その日、サイトたちはデュライたちに案内された部屋で悍ましいほど醜悪な肥満体と対面していた。その見かけの悪さにルイズは表情筋がピクピク動いているのが目に入り、ギーシュも申し訳なさげに目を背けている。
「うげ……」
キュルケに至っては思わず口からそんな言葉が漏れるほどだったし、サイトも失礼だと思いながらもそう声を漏らすのが良く理解できた。むしろそんな中でいつも通りの無表情を保っているタバサに驚かずにはいられない。平静を装えることがこれほどすごいと思ったことは生まれて初めてである。
一方、対面している肥満体は太ってるだけでそんな反応されなければならないのかと思った。確かに多発型円形脱毛症(大量の十円ハゲ)は拡大の一途をたどっていて髪型を整えられずに浮浪児のように髪の毛が散らかっているし、頭と首と胴体の付け根がわからなくなるほど脂肪がついて、腹部は出産間近の妊婦の1.5倍程度に膨らんでいる。そしてその重すぎる体を支えるために足腰だけ鍛えるのを怠らなかった結果、その部分だけモリモリ筋肉が付いているから、見た目が悪いだろうという自覚はある。
だが、大人ならまだしも、こんなに若い子どもたちにこんな反応されれば傷つくものである。最近会った子供達はこんな反応しなかったのに……と思わず泣きそうになるが、彼が最近会った少年少女というと、実子のヴァレリア、感情が死んでるユアン、熱狂的王家崇拝者のマルスくらいなものなので、参考にすること自体がまちがっているといえよう。
「”白いオーク”?」
「その二つ名、トリステインまで広まっているのですか」
タバサの無慈悲な問いかけに、ヨーク伯は小さくため息をついた。
「タバサ、この人が誰だか知っているの?」
「アルビオン王国宰相、デナムンダ・オブ・ヨーク伯爵。レコン・キスタ中枢の一人で共和国の法務卿だったけど、内乱末期に王党派に寝返ってロンディニウム攻略の時に内応して功績を立てた。その見返りとして王政復古後、エドムンド王によって宰相に任じられたと聞いている」
レコン・キスタの重鎮でありながら、罰を受けることもなく、王政に移行しても権力の座に居座っている。かつて法務卿という閣僚の一人に過ぎなかったことを念頭に置くと、宰相として以前より権勢を誇っているといってもいい。
そのことに対する非難の目、特にウェールズ皇太子と面識があったルイズとサイトは皇太子を暗殺したレコン・キスタに対する敵意は、他より強かったのでその視線は厳しかった。
だが、ヨーク伯は座っている椅子に体重を預け、椅子に大きな悲鳴をあげさせ、悲鳴がおさまるとうんざりしたように説明する。
「他の者には何度も言ったが、それは誤解だ。わたしは内乱のかなり最初から王党派の一員だ。レコン・キスタに潜入し、共和主義者どもの動向を逐一報告していたのだ。
もっとも、当時のエドムンド殿下とジェームズ陛下の対立は共和主義の脅威を前にしてもそう簡単に解消できる類のものではなかったから、エドムンド殿下に仕えているわたしが王党派として表立って動けたのが陛下と殿下の間で話がついた末期の頃だからそのように思われるのもしかたないことかもしれんが」
そうでなければエドムンド陛下ともあろうものが、裏切り者風情を宰相に据えたりするものか。お前たちは陛下がそれほど愚かに見えるというのか。そう言われては釈然としないものを感じつつもルイズとサイトも引き下がるを得ない。
釈然としないのはある意味当然、ヨーク伯の説明は全てが嘘というわけではないにしても自分に都合のいいように真実を歪曲したものであって、最初は名実ともにレコン・キスタの一員であった。だが、その能力を高く評価したエドムンドが秘密裏に接触して自分の陣営に取り込んだのが真相である。
ゆえにヨーク伯に対して裏切り者という評価は妥当ではあるのだが、臣下の大半が武人であるにも関わらずエドムンドの親政が問題なく機能しているのは、ヨーク伯がレコン・キスタ時代に周囲の気取られないように国家運営に必要な官僚を取り込み、王政復古後、共和政時代の官僚組織の多く流用できたことが大きい。だから宰相に任命されるだけの貢献をしているのは真実であった。
「それでだ。トリステインから書簡が届いた。きみたちの処分に関する話が一区切りついたので、こちらの用意が整い次第、きみたちには帰国してもらう予定になっている」
「……僕たちに対する処分はどのようなものになったんですか?」
