風の復讐譚[更新停止]   作:kuraisu

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あけましておめでとうございます。この話正月に投稿する予定だったんですが、色々想定外のことがあり、遅れてしまいました。


風呂場のガールズトーク

魔法学院本塔にある女子風呂の浴槽は、横二十五メイル、縦十五メイルほどの広さがあり、学院の女子生徒が一斉に入っても問題ないほどの大きさである。

 

高名な貴族の令嬢たちが利用するため、浴場はとても豪華であった。壁面には美しい彫刻が彫り込まれ、優しい色の彩色もされていて乙女の目を休めるのに一役買ったいた。浴槽に張られたお湯にはいい香りの香水が混ざっていて彼女たちにやすらぎを与えている。

 

女子生徒たちは湯船に浸かっている者以外はタオルで肌を隠し、今日一日の出来事を語り合ってとてもリラックスしている。

 

しかし浴槽に浸かっているアルニカにはどうにも落ち着かない空間だった。彼女たちの一族が支配しているシルヴァニアの屋敷にもここほどではないが豪華な風呂があり、一度ならず入浴したことがあったが、場違いに思って落ち着けたことはなかった。

 

たぶん気質の問題だろう。普段から使用人用の蒸し風呂の方をよく利用していたし、エドムンドらと一族が協力関係になっても、それは変わらなかった。一族を率いるエリザベート様はハヴィランド宮殿の浴場が気に入ったと言っていたが、あんな息が詰まるほど豪華な浴場でくつろげるなんてアルニカには信じがたいことであった。

 

そんな感性のアルニカだが、ここを利用するしかない。監視対象であるオルレアン家の娘から使用人の風呂を借りるためだけに長時間離れるのはあまり好ましいことではなかったからだ。

 

ちらりと彼女はその蒼髪の少女の姿を見た。浴場だというのに杖と本を持ち込んでおり、壁際に設けられたベンチに座って壁から噴き出す蒸気に身を委ねなから、本を読んでいる。顔は無表情だ。彼女はいつもこんな感じであり、この監視任務にかるい徒労感を感じる要因のひとつになっている。

 

ああ。早くこの任務終わらないかな。いや終わらなくてもいいから、だれか替わってほしい。自分以上に適任が、絶対に一族にはいるはずなのに、どうして自分がこんな慣れないことをしなくてはならないのだろう? 望み薄だが、デュライに辞任でもだしてみようかな……

 

なんか鬱な気分になってきて両足を抱え込んだ。小さい頃から、自分は中で頭を回転させるより外で体を動かす方が好きだった。太陽の光は忌々しいが、広い視界の場所にいるとそんなもの簡単に忘れ去ることができたのだ。

 

「おとなり、いいかしら」

 

首だけ回して声の主に視線を向けた。健康的な小麦色の肌に、豊かな胸の双丘。そして燃えるような赤髪が特徴的な女王然とした美少女――監視対象であるタバサの親友であるキュルケであった。

 

アルニカは少し戸惑った。服を着ている時ならともかく、風呂場で自分に話しかけてくるような生徒は今までいなかったからだ。

 

「……べつにかまいません」

 

許可をだすと「失礼」と楽しそうに呟き、すぐとなりにキュルケは腰をおろして湯につかった。なにか話しかけるべきかとアルニカは思ったが、口をあけただけで言葉がでない。そもそも風呂は一人でゆっくりくつろぎたい派の彼女は風呂場でどんな話題をすべきかまったくわからないのであった。

 

「ねぇ、あなたどうしていつもフードで顔隠してるの? 顔こんなに可愛いんだから、隠してたら損だとおもうんだけど」

 

「あたしは傭兵よ。戦場の男所帯の中で女一人だったらどうなるか。ミス・ツェルプストーならわかるのでは?」

 

まるっきり嘘ではない。一族は領主の兵士として戦うことは少なからずあったが、彼女はそれ以上の流血を欲したので満足できず、近隣の盗賊退治や戦に傭兵という立場で参加していたのだ。

 

