放課後になって貴族のガキどもに対して訓練を開始。魔法なしの戦闘においてよわすぎることは初日の一件でじゅうぶんに理解していたので、デュライは接近戦の訓練に重点を置いた。もっとも生徒一人で一人前の軍人である教導隊の教官と互角のところにまで成長させようとは考えなかった。そもそも年齢や経験、力量の差からして無理があるからだ。
そこで生徒たちを五人ずつの班に分け、その班ひとつと教官一人と木剣で模擬戦を行うという形式をとった。意外と言うべきか生徒たちの連携はそれほど悪くなく、優秀な生徒がいる班は教官と互角の勝負を演じるほどであり、デュライを驚かせた。
ギーシュはどうやらお飾りという意味だけで隊長の座を射止めたわけではないらしい。出す指示は甘いところもあるが的確だったし、他の班員の特性をよく見てそれを活かす作戦を立てて、模擬戦相手の教官を翻弄した。ギーシュのいる班が現時点でサイト以外で唯一教官に勝利できたのは彼の能力によるところが大であり、もう少し経験を積めば戦術指揮官として十分な素質を身につけることができるだろう。
他にもギーシュほどではないが見所がある奴はいた。レイナールの作戦立案能力はギーシュを超えるほど現実性があるものだったが、ちょっとした計算違いするとテンパって一方的にやられる極端なところがある。繰り返しの訓練で現場に慣れればある程度は改善できるだろうが、それでも目に余るようならいっそ参謀にでもなった方がいいだろう。
そんなレイナールと好対象をなしているギムリなんて奴もいる。周りをまとめ上げる手腕は大したものだが、どうにも頭の方が足りていないようで、追い詰められると敵に向かって正面突撃一択という特攻ぶりを発揮する。先鋒の切り込み役に向いているのかもしれないが、
そういえばそのサイトなのだが、剣士として卓越しすぎててほとんど一人で教官を撃破してしまうので、他の班員が活躍する場面が一切ない。さすがにこれでは訓練にならないのでデュライが直々に稽古をつけた。が、信じられないほど強く、一対一で模擬戦を行ったところ五回中一回はサイトが勝利した。木剣だから”ガンダールヴ”のルーンは効果を発揮していないそうだが、それなのにこんな若造に負ける時があるというのはデュライのプライドを少し傷つけた。
しかしいくら二十以上年齢差があるといっても、七万の軍勢相手に突撃した経験はサイトのものだと訓練に参加できず悔しそうにしているデルフリンガーから教えられ、思い直した。いくら幼少期から実戦経験を積んできたとはいえ、自分なら七万を相手にすることなどできるはずもない。それならむしろ五回中四回も勝ててる自分を褒めるべきだなと。
とにかくこういった形式の模擬戦を時折休憩を挟みつつ、二時間ほど行う。そして今日は水精霊騎士隊と教導隊の団体戦形式の模擬戦を行うことにした。基本戦場というのは多対多で行うものであるから、それの経験を積むために行うのである。最初にやった時、背後から攻撃された生徒が卑怯だなんだとほざいていたが、そんな負け惜しみは本当の戦場における命のやり取りで何の役にも立たないということを教え込むためという目的であったのだが……
「アルニカ! 二、三人連れて向こうを頼む!」
「わかったわ」
「他は僕についてきて!! いくぞ!」
「あの、バーノン殿!? 隊長からあまり部隊を動かすなと言われていたはずでは?!」
「わかってる! でも今攻勢にでればニ十人くらいは撃破できる。現場判断って言えば大丈夫さ」
「いや、しかしですね……」
「こうなったマルスになにをいっても無駄よ。それにこれが実戦なら殴っても止めるところだけど、模擬戦なんだから大目に見てあげてもいいんじゃない?」
「そ、そんな……」
「いくぞみんなーーー!!!」
「「「「おおおお!!」」」」
のだが、模擬戦でマルスを筆頭に警邏隊出身者約十名がデュライの命令を無視しだす事例が頻発し、直属の一人を飛ばしてその部隊の様子を探らせたところ、ろくに制御がきいていない事実が明らかになった。
「バーノンのガキめがあ……。ってかアルニカ! お前あの小僧の抑え役だろうが! なに普通に従ってやがる?! あの妖魔め!!」
マルスの部隊の様子を報告してきた部下にデュライは思わずそう叫んだ。教導隊はマルスの警邏隊と
しかしアルニカのやつは模擬戦であることにかこつけて、積極的にマルスの指示に従っていくつもりらしい。デュライにとって計算違いもいいところだ。いくら相手の方が数が多いとはいえ、こちらはプロが四十人。普通に勝てるはずなのだ。だというのにろくな経験もないひよっこ百匹に互角の戦いを演じることになっている有様だ!
