風の復讐譚[更新停止]   作:kuraisu

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不穏な兆候

空中大陸中央部に位置する都ロンディニウムの、さらにその中心部にある白亜の王城ハヴィランド宮殿。

 

「グハ、ガハハハハハハ!!! ヒャーハッハッハッハッ!」

 

アルビオン数百万の頂点に君臨し、類稀なる武才に恵まれ、先の内乱において彗星のごとく現れて内乱に終止符をうち、先王ジェームズの崩御にともなって即位した空の王者は、その一室にて腹を抱えて爆笑していた。

 

「へ、陛下、お気を確かに……」

 

ヴァレリアが諌めにかかったが、その声は動揺で乱れまくっていた。周りに助けを求めるが、ヨハネとディッガーは露骨に目を逸らし、ユアンは全く感情が読めない目で見返してきただけだったので、彼女は孤立無援であった。

 

『やはりこんな報告は不愉快だったでしょうか……』

 

「いやいやいや! そんなことはないぞ。むしろ青春を楽しんでいるようでなによりだ」

 

アルビオン王家に代々伝わる魔導具のひとつで、デュライからトリステイン魔法学院におけることの顛末、すでに空中装甲騎士団との一件については報告済みなので、水精霊騎士隊が女子風呂を覗いた一件に関する、報告を受けたエドムンドはあまりのばかばかしさに笑いを堪えられなかったのであった。

 

他の連中はいざ知らず、覗きの主犯格であるギーシュはデュライたちによる監視下、それも教導隊には彼らを殺害する権利があるという脅しまでかけているのだ。それなのにこんなことをやってられるとは、馬鹿というべきか肝がすわってるというべきか、判断に迷うところだ。

 

『水精霊騎士隊員らの自白によるとティファニアの、陛下の妹君の裸を覗き見ようという邪な考えを持っていたものが多数いたとのこと。学院側に厳罰を求めることもできますが、どうします?』

 

「無用だ! 前にも言ったが、テファと俺の関係が悟られるような行為は慎むべきだ」

 

その為だけにわざわざウエストウッド家などという存在しない貴族家を書類上に作り出し、ティファニアをその令嬢としたのだ。なのに自分からティファニアと王家の関係を主張するようなマネをするわけがなかった。

 

「それに被害者であるベアトリスが大事にせぬように気をつかっているのであろう? なのに俺がしゃしゃり出て事態を複雑にするような小物ぶりを発揮する必要はあるまい」

 

その答えに、魔道具で遠方から話をしているデュライはベアトリスがなんでそんな対応したのか、その過程も報告すべきだったかもしれないと少し顔をしかめた。

 

当初、入浴姿を覗き見られたベアトリスは大事にする気満々だったのだが、覗き犯の少なくない数の目当てだったティファニアが「そんなに怒らなくても……」と世間ズレを発揮し、その寛大さ?に貴族としてのプライドを刺激されたのか、あんまり騒ぎを大きくするのも大人気ないと態度を改めたのだった。

 

しかしすぐ、こんなつまらない話に仔細な報告をする必要もないだろうと思いなおす。

 

『では、彼らに協力したバーノンにもこちら側で特別処罰をくだす必要はないということで?』

 

「うむ」

 

一度そう言ったがすぐに首を横に振った。

 

「いや待て。そうだな……。一応、オスマン学院長に処罰を任せる旨を伝えておけ」

 

「よろしいのですか? マルスにのみ重い処罰を与え、それを材料にこちらの監視をやめるよう要求してくるかもしれません」

 

「それはそれでおもしろい。処罰は平等にしろと訴えればきっと愉快なことになる」

 

その答えにヴァレリアは恐怖で体を震わせた。処罰を平等にしろとはマルスの罰を軽くしろというわけではなく、マルスを受けた罰と同じ罰を他の犯人にも与えろということに違いないとわかったからである。

 

「それにだ。思春期の少年であればこれくらいの悪ふざけはするだろう。かくいう俺もやらかしたことあるし、いちいち目くじらをたてることでもあるまいて」

 

目を細めて遠い過去に思いをはせるエドムンド。その発言で部屋の空気が凍ったことにはまるで気づいていないようであった。

 

「……本当ですか?」

 

いち早く解凍したディッガーは念のため、主君の衝撃的告白を本当か確認する。

 

「本当だとも。いつだったか忘れたが盗賊退治の帰りに水浴びで有名なスポットがあるとかいう話になって覗きに行ったよな」

 

エドムンドがヨハネの方を向く。エドムンドの性格的に覗きに積極的だったとは思えないので、昔から側付きだったこいつが煽ったにちがいないと侮蔑の視線が集中した。

 