だが戦場にいる時に他の兵士から好色な視線で見られるのは、とても気色悪い。しかしアルニカはボーイッシュでスレンダーな体形なので、唯一女っぽい顔をフードで隠しとけば男か女か他人にはわからなくなるのであった。

 

「それならこの国の銃士隊みたいな部隊に入ればよかったんじゃない?」

 

「そういう部隊って貴人の護衛とかそういうのが任務なんでしょ? あたしがしたいのはそういうのじゃないの。誰かを守ることより、敵と戦う方が好きなのよ。自分でも女らしくないとは思ってはいるけど、どうしようもなく戦場に惹かれてね」

 

アルニカは困ったように苦笑した。実際、なんで敵と戦うのが好きなのかと聞かれたら、うまく説明できない。

 

あえていうならば、戦場の高揚の中で自分の頬に飛び散った敵の返り血を舌で舐めとるのは格別のものがあるからか。エリザベートやブラッドが用意してくれるものも悪くはないのだが、それとはまた別種の喜びである。

 

なにより、戦闘がひと段落した時、返り血で赤く染まったコートを脱ぎ、絞り出して喉を潤わすのと素晴らしい。まだ生暖かいそれが戦闘で疲労した体の五臓六腑に染み渡っていく感覚はなにものにも代えがたい至福である。

 

唯一の問題点といえば、同族にさえ理解できないと奇異の目で見られてしまうことくらいだ。

 

「それに首筋のこれもあるしね」

 

首筋から胸のあたりにかけて深い傷跡があった。かなり深いところまで抉られたのか、問題なくなった今でもその部分だけ赤黒く、醜く爛れている。そこ以外のアルニカの肌は白磁のようにきれいなせいで余計醜悪に目立っていた。

 

女子生徒の多くはこれを直視するのが恐ろしいので、風呂場でアルニカに近づこうとはしないのであった。

 

「すごい傷跡ね。いったいなにでそんな傷を負ったのよ?」

 

「わからないわ。戦ってる時になにかの衝撃で意識を失って、気がついたらもうこのありさまだったから」

 

意識を取り戻した時には、既に後方の陣地に運ばれて治癒士たちに傷をふさがれていた。まわりからは生き残れるか怪しいと思われていたようで、まわりからよく生きてたなと驚かれたものだ。たぶん大砲かなにかで吹っ飛ばされたんだろうとアルニカは思っている。

 

「それで。本題はなに?」

 

「本題もなにも、目に入ったから話しかけただけよ」

 

チェシャ猫のように笑うキュルケ。

 

「そう。でも今まであたしたちを警戒しているでしょ。信じられないわ」

 

しらじらしいと言わんばかりの目で、キュルケを睨みつける。彼女は自分たち教導隊を警戒していた。ルイズみたいな露骨な反発でも、タバサみたいに無関心を装うなどのわかりやすい警戒ではない。表向きはそんな姿を見せず、内心で警戒を解かないという感じのわかりにくいもの。

 

それはなかなか巧妙だった。普通の人間ならその警戒に気づかなかったかもしれない。しかしその生き方が当然であり、それしか選べない一族出身のアルニカからすれば、キュルケの警戒は一目瞭然だった。

 

「そう思われるのも無理ないわ。でも今はあなたと雑談したいだけよ」

 

両腕で大きな2つの果実を抱え、本当よとニンマリ褐色の女王は笑う。十九の少女とは思えぬ色っぽさであった。

 

キュルケの意図をアルニカは探ろうとした。アルビオンで自分たちが連行した者達のことはある程度調べられているが、キュルケはゲルマニアの名家の出とはいえ、彼女個人に見るべき価値はほとんどないというのがアルビオン首脳部の判断で、他の者達と比べて比較的おなざりな調査ですまされていた。

 

とはいえ、ひととおりのことは調べがついている。数多くの武官を輩出したツェルプストー辺境伯家の令嬢であり、最初はウィンドボナ魔法学院に入学したが、在学二年目で退学している。本人の語るところによると彼女に惚れた男子生徒たちが、教師陣がとても目こぼしできない規模の流血沙汰を起こし、男子生徒同士の対抗心を煽っていた自分の責任が追及されたので退学したとのこと。

 

