女王に国の留守を任されたマザリーニ枢機卿は昼頃になってようやく手元に届いたマルしヤック公爵の手紙と、昨夜の交渉結果を通知してきたアルビオンからの外交文書に目を通して、老化がさらに加速したような苦しみを味わっていた。
マザリーニは先王ヘンリー亡き後、国家崩壊に向かってひた走るトリステインをなんとか持たせたやり手の宰相だが、その精神的肉体的疲労のせいでまだ四十代なのに髪は真っ白になり、体は瘦せすぎて骨と皮しか見当たらないことから”鳥の骨”という二つ名で呼ばれていた。
同じように容姿から”白いオーク”だの”脂豚”だの”太っちょ”だの愉快な二つ名で呼ばれている隣国の白い国の肥満宰相と比べ、随分と悲惨な感じが漂う二つ名であった。
そんな”鳥の骨”が、なんで昨日の昼にマルシヤック公爵がフクロウで飛ばしたはずの手紙を今頃読んでいるかというと、検閲室のせいであった。検閲室とは王政府に届く膨大な手紙を重要度や種別によってふるい分けする部署のことである。
マルシヤック公爵からの手紙を担当した検閲官は上質な紙を使っていることやマルシヤック公爵家の紋章が刻まれた捺印で封がされていることに疑問を覚えたものの、フクロウで飛ばしてくるような手紙なら重要な手紙じゃないだろうと推測し、明日の政務のさいに纏めて提出する棚に突っ込んだのである。
そしてアルビオンからきた外交文書は、ついさっきアルビオン竜騎士団の生き残りであるベテランの風竜乗りによって届けられたものであり、そこにはマルシヤック公爵との協議の末に定められた条文が書かれていた。
一、ギーシュ・ド・グラモン、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの三名はトリステイン王室直属の騎士ないしは女官であり、友邦ガリアの国事犯シャルロット・エレーヌ・オルレアンの身を匿っていた咎でアルビオン政府は彼らの身を拘束した。
二、拘束した後に判明したことであるが、彼らは四カ国共同統治領内のウエストウッド村の村民を強制的に不法移住させようとしていたことが判明した。これは同地の法律違反であり、その罪のことも忘れてはならない。
三、また拘束の際に彼らは強硬に抵抗したため、我が方の警邏隊及び鉄騎隊に被害を出している。幸いにして死傷者はでなかったが、この行為は公務執行妨害としか受け取れない。
四、以上三つの罪を鑑み、拘束中の者達は本来であれば極刑に処すが相応しい裁きであるというのが我がアルビオンの見解である。
五、しかして四カ国共同統治領下での出来事であるため、大事にするのは両国にとって望ましくないことであり、双方の落としどころを探るための交渉の場を作る用意が我がアルビオンはある。
六、交渉が纏まるまでグラモン隊長、ヒラガ副隊長、ヴァリエール女官、そしてガリアの国事犯オルレアンに我が国の監視役をつける。監視役は対象一人につき十人までとし、対象が監視下から逃れようとした場合、現場の判断でこれを殺害する権利を持つ。
七、
八、マルシヤック公爵の協議によって決められた本条項を承認するのであらば、六の条項通り拘束中の貴国の者達を即座に解放する。承知しないのであれば即座に極刑を下す。
九、ウエストウッド村の村民に関しては、この一件でトリステインとの友好関係を崩したくない我が国の誠意の証として、超法規的にトリステインへの移住を認める。
十、上記の者達と行動を共にしていたキュルケ・アンハルツ・フォン・ツェルプストーについては貴国の学生ではあるものの、ゲルマニアの貴族であるので彼女の生家と直接交渉を行う為、トリステインが考慮するに及ばず。
文面の最後にアルビオン王国国王と宰相、そして共同統治領トリステイン代表のサインと押印が押されていた。
纏めると一~三がトリステインの不法行為の羅列。四と六~八が無視したり反論したらどうなるかという脅し。五と九がかすかなトリステインへの配慮。十が補足事項といったところである。
