オストラント号にて
エドムンドの予想は見事的中した。サイト・ルイズ・タバサの三人が女王陛下からの御親書とやらを携えてデュライの部屋を教導隊の宿舎におとずれたのは、あの報告からのほんの三日後のことであった。
”ギーシュ・ド・グラモン殿及び、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ殿。女王陛下直属女官ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールと魔法学院生徒ティファニア・ウエストウッド嬢を貴下の隊で護衛し、連合皇国首都ロマリアまで、至急連れてこられたし。
教導隊隊長デュライ殿。もし希望するのであれば同行を認めるが、上記の部隊とともに護衛に努めることを条件とします。”
親書の一方的で、反論を認めない命令のような内容に、デュライの額に青筋が浮かぶ。彼はアルビオン王国国王エドムンド陛下の臣下であって、トリステイン王国女王アンリエッタの臣下ではない。よってアンリエッタから命令されるいわれなどないはずであった。
アンリエッタからすればなにかしら理由があってのことなのだろうが、もしここで二国間で結ばれだ密約に従い、対象が王室の命令を盾に逃亡しようとしたため処分するという方に判断する可能性を考慮しなかったのだろうかとデュライの脳裏に本当にやってやろうかという欲望が湧いてくる。だが、すでにエドムンドからもしこのようなことがあった場合、同行せよと勅命を賜っているため、それは絶対できないので余計に腹立たしかった。
ものを問わず、普段なら特に気にならないことでもそれが上位者の権限によって一方的に禁止された時、無性にそれをやりたくなってくる人種がいるが、今のデュライの精神はそれに近かった。もちろん彼はプロだから勅命を無視して独断を強行したりしない。
しないのだが、ほどほどに反発することを忘れるなという指示もあったのデュライはそれを大義名分に行動を開始。まず最初にオスマン学院長に猛抗議した。オスマンは言を左右にして言質を与えないという若い時の宮廷での狸ぶりを発揮したが、十数時間もぶっ続けで抗議を続行するデュライに辟易してしまい王政府に丸投げしてしまった。
王政府への抗議権をオスマンから勝ち取ったデュライはその日のうちにトリスタニアへ赴き、密約を知っている王政府上層部の方々相手に激論を戦わせ、二日後に愛想が尽きたという風を装い、マザリーニ枢機卿を睨み付けて王政府を後にした。マザリーニは老婆心から大急ぎで事の顛末といくつかの起こりうる事態に対する対策法を手紙にしたため、フクロウの足に括り付けてアンリエッタへと送り付けた。デュライの怒りっぷりは事情を知っているアルニカの目から見てももはや演技だったのか怪しいほどであった。
デュライがそんなことをしている間にサイトたちはロマリアへ向かうための足を確保した。といっても、フネを持っているコルベール先生に泣きついただけで、実際にいつでも船旅ができるよう手配したのはコルベールだったが。そして彼はデュライが不満はあれども同行することにしたと告げるとさっさと自分の探検船に案内し、客室に乗るよう告げた。
コルベールの探検船。船の名前を”
いや、デュライだけはその構造の意味を理解していたが、その上でわけがわからないと思っていたので、周りに気づかれることはなかった。そして出港の際に、櫓から白い煙が出てくるのを見てマジで蒸気船なのかと驚愕した。
このフネの情報には重大な価値がある。そう判断したデュライの行動は早かった。世間話を装い、水精霊騎士隊や水夫からフネの情報を聞き出したのである。曰く、このフネはゲルマニアでコルベールとツェルプストー家が開発した新型船であり、通常のフネの三倍近い速度が出せる上に、風にスピードを左右されない革新的なフネなのだという。
なるほど道理でフネに掲げられた旗がトリステインの国旗と魔法学院の旗ではなく、ゲルマニアの国旗とフォン・ツェルプストー家の旗が掲げられているわけだ。この技術を独占し、軍艦として十隻も揃えれば、ハルケギニア最強の空軍艦隊として名を馳せることも可能だ。そんな素晴らしいノウハウをツェルプストー家が手放すはずがない。