退学処分を食らったが、彼女は美貌だけでなくメイジとしての素質にも恵まれていたので、自分の将来をそれほど悲観してはいなかった。だが、実家からとある老公爵と結婚させられそうになって、「まだ一人前の貴族としての勉強が終わってない」と言い訳し、逃げるようにトリステイン魔法学院に留学。

 

トリステイン魔法学院で”ソーン”のクラスに所属し、タバサとクラスメイトとなる。寡黙なタバサと熱しやすく冷めやすい恋の女であるキュルケとはあまり仲がよくなかったようだが、他のクラスメイトからは優秀な異端児として反感を買っていたらしく、彼女らをハメようとしたイジメっ子たちに仕返しするのに協力してからは親友になった。

 

またルイズとの関係が深まったのは二年生になってかららしく、一年生の時は顔を合わせるたびに口喧嘩(ギーシュの証言によると、口喧嘩というよりはキュルケがからかってた)するような関係だった。しかし二年生になってから何の運命の悪戯かともに行動する機会が増えて、今みたいに多少マシになったらしい。

 

これらの情報をアルニカなりに総括すると、あっちこっちの男を誘惑する魔性の女でタバサとルイズの親友というのがキュルケに対する認識である。

 

だから、タバサかルイズに関する探りというのが一番濃厚。次の可能性が高いのが、タバサの監視役である自分になんらかの取引を持ちかけるといったとこだろう。とアルニカは推測したのだが。

 

「だってねぇ。あんなの見せられたら、ねぇ?」

 

「なんのことかしら」

 

「あれよ。広場での異端審問騒ぎの時、ルイズが二度目の大爆発起こす直前にマルスを助けてたじゃない。必死な顔して」

 

「必死な顔して」の部分を強く強調され、アルニカは困惑した。自分が面倒見てる形式上の上官を救出しにいった自分の行為に勘繰られるようなことでもあるのか。

 

「あなた。マルスのことが好きなの?」

 

「は?」

 

予想外な一言にアルニカはぽかんとした顔をした。しばし呆然としたあと、不快そうな表情をする。

 

「あたしが? あの子を? そんなことないけど」

 

「あら? そうなの。わたしが見る限り、マルスの方は間違いなくあなたに惚れてると思うんだけどね」

 

マルスはアルニカと話している時は心底嬉しそうな顔をしている。広場での一件以来決定的になったのか、チラチラとアルニカに視線を向けては、気づかれる前に気まずそうになって天を仰ぎ、せつなげなため息をついている。

 

多くの恋を経験してきたキュルケの目から見れば、気になっているけど恥ずかしくてどうするか迷っている少年の仕草そのものである。これはいい会話の切り口になりえると話題にしたのである。

 

「正直なところ、あなたはマルスのことをどう思ってるのかしら」

 

そう言われてアルニカはマルスのことを考えてみた。見た目はアルニカの感覚からすると、ギリギリ合格ラインに入るとこか。性格もあの熱烈な王家崇拝者である点に目を瞑れば、悪くはない。

 

幼いからしかたないことだろうけど、考えることより行動を起こしたがるのは問題とはいえ、自分や他の部下から手間のかかる奴だと思っても、嫌いというとこまでいかないのだからある意味人徳があるともいえなくはない。

 

普通に付き合う分には好ましい相手だろう。なんというか一人っ子だからこういう表現が正しいのかわからないが、世話がやける弟っていうのが一番しっくりくるような間柄だ。

 

「一人の人間としては好きかもしれないけど、異性としてはとくになんとも思ってないわ」

 

「恋人にしてみたいと思わないの?」

 

「思わないわ。だってマルスと朽ち果てる最後の時まで一緒にいたいなんて思わないから」

 

「……それって恋人に求めるには厳しすぎない?」

 

恋愛というのは、本命の相手を探すためにやることだと思っているキュルケにとって、いきなりそのレベルまで恋人に求めるのはいくらなんでもハードルが高すぎると思わずにはいられない。

 

「だって恋人って要するに一生を共に歩みたいって思える人のことでしょ? これで必要最低条件よ」

 

しかしアルニカは断固として譲らない。

 