「もういい。あのガキの部隊は無視する。どんなに脱落者がでようが知ったことか。それ以外と連携をとって間断なく突撃を仕掛けて数を削り、包囲殲滅する!」
何度か正面から水精霊騎士隊とぶつかっとところ、敵は攻撃の時はともかくとして防御時の連携がまったくなっておらず、脆弱極まりないとデュライは看破していた。だから間断ない突撃で数を減らしてまえばよい。
マルスの部隊がこっちの命令に従わず、敵と乱戦に突入しているので同士討ちの危険性が高いが、自業自得だ。むしろ懲罰をかねて積極的に巻き込んでいくべきかもしれないとすらデュライは考えていた。
その考えは的を射ていたようで水精霊騎士隊全員を戦闘不能状態に追い込むまで十分とかからなかった。水精霊騎士隊・教導隊双方で怪我人が六十八名、意識を失った者が四十七人でた。怪我人はそう大した傷を追った者はいないので放置でいいが、意識を失った者は無事な者が数人がかりで訓練場のすぐそばに天幕をはってひかえている学院の治療士たちのとこまで運んで行った。
気を失った者の中で唯一マルスだけはアルニカに襟元を掴まれて引きずられるというあんまりな運ばれ方だったが、気を失ったもののほとんどがただ単に疲れ果てた者だけだったようで、たいした問題にはならなかった。
デュライとしては今日の訓練は十分だろうと水精霊騎士隊の隊長殿に提案したのだが……
「今日はまだ行進の訓練をしていないじゃないかね!!」
理解に苦しむことだが、ギーシュはこの状態でも騎士隊の行進訓練を行うことを望んだ。意識を失っていた者たちはともかくとして、それ以外はまだいけるはずだと主張し、多くの騎士隊員がそれに同意したのである。
それどころか、意識を失っていた者たちのほとんどが「ベッドで寝てる場合じゃねぇ!」とか叫んで復帰してきた。若いって素晴らしいなと四十男のデュライは思わずにはいられない光景であった。
「四列縦隊、整列!」
とにかくそう言われてはやる他ない。デュライの号令に従い、水精霊騎士隊は素早く四列に並んで整列する。先頭のギーシュが薔薇の杖を掲げるとそれを合図に一斉に行進を開始する。
ハルケギニアでは徒歩行進が一般的だが、ギーシュ以下水精霊騎士隊の者達が最初に行進訓練をしたときに「一番カッコイイのがいい」と言ったのでグースステップ、いわゆるガチョウ足行進方式をデュライは採用した。
分かりやすくいうとナチス・ドイツやソ連がやっていた膝を曲げずにまっすぐ伸ばした脚を高く上げる行進方法で、大人勢で揃えてやればやたら式典映えする上に、一糸乱れぬ行進は見た者を圧倒させることができるのだ。
いつもならこの行進訓練を一時間前後やるのだが、数人がいまだに医務室から抜け出せていなかったため、全員でやらなければ大きな意味はないとして二十分程度で訓練は終わった。
こうしてギーシュとともに訓練終了の宣言をして、デュライは訓練の後始末をし、それが終わると自室で休もうとした。だが、サイトから相談事を持ちかけられ、渋面で対応した。
「ティファニアのことなんだけどさ。同じクラスの子たちにイジメられてるらしいんだけど、どうしたいいと思う?」
「……まさかとは思うが、バレたわけじゃねぇよな?」
意味深に自分の耳を弄りながら声を押し殺してそう聞いてこられて、デュライが言わんとするところを察したサイトは首を横に振る。
「なら他愛もない学院生活の一ページじゃねぇか。ほっとけばいいさ」
「ツメテェ! ってか、ティファニアはお前が仕えてる王様の妹じゃねぇか。騎士として守るべきなんじゃねぇの? それにあの気弱なティファニア、イジメ殺されちゃわないか心配なんだ」
「イジメ殺されるっておめえ、過保護すぎるんじゃねぇか?」
「だってそんなレベル超えてるんだもん。なんかもう、ティファニアへの嫉妬丸出しというかなんというか……」
「あんなむしゃぶりつきたくなる体型してるからな。同性にとっちゃ腹立たしいだろうよ」
ティファニアは保護欲と加虐心という、相反する二つの男の感情を掻き立てる、じつに魅力的なボディの持ち主である。特に胸の絶妙な大きさは戦略級兵器と言ってもいい。自分の容姿をなにより誇る女の子なら、その自信を木っ端微塵に粉砕するティファニアに怒りを持つのは自然なことだ。
ふとデュライは初めてウエストウッドでティファニアと出会ったとき、あろうことか彼女を死後の世界の女神だと勘違いした黒歴史を思い出して、うっすらと顔が赤くなった。
