じたのが、今回の成り行きであった。

 

「なぜ、私に一言いってくれなかったのか、疑問だね。血縁上私はティファニアの兄だというのに」

 

「……ティファニアはハーフエルフです。それに、モード大公派粛清の原因のひとつでもあります。だから彼女を前にして兄としての情より、復讐者としての情を優先させるのではないかと、考慮したのではないでしょうか」

 

「ふむ。正論だな。事実、私は最初ティファニアの存在を知った時、いささか冷静さを失っておった」

 

「いささかっていう次元を確実に超えてたような」

 

「なにか言ったか、忠勇なる近衛武官長」

 

「いいえなにも」

 

ヨハネのからかいをエドムンドは冷ややかに粉砕しながら、アンリエッタの采配に感心していた。目の前のピンクブロンドの髪の少女は嘘をついていないだろう。別に嘘を見抜ける目を持っているとは言わないが、己に自信を持ち、誇りと意志を宿した新年の輝きが宿る瞳をしながら、信じてもいない嘘偽りを語れるような奴は少ない。

 

だからアンリエッタは先住魔法の担い手を麾下に加えるために、このような方便で持って臣下のルイズをそう信じ込ませたのだろう。そうすれば、たとえ捕まったとしても相手に漏れる情報は少ない……。下手に吐き出させようとしたら自害しかねないからだ。

 

実際のところ、アンリエッタがティファニアをトリステインで庇護しようと考えた原因は、少し前に水の女王と急遽かつ秘密裏に会談したロマリアの教皇の言葉による巧妙な誘導の成果であり、決してアンリエッタが自主的に動いた結果ではないのだが、幸か不幸か浮遊大陸の王者はそんなこと知る由もなかった。

 

とにかくツッコめる部分なかったので、エドムンドはティファニアに向き直った。

 

「ティファニア」

 

「は、はい」

 

「君は……これからどうしたい?」

 

「え?」

 

「今まで通りどこかの村で暮らしたいというのなら、そういう環境を用意しよう。もしこの王宮で暮らしたいというなら、適当にごまかして住めるよう取り計らってやる。……どちらにしても君の両親のことを公にできないから、いろいろと不自由を強いることになるとはおもうが、君はどうしたい?」

 

「え、えっと、その……」

 

ティファニアは困った。なんと答えて良いか、わからなかったから。混乱する頭の中で必死に考えるも、考えがまとまるどころか逆に散らかっていくような思考をしてしまい、さらに考えがまとまらなくなった。

 

ふと、サイトの姿が視界の端に止まった。真剣な顔でこちらを見ている。自分を迎えに来てくれた人、憧れていた”外”に連れていってやると言ってくれた優しい人……

 

そのことを思い出し、ティファニアの決心は固まった。

 

「気持ちはうれしいけど、わたしは”外”の世界を自由に見てみたいの。だからサイトと一緒にトリステインに行きたいと思います」

 

「……トリステインでも不自由なことにかわりはないと思うが」

 

純粋な心配から、エドムンドは懸念を述べる。エルフの先住魔法がトリステインの目的と思い込んでいるから、絶対にそういう方向で利用されるだけではないかと危惧せざるを得なかった。

 

「サイトが約束してくれから、大丈夫です」

 

「おい、本当なのか?」

 

「ああ」

 

「神と始祖と、己が身命に誓えるか。ティファニアを不自由にはさせぬと」

 

「ああ。誓う」

 

サイトの断言に、エドムンドは目をつむった。

 

「ひとまず、お前を信じてやろう。だが、もしティファニアが不自由している俺の耳に入ろうものなら、……ただではすまさぬぞ」

 

ドスの効いた言葉に、サイトは一瞬だが内心でひるんだ。しかし身動きひとつしようとしなかった。いや、できなかった。そんな醜態を見せればエドムンドはすぐさま杖剣を抜き放ち、襲ってくるような幻想に囚われていたからである。

 

「そうか。なら餞別としてこれをやろう」

 

エドムンドは懐から異国情緒漂う紋章が刻まれたペンダントを取り出し、立ち上がった。そしてティファニアの座る席に近づき、跪いた。

 

その様子を見て、ヨハネとディッガーは慌てた。王が誰かに対し跪くなどあってはならないことであったからである。しかしすぐに兄妹なんだから別に礼儀なんて細かく気にしなくてもいいではないかと思い直した。

 

「目をつむって、普通の人間の耳を思い浮かべてくれないか?」

 

「普通の人の耳?」

 

「そう」

 

言われるがままに目をつむり、普通の人間の耳、尖ってない耳をイメージする。そしてエドムンドはなにも言わずにそのペンダントをティファニアにつけた。

 

すると孤児たちが一斉に驚きの声をあげた。




おまけ
エドムンドのルイズたち一行に対する夕食会での評価。
>ルイズ
知的で頭が回る”虚無”。さすがにあのアンリエッタ直属の女官をしているだけのことはある。
いや、あのマントの紋章が俺の見間違えでなければ、王族としても評価すべきか?

>サイト
異世界人ってどいつもこいつも礼儀を気にしないのが普通なわけ?
でも、臣下にしたらそれなりに頼もしそうではある。性格的には百人長くらいが適任かな。

>タバサ
状況把握能力は高いが、先を見る視座が低すぎないか。
長く暗部にいたそうだから、大局眼を磨く機会がなかったのかな?


>キュルケ
ガリアの王弟姫と深い関係にあるのか、思わず声をあげてた印象。愉快犯的思考の持ち主。
ことと次第によっては皇帝が首突っ込んできそうな地雷物件。適当に放置でいいか。

>ギーシュ
これぐらいの年の貴族ならこれが普通なんだよなぁ。
俺の場合、一人で野生の風竜狩りに挑み始めてたけど。

>ティファニア
ひどい環境で育ったのに、ずいぶんと素直に育ってるなぁ。マチルダ頑張ったんだな。
そのせいでマチルダの方は性格とか気性が劇的ビフォーアフターしちゃってるけど。
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