今夜は雲が片方の月の光を遮り、明かりが無ければ周りがよく見えないほど暗い夜だ。
エクトル卿は杖剣の先を”ライト”の魔法で光らせ、ヨーク伯爵の屋敷の前に来ていた。
「おお、エクトル卿ですな。今ご主人様を呼んでまいります」
執事と思しき者がエクトル卿の姿を確認すると、屋敷の中へと戻っていく。
するとエクトル卿は屋敷に背を向け、どこかへなにかを投擲した。
そしてなにかを投擲した方向へ向かい、明かりで照らすとそこには飛刀が突き刺さったアルヴィーというガーゴイルの一種が転がっていた。
「随分と精のでることよ」
侮蔑するような声でエクトル卿は暗闇を睨みつけながら、吐き捨てた。
そしてアルヴィーを”レビテーション”で持ち上げ、屋敷の前で待つ。
「おお、閣下。よくぞお越しくださいました」
屋敷の扉が開くと二足歩行する豚が出てきた。
いや、正確には豚ではなく脂肪で太りまくっているだけだが。
どれくらい太っているかというと、動くたびに前身の脂肪が波打っていると言えば、多少理解できるだろうか。
彼こそ【白いオーク】と二つ名を持つステュワード・ヨーク伯爵である。
「貴様の屋敷の庭にガーゴイルが忍び込んでいた。警備が手ぬるいのではなないか?」
エクトル卿はアルヴィーをヨーク伯の鼻先に突き付けた。
「……そうですな。詰所で休んでいる兵も警備にまわしましょう。なにせこんな暗さですからな」
ヨーク伯はそう呟くと執事に警備を増やすことを命じてエクトル卿を屋敷に招き入れた。
そして、地下へと向かう階段を下がっていく。
「皆、集っておるだろうな?」
「勿論です
階段を下がり切り、ヨーク伯が”アン・ロック”の魔法で鍵がかかっている扉の開錠をする。
ギギーっと音を鳴らしながら、扉を開けるとそこには開けた広間があり、中心に小さな円卓があった。
そして広間からも何本か通路が伸びており、他にも入口があることが容易に想像できる。
円卓を囲んでいた者達が一斉に立ち上がり、エクトル卿に向かって恭しく敬礼する。
エクトル卿は手をあげることでそれに答えると皆円卓の席に着いた。
「殿下、重大な事実が発覚したとのことですが」
エクトル卿の右隣に座っていたヨハネ・シュヴァリエ・ド・デヴルーが発言した。
ヨハネはエクトル卿の信頼篤い騎士であり、身分は低いが発言力が強い。
「ユアン」
「ハッ」
ユアンと呼ばれた10代半ば程の青い顔をしている少年だ。
なぜか痩せ細ってもおり、健康上に不安を感じさせることこの上ないが、とある事情があってのことだと全員知っているので誰もツッコまない。
因みに彼とヨハネはレコン・キスタに所属しておらず、情報収集や裏工作に励んでいる。
「レコン・キスタを支援しているのが誰なのか判明しました」
その言葉に円卓にどよめきが走る。
「それは誰なのだ?」
皆の思いを代表して、ヨーク伯爵が脂肪をふるわせながら問う。
「ガリア王ジョゼフ1世。彼に間違いありません」
ユアンの報告に円卓の全員が驚きの声をあげる。
「間違いないのか?」
ブロワ侯爵が再度問うが、ユアンは首を縦に振って肯定した。
「信じられん。『無能王』が黒幕とはな」
ガリア王はジョゼフは無能王と呼ばれる男である。
魔法の才能がないばかりか、政治に関心を持たず、宮廷で一人遊びに熱中していると噂の人物だ。
そのような人物が陰謀で一国を滅ぼしたというのはブロワ侯爵には少々信じられない。
「私としては納得が先にきましたがね」
ディッガーが苦笑しながら言う。
それに眉を顰めたブロワ侯爵は、
「どういう意味だ?」
「ジョゼフ王は3年前に王弟オルレアン公シャルルを謀殺しておいでです。
にも関わらず、ガリアはこの3年間、大規模な内乱はありませんでした。
それどころかジョゼフ王即位から3年で軍備の拡充と国力の増強にさえ成功しているのです」
「ディッガーの言うとおり。
ジョゼフ王を無能と誹るなら、弟の謀殺直後から国家を衰退させ続け、つい先日滅んだどこぞの王国に存在した度し難い低能な王をどういう蔑称で呼べばよいか分からなくなりますからな」
「違いない」
円卓の全員が笑いあう。
ヨーク伯が引きあいに出した”度し難い低能な王”がジェームズ1世のことだと皆理解したからだ。
ジョゼフ王は王弟を殺したが、反乱の旗頭になってもおかしくない王弟の妻と子は流石に自由の身にはしてはいないそうだが、生かしていると噂されている。
禍根が残ることを恐れモード大公の一派を一族郎党皆殺しにしたも関わらず、反乱が起きて国ごと身を滅ぼしたジェームズ王とどちらが名君か問われたら自明の理だ。
確実にジェームズなんぞより、ジョゼフの方が遥かに王として相応しい。
「なるほど。かの王はあのような二つ名が冠されていながらかなりに策謀家であられるようだ」
ブロワ侯爵は両腕を組みながら呟く。
「このアルビオンは随分な大物に目を付けられたようですな。
では、我らの存在を気づかれる前に、早急に貴族議会を打倒し、この国の実権を握るべきでは?