「むしゃぶりつきたくなるって……なにが?」
答えはわかりきっていたが、サイトは問わずにはいられなかった。
デュライは意地の悪い笑みを顔に浮かべて、目を細める。
「答える必要あるか?」
「え?」
「答え、わかってんだろ? なのに答えを聞きたいってのか?」
声はむしろ穏やかと言っていいほどであり、こんな声で話しかけらたら、何も知らない人ならたぶん魅力的な渋い声だというだろう。
だがどこか有無を言わさぬ圧力があり、サイトは思わず黙り込んだ。
「子供同士の諍いなんだ。大目に見てやればいいさ。外に憧れて森の中からでてきた刺激に憧れる姫君なんだ。なのに、ひたすら安穏というのもつまらんだろう。話を聞く限り陰険なイジメでもないようだし、放っておけばティファニアにとってもいい経験になるだろうよ」
ティファニアの気性を誤解しているとサイトは思った。
「そりゃあ、俺だって、俺がギーシュとやるような喧嘩みたいな感じだったら、そんなに気にしないさ。でも、あいつらよってたかってティファニアをイジメてたし、リーダー的な奴は自分の家柄を傘にきてるイヤな女だったから……」
「……そのイヤな女ってのは誰だ?」
さっきまでティファニアのイジメの問題をたいしたことじゃないという風な態度で聞いていたのデュライが、いきなり真面目な顔をして反応してきたのでサイトは驚いた。いったいなにがスイッチだったのかさっぱりわからない。
しかし、ようやくちゃんと話を聞いてくれそうだという喜びが、その疑問を吹き飛ばした。
「えっと、たしかベアトリスって名前で、やたら偉ぶってた」
「悪いが、この学院の生徒全ての名前を知ってるわけじゃねぇんだ。家名の方を教えろ、家名の方を」
サイトは頭を抱えた。ベアトリスの取り巻きの一人が彼女のフルネームを言っていたのを聞いているが、長すぎて覚えていない。家名だから一番最後の部分なのだろうが、なんだったけ。イヴァンヌ? いや、それは中の部分だったはずだ。最後のは……
だめだどうしても思い出せない。っていうか貴族様の名前はいちいち長いんだよ。ルイズのフルネームだって覚えるの、かなり苦労したんだぞ? もうすこし名前を短くしろってんだ。まったく。
「えーっと思い出せねぇけど、たしかギーシュが大公家って言ってたな。ギーシュやモンモランシーの家がその大公家から金を借りてるって。それと娘が留学するからって自前の親衛隊を引き連れてきてた」
なんとも要領を得ない返答だったが、デュライはそれが誰なのかわかった。
「クルデンホルフの姫君か。たしかにそいつはちょっと問題だな……」
自前の親衛隊を引き連れてきた生徒。デュライは学院の情報収集をしている際にその親衛隊の噂を聞いていたし、その肝心の親衛隊、
(ってか、主君の娘がティファニアと同じ”ソーン”のクラスに所属してるって空中装甲騎士団の奴が言ってたわ。うわ、メンドクセー)
トリステイン魔法学院は学年ごとに”イル”・”ソーン”・”シゲル”の三つクラスに分かれており、ティファニアが”ソーン”のクラスに所属している。そして苛めっ子の姫君ベアトリスも”ソーン”所属というわけだ。
別々のクラスならイジメも休み時間に行われるだろうから、学院生活の暗い一面として笑って見過ごしてもいいのだろうが、同じクラスなら授業中でも容赦なくイジメをするだろう。それはちょっと問題だ。
普通なら学院の教師が対処すべき事柄なのだろうが、残念ながら正面からベアトリスを叱ってやれる教師がこの学院にいるとはデュライには思えない。
クルデンホルフはトリステインを宗主国と仰ぐ小国であるとはいえれっきとした独立国であり、トリステインの国政に大きな影響を及ぼせる力も持っている。そんな国の姫君を相手にできる勇気がある教師がこの学院にはほとんどいないだろう。
可能性があるなら今年で数百歳という噂がたつほどの知恵の持ち主であり、宮廷にもある程度の影響力を持っており、デュライが警戒する三人のうちの一人でもあるオスマン学院長だが……。あの老獪は保身のために学院全体の問題になるまで放置してそうな気がしてならない。
となるとティファニアは心休まる時間もなくイジメの嵐に晒され続けることになる。それ自体は別にかまわないのだが、そのせいでティファニアが再起不能になったりでもして、それが自分の主君であるティファニアの兄に伝われば不快に思うのではないかと思うと、なにかしらの方法で対処をするべきではないかとデュライは思えた。