しかしそんな視線を向けられたヨハネはどこか懐かしげに、そして悲ししげに目を細めた。

 

「懐かしい。またあんな悪ふざけをしたいものです」

 

「……お互い、もう悪ふざけして許される歳でも立場でもあるまい」

 

「そうですね。あの時いた場所から俺たちはずいぶんと遠いところにきてしまった。いまさら、あの頃に戻れるわけでなし」

 

「だが、思い出に浸ることくらいは許されよう。浸りすぎて囚われぬ限りにおいては、違うか?」

 

ヨハネは少しためらった後、頷いた。そしてその覗きの時の話題をしはじめ、この場で唯一の女性であるヴァレリアはその話題の酷さに顔を真っ赤に染め上げ、ユアンはそういうことがあったのかと脳裏に書きとめる。

 

ディッガーはというと地位的には自分とさして変わらぬ立場であるのに、ヨハネと比べて主君との距離に大きな差があることを見せつけられている気分だった。自分が仕えだしたのは、ほんの数年前であるからしかたないのだが、それでも悔しいものは悔しいのであった。

 

「昔話はこれくらいにするとして、デュライよ。ひとつ言っておきたいことがある」

 

『なんです?』

 

「……今月末に水都市アクイレイアでひらかれる教皇即位三周年記念式典に出席してほしいとロマリア大使から誘いがあった。国内の立て直しに忙しいと断ったが、他の王も招く予定であることを匂わせて翻意を促してきおった」

 

『つまりアンリエッタも招かれるかもしれないと?』

 

「アンリエッタだけならよい。だが、監視対象であるルイズとサイトも十中八九招かれるだろう。三周年という中途半端な年数なのに他国の君主を招くなぞ不自然だ。ではなぜそうなったかと考えると……ルイズの”虚無”に目をつけたとしか考えられん」

 

十周年とかなら教皇の偉大さを内外に知らしめるために、即位記念式典を盛大に催す意味は対外的にもあるだろう。しかしそうではない以上無駄な浪費でしかなく、国内で祝祭でも開くだけでよいはずだ。

 

『それ以外の可能性は? 現教皇の即位式の際、噂によるとどの国の王族も足を運ばなかったとか。その埋め合わせのためでは?』

 

ヴィットーリオ・セレヴァレの教皇即位の時、運命の悪戯か五大国の王家は諸事情により出席しなかった。

 

アルビオンは内戦の真っ最中で王族が他国に足を運んでる余裕などなく、ガリアは無信心者のジョゼフがロマリアに行くことを面倒だとのたまて拒否し、イザベラも父王の不興を買うことをおそれて断った。トリステインは王位不在で混乱状態にあり、唯一出席できる可能性があったアンリエッタは都合の悪いことに風邪で寝込んでいた。

 

最後のゲルマニアは政情的に安定していたが、国家の成立過程の関係でゲルマニア王家における反宗教庁感情が半端ではないので名代の貴族を出席させるのにとどめるのが伝統と化している。なのでゲルマニアの皇族が教皇即位式に出席することなど最初からありえない。

 

つまり現教皇である聖エイジス三十二世ヴィットーリオは、ハルケギニアの歴史上稀に見るほど他国の王族と会っていない教皇であり、即位式のリベンジのために記念式典を催したとしてもさほどおかしくはないようにデュライには思えたのであった。

 

「たしかに。平時であるならば俺もそのように考えたかもしれぬ。だが……」

 

エドムンドがユアンに視線を向け、続きを促した。

 

「教皇とトリステインの女王との事前会談を確認しました。会談内容を手に入れることはできませんでしたが、時期的には我々がガリアから亡きオルレアン公の娘がアルビオンにくるという情報をもらう直前にあたります。トリステインのティファニア嬢の身柄確保と無関係とは思えません。おそらくはトリステインを仲介役とした協力関係を築こうとしたのではないかと私は考えています」

 

『ちょ、ちょっと待ってくれ。ティファニアはハーフとはいえロマリアにとっては仇敵のエルフだぞ。その身柄確保にロマリアが関与していてると? それも宗教裁判で裁くためでもなく協力関係を構築するために?』

 

「”敵を知り、おのれを知れば百戦して危うからず”。古代の兵法家の格言だ。それを前提に考えれば、ロマリアの若き教皇がどのような未来絵図を描いておるのか。想像できるのではないかな」

 

『!! ……なるほど。エルフの先住魔法の対策をたてるためですか』

 

魔導具の向こう側で、アルビオンの首脳部はロマリアが”聖地奪還運動”を――すなわち、聖戦を再び起こそうとしていると推測していることを察した。

 

