風の復讐譚[更新停止]   作:kuraisu

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なんかまた設定無双。原作読んでる時、ロマリアの教皇の権威が一番強いってのが納得できなかったので、強引に理屈つけてみたってだけの話。読まなくてもあんま支障はないので、半分くらいまで飛ばしてOK。


ロマリア連合皇国

ロマリア連合皇国。この国は時代と共にその在り方は多様に変化させてきた国家である。

 

六千年前に始祖ブリミルの弟子フォルサテが始祖ブリミルの亡骸をアウソーニャ半島に埋葬して弔い、”墓守”として都市王国ロマリアを建国したのが始まりだ。

 

始祖の眠る地であり、聖フォルサテが築いた聖なる国という自負が後の指導者らの思想を領土拡大へと向かわせ、やがてアウソーニャ半島を統一し、大王ジュリオ・チェザーレの時代にはガリアの南半分を征服し、ハルケギニア最大の国の主たるに相応しい称号としてジュリオ・チェザーレは皇帝と元首号を改め、国号も帝国に改めた。

 

こうして成立したジュリオ・チェザーレの帝国だったが死ぬまで大王が頭を悩ませた問題が発生する。

 

後継者とされていた皇太子のアグリッパだったが、彼は政治や軍事に無関心で、その日の享楽に熱中する人物であり、お世辞にも王としての器があるとは呼べない人物であった。そこで覇気と才気に溢れた妾の子ティベリウスに帝国貴族の人望が集まり、「ティベリウスこそが偉大なる大王の後継に相応しい」と叫び、ティベリウス派が形成されて皇太子派に対立ができた。

 

この対立は後々帝国にとって大きな問題になると分かっていたが、領土奪還に情熱を燃やすガリアやこの隙に領土拡大を狙う北東のトリステインの動向にも悩まされおり、中々本腰を据えて後継者問題に取り組むことができずにいる内に偉大な大王は天寿を迎えてしまった。

 

一応、病床にて「アグリッパを皇帝に、ティベリウスを帝国宰相兼総軍司令官に」という遺言を言い残していたが、これではアグリッパが皇帝になっても自分たちが権力の座から追われることを恐れたアグリッパ派の者達が、アグリッパを煽ってティベリウスを排除するように仕向け、それを察知してティベリウスは自派閥の体制を整えて「先帝の遺訓に逆らう反逆者を排除する」という大義を掲げて内乱に突入する。

 

帝国における内乱状態を領土奪還に燃えるガリアが見逃す筈がなく、侵攻開始。帝国は三つ巴の状態に陥る。外敵の侵攻とあっては、内乱してる場合ではないと両派が歩み寄ろうとしたが、皇帝はただ一人と両派譲らず、議論は平行線を辿った。

 

内乱発生から数年後にアグリッパが閨で腹上死すると、アグリッパ派は全面的に譲歩するようになり、ようやくのことでティベリウスが正式に第二代皇帝として承認され、帝国の再統一が完了すると、ガリアの侵攻を食い止めることには成功したが、既にガリアが奪回した土地を奪い返すだけの力は既に帝国にはなく、大王が手に入れた領土の実に7割を喪失した様態でガリアと講和することになる。

 

戦後、ティベリウスは父と違って外征より内政に力を入れ、領土を縮小した帝国の再建に取り組んだ。「皇帝の勅命なら仕方がない」という理由で内乱の全責任をアグリッパに押し付け、かつて対立した旧アグリッパ派の者達を粛清することなく容赦し、自派の反発を抑えきって有能な者を重職につけ、両派の平和的な統合に成功した。

 

また父と同じ過ちを繰り返さぬように正妃以外の女性と関係を持つことはなかったが、子宝に恵まれずに何度も離婚と結婚を繰り返し、11人目の妃アグリッピナとの間でようやく子どもができたが、その子どもが先天的障害児で、しかも三歳で早逝してしまったことにティベリウスは絶望した。

 