ヨーク伯の言葉に一瞬喜んだが、処分がどうのようなものかとギーシュが不安そうな声で確認する。それに対し、ヨーク伯は顔についた脂肪のせいでよくわからないがおそらくは苦笑しながら答えた。
「一区切りだよ。まだ具体的な処分については決まっていない。ただきみたちを長い間宮内に拘束していては、他国からいらぬ探りを入れられぬとも限らない。だからひとまずきみたちの身柄をトリステインに移すことが決まったのだ。……そのほうが不自然さがないからね」
その説明にデュライは疑問を覚えた。なんで手に入れた”虚無”、”ガンダールヴ”、”ガリア大公姫”という大きな
デュライの父親はある国の情報将校だったから、幼少期から情報や価値ある人間の活用法を口で聞かされて育った。
そのため、それらの
それくらいなら、処分という口実を盾に自国内に留め続けた方が懸命だ。他勢力の目が気になるなら辺境部ないしは地下牢にでも移送してしまえばいいだろうに。今回の一件、表沙汰になったら一番困るのはトリステインなのだから、向こうはなにも言えないのだ。
だが、その程度のことは太っちょ宰相殿はもとより、エドムンド陛下もわかっておられるだろう。ということは当然、そうするだけの理と利があるのだろうが……
「おう。じゃあサヨナラだな。次があるなら仕事中以外のときに会いたいもんだ」
そんな考えはおくびにも出さず、別れの挨拶を述べる。
「なにを言ってるんだ百人長。きみも一緒にトリステインへ行くのだよ」
「は?」
脂肪という名の厚い装甲を身にまとった美食家宰相の面白がるような声に、思わず呆けた声がでた。いったいぜんたい、どういう意味なんだがわからない。デュライだけでなく、声こそ出さなかったがサイトたちも同じように不思議そうな態度である。
「今日中にディッガー総帥から命令書が渡されると思うが、今回の一件で
意味がわからない。
いや意味はわかるが、どうしてそんなことになった? トリステインはガリアと表立ってこそいないが、水面下できな臭い対立が発生している。そんな情勢下でガリアと情報交換してることが明白なアルビオンの部隊を自国内に招き入れる? それもトリステイン側からの要望で?
疑問は絶えないが、そのあたりの事情は命令書が渡されるときにディッガーが説明してくれることに期待するとして、それが事実ならアルビオンにとって素晴らしいことといえる。
どのような手段でもってトリステインに認めさせたが知らないが、女王の近衛隊を教導するということは、必然的に自分はトリステインの中枢を探れるということでもある。
元”死神のフィアンセ”としての経験を活用できる任務であり、自分の経歴を知っているエドムンドやディッガーがこの任務を自分に任されるのも納得できる。
「なあギーシュ。教導隊ってなんだ?」
サイトには聞きなれない言葉だったので小声で隣のギーシュに聞いた。
「陸軍に常設されてる将校達の部隊のことだよ」
ハルケギニア諸国では常に訓練が必要な空海軍を除き、平時の軍というのはそれほど規模が大きくない。というのも軍とは金食い虫であり、規模が大きければ大きいほど維持費が膨大なものとなるからである。
だから平時のトリステインだと陸上戦力は貴族の私兵を含めても一万にも届かないであろう。しかもうち半数以上を占める衛兵は地球でいうところの街の治安業務に努める警察官なので、暴力沙汰の事件への対処ならともかく、純粋な戦闘で立派に活躍できる人材は少ないだろう。
なので平時から厳しい訓練を積んでいる職業軍人たちからなる教導隊の存在が重要になってくる。教導隊隊員は徴兵されてやってきたど素人の連中を鍛え上げるのが仕事であり、実際に戦う状況になったら将校として教育した部隊を率いて戦うわけである。
つまり戦時にまともに軍を軍として機能させられるかどうかは教導隊の教育に全てがかかっている。かれらがちゃんと徴兵された者達を兵士として鍛え上げられなければ、軍は戦う前から崩壊してしまうわけだから。
「でも近衛隊に教導隊がつくなんて前例を聞いたことがないのですが……」
ギーシュが不思議そうな顔でそう問いかけた。王家直属の近衛隊が教導隊がついた例など皆無である。というのも近衛の一員となる前提条件として優秀な軍人であることと決められているのが大半だからだ。そんな精鋭の集まる部隊を教育なんかできる部隊なんて存在するはずがないのである。
「その通りだ。しかしきみたちは隊員が全員学生であることや副隊長がメイジでないことなどなど、いろいろ異例尽くめの近衛隊ではないか。なら外国の教導隊付き近衛隊という前例のない状況になってもさほど不自然には思われないだろうさ」