この世界における聖戦は、中東世界で悪名高い十字軍が、さらにろくでもないものにしたものであるというのがデュライの評価である。何の通告もなしに大軍という数の暴力でもってエルフの街々を蹂躙・略奪し、ブチ切れたエルフの軍勢に圧倒的な技術力の差で遠征軍が壊滅的打撃を受けて終了する。

 

聖戦のたびにその繰り返しをしてきたというのだから、愚かしいにも程がある。最初の聖戦は約四千年前らしいが、その膨大な長い年月がありながらエルフとの技術力格差を埋められていないとは……。聖地への執着に比べて向上力に欠けるやつしかいないのだなというのが素直な感想であった。

 

だが権力者しか知らぬ歴史を知っている視点から見れば、また別の見方があるのだった。そも最初の聖戦が起きた四千年前、諸国の貴族階級が血縁的繋がりを深め、国家同士の対立も少なく平和な時代が続き、人口の膨張が留まる所を知らなかったという。

 

一見良いことではないかと思えるが、人口が増え続けるということは、それを養う食糧がいるし、暮らせる土地も必要だ。しかしながら人口が増えるスピードは、農地や村を開拓するスピードより遥かに速く、このままでは早晩飢えた民や住む場所がない民が不満を爆発させるのは必定であった。

 

そこで当時のハルケギニア諸王は、互いに知恵を出し合い、どのように問題を解決すべき話し合った。そして増え続ける民の数を減らすべきだという意見で一致した。だが、彼らの頭にはハルケギニアの平和を崩す気はかけらもない。なので悪法を敷いて民衆を虐殺したり、国同士の戦争などの手段は論外である。

 

悩みに悩んだ末、ある小国の王がろくでもないことをひらめいた。聖職者らに民の信仰心を煽らせ、聖地奪還を掲げて異教徒(エルフ)どもの国へと攻め込ませる。砂漠だらけのエルフの土地に侵略すべき価値などかけらもないし、エルフの技術力はハルケギニアの比ではないので普通なら割にあわない。なのでこの二千年間エルフの領域は放置されていたが、口減らし目的なら最適だというのだ。

 

だけどそのろくでもない案は当時の諸国の王族たちにとっては名案のように思えたようで、満場一致で賛成された。そうして編成された聖地奪還連合軍はエルフの領域で暴れまわり、女子供にいたるまで殺してまわった。そのことに激怒したエルフ軍本隊によって連合軍は大損害を受け、諸王は口減らしに成功したと祝杯をあげたという。

 

しかし、当時を生きてた連中はそれでよかったかもしれんが、”聖地奪還”などという幻想をよくも民と聖職者連中に植え付けてくれおったな、というのが現在の権力者であるエドムンドの偽らざる心情である。王がその国における最高位聖職者を兼ねていた四千年前だから問題ないと思ってたのだろうが、今はロマリア宗教庁に教権が統一されてしまった。そしてロマリア宗教庁は腐臭漂う腐敗聖職者と本気で聖地を奪還せんとする狂信者しかいない。つまり、口減らしの必要性がなくても、狂信者どもが宗教庁を掌握すれば、各地の聖職者どもは声高に聖戦を主張して民草を死に追いやるというわけだ。

 

「そしてトリステインの女王陛下は聖戦を支持しておられるようだ。教導隊をトリステイン王政府が迎えた際、女王陛下がご多忙とかで対応したのはマリアンヌ王太后陛下と宰相のマザリーニ枢機卿猊下だったと聞いて、少し疑問に思いディケンズに調べさせたところどうも秘密裏にロマリアへ赴いているようでな」

 

『となると我々教導隊はどう動くべきでしょう』

 

「もしルイズやテファをロマリアに来させようという動きがあれば、反感を示しつつ従え。そしてロマリアの首脳部がなにを企んでいるのか探るのだ。こちらはトリステインとの契約で女官のヴァリエール、近衛副隊長のサイト、シャルロット殿下、あとギーシュ隊長の四名の監視を常時行える権限。監視から逃れようとすれば対象を抹殺する権限が認められている。それで教皇を脅してでも同席を強要し、密談を許すな」

 

もちろんロマリアも警戒してくるだろうが、ギーシュを除く三名を蚊帳の外において話を進めることは不可能であろう。いったいどのような情報から教皇が聖戦を決意したか知らぬが、現代に蘇った伝説の”虚無”を無視することはできまい。もしロマリアの狂信者どもが本気で聖地奪還を目指しているならなおのこと。

 

エリザベートらからの情報でロマリアがガリアの領主たちに対して取り込みをはかっていることを念頭におくと、記念式典の際にジョゼフを亡き者にするというのが一番ありえそうだ。厳重な警備に不自然じゃない程度の穴を意図的につくり、外部の殺し屋でも雇って、第三者による暗殺に見せかけるという形で。ジョゼフはそこら中の人間から嫌われているから、その説明で納得する人間が多かろう。