ニューカッスルで我らは殿下をこの国の王にさせることのできるだけの正当性を得た。
ジョゼフ王が余計な奸計を巡らせる前に国の実権を握り、ガリアと対抗すべきだ!」
「まて、ブロワ候。ニューカッスルで得た正当性とは何のことだ?」
顔も脂肪で分厚いので判断しにくいが、おそらくは怪訝な表情を浮かべながらヨーク伯はブロワ侯爵を睨む。
そう言われてブロワ侯爵はしまったという表情を浮かべると黙り込む。
「ヨーク伯。正当性に関することは極秘事項だ。おぬしらを信頼していない訳ではないが、直前まで知る者が少ない方がいい」
「私でも教えていただけませんか?」
「お前でもだ。ヨハネ」
「……了解しました」
ヨハネは渋々席に座る。
この中で自分は主から一番信頼されているとう自負がヨハネにはあったが、レコン・キスタに所属したいない以上、その信頼に応えるだけの活躍を中々できないのが不満だった。
(殿下が王として君臨した後のことも考えての事だとは承知しているが……)
そう思ったとしても、彼は無力感を感じずにはいられなかった。
「それとブロワ侯爵。正当性の件は我らの切り札。くれぐれも死なないよう気をつけて丁重に扱うように」
「はっ」
ブロワ侯爵はエクトル卿からの厳命に、頭を下げた。
「それと国の実権を奪う時は今ではない。しばらく様子を見る。
そしてガリアに対してだが、俺が直接ガリアへ赴こうと思う」
エクトル卿の言葉に再びどよめきが起きる。
「危険です!」
ヨハネが声を上げた。
クロムウェルを通じてレコン・キスタを操る黒幕の本拠地へ自分達の主君を送り込むなど気が気ではない。
「だが、既にクロムウェルに進言してしまった。
ジョゼフ王の胸先三寸で俺は外交特使としてガリアへ行くことになろう」
主君の独断専行にヨハネは思わず手で顔を覆った。
この主君は、時折こんな危険な真似を平然とするのだ。
「そこでだ、ヨハネ。お前には先行してガリアに向かっていてほしいのだ。
事と次第によってはリュティスで一戦やらかすことになるやも知れんからな」
「はっ」
とにかく主命である。命令されたからには一命に代えても成さねばならぬ。
個人的感情はさておき、ヨハネは頭を下げて命に服する。
「ディッガー、もしリュティスに赴くことが決まればお前が護衛部隊の隊長だ。
「はっ」
「最後に留守を預かる者。もしも俺がガリアで一戦やらかすような事態になれば……
やむを得ん。俺のアルビオン帰還を待たずに貴族議会を排除し、早急に国の実権を握れ」
「「「承知しました」」」
「俺から言うべきことは以上だ。なにか他に聞きたいことはあるか?」
エクトル卿の問いにヨハネが口を開いた。
「そういえば、サウスゴータ侯爵の娘マチルダがレコン・キスタに参加したという噂を聞きましたが真ですか?」
その問いに、エクトル卿はディッガーは互いの顔を見た。
「いや、俺は聞いていないが」
エクトル卿の言葉にディッガー、ブロワ侯爵も頷く。
その様子に、ヨーク伯だけは少し驚いた声で言った。
「私はクロムウェルから聞いておりましたが、殿下は聞いておりませなんだが」
「クロムウェルから聞いたならば、事実なのだろうな。
しかし、生きておったのか。マチルダがどこの所属か聞いておらぬか?」
「えぇ、なんでもワルド子爵の配下になっているとか」
ヨーク伯の言葉にエクトル卿は首を傾げる。
「なぜだ?ワルド子爵は元トリステイン貴族。
マチルダとトリステイン近衛隊長との接点がわからぬが……」
「はぁ、それがかの”土くれのフーケ”の正体が彼女らしいのですよ」
円卓の全員が息をのんだ。
土くれのフーケとはトリステインを中心に暗躍していた貴族専門の盗賊だ。
土のスクウェアという噂で、何人もの貴族が手玉に取られて被害にあっている。
「あのマチルダが盗賊か……、ま、まぁ4年もあったのだし……
ということはなにか?ワルド子爵がフーケのスポンサーだったのか?」
エクトル卿がやや困惑した声で問う。
なんらかの理由でワルドがマチルダの盗賊行為を支援していたのかとエクトル卿は思ったのだ。