自分の子を後継者とすることを諦めたティベリウスは、子を成すことには余念がなかった異母兄アグリッパの子の一人を養子に迎えて彼を後継者と定めた。

 

因みにティベリウスは死の直前、ほぼ皮と骨だけの体で「過労死だなこれは」と呟いており、彼の葬式でその哀れな呟きを侍従長から知らされた臣下や民達が同情のあまり、皆涙を流して葬式場を水浸しにしたという逸話が残っている。

 

そして養子のカリグラが第三代皇帝として帝位に就くと、自身の即位祝いに民衆にむかって金貨をばら撒いた。これはあまり宗教色が濃くなかった時代のロマリア王の伝統行事ではあったのだが、まさかこれがカリグラの治世に大きな影響を及ぼすことになろうとは、この時誰も思わなかった。

 

民衆が歓喜して口々に自分を讃えてくるのに気をよくしたのか、国庫に余裕があれば特に何の祝辞でもないのに、民衆に金貨をばら撒くという行為を何度も繰り返したのであった。

 

これにうんざりしたのが常に一定の給与しかもらえない官僚や軍人達である。彼らは民衆ではなく、帝国のために働いている自分達に報いてくれる皇帝を欲し、弑逆を企てた。幸か不幸か、現皇帝の父アグリッパが数多くの女と閨を共にしていたおかげでカリグラの異母兄弟姉妹の数は三桁単位で存在し、カリグラの代わりに不自由はなかった。

 

その結果としてカリグラは秘密裏に近衛隊に暗殺され、カリグラの異母弟クラディウスが有力貴族の支援を受ける形で第四代皇帝として即位した。しかしその経緯から有力貴族の傀儡として望まれた即位であったため、クラディウスに決定権は殆どないと言ってよかった。

 

クラディウスはその状況を快く思っておらず、名だけではなく実権を伴った皇帝として君臨することを夢見た。そしてその夢を実現させるべく、クラディウスは有力貴族の目を欺いてガリアと秘密裏に交渉を持つことに成功する。

 

クラディウスはかつての大王が手に入れたガリア領土を全て返還する引き換えに、有力貴族を排除する力を貸してくれる密約をガリアと結び、クラディウスはガリア軍を率いて自分を傀儡にしていた有力貴族を一掃し、念願叶って名実ともに皇帝として帝国に君臨した。

 

ところが、下級中級貴族から見ればクラディウスの行いは売国行為に他ならず、激怒した帝国中の貴族が「売国帝クラディウス討つべし」と大義名分を掲げて、クラディウスを抹殺した。

 

貴族達が一丸となってクラディウスを倒したまではよかったが、第五代皇帝を誰にするかで貴族達は揉めた。なにせ先帝クラディウスは子がおらず、先々帝カリグラも子を成す前に暗殺されている。

 

となると第五代皇帝候補はクラディウスとカリグラの異母兄弟姉妹達数百人である。貴族達は各々の思惑から別々の皇帝候補を選んで互いに対立しあうこととなった。

 

かくして帝国の秩序は完全に崩壊し、アウソーニャ半島で帝国から分裂した諸国は併合と分裂を繰り返す乱世に突入した。

 

数百年に渡る戦乱の末、アウソーニャ半島に割拠した諸国はロマリアを頂点とする連合制を敷くこととなる。

 

そして始祖の眠るロマリアこそが聖地に次ぐ聖なる土地であるとし、その聖なる地を治めるロマリア王こそが全ブリミル教徒の頂点に立つ人物であると主張し、いつからかロマリア王は教皇と呼ばれるようになり、始祖ブリミルの教えの代弁者などと称するようになった。

 

当初は殆どの諸国がロマリアの言い分を認めていなかったものの宗教的情熱から国境地帯によく侵攻されていた時のガリア王が国境の制定と引き換えにロマリア教皇がブリミル教徒の頂点であるという主張を認めると他国の君主もそれに倣った。

 

これはあくまで形式的にロマリア教皇は始祖の末裔たる三王家の主と同等の権威を持つというものでしかなかったが、このあたりから所謂神学の全盛期を迎え、教義というのが明確に体系化されるようになっていく。

 

たとえば神とはなにか?教徒の定義とは?