とにかくこの十項目を認めろ。すべてはそれからだというのが文面からいやというほど感じてくる。特に八とか露骨すぎるほどアルビオンの意図が明白だった。
いくらこちらに非があるとはいえ、こんな無茶苦茶な条文は断固抗議すべきところなのであるが”マルシヤック公爵との協議によって定められた”と一応、トリステインの顔を立てようとしてるあたりが嫌らしい。しかも九でこちらの本来の目的を認めてくれるという慈悲まで施されている以上、こちらの反論に正当性を持たせるのは至難の業だ。
加えて言えばそんな抗議などして大事にしたら、自分たちが無視されてメンツが潰されたガリアとゲルマニアが黙っていないだろう。アルビオンに一矢報いる対価としてトリステインが周辺諸国から批難の集中砲火を浴びる羽目になることになる。そうなっては本末転倒である。
しかしこの条文を承認してしまえば、トリステインは”虚無”・”神の右手”・”ガリア王弟姫”・”近衛隊長”の動向がアルビオンによって逐一監視されていることを飲まねばならない。最後の一人はそれほど問題ではないが、他は文字通りトリステインにとって大きな政略的・戦略的価値を持つ存在である。それを秘密裏に行動させることができなくなるのはかなり認めがたい。
一応、六で両国の交渉が纏まるまでと書かれているが、マザリーニの経験上こういう表沙汰にできない問題はなかなか合意に至らないものである。というより、この場合だとトリステインがかなりの譲歩を示さない限り、アルビオンはトリステインの主要人物を公的に見張られる特権を守るべく、交渉をひたすら長引かせたるのではという疑念を感じずにはいられない。
なら脅しだからするわけないとタカをくくって無視する……というのも愚策である。マザリーニはエドムンドが国王に即位した後、アルビオンに吹き荒れている粛清の嵐を情報もある程度掴んでおり、諸国会議で会った時のかの王の印象もあって理知的でいながら苛烈な性格の人物と認識している。
そのような人物がここまで繰り返し極刑という文字を使用しているところを見ると、ただの脅しと割り切っていいとは思えない。無視すれば本当に首を飛ばしてしまいかねないし、そうなったらアルビオン戦役によって得たトリステインは”強国”というの周辺諸国の評価は地に堕ちるだろう。
「陛下と話しあうべきなのだろうが……」
悲しいかな。その女王アンリエッタは数日前からこの国にいない。というのも教皇から教皇即位三周年記念式典に先立って秘密裏に話し合いたいことがあると連絡がきて、お忍びでロマリアに旅立っている。相談などできるはずもない。
となると代わりに全権を任されている自分の権限でどうにかするしかないのだが……向こうは王と宰相の署名がある外交文書を送ってきているのに、こっちが宰相の署名しかないというのは馬鹿にしているように受け取られないだろうか。
それに加えて、このままの条件で飲めるはずがないからこちらからもある程度条件をつけなくてはならないのだ。喧嘩売っていると受け取られてしまうのではいかと不安を覚えずにはいられない。
このところ久しく感じていなかった胃痛がするのを感じた。アンリエッタ陛下が即位なされてからは補佐役兼諫言役に徹していたので、一人で国政を仕切ってた時に比べればかなりマシになっていたはずなのだが……、あの頃とさして変わらない感じがするので、どうやら再発したらしいとややズレたことを思ってしまう。
どうあがいても”鳥の骨”の二つ名を返上できるような健康的な姿には戻れないから諦めろ。そんな神託が自分に下っている光景が描かれた宗教画を想像をしてしまい、救いがなさすぎるだろうと渋面を浮かべた。
「仮にも聖職者がして良い想像ではないな」
なんかもうほとんどの人に忘れ去られているような気がするが、マザリーニは宗教庁に属する聖職者であり、地位も大幹部といって差し支えない枢機卿で、教皇の候補としてあがったこともあるほど優秀な高位聖職者である。