状況を整理し、問題の一番重要な部分を認識し、それを排除する具体的な手法を幾通りか考えだし、一番実現性の高いの手法を選ぶ。この一連の思考を数分で行った
「よし、わかった。とりあえずそのベアトリクスとかいう奴を抹殺しよう」
「はあ?!」
ちょっと用事を片付けてくるような口調でそう言われたので、サイトは驚愕してひっくり返った。
そんなサイトの狂態を気にも止めず、デュライはいそいそと銃を取り出して、整備を始めた。
「待て待て待て。抹殺ってどういう意味よ抹殺って。どう聞いても穏やかじゃないんだけど?」
油くさい臭いに嗅覚が刺激されて我に返ったサイトが、目の前の男はベアトリスを殺すつもりなのかと焦りながら、確認する。
するとデュライは理解しかねるという怪訝な表情を浮かべ、サイトを見返すと
「どういう意味もなにも、話を聞く限り大本の原因はベアトリスだろう? ならそれを排除しちまえばいい。そうなったら学院の他の連中は落ち着くだろうさ。それで万事解決じゃねぇか」
その話を聞いて、魔法学院から追い出すって意味かとサイトは胸の中でホッと安堵した。
「学院から排除って……そんなのできるのかよ?」
「できる」
「おおう、そこまで自信満々に断言されると怖えな。でもベアトリスを追い出してそれで終わり、って考えなし過ぎるような気がするんだけど……」
考えなし過ぎると言われて少し不快な気持ちになった。殺害現場の現場の偽装を行い、いくつかの政治的裏取引を駆使することによって、不幸な事故死とクルデンホルフ大公に誤解させて処理させる。そこまでの行程を考えた上でデュライはベアトリス抹殺を口にしたのである。
なのに考えなしとはどういうことか。仮に考えなしだとしても、具体的な解決策ひとつ示せないサイトに言われたくはない。
「じゃあ聞くが、原因の排除以外にどんな方法があると?」
「一番いいのはやっぱりベアトリスがイジメをやめて、ティファニアを謝ることだよな」
「……初っ端から無理難題じゃねぇか」
貴族というのは基本恩知らず。それが貴族に対するデュライの認識である。しかもベアトリスは”貴族の子弟らが平等に机を並べる学び舎”というトリステイン魔法学院の建前を無視して休みの日には空中装甲騎士団を連れ回して周りに自慢していると、他ならぬ同騎士団所属の騎士から聞いている。
しかも小間使いのように騎士達を使っていることも多々あるようで”生徒の自立性を促すべく専属の従者をつけてはならない”という校則にも若干抵触しているしているかもしれない。つまり彼女は規則を破ることをなんとも思ってない。そこから推測するに彼女はなんでも自分の思い通りにできるほどまわりに甘やかされて育ってきたのだろう。
そして大概の場合、そういう人物は自分のやったことがまちがっていると認めるのは非常に困難なことであるらしく、並大抵のことで自分がまちがっているなど認めない。よしんば認めたとしても、火竜山脈の数百倍は高いプライドが激しく傷つけられ、逆恨みに走る可能性大だ。もしそれも抑え込もうとすれば、彼女より強い立場の者がそれを禁じるしか方法はないだろう。
「つまり五大国の王族や大臣、それかベアトリスの父親だな。そのうちのだれかを引き込まないことにはベアトリスがおとなしくなることはないだろう。
エドムンド陛下は必要以上にティファニアに関わらない方針だし、なにより国のことで忙しいから他国の学院のことに関わってる暇はない。他の大臣たちもしかりだ。
トリステイン王室のアンリエッタ陛下もなにかとお忙しいようだし、年中喪中のマリアンヌ陛下はこんな世俗的なことに関わってくれるとも思えない。
そしてクルデンホルフ大公は自前の騎士団を護衛につけるほど娘に対して親バカだ。そんな奴に期待するなんて論外。
で、お前はだれにベアトリスの相手をさせるつもりなんだ?」
理路整然とした調子でそう言われると、サイトは反論できなかった。たしかにそれくらいしないとベアトリスが色々拗らせて表立ったイジメ方から陰険なイジメ方に変わるだけなのが想像できたからである。
そこでサイトはベアトリスを抑えられそうな知り合いを考えてみた。陸軍元帥を父に持つギーシュや旧い名家出身のモンモランシーも、ベアトリスを前では似合わない敬語を使っていた。それ以上偉い家出身の知り合いというと……タバサか?