「最初からそう思える相手なんて、いないと思うけど」

 

「べつに最初から恋人である必要なんてないわよ。母は知らない間に友達だった父親と恋仲になってたいったから、もしなるなら自然とそうなるものでしょ?」

 

「なんていうか、消極的ね。そんなんじゃ本命がみつからないでしょう」

 

「そういうあなたはみつかったの?」

 

「ええ!」

 

キュルケが自慢げに大きい胸を張る。別段コンプレックスなんて持ってないけど、ここまで強調されると少し腹立たしいなとアルニカは無意識に自分のそれに視線を落としていた。

 

「コルベール先生っていう運命の人を私は見つけたのよ」

 

「コルベール先生? それって火の授業をしているジャン・コルベール?」

 

「そうよ!」

 

あともう少しで落としてみせると両目の奥に恋の炎を激しく燃やすキュルケ。二十手前の美少女と中年禿の教師。外見的には似合わないことこの上ない組み合わせだ。

 

いやそんなことより、彼女の本命だかいうコルベールだ。デュライが警戒に値すると評価した教師陣の中でも特にコルベールを強くあげていた。ちょっと変わってる平凡な教師を装っているが、自分と同じ穴の(むじな)の臭いがするのだと。

 

それだけでアルニカが警戒するには十分だ。アルビオンの内乱で王党派から”グラスコの飢狼”と恐れられたあの男に同類認定されるような人間なんて、ろくでもない奴に決まっているではないか。

 

「――まあ、この話はまた今度でいいわ。ちょっとだけでもマルスと付き合ってみる気はないの? それとも身分の差でも気にしてるのかしら」

 

惚気話に熱をあげていたキュルケだが、アルニカが適当に相槌をうっているだけなのに気づき、それを中断して問いかける。

 

「だから単にあなたみたいに無節操じゃないの。それに――」

 

それに生まれがどうとか相性がどうとかいう以前に、自分がマルスと付き合うことなんてありえない。あの、理解できない存在を。

 

アルニカは内心、そう続けたが口に出すわけにもいかず、

 

「それに身分の差なんて、マルスとあたしの間にほとんどないでしょ。マルスは貴族といっても棒給暮らしの無爵位下級貴族。平民と恋愛するのに壁なんてほとんどないわ」

 

つまらなさそうにあたりどころのない別のことを述べる。

 

あまりに脈がない答えにキュルケは頬を膨らませた。マルスがアルニカに惚れているのを見抜いた彼女としては、恋の達人として彼らを援助してちょっとした恩を売るつもりだったのだ。別に彼女たちが恩義を感じてくれたところで監視が終わるとも思えないが、暇さえあればタバサの動向を探っているアルニカが恩義を感じてくれれば、多少は融通をきかせてくれるようになるかもという期待があった。

 

だが、アルニカの恋愛観は自分のそれと比べると違いすぎてどう動くのが正解なのかさっぱりわからない。”微熱”の二つ名を持つ者として、自分から行動を起こさねば気がすまない彼女にとって、アルニカの気長な姿勢は理解はできてもまったく共感できなかったのであった。

 

「念のため聞いておくけど、マルスのことを考えてるとどう思う?」

 

キュルケはほとんど諦めていたが、わずかな望みをかけて質問する。

 

「疲れるわ」

 

即答であった。サウスゴータで警邏隊の副隊長を務めていた時から、あのマルスの無思慮な仕事っぷりには苦労させられた。あのむやみやたらにアルビオンの王権を強調する姿勢は普通の地方であれば十分に通用するのかもしれないが、四カ国共同統治中のサウスゴータ地方では政治的問題に発展しかねず、その火消しをアルニカが担当していたのだからある意味当然であった。

 

無情すぎる答えを聞き、キュルケはすっぱりと諦めてアルニカの傍から離れようとしたその時、風呂場の一角から大きな叫び声が聞こえてきた。なんの騒ぎだとキュルケとアルニカはそっちの方向を見る。

 

どうやら何者かが女子風呂を覗いていたそうで、怒り心頭の女子生徒たちは、統一されていないが感情面では統一されているので意味はだいたい察することができる怒りの声をあげ、群をなして脱衣場へと駆け出していく。