 

ブリミル教の崇める神とは唯一絶対。至高にして全なるもの。

 

ブリミル教が浸透しているハルケギニアはおろか、エルフの住まうサハラや全く異なる文化圏の東方(ロバ・アル・カリイエ)、果ては天空に燦然と輝く太陽や夜空に煌めく星々をも含むこの世界の全てを創造したもう存在である。

 

これが、聖典で語られる『神』という存在である。

 

そんな神が自らの子である人を穢し、世界を穢す悪魔の存在を容認するはずがない。故に『唯一絶対の神』を崇めぬ異教徒は皆滅ぼすべき悪魔の使徒であり、ブリミル教徒でありながら教義を疎かにする宗派は全て排除すべき異端である。

 

最初にそう主張したのが宗教庁の組織編制に最も貢献したと称されるロマリア教皇グレゴリウスとされており、――『始祖の盾』を謳われた聖者エイジスの名を教皇が襲名する伝統を打ち立てた聖エイジス二世イノケンティスの時代には人口の増加と凶作からくる食糧不足に悩まされていた多くの世俗の君主の賛同を得て『教義統一』の聖断が下され、宗教庁が決定した教義への変更を拒んだブリミル教徒は全て異端の烙印が押されて大規模な粛清の嵐が吹き荒れた。

 

ただ、この時の君主たちは”教義の統一”がどのような効果を齎すのか理解していなかった。ロマリアの掲げていた教義は教皇を最高位の聖職者であると定めており、それを信じきった民衆の宗教的情熱による暴力的主張によって今まで形式的でしかなかった教皇がブリミル教徒の頂点だということをハルケギニアの諸王は苦々しい思いを抱きつつも認めざるを得ない状況においこまれたのであった。

 

以後、名実ともにブリミル教の総本山となった宗教庁の権威は絶対的なものとなり、大国の王とてハルケギニア全てのブリミル教徒の精神的支柱となった教皇を前にしては下座につかざるを得なくなり、こうして『始祖の末裔』である三王家より『始祖の弟子の後継者』である教皇の方が権威が高いという傍から見たら奇怪な現在の上下関係が誕生したのである。

 

そして現在――聖エイジス二世イノケンティスの時代から約千年――保守的な聖職者達から”新教徒教皇”と揶揄される聖エイジス三十二世ヴィットーリオの時代である。

 

 

 

そんな歴史を持つロマリア連合皇国南部の港町チッタディラにオストラント号が到着したのは、トリステインを出発してからわずか三日後であった。世界の快速船で一週間程度かかる海まわりの航路を使っていながらそんな日数でついたので、教導隊の隊員は到着と知らされても冗談だと思い込み、外の景色を見て嘘じゃないと知ると信じられないと目を白黒とさせしばらく呆然とした。

 

さらにオストラント号はこの世界ではあまりにも先進的過ぎる造形をしていたので、フネが入港する桟橋には興味や好奇心で寄ってきた人だかりができており、サイトたちはどうしたものかと困ってしまった。水精霊騎士隊のロマリア訪問は公式のものではないので、注目を集めるのは避けたいことであったのだ。

 

潜在的に対立しているガリアに動向を知られぬために――ガリアと友好関係にあるアルビオンの兵が監視としてついてきているのでどれだけの意味があるのかサイトたちには疑問であったのだが、マザリーニから送られてきた報告書を読んだアンリエッタは両国の協力関係はかなり限定的であると分析し、意味があると判断した――表向きは『学生旅行』としていたのである。

 

なので当然というか、港に出入りするフネを管理している官史は必死で頭を回転させてこのフネはなんのフネなのかと考え、答えが出ないのでもしかしたら賊かなにかかと不安視し、念のため守衛隊に警戒をしておくよう命令して桟橋に立った。

 