数年後にはゲルマニアで政変でも起きてツェルプストー家の地位がとんでもないことになっているじゃないかと予想しつつ、昼間の情報を整理したデュライはコルベールに切り込む覚悟をきめた。この前魔法学院でゼロ戦を整備していたことといい、なんとも不自然な存在だ。自分と似たような臭いを纏っているから裏稼業の人間だとあたりをつけていたが、どうも違うらしいと考え直さざるをえないほどに。
そしてコルベールがいる船室の扉をノックした。するとキュルケが扉をあけた。薄手にネグリジェという水精霊騎士隊の皆が目のやり場に困りそうな姿をしていたが、女の裸なんぞ数え切れないほど見て触れてきたデュライはそんなことはなく、むしろ別の疑問を抱いた。
「ここってコルベール先生の部屋じゃねぇのか」
「あってるわよ」
なぜかキュルケは頬を膨らませて不満げである。奇妙に思って部屋の中を覗いてみるとコルベールが三十サント四方ほど銀色の板みたいなのを工具でバラしながら、興奮気味に鼻息を荒くしている。控えめにいってもまとまな精神状態の人間がやる行動であるとは思えなかった。
「なにをやってるんだ?」
「サイトの故郷の……ってあんたたちはサイトの故郷のこと知ってたわね。異世界の技術品とかで”のーとぱそこん”とかいうものらしいわ。ジャンったらさっきからそれに夢中でね」
「ノート? パソコン?」
あの金属製の板状のものが文房具にもパソコンにも見えなかったので、デュライは首を傾げた。
「なんだかよくわからないんだけど、サイトが言うには図書館みたいなものらしいわ」
「わけわかんねぇ」
図書館といったいなんの関係があるのかデュライにはわからなかった。近づいて確認したところ、画面とキーボードが一体となったものであることが確認できたが、パソコンに必須である本体が見当たらないから使えないだろう。ということはノート・パソコンとやらはワードプロセッサのことか? いやでもそれなら素直にワープロといえばいいではないか。
「でしょ。それでジャンったらなんとかこれを動かそうと必死なのよ。サイトが言うには”ライトニング”のあのバチバチって光ってる奴をためれば動くそうなんだけど」
「なるほど。バッテリーが切れてるのか」
「ばってりーとはなんだね?」
何気なく呟いた一言に、コルベールが鋭く反応した。ちょっと迂闊だったかとデュライは後悔したが、いまさら知らぬフリをするのも怪しいだろうと判断し、後ろめたいことは何もないという態度で語りだす。
「そうだな電気を魔法で操る微精霊に例えるなら、精霊石にあたるのがバッテリーだ」
「つまり、なくなってしまったバッテリーを手に入れればこれが動くということかね?」
「ちょっと違うな。精霊石と違ってバッテリーは電気を使い果たしてもバッテリーの形そのものが消えるわけじゃねぇ」
デュライはコルベールがノートパソコンを分解して机の上に散乱している部品を一瞥する。そしてバッテリーを見つけ出すとそれを手に取った。とても小さいそれを見て、こんなので動くのは子供向けの玩具かなにかだろうとデュライはノートパソコンを過小評価した。
「こいつがバッテリーだ。この中の電気がなくなってるから、ノートパソコン……だったよな? そいつが動かねぇわけだ。だからこのバッテリーに電気をためることができれば動くはずだ」
デュライの持つバッテリーを食い入るように見つめ、唸りだす。そして一分程度の思考の末、なにかひらめいたのか急に瞳が輝きだす。
「待て。それとよく似たものが”竜の羽衣”にあったぞ。そうだ比較すればなにかきっかけをつかめるかもしれない!」
「ちょっと待ってジャン。まさか今から魔法学院に戻るなんて言わないわよね?」
キュルケが不安そうな声音で聞く。コルベールは研究心が刺激されると斜め上の方向に走り出すので、王命とか忘却の彼方に追いやってしまっているのではないかと危惧したのであった。
「そんなバカなことはしないよ。こんこともあるかと思って、事前に”ひこうき”をバラして重要そうなパーツを積み込んでおいたからね。その中に”ひこうき”のバッテリーみたいなものもあったはずだ」
安心させるような笑みを浮かべてコルベールはそう言ったが、キュルケとデュライはドン引きだった。彼らの耳には既にバカなことをやらかしてると宣言しているようにしか聞こえなかったからである。
特にデュライは戦闘機内部の機械が必要な状況ってどんな状況だと突っ込みたくなるのを必死に堪えねばならなかった。