いや、それはだめだろう。タバサがガリアの王族であると表立って明かせばガリアが介入してくる可能性が高まるだけだ。学院のイジメ問題を解決するのに、国際問題を発生させてはなにがなんやらだ。
というか、それが許されるならティファニアの父方の血筋を明かした方が何倍もマシじゃねぇか。エドムンドからばらしたら殺すと脅されているが、ティファニアの父親はアルビオン王の父親と同じなんだから、よくわからないけど王家の分家筋ってことになるんだろ? 爵位だってベアトリスの家と同じ大公だったらしいし、ベアトリスだっておとなしくなるんじゃないか。
そこまで考えてサイトはふと思い出した。王家の分家筋の人間がごく身近にいたことを。
「そうだ。ルイズに頼めばいいんじゃねぇか」
たしかルイズの実家は王家に次ぐレベルの名家だったはずだ。ルイズならベアトリスをおとなしくさせることができるんじゃないだろうか。
「たしかにヴァリエール家ならクルデンホルフ家と対抗できる家柄だが……、ちょっと微妙だな。悪いのは規則無視してるベアトリスなわけだから、大公に冷静な判断力があれば娘を諫めるだろうが、さてどっちに転ぶか」
もしクルデンホルフ大公が冷静な思考を放棄し、「家格が上でもないのに偉そうなこというな」という方向に流れれば国際問題、いくところまでいけば戦争ルートまっしぐらである。
デュライの知る限り、大公は統治者として決して無能ではない。それどころか軍事・外交面では宗主国トリステインに依存しているくせに、独自に強力な軍事力を整えてトリステインを牽制しながら、国として名目上に留まらない独立性を確保してることを念頭に置くとむしろ非常に有能というべきだろう。
だが有能な統治者が、身内に愛情を注ぎすぎて国家を傾けることは歴史を見ればけっこうよくあることだ。そして娘が宗主国に留学するというだけで護衛を派遣するあたり、大公にそういった側面は間違いなくある。同格の家から自分の娘を非難された時、大公がどっちの道をとるか推測しかねる。
それを考えれば、後腐れないように殺してしまうのが手っ取り早いとデュライは思うのだが、アルビオンに迷惑がかかることでもなさそうなので、そっちの路線をとっても別にかまわない。しかし、それとは別のとこでデュライには懸念があった。
「しかしおまえ、勇気あるなぁ」
「なんで?」
サイトが心底不思議そうに首を傾げたので、デュライは少し意外に感じた。まさか自分の見当違いだとでもいうのだろうか?
「最近のお前らの様子から察するに、喧嘩かなんかしてるんだろ? そんな状況でティファニアの話題なんかしたら、プライドの高いミス・ヴァリエールはへそを曲げるんじゃねぇの?」
おまけに言えば、監視対象の一人であるタバサは訓練の時間になると決まって訓練場に設定している学院の草原に現れる。そしてサイトが傷を負うと魔法で傷を癒すのである。なんでそんなことをするのか気になって水精霊騎士隊の面々に尋ねてみたのだが、マリコルヌの語るところによるとどうもサイトに命を救われた経験から恩義を感じ、騎士として彼に仕えているとかなんとか。
そのおかげでタバサの監視をしているアルニカも、訓練に参加しているわけだが、ルイズにとってはそんな軽いことではないだろう。
プライドの高い女が嫉妬に狂うには十分な要素である。すでにルイズの精神は不満という大量の火薬が詰め込まれ、タバサという油で部屋中をコーティングされた火薬庫状態といったところだろう。そしてあろうことかサイトはそこへ新たにティファニアという火種まで突っ込もうとしている。
そんな風に現状を見ていたデュライであったが、サイトは余裕たっぷりな態度で気持ち悪い笑みを浮かべると、
「いや。そんなことありませんヨ? むしろ後ひと押しってとこ」
「そうなのか……? 俺は状況を見る目を持っている自信があったんだがな」
サイトの女性関係における鈍感っぷりと勘違いによる妄想は本人以外には理解不能なものであったので、デュライは自分の推測が間違っていたのか、と素直にサイトの主張を受け入れた。
原作12巻序盤のサイトのズレっぷりは酷すぎる。