 

なんだ素肌を見られた程度でくだらないとアルニカは湯船に浸かりなおそうとしたが、すぐ隣を一陣の風が吹き去った。早くて輪郭がよく見えなかったが蒼と肌色の物体が女子生徒たちを追い越して風呂場から飛び出ていく。

 

その二色に少し心当たりがあったアルニカは先ほどまでタバサが居た場所に視線を向ける。そこには彼女が使っていたタオルだけが「さっきまでここにいたよ」と強く主張するように落ちてあった。

 

無視して風呂に浸かっているわけにはいかなくなったと判断したアルニカは、すぐ隣にいたキュルケと意図せずして顔をあわせた。どうやらキュルケもタバサが素っ裸で風呂場を飛び出していったらしいと理解したらしく、顔を固くしていた。

 

「……覗かれて怒るのはわかるけど、それで素っ裸で外に出て行ったら本末転倒じゃない?」

 

「なにも言えないわ」

 

その言葉だけかわすと、二人とも脱衣場へと駆け出した。

 

 

 

一方、女子風呂を覗いていた水精霊騎士隊(オンディーヌ)はまさに狂乱のさなかにあった。隊長ギーシュの命令で全員バラバラになって逃亡しているが、全員が逃げ切ることよりもどこかに隠れてやりすごすことを考える者の方が多く、それが完全に裏目にでていた。

 

もし水精霊騎士隊が万全の状態であれば、物陰に隠れたりなどせず普通に逃げ切れたのかもしれないが、残念ながら彼らは万全の状態ではなかった。ギムリが齎した女子風呂の設計図の「地下部分は魔法探知装置の範囲外で壁に”固定化”はかかっておらず、警備ゴーレムの索敵外」という情報により、緻密な魔法操作で巨大な地下トンネルを構築していた彼らの体力と精神力は既に限界に達していたのだ。

 

その為、彼らは容易く女子生徒たちに捕まった。なんとか隠れ場所を見つけ出し、そこに身を潜めていても、疲れ切っていた彼らが見つけた安全な隠れ場所は”頭隠して尻隠さず”な場所が少なくなかったし、まともな隠れ場所は隊員同士で取り合っているところを見つかり、女子生徒たちの魔法の雨を浴びた。

 

「ここなら、ここなら大丈夫なはずだ……」

 

「本当に大丈夫なんだろうね?」

 

マルスが不安気に隣で自分に言い聞かせるように呟いているレイナールに問いかける。

 

殆どの隊員が捕まり広場の真ん中で裸を見られて怒り狂う女子生徒たちによって魔法のロープで縛られて半殺しにされている中、彼ら二人はいまだに捕まっていなかった。

 

彼らが選んだ隠れ場所が他に比べて優れていたというわけではない。なけなしの精神力を振り絞って”フライ”で飛び上がり、本塔のでっぱりの部分にへばりついて彫像のように固まっているだけである。

 

ハッキリ言ってすぐばれてもおかしくないところなのだが、夜中なので遠目には本塔の模様なんかのようにしか見えないだろうとレイナールが考え、その考えまでは知らなかったがレイナールだからなにか考えているだろうと思ったマルスがレイナールに追従した。

 

「わからないよ! でも今も捕まってないってことはたぶん大丈夫なはず!」

 

苛立ちまぎれに小声で叫ぶ。

 

「だから言ったんだ。女子風呂を覗くなんてやめようって! これも全部”風上”のデブのせいだ!」

 

元々女子風呂を覗くのには反対だったレイナールがこんな暴挙に加担してしまったのは、マリコルヌが「ティファニア嬢のあれ()を確かめたくはないのか」と誘惑されたせいである。しかも覗いてる時にティファニアの姿を確認できなかったため、余計にマリコルヌへの怒りが湧き出てきていた。

 

一方、マルスはそんな友の醜態をやや白けたようにみていた。アルビオン王家の血を継ぐティファニアの裸見たさに女子風呂に覗くことに賛成しだした癖にいまさら何を言っているのかという感情があったし、彼自身は湯船に浸かっていたとはいえ、お目当てのアルニカの裸を拝めたことで満足していたのであった。