 

そしてロマリアの息がかかってるガリアの貴族に「国内の混乱を収拾するのに協力しろ!」とでも要求させ、それを受け入れる形でロマリアが堂々とガリアに進軍。ガリアを完全に影響下におき、十年か二十年かけて軍備を増強し、ハルケギニアをまとめた上で聖戦宣言を行う……。もし俺が教皇で聖地奪還を本気で企むならそんな青写真を描くとエドムンドは想像する。

 

『了解。しかしロマリアですか……』

 

「うむ? どうかしたのか」

 

デュライの声の調子に疑問を覚えたエドムンドが問いかける。

 

『なんてことはありません。二十年ほど前に門を越えて以来、傭兵としたハルケギニア諸国を放浪してきたが、ロマリアには縁がなくて足を運んだことがなかったからどんなところかと思っただけ』

 

「一言で説明すると、腐った人間の本性というものが感じられる国だ」

 

『ずいぶんとおもしろそうなところのようですね』

 

期待するような声がかえってきたので、エドムンドは言葉選びを間違えたかと頭を振った。

 

「異界でお前がいたというアンダーグラウンドのような国という意味ではないぞ。ただ純粋にろくでもない国だ」

 

幼き日、モード大公家のみんなと一緒にロマリアへ家族旅行した時のことを脳裏に浮かべた。あの美しいロマリアの町並みや聖堂群に目を奪われたものだが、最終日に先導していた父と長兄が主要な街道を外れて路地裏に入った時、そこに広がっていた醜悪なスラム街の光景を見て、衝撃を受けたことを忘れていない。

 

その日の食い物にすら困り、慈悲を乞う痩せ細った者達の群れ。その中を身なりが整った健康体の聖堂騎士の一団が治安維持とか異端摘発とかの名目で横暴に扱われ、恐怖に震えていた避難民が「ここは”光の国”ではないのか」と諦観に満ちた絶望の声で呟いていたのが妙に印象に残っている。

 

人並みほどには信仰心を持っていたつもりだったので、あまりの風聞との落差に義憤にかられ、腰にさげた杖を抜きはなちかけたほどだ。父に優しく肩に手を置かれ、他国のことに干渉しては祖国に迷惑がかかると押しとどめた。その上でこれがブリミル教の総本山の現実であり、宗教庁も知っている。だけど宗教庁はここが光溢れた理想郷であると言って現実を認めようとしない。それがどれだけ悲惨な結果を産むか胸に刻んでおきなさいと諭された。

 

そういう経験から、エドムンドは大のロマリア嫌いである。しかし神と始祖への信仰心は変わることはなく、”実践教義”を胡散臭いと切って捨ているものの、教皇や枢機卿などの高位聖職者への敬意がほぼないという点において、新教徒に通じるものが彼にはあった。即位後に聖職者を弾圧したことといい、どこまでもロマリアにとって危険な男である。

 

『わかりました。ロマリア行きの話題があがれば、承諾した上でもう一度連絡をいれます』

 

「うむ。頼んだぞ」

 

ブツリと通信が切れる音が響く。それを確認してユアンが口を開いた。

 

「よろしいのですか」

 

「なにがだ?」

 

「宗教都市ロマリアは武器を持ち歩くことが許されないと聞きます。銃を持ち歩けなくてはいざという時、ミス・ヴァリエール達の命を脅しとして活用できるのでしょうか」

 

「たしかにそれは俺も考えた。だがデュライはそういう類の仕事の達人だ。教導隊も同行することを考えると問題あるまい」

 

「だとしても、私には不安が残ります」

 

珍しく随分と熱心な進言をしてくると、エドムンドは少し驚いた。

 

「では、どうせよというのだ?」

 

「ディケンズを別に派遣してはどうかと」

 

「ディケンズを? なぜそやつを推す」

 

また裏切るかもしれぬぞと言外に言い含める。

 

「あの者は自分の能力にみあった大きな仕事をしたがっております。今回の一件はまさに彼が望む仕事そのものかと。それで彼の能力と忠誠をはかるのです。もし……」

 

「忠誠が簡単に揺らぐようなものなら、始末する……か。よかろう。よきにはからえよ」

 

「はっ」

 

自分の案が採用されたにもかかわらず、ユアンは特に何の感慨もなく無表情だった。




聖戦がロクデモナイ理由ではじまったことになっちゃいました。すまんテンションあがって想像膨らませてたらそうなっちまったんだ。ハルケギニアの民とエルフの方々に申し訳ないwww
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