そんな空気を敏感に察し、流石に気まずく思ってコルベールは場を誤魔化すようにコホンと軽く咳をした。
「それにしても……。”竜の羽衣”といい、あんたはこういったもに詳しいようだな。聞けばこのオストラント号もあんたが設計したとか。いったいどこでそんな知識を知ったんだ?」
それに便乗するように心底疑問だという風にデュライは問いかける。そもそも彼がコルベールを尋ねた理由なのだが、そんなことはおくびにもださない。
だが、コルベールはその問いで少し熱が冷めたらしく、なんでそんなこと聞くんだという目を向けてきた。流石にそこまであまくはないかとデュライは気を引き締めた。
「質問を質問で返すようで悪いが、あなたこそどうしてバッテリーのことを知ってるのかね?」
至極当然な疑問であった。キュルケもそう思ったのか軽く頷いている。
「いつか言ったが陛下は異界とその知識に関心があるのさ。それでアルビオンが収集した情報の中のひとつにバッテリーに関する情報もあるというわけさ。だから俺が知っていても別に不思議でもないだろう?」
「うらやましい。先達の知恵に頼ろうにも私みたいな研究をしていた者はとても少ないから、ほとんど手探りだからな……」
羨望の眼差しを向けてくる禿げた中年。
「手探り? 手探りであの飛行機の構造を理解し、分解したり組み立てたりできるほどの知識をえたと?」
「そうだよ。だから君たちがうらやましい。バッテリー以外の知識もよかったら教えてもらえないだろうか」
「……悪いが異界の知識は全部国家機密だ。教えるわけにはいかん。実は言うとバッテリーのことを部外者に教えたってだけでも上から叱責を受けかねん」
「そうなのか……。それでも気になるじゃないか。魔法ではなく、技術が理を支配する世界を! このノートパソコンもそうだが、こういうものを生み出せる人たちがどういった価値観を持っているのかとても知りたい!」
コルベールの瞳に狂おしいほどの渇望の光が灯る。それは嘘偽りがまったく感じられない探求心を見る者に感じさせた。この人、本当に自分だけの力で飛行機の分解と組み立てできるだけの知識を得たらしいとデュライは信じてしまうほどに。
いったいどういう頭のつくりをしているのか。地球の歴史上著名な発明家のそれに匹敵するかもしれない最強のエンジニアぶりである。だが、それだけに疑問を抱かざるをえなかった。
「わからねぇな。そこまでの探求心がありながら、トリステインなどという国にとどまっている?」
「え?」
「今の女王が即位してからかなりマシになったそうだが、トリステインは伝統と魔法を重んじ、変革を嫌う国だ。あんたみたいな魔法至上主義に囚われない研究者にとって居心地が良い国じゃないだろうに。なぜトリステインにとどまっているんだ? 愛国心か?」
いかに名門とはいえ、魔法学院の一教師におさまる器ではない。先取の気鋭を重んじるゲルマニアにでも亡命して、おのれの探求心の赴くまま研究している方が、コルベールの才能に見合った生き方ではないか。
もしゲルマニアの野蛮さが気に入らないというのであれば、他の国でもいい。トリステインより伝統に囚われているような国といったらロマリアくらいなのだから亡命先なんていくらでも選ぶことができる。
「もし他国で自分の研究を続けられる環境が持てるのか自信が持てないっていうなら、俺がアルビオンの上層部に売り込んでやってもいい。あんたほどの才能ならすぐに異界関連の知識も知れる立場になれるだろうよ。どうだ?」
「ちょ、ちょっと。ジャンはツェルプストーのものなんだから! このオストラント号だって船籍はゲルマニアだし!!」
差し出されたデュライの手に、目が泳ぎまくってる恋人の姿をみて危機感を覚えたキュルケが我慢できずに声をあげた。しかしコルベールは慎重に自分の禿げあがった頭を撫でると迷いがなくなった瞳をした。
「嬉しい申し出だけど、その手はとれないよ」
「なぜだ?」
「私はまだ恩を返せていない恩人に、今しばらくこの国にとどまっていてほしいと頼まれた。不義理なことはできない」
その理屈はデュライにとっても理解できた。国家警察の一員として働いていた時も、死神のフィアンセで革命騒ぎをしていた時も、フリーランスのエージェントとして東西の諜報機関の思惑の網目をくぐっていた時も、こちらにきて流浪の傭兵をしていた時も、王に忠誠を誓う鉄騎隊の騎士となった今でも。