 

だが、声を抑えているとはいえこのまま喋り続けられてはなにかの拍子で見つかるかもと危惧したので、マルスはなんとかレイナールの怒りをなだめた。それで息を潜めているとなにやら大きな羽音が聞こえてきた。

 

「な、なんだ……?」

 

二人そろって羽音の方を見ると、竜が三匹、こちらに向かって飛んできていた。

 

「「はぁあ!?」」

 

我慢できず二人そろって叫んだ直後、彼ら二人がいた周辺が風の魔法でふっ飛ばされた。

 

「うわあああああああ!」

「ぎにゃあああああ!!」

 

落下するマルスとレイナールをどこからか伸びてきた”マジック・ロープ”が捕らえ、そのまま塔の屋上にまで釣り上げられた。なにがどうなってるんだと混乱する二人は周囲を見渡すと、非常に良い笑顔を浮かべた重装備の騎士がこちらを向いていた。

 

その騎士装束には心当たりがあった。つい先日広場でやりあった空中装甲騎士団(パンツァーリッター)のものである。よく見ると周りを飛んでる竜の三匹の内、二匹の上にも同じ装束の騎士が乗っており、どうやら彼らに釣りあげられたようだと理解できた。

 

「いやはや、君たちの向こう見ずさはよく理解していたつもりだったが、若さとは恐ろしいな。想像の斜め上をいっていく」

 

隊長格であるらしい良い笑顔を浮かべた騎士がしゃべりだす。なんだか嫌な予感をこの時点でマルスとレイナールは感じ始めていた。

 

「な、なんのことでしょうか?」

 

「なにって決まっているだろう? 水精霊騎士隊が女子風呂を覗いたことだ」

 

目を細める隊長格の騎士の姿を見て、マルスとレイナールは顔を青くしてがたがたと震えだした。

 

「ああ、別に責めているわけではないぞ。男なら誰だって子供の頃は女子風呂を覗いてみたいと憧れる。だが、普通はできない。それをやってのけた君たちの勇気と知恵は()()()()を除けば賞賛に値すると心から思うぞ」

 

心からの賛辞を述べ、人を安心させる笑顔を浮かべる隊長格の騎士にマルスはホッとしたように息を吐いたが、レイナールは震える声で尋ねた。

 

「ある一点とは、なんですか……?」

 

「いやなに。その時に我らが姫君が入浴していたということだよ」

 

状況を理解したレイナールは全速力で走りだした。しかし竜の上から飛び降りてきた騎士たちによって逃亡経路を阻まれる。隊長格の騎士と違って、彼らの顔は憮然としていた。

 

「なにも逃げることはないだろう。私は君たちのような勇者に優雅な空の旅を楽しんでもらいたいだけなんだよ?」

 

レイナールがふりかえるとマルスが隊長格の騎士の小脇に抱えられ、もがいていた。

 

「もちろん勇者には勇者に相応しい特等席を用意させてもらった」

 

部下の騎士二人が頑丈な縄を二巻き取り出す。自分たちがどのような目にあわされるか把握したレイナールは涙目になったが騎士たちは知ったことかとばかりにレイナールを縄で縛りあげ、つぎに隊長の脇から解放されたマルスも縛りあげた。

 

そして縛りあげた反対側を自分たちの騎竜の足にしっかりと括り付けると、彼らは騎竜の背に飛び乗った。

 

「それでは勇者諸君を祝福する空の旅を楽しもうではないか。……よくもベアトリス様の裸体を覗き見しやがったなゴルァアアアアアアアア!!」

 

ついに取り繕えなくなった隊長の怒声と共に竜からぶら下げられる恐怖のフライトは始まった。レイナールとマルスはベアトリスが風呂場にいたなんて知らなかったし見ていないとフライト中必死で叫んだが、聞き入れられなかった。

 

恐怖のフライトは二人の意識が飛んでしばらくしたところで終了した。




あの時、ティファニアがいたってことはベアトリスも風呂場にいた可能性=空中装甲騎士団が黙ってない。
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