そして杖を掲げて怒鳴り声をあげて人だかりを散らせると、下船してきている一団に向かって叫んだ。

 

「代表者は前に出て名前と入国目的を告げよ!」

 

「はい。私はジャン・コルベール。トリステイン魔法学院の教師であります。入国目的は学生旅行であります」

 

「学生旅行? ……手形を拝見」

 

さしだされた手形を確認する。トリステイン王政府の印が押されており、偽造である可能性は低いと判断。それに数日前になるが、トリステイン魔法学院の者達が旅行でやって来るという書類をみた記憶があったので本来であれば入国を認め良い。

 

だが、官史は通してよいとは思わなかった。理由はいうまでもなくオストラント号の存在である。ハルケギニアの常識人から見れば百人中百人がおかしいと判断するフネである。そんなものを学生旅行の移動手段に利用するなどわけがわからない。

 

どれだけ正式な書類がそろっているとはいえ、これを追求せずに放置するのでは自分の役職の存在意義が疑われる。生真面目な官史は胡散臭げにオストラント号を見つめた。

 

「由緒あるトリステイン魔法学院生徒が乗るにしてはとんでもないフネだな。なんだこれは?」

 

「はぁ、わたくしがゲルマニアで開発した新型船でして」

 

「貴様、ゲルマニアの技師なのか?」

 

宗教国家であり、ハルケギニアの全ブリミル教徒を導く宗教庁が支配するロマリアでは、宗教庁にとかく反発するゲルマニアを野蛮と見下す傾向が特に強く、官史も例外ではなかったので声に嫌悪の感情が入る。

 

「いいえ」

 

「ならなんでゲルマニアで開発を行った。トリステインにもアカデミー(魔法研究所)があったはずだが?」

 

「そうですがわたくしはアカデミーの研究員などではないただの教師でして、アカデミーに出入りできる身分ではないのです。そんなわたくしをゲルマニアのさる貴族が援助してくれて、このフネを開発したのです」

 

「田舎には随分と酔狂な貴族がいるのだな。まあいい。それで、翼の上についておる、あのいかにも怪しい(やぐら)と羽はなんだ?」

 

あれがこのフネの怪しさのだいたいの原因だと思いながら、官史は杖でそのあたりを指し示す。

 

「蒸気の力を利用して、推進力に変える装置です。わたくしは”水蒸気機関”と呼んでおります」

 

「神の御業たる魔法を用いずに、そんな怪しい装置で空を飛ぶとは……異端ではないのか?」

 

その言葉に、官史のすぐ隣にいた助手が過剰に反応し、首からぶら下げている聖具を握りしめて震え始めた。宗教庁が国家の統治機構として機能しているロマリアの役人は全員宗教庁に所属しており、宗教庁は基本的に神官でないと所属できないので、当然のごとく彼らも神官であった。

 

官史は自分の助手が純情すぎるなと内心頭を抱えた。港は国境にある関所と同じくらいに重要な国家の玄関口なのである。つまりはゲルマニアのような異端に片足を突っ込んでる連中を出迎えるという不快なこともあるわけだ。個人的な心情としては即刻聖堂騎士に引き渡したいが、国家間の交流というものがある以上それはできないので、適当に嫌味を言いつつ官僚的に対応するのが一番。それがこの官史が長くこの仕事を経験して得た知恵であった。

 

気を紛らわすようにトリステインの一行に視線を走らせると、金髪の胸の大きい美少女、ティファニアに挙動に官史は注意をひかれた。別にその肢体の美しさに目を奪われたわけではない。彼女が耳の部分を不安げにさわりながら小刻みに震えているのを見とがめたのであった。

 

他の学生たちも異端ではないのかという疑惑に怯えているが、長年のここの役人をして培った直感が彼女の怯えようは他の者達と比べて性質が異なると告げていた。少し奇妙に思って官史が調べようとした直後、

 

「さっさとしてくれ。書類の確認にいつまで手間取るんだ」

 