義理というものには幾度もなく苦しめられ、そして命を救われてきた。そんな経験を持つ彼からすれば、不義理だから自分の渇望を押し殺すというコルベールの態度は非常に共感できた。義理とはとっても重いのだ。
腹の底から息を吐きだし、スッキリとした笑みを浮かべる。
「そういうことじゃ無理強いはできねぇな。恩人への義理を果たしたら教えてくれ。その時にまた誘わせてもらおう」
「……いや、きみの手をとってアルビオンに行くことはないだろう」
「んあ?」
あまりに予想外な言葉に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするデュライ。
「私の研究はあくまで自分の趣味としてやっていることだ。その研究成果を国に捧げたりはしない。自分の研究成果を周りに見せるとしても、身内にしかしないさ」
「奇妙なことを言うな。このオストラント号はツェルプストーの協力によってつくられたと聞いた。ならもうすでにゲルマニアに研究成果を教えたも同然じゃねぇか。なのにいまさらそんなことにこだわるのか」
「それは辺境伯の人柄を信用したからだ。彼は私の研究を軍事利用しないと約束してくれた」
「……それ、本気で言っているのか」
デュライが呆れきった調子でそう返し、コルベールはむっとした。
「どんな技術でも運用次第で兵器や武器に化ける。ツェルプストー辺境伯があんたとの約束を守ったとしてもだ。平和的な利用くらいはするだろう。でなきゃこんなフネをつくるのに協力するはずがない。そして頭の回る奴はその技術の産物を見れば、すぐにでも軍事的な利用方法を思いつく。結局同じことではないか。せいぜいあんたの技術が軍事利用されるのが早いか遅いか程度の差でしかないだろう」
かつてある世界に”ダイナマイト王”という異名を持った研究者がいた。彼は自分が開発した高性能な爆弾は土木工事における事故を減らし、軍事的に利用されたとしても戦争の抑止力として、つまりは平和のために貢献する技術として使われるだろうと考えていたという。
しかし現実はどうだ? その爆弾で以前の比ではない屍の山を積み上げても戦争は絶えることなく繰り返された。そして民衆からは”可能な限りの最短時間でかつてないほど大勢の人間を殺害する方法を発見し、巨万の富を築いた死の商人”という彼の心情的にありがたくない高評価をもらったではないか。
つまり、とどのつまり、研究者とは本人がどれだけ世の為人の為を思っていようが、そういう性質を持たざるをえないのだ。第一、まったく軍事利用されなかった技術なんて皆無ではないにしても限りなく少ないではないか。そう考えるデュライからするとコルベールのこだわりはひどく滑稽に見えたのであった。
「まあ、個人的な信念にとやかく口を出すのも大人気ないか。もし気が変わったら声をかけてくれ」
肩をすくめてそう言うとデュライは手を振りながら部屋から出た。オストラント号はコルベールが東方ロバ・アル・カリイエの冒険を目的として設計した冒険船であり、船室がかなり多めにつくられており、デュライにも個室が与えられていたので、その部屋へと戻り、壁に拳を叩きつける。
手探りで近代兵器の構造を理解できるほどの天災でありながら、つけ入る隙が見当たらないとは! いっそ研究を追及できればなんでもいいマッドサイエンティストであってくれれば簡単に引き抜けたものを。コルベールの才能を認めるがゆえ、地球の兵器の凄さを知るがゆえにデュライは悔しくてたまらなかった。
もしアルビオンで地球の技術が再現されればどれほどのことが起きるかデュライは理解していた。それだけに諦めきれない。せめて研究成果だけでも盗み出せないものかと頭の中で作戦を考えてしまうほどに。
(いや待て。盗むにしてもタイミングってもんがあるし、陛下に話を通す必要もある。それに今は別の任務中。……堪えるべきだ)
今の自分の任務を思い出したデュライは別の思考をしようと葉巻たばこを口にくわえ、窓を開けて空を眺める。ふと、このフネの名前を思い出して苦笑する。
「しかし東方への冒険船がオストラントとは。神経過敏な連中が聞けばどんな反応するやら」
彼が知っていたオストラントとの奇妙な名前の一致に、運命の皮肉を感じずにはいられないデュライだった。
コルベールって自分の技術が軍事利用されるの嫌ってるのに、ゼロ戦整備したりオストラント号武装したりで基準がよくわからぬ。