にもかかわらず、思い返せばここ数年、宰相としての仕事に忙殺されて聖職者らしいことをした記憶が一切ない。国内の有力な修道院の聖職者たちの相談相手になってやるくらいのことはあったが、それだけだ。
今度ゆっくりできる時間ができたら、自室の本棚にある聖書を数年ぶりに紐解いてみよう。ささやかな願いであるはずだが、なぜか叶う気がしないマザリーニであった。
マザリーニは関係省庁と素早く話を纏め、翌日朝には書類を完成させてアルビオン王政府に向けて密使を飛ばしていた。
まさかそんなに早く返事が来ると思っていなかったエドムンドは、想像以上に素早いトリステインの対応に感心しつつ、密使を謁見の間にて迎えた。
「よくぞ参られた使者殿。アルビオン王国国王として歓迎申し上げる。本来であれば盛大持て成すところなのだが、何分表沙汰にできぬことだからな。許されよ」
「いえ、滅相もございません」
密使はまだ少年と言ってよい年頃であり、他国の王からの寛大な対応に顔を紅潮させた。
「私はトリステイン王国首都警護竜騎士連隊第二中隊長ルネ・フォンクと申します。この度は我が国の宰相閣下の密書を届けるべく、参上しました」
その名乗りあげにエドムンドは片眉をあげた。
「フォンク。聞かぬ家名だ。にも関わらず、その歳で竜騎士中隊を任されているとは、おぬしはそうとうに優秀な軍人なのだな」
「いえ、私が中隊長になんてなっているのは自分の実力によるものではないので……」
褒めるようにエドムンドがそう言うと、ルネはバツが悪そうに目線を逸らし、恥ずかしそうに自分が中隊長になった経緯を語り始めた。
フォンク家は代々王家に仕える下級貴族家で、竜騎士を排出する武門の家柄であり、ルネも一族の例に漏れず幼少期から竜騎士としての訓練をしていたが、本来であれば今でもまだ見習いに過ぎないはずであった。
だが、一年前にレコン・キスタの奇襲でタルブの戦に参戦していたトリステインの竜騎士団が大損害を被り、欠員の補充に迫られた。その補充要員としてルネら見習い竜騎士に白羽の矢にたったのである。
突然正式な竜騎士に格上げされた彼らは、生き残ったベテランの竜騎士たちがなんとか実戦に耐えうるレベルにするべく徹底的にシゴかれ、その中で比較的優秀であったルネは先輩たちに見所ありと評価されて中隊長となったのであった。
その経緯を聞いてエドムンドは呆れた。周りに控えている副審たちの顔を横目で見たが、自分と同じように呆れていた。
よくもまあ、そんな急造竜騎士なんか使わねばならないほど困窮していてアルビオンへの侵攻など決意できたものだ。
かつてハルケギニア最強の名を背負っていたアルビオン竜騎士団も先の戦役で数を半数以下に減らし、最強の名をクルデンホルフの竜騎士団に譲って似たような状況になりつつあるが、それでもレコン・キスタの時代ではまだその何恥じない十分な陣容を誇っていたというのに。
魔法学院の生徒まで根こそぎ士官として登用していると聞いたときは呆れたものだったが、現実はそれ以上にひどかった。どうやら先の戦争はトリステインにとっては本当に”総力戦”だったようだ。
そこでふとあることにエドムンドは気づいた。
「ところで、おぬしは密書の内容について知っておるのかな?」
「いえ! 高度に政治的な話ということだけ伺っております」
予想通りの答えだったので表情を変えなかったが、エドムンドは内心頭を抱えた。密使とも楽しい交渉をするつもりだったのに、密使がこんな下っ端ではそんな権限持ってないと言って逃げられるに決まっている。
「では、携えてきた密書を渡してもらおうか」
そう催促するとルネは懐から蝋で封された密書を恭しく差し出した。エドムンドは封を切り密書に目を通した。
こちらの要求をほとんどそのまま受け入れる旨が書かれていたが、同時に常に対象を監視されていては周囲にいらぬ探りを入れられるかもしれず、それは両国の望むところではないであろうという確認と、その事態を避けるべく表向きは新設されたばかりの