短く切りそろえた金髪と深海を思わせる青黒い瞳が印象的な男が、苛立ちも露わに声をあげた。――当然、デュライである。

 

「……悪いが今はきみたちの代表者と話しているんだがね?」

 

代表者じゃないなら黙ってろと官史は冷たく睨むが、デュライはふんと息を鳴らすと宣言した。

 

「たしかにこのハゲはガキどもの代表者だ。だが、それだけだ。アルビオン鉄騎隊(アイアンサイド)の代表者として話させてもらおうか」

 

「ハゲですと……!?」

 

烈火のごとき怒りを瞳にたたえて、コルベールはデュライを睨み付けるが、彼はどこ吹く風とばかりに受け流す。

 

しかし官史はそれどころではなかった。マント付きの軍装をしているのでデュライたち教導隊のことをコルベールと同じ魔法学院の教師か、生徒たちの護衛を任されたトリステインの軍人だと思い込んでいたのである。

 

それが有名なアルビオンの鉄騎隊所属の者達であるというのである。正直に言ってわけがわからなかった。

 

「失礼だが、なぜあなたがたが彼らと一緒に? もう長いことこの仕事をやってますが、学生旅行なんかに他国の近衛が随伴してきたことなんて一度もなかったのですがね」

 

それで水精霊騎士隊の者達は鼻白んだが、デュライは皮肉げな笑みを浮かべるのみで官史を苛立たせた。

 

「まあ、鉄騎隊のような近衛では、そんなくだらない任務を命ぜられるのかもしれませぬが」

 

嘲笑するようにそう囁く官史。

 

国内において民衆の憧れの的となっている鉄騎隊であるが、他国での評判はあまりよくなかった。もともとが盗賊まがいの傭兵団ということもあるが、レコン・キスタの大幹部エクトル卿が率いる精鋭部隊でありながら、エクトル卿の死後はエドムンド率いる王党派に鞍替えし、王室直属近衛という地位に我が物顔で居座っていることが、恥知らずであると感じる者が多いのである。

 

ロマリアでは特に評判が悪い。宗教色が強く、保守的な気風のロマリアではメイジでないものが始祖の末裔たる王家の側に侍ているということ自体が、不敬であり間違っていると感じるのである。

 

「くだらないか。なるほど……」

 

意味深げに笑みを深めるデュライに、官史はますます不快になった。見下されていると感じたのである。

 

「なるほど。たしかに表面上、くだらない任務だ。……しかし神官を前にして虚偽を並べたてるも不敬というもの」

 

「なに?」

 

小声でそう告げる金髪の男に、官史が責めるような視線を向けた。聞き捨てならないセリフに声も自然と鋭くなる。

 

「サイト! こっちに来い!」

 

しかし具体的に言葉にする前に、デュライが機先を制して声をあげる。いきなり名前を呼ばれて顔中に疑問符を貼りつけてるサイトがゆっくりと前にでてくると襟元をひっつかんで、引きずり寄せた。

 

「なにすんだよ!?」

 

「黙ってろ」

 

理不尽な展開に文句をいうサイトにそう告げると、デュライは顔から表情を消すと、真剣な調子で語りかけた。

 

「どうか説明の場をいただきたい。なにぶん機密が絡む話ですのであまりおおっぴらに話せないことですので、この三人だけで……」

 

「……よかろう。おまえたち、このものたちを見張っておけ。なにかあったら問答無用で捕えよ」

 

助手と守衛たちに向かってそう命じる官史。

 

「お待ちください! 引率の教師はわたくしで……!」

 

「ミスタ・コルベール!」

 

口を挟んできたコルベールに心の底から苛立ちを感じつつ、デュライは声を荒げて近寄った。自分と同じように日の当らない裏側を経験している者であると認識していたのだが、自分と違ってあんまり交渉の類は長けていないようだ。

 

「何の問題もなくすませるから、黙っていてくれ」

 

「……本当だろうね?」

 