「……なにかしら。すごくむちゃくちゃな理屈な気がするわ」
「とにかくそういう合意が成立したんだ。そうである以上、きみたちはそれに従うべきだろう。
きみたちはまだ学生に過ぎぬ身であるとは申せ、栄光ある
きみの場合は騎士じゃなくて女官だけどね。そう言って不気味に顔をゆがめるヨーク伯。ルイズは何とも言えない嫌悪感を感じ、少し身を引いた。ギーシュはたしかに陛下の決めたことじゃしかたないと呟く。
ギーシュの言葉につられたわけではないが、とりあえずトリステインに戻れるのだからあまりうだうだいうべきではないだろう。そう考えた全員が頷いた。
「明日、陛下に別れの挨拶をする際に取り上げている杖や武器を返却する。ロサイスまではこちらが用意する竜籠にのってもらおう。そしてロサイスからラ・ローシェルまでのフネも手配済みだ。一両日中にはトリステインに戻れる計算だな。ラ・ローシェルから先はトリステインが足を用意してくれることだろう」
帰る手段を説明すると、ヨーク伯は思い出したようにタバサの方に向いた。
「それとタバサ殿。トリステインに帰還するメンバーの中に、あなたは当然含まれていますよ」
ヨーク伯はシャルロットという名を知っているはずなのにと疑問に思いながら、タバサは目線を合わせ、頷いた。
翌朝、目を覚まし朝食を済ましたサイトたちはまたもやデュライに案内されて、国王の執務室前にいた。今回はティファニアらウエスウッド村の孤児たちも一緒である。
デュライがノックして所属と要件を述べると、入れと威厳たっぷりの返事が聞こえ、デュライは執務室の扉を開いた。
アルビオン王の執務室は主人の好みを反映してか、かなりさっぱりとしていて、高級感があるものの実用性本位な執務机と椅子が国王用と秘書官用のふた揃い。壁にアルビオン王国の龍の紋章が描かれた旗と、戰の光景が描かれたタペストリーが下げられているだけだった。
エドムンドは書類仕事の手を止めると、椅子から立ち上がった。
「随分と不自由をさせたな。二度とこのようなことがないようにしてもらいたいものだ」
そう言うともうひとつの執務机に視線を移すと、意図を察したヴァレリアが進み出た。
「お預かりしていた杖です。どうぞ」
差し出した手にはタクト型の杖3本と薔薇の形をした杖一本が乗せられている。タクト型のものはルイズ、キュルケ、ティファニアのものであり、薔薇の形をした杖はグラモン家に代々伝わる伝統ある製法でつくられたギーシュのものであった。
4人とも杖を受け取る。それを確認し、エドムンドが奥に立てかけてあったワンド型の杖、タバサにとって父親の形見である……を手に取り、タバサに手渡した。
「この杖で数多くの修羅場を乗り越えた来たようだな。あまり実戦に相応しい杖ではないのに、大したものだ」
その時に何の気負いもなく呟いたエドムンドに、タバサはどういう意図があってそんなことを言い出したのだとエドムンドを見つめた。
「なに。そう不思議がることでもあるまい。杖の手入れを欠かしていないようだが、傷跡というのはどうしても残る。その傷跡を見ただけで一流の戦士ならば杖を見ただけでその杖の持ち主がどれほど立ちふさがる障害を粉砕し、道なき道を切り開いてきたか、多少はわかるというものだ」
タバサの視線をどのように解釈したのか、エドムンドが杖の傷跡から潜ってきた修羅場の多さを推測したと説明する。どうやらつい口から零れただけであったらしい。
エドムンドは本質的には武人であり、一廉の戦士には敵だろうが賞賛を浴びせることがあるのだ。
「おれのデルフは!?」
一人だけ武器の返還が行われていないサイトが嘆くように叫んだ。そのザマにルイズは侮蔑するような視線を向け、エドムンドはなかなか愉快なものだと面白そうに観察する。
サイトの醜態をひと通り楽しんだエドムンドは執務机のしたにあったものを、上に置いた。
「バケツだな」
「バケツね」
「バケツだね」
「バケツだよね?」
「バケツ以外のなにに見えるの?」
「……」
十代の少年少女が、エドムンドがいきなりそれなりに大きいバケツを取り出したので、まったく脈絡を掴めず全員が頭にクエスチョンマークを浮かべた。
だが、真っ先にサイトがディッガーに説明されたことを思い出した。そういえばこの宮殿に閉じ込められてそう日にちが経ってない頃に、デルフがどんな状況になっているかディッガーが説明してくれたはずだ。シェフィールドの話が終わった後に、たしか、煩すぎて……水瓶に……。水瓶?