指導を行う教導官として、監視員たちを迎え入れたいという提案がされていた。
さらに表向きの名目とはいえ、実際に軍事教練をしてもらわなくては怪しまれるため、そちらの能力に長けた武官であることが監視員に対する前提条件とさせてもらいたいという補足事項も書かれており、最後にトリステイン王国宰相の署名と印がされていた。
女王であるアンリエッタの名がなく宰相マザリーニの署名しかないので、まさかあの五人を解放した後にマザリーニを解任して、”あの密約は宰相個人が勝手に進めたものだから無効”という論法で密約を踏み潰す腹づもりかと一瞬疑ったが、マザリーニは対外的にはともかく内省的には清廉な政治家であり、幼き頃からアンリエッタの世話役でもあったという情報から考えるに、可能性は低いだろう。
おそらくはアンリエッタがせめて自分の体面を守ろうとした結果だろう。とかくあの伝統墨守な小国は体面というものを重んじている。他国の要求をほとんど一方的に認めてしまうのは女王として大きなダメージを負うことは容易に想像できる。エドムンドはそのように判断した。
「紙とペンを」
すぐさまヴァレリアが紙とペンを王に差し出し、そこにスラスラと返事を書いている間に王印と蝋封の準備を整え、わずか一、二分で密書の返事ができあがった。
エドムンドはそれをルネに託し、ついでに密使の労を労うという名目で高級なハムを個人的に贈呈してやって帰国させ、その後の謁見の予定を全て終わらせると毎度のごとく腹心を集めて会議を開いた。ヨーク伯はエドムンドが数日政務をサボっていたせいでたまりまくっている書類を決済しており、ブロワ侯爵も空軍艦隊の演習中のために出席していない。
その場でエドムンドはトリステインの条件を飲み、監視隊兼軍事教導隊をトリステインの連中に貼り付けた上で解放する意向を示した。
「……非は向こうにあるのに、どうして私たちのノウハウを向こうに教えなければならないんですか」
不満げにディッガーがそう言う。メイジで統一されている部隊を別とすれば、ハルケギニア最強の部隊である自負する
「そう悪いことばかりに目をつけるもんじゃない。言い換えればトリステインの近衛隊のひとつをアルビオンの色に染められる権利を得たともいえるわけだ。もっといえば女王の喉元に杖を突きつける好機ともな」
「そこまで都合よくいくとも思えないが。即位後の業績から見て、かの女王は我が陛下には及ばぬがそうとうに優秀だ。しばらく水精霊騎士隊と距離を置きつつ、ことを動かす程度はやってのけるだろう」
「なら教導隊に女王との不和を誘うよう誘導するまでのこと。水精霊騎士隊とかいう縁起のいい名前背負ってるんだし、面白いことになりそうじゃないか」
ヨハネの言い分に一理あると思えたディッガーはふむと黙り込んだ。
たしかに水精霊騎士隊は創設から実に千年以上の歴史を誇り、数々の活躍を残しているトリステインの伝説的な精鋭部隊の名称でもある。
だが百年ほど前の宮廷騒動で水精霊騎士隊の少ないくない隊員が敗北した側の身内であったがために宮廷に疎まれ、軍事改革の名目のもとに大規模な再編成が行われた際に消滅してしまったのである。
今の水精霊騎士隊はアンリエッタの計らいによって再建された部隊である。宮廷騒動で消滅したような部隊の名を使うなんて縁起が悪いだろうに、こちらにとってはその縁起を担いでやるのも悪くはない。
ちなみに彼らの知らないことではあるが、表向きはまったくの汚名がない部隊なので民衆受けがよいだろうという考えがあったマザリーニの勧めをアンリエッタが承諾したというのが、水精霊騎士隊の名前が再利用された経緯である。
「それで今監視させている連中を中心に教導隊を編成しようとおもうのだが、なにか意見はあるか?」
「水精霊騎士隊を離反させるつもりなら、私たちを利用した方がいいんじゃないの?」