「いえ、それが、チェルノボーグの牢獄に収容されていたのをワルド子爵が実力のある優秀なメイジと見込んでスカウトし、脱獄の手引きをしたそうです。
そこからワルド子爵に同行する形でレコン・キスタに参加したそうで……」
「……脅される形で参加してしまった訳か」
エクトル卿は手で顔を覆いたくなるのを必死で堪えた。
ワルド子爵はクロムウェルの直属という扱いを受けており、向こうから接触してくるのならともかく、こちらから接触するのは少々危うい。
エクトル卿はマチルダと過去に面識があり、叶うなら旧交を温めたかったが、妙な警戒心をクロムウェル、ひいてはジョゼフに与えるのは面倒だ。
「マチルダの件は、ひとまず一定の距離を保つ。
他の者もマチルダと話すことがあっても俺のことは伏しておけ」
エクトル卿の言葉に円卓の者は皆頷いた。
ヨーク伯の屋敷に戻ったエクトル卿は、この屋敷へきた表向きの理由である共和国の法律を勉強していた。
共和国の法律は共和主義者の哲学者達が考えた法案を貴族議会に提出し、貴族議会がその法案を精査・修正して施行を決定している。
王国時代の法律もかなりの部分が転用されているが、まるっきり同じ法律というのは一切存在しないため、王国時代の法を知っているものでも、これらの法律を頭に叩き込むのはそれなりに骨が折れる作業だ。
一通りの法律をヨーク伯から説明された頃には既に朝日が屋敷を照らしていた。
エクトル卿は立ち上がって、背筋を伸ばす。
すると壁にかけられている2枚の肖像画が目に入った。
ひとつは凛々しい男の絵であり、もう一人は美しい少女の姿だった。
「おや、私と私の娘の肖像画に目が留まりましたか」
特に気負うことなく呟いたヨーク伯にエクトル卿はギョッとした目をする。
肖像画の凛々しい男の肖像画と眼前にいるヨーク伯の姿は似ても似つかない。
どれくらい似ていないかというと雪と墨くらいに違う。
「随分と似ておらぬが、本当におぬしの肖像画か?」
「まぁ、書かれた頃から随分と時間がたっておりますからな」
時間の流れとはかくも残酷なものなのかとエクトル卿は内心でため息を吐く。
……もっとも、ヨーク伯の言が偽りではないと仮定した上での話だが。
「閣下、もう一つの方に描かれているのが私の娘です。
歳は16。父親の私から見ましても 美しく、利発であるように思われます。
もし閣下に仕えさせていただけるなら我がヨーク家にとって、これに勝る名誉はありません」
ヨーク伯がさりげなく娘を売り込んでくる。
エクトル卿は内心で冷や汗を流した。
ヨーク伯の肖像画と実物との差がこれだけ激しいのだから、もしかしたら娘の方も……
「そういう話は目的を果たしてからにせよ」
「ハッ、申し訳ありませんでした」
あたりどころのない台詞で、エクトル卿は返答を先送りにした。
そろそろ主人公の身の上を察した方も多いのではないでしょうか?
おまけ
=====オリ主一党=====
+エクトル卿
本作の主人公。常に仮面を被っている。
公ではない場では、仲間から殿下と呼ばれる。
+ディッガー
エクトル卿の腹心であると周囲から認識されている。
+ヨハネ・シュヴァリエ・ド・デヴルー
4年以上前からオリ主に仕えている騎士。オリ主への忠誠心は非常に高い。
諸事情によりレコン・キスタに参加していない。
+ブロワ侯爵
武断的な空軍将校。オリ主とは4年以上前から付き合いがあった。
軍事一辺倒だったせいで、政治にはやや疎い。
+デナムンダ・ヨーク伯爵
とにかく太っている貴族。見た目暗愚で中身有能な政治家貴族。
共和国政府では、司法を司る法務卿の地位にいる。妻子持ち。
+ユアン
血色のよくない少年。健康が悪そうに見えるのは理由があるらしい。
レコン・キスタには参加していない。
+エリザベート
詳細不明。秘密の会談には参加していなことから主要幹部には入らない模様。
レコン・キスタには参加していない。
今の明らかなメンバーはこれだけ。他にもいるかも?
===============
もうちょい後で説明した方がよかったかな?
ただ、オリキャラ一気に出しすぎたので、混乱しないよう纏めておきたいし……