そこまで思い出したサイトはすごい勢いで置かれたバケツを覗き込んだ。やはりというべきか、バケツには水が張ってあり、中に伝説の剣が沈んでいた。
サイトは慌ててデルフを水の中から出した。いままで意識してこなかったが、デルフが酸素がなくても生存可能な意思剣なのかわからんくて、ものすごく不安になったのである。バケツから取り出した後、必死でデルフと何度も叫んだ。
「その声は相棒だね? よかった……。また何百年も誰とも話せなくなって、終わりが見えずに孤独感を募らせる日々が始まるのかとガラにもなく不安になったよ……」
デルフが吐き出すように、心情を吐露する。どうやら水の中に沈められて声を出せず、周りの声も聞こえないという状況は、デルフのハートを心細くしてしまうほど堪えたようであった。
いつものお調子者風の声ではなく、心の底からの安堵の声に、デルフに悪いことをしたとサイトは少し涙目になってしまった。
「おぬしの使い魔の風韻竜は宮殿の中庭に繋いである。そこで返してもらうといい」
剣とその持ち主の感動の再会に全く関心を払うことなく、エドムンドはもうひとつ取り上げていたものの処遇をタバサに告げる。
「それとだ。おぬしのことはガリアに適当に誤魔化しておくが、これは貸しだ。いずれ相応のもので返してもらうつもりでおるから覚悟しておくがよい」
タバサはこくりと頷いた。目の前の青年が自分の身柄を無償で案じてくれるような人ではないとうことくらい、北花壇騎士としての嗅覚が理解していた。だからなにかしら要求をしてくるものと踏んでいたのである。
しかしいまやトリステインに匿われているだけの自分に対し、貸しを返すことを要求するというのはすこし理解に苦しむ。自分がガリアの王位を狙っているという前提ならその要求をするのはわかる。貴族の世界では貸し借りというのは意外とバカにできない存在であるからだ。
だが自分が王位に就く気が毛頭ないことはすでに告げているはずである。トリステインの客分にすぎない自分が貸しを返すためにアルビオンのために動いたとしても、それほど価値があるようにはタバサには思えなかった。
「ああ、そうだ。復讐を成し遂げた先達として、ひとつおぬしに忠告しておいてやろう」
いきなり自分の生きる目的、ジョゼフへの復讐に関わる話を振られて、貸し借りに関するタバサの思考は吹き飛び、冷たい目でエドムンドを睨む。
一体この男はなにを自分に忠告するつもりなのだろうか。復讐を成し遂げるための覚悟は四年前のあの日にすでに済ませている!
「なに?」
「――復讐の炎で己が身を焼く者は、視界に入るもの以外の末路など頓着しないものだ。そうでないなら、それは本懐ではない。己の心をはき違えているのだから。自分の心がなにを叫んでいるのか。今一度、顧みてみるがいい」
「どういう意味?」
あまりに抽象的というか、いいたいことがよくわからない文学的な言い回しだ。匂わせぶりだけど、答えそのものというわけではなく、解釈のしようが何通りがあるややこしく、遠回しな語りだ。
なのでタバサは率直に問い返したが、エドムンドは不快げな笑みを浮かべ、
「どういう意味かは自分で考えるが良い。たとえ今わからずとも、その道を進む以上、いつかはわかってしまうことであるからな」
Q「ヨーク伯の容姿の評価がひどいけど具体的にどれくらいひどいの?」
A「キングダムの竭氏くらい」
次回からエドムンドさんの出番が激減します。