エリザベートが無邪気に微笑み、ディッガーやヨーク伯に嫌悪感を募らせたが、エドムンドは表情を一切動かさず、
「いや、お前たちはガリアの情勢に力を注いでくれ。今まで提供してくれた情報から考えるに、近いうちにロマリアが動きそうな気がするのでな。ロマリアがなぜ今この状況で動こうとするのか理解できぬが、大規模なガリア侵攻がありえそうな情勢だ」
吸血鬼たちからガリアで王家に反発を抱いている諸侯とロマリアとの秘密裏の連絡が増加傾向にあり、密書の内容も具体例を増してきているという情報が提供されている。ロマリアとガリアの間で戦争が起きた場合、どちらにつくべきかまだ迷っているが、それでも傍観だけはありえないと考えているので可能な限り詳細な情報が欲しいのである。
「ああ。でもアルニカには行ってもらおうかな。……ついでにあのバーノンにも」
「よろしいのですか? あれが裏切る可能性もあると思われますが」
ユアンが懸念を述べたが、エドムンドは意に介しない。
「いらぬ心配だ。というか、ある意味お前以上にあれは個人として成立しておらぬ。だからそんな心配は無用だ」
ユアンの心に不愉快なさざ波が起きた。
自分以上に個人として成立していない? 自分に自信を持てないどころか自分という概念すら希薄な自分より、あの王家への忠誠を声高に語り、それに殉じることを崇高なことだと信じて疑わない輩の方が?
その感情は苛立ちのようなものだったが、その直後に抑えがたい恐怖に襲われた。
ユアンは奴隷になる前の記憶がない。物心つく前に人攫いに攫われたか、さもなくば両親も奴隷だったのだろう。そしてゲルマニアの国境に領地を抱える貴族に戦いの道具として育てられた。その時は名前もなく、ただ番号で呼ばれていた。
戦いの道具といっても戦場で役に立つという意味ではなく、汚れ役・裏工作といった類の仕事。そういった術に長けた人材を育成させるには幼少期から鍛える必要があるが、その供給源を領民に求めると子どもを奪われた反感から領民に敵側と通じる者がでてくるかもしれないという理由で国境の領主は奴隷を活用していたのである。
そのための術を磨くこと以外は一切禁じられた。もしそれ以外のことをしようとすれば自分たちを指揮していた大人たちからひどい折檻を受けたのである。しかもその大人たちは人間として劣悪であり、笑ったり泣いたりしただけでこの世の地獄を味わされ、一部の子供は永遠に目覚めることのない眠りにつくことさえあった。
そんな環境で育ったのでユアンは感情を殺して育った。自分の感情を周りに見せるということが恐怖でしかなく、その恐怖すら周りに感じさせたら折檻を食らう可能性があるので、それに囚われない術を身につけた。
ある時、その領主が国境紛争の際に当時エクトル卿を名乗っていたエドムンドに討たれ、自分たち”道具”は略奪品としてエドムンドの所有物になった。さほど子供達に価値を見出していなかった彼はその場で奴隷を全て解放した。ほとんどの奴隷はひどく喜んだが、ユアンのように物心がついた頃から奴隷だった者たちは戸惑うばかりで、そのまま鉄騎隊の厄介になった。
そのうち元から奴隷だったものたちも、どうしたらいいか道筋のようなものが見えてきたらしく自分の人生を歩み始めたが、ユアンは今も昔のままだ。現に今もさっきの感情も恐怖で塗りつぶされ、その恐怖をさらけ出すことが怖くてたまらない。感情をあらわにしたところでエドムンドは暴力を振るったりしないことはわかっているのだが、最初から道具として育て上げられた心がそれを拒絶するのである。
「わかりました。それなら大丈夫でしょう」
だからこのように自分の感情を感じさせない平坦な声で、理屈の上での返答を口にしてしまうのだ。
「そうか。他に懸念はあるか? ……ないようだな。それならディッガー。教導隊の隊長はデュライに任せるが、そのほかの人選はお前に一任する」
「了解しました」
ユアンさんが常に無表情な理由。心を殺すことに慣れすぎちゃったんです。