コルベールは目の前の人物を最初に会った時から警戒心を抱いていた。彼個人がなにかやましいことをしたわけではない。ただ……昔の勘が警戒するべき相手であると告げるのだ。彼はその気になれば昔の自分のようになれる人間だと。

 

何の根拠もない警戒であり、ともすればデュライに対してひどい誤解をしている可能性もあったが、コルベールは自分の勘を無視できなかったのであった。

 

「本当だ。なんなら我が陛下にでも誓おうか?」

 

「……」

 

コルベールがなんの返事もよこさず沈黙するのでデュライは肩をすくめて踵をかえした。沈黙は黙認と受け取るのがデュライの流儀である。

 

しばらく歩き、大声を出さないかぎり周りに聞こえないほど距離をとったところで、デュライは口を開いた。

 

「まず最初に、我々の身分を明かしましょう。私は鉄騎隊で百人長の地位を預かるデュライです。百人長という称号に覚えがないと思いますので簡単に説明させてもらいますが、隊内で上から五、六番目くらいに偉い人と考えてもらえればけっこうです。こちらの少年はサイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ。最近、巷で噂になっているトリステインの英雄で、水精霊騎士隊の副隊長を務めております」

 

官史は目を見開いた。目の前に、アルビオンとトリステインの近衛のお偉いさんがいるのである。この港を管理する幹部役人の一人に過ぎない彼にとっては、せいぜい休暇の旅行で入出国の時に対応するくらいだろう。公的な訪問などではもっと上の役人が対応することになるだろうから。

 

そして官史はあることに気づき、顔面から血の気が失せた。水精霊騎士隊の隊員はほとんどが少年少女であるという噂を重大s他のである。恐る恐るといった調子で確認する。

 

「もしや、あそこの学生たちは……」

 

「八十人くらいが水精霊騎士隊の隊員ですな。ちなみに我が隊の者が四十人少々護衛という名目で随伴しております」

 

要するにほとんど全員じゃねぇか。官史の頭と胃が急に痛みを訴えてきた。汗の量も急増する。自分がどれだけやばいことをやっていたのか気づいたのである。そして尋常ならざる事態が発生しているだけに自分の職務を超えた責任を負わされているように感じた。

 

「それでここに来た理由なのですが……。これです」

 

デュライは懐から封筒をとりだした。その封筒は封蝋がされており、幾何学的な紋章が刻み込まれていた。官史はその紋章を確認して目を見張ると、差出人と宛て先が書かれている文字を読み取り、口を開いた。

 

「……これは、本物なのですか」

 

「ええ。知っているかと思いますが、エドムンド陛下は聖職者が戒律を無視して俗世のことに耽っていることにご不満をお持ちです。先の聖職者の本分を忘れ、俗世の物事に耽る輩に対する粛清も、宗教庁の介入によって中途半端に終わってしまいました。陛下はこれを全て宗教庁に巣食う、言うなれば隠れた新教徒どもによる腐敗のせいだとお考えなのです。

そしてトリステインのアンリエッタ陛下もおそらく同じ懸念をお持ちであったのでしょう。我々は手を取り合い、ともに宗教庁を健全化するために協力する意志があることを、示すために我々がここにきた。だが、宗教庁に潜む異端どもに気付かれるわけにはいかないので、このような奇妙なことになっている。そう解釈していただければ幸いです」

 

デュライはこの気難しそうな官史の言葉を分析し、保守的な性格の神官であると見抜いていた。だからこそこの手の文句を告げてやれば、あっさりと通るとにらんだのであった。

 

デュライが官史に手渡した封筒は、ロンディニウム教区のコーション司教の直筆の書類である。人格者で統治者の在り方に不満を漏らすことはあっても非難することがなく、俗世面における影響力も強くないために共和革命でもエドムンドの聖職者粛清でも無視されているというのが公の評価である。しかしながら、本当のところ、共和革命の頃に完全にエドムンドの傘下に降っていた。

 

そしてこの封筒はコーションの直筆で「この隊員の公正さは私が保証します。どうか抵抗せず従ってください。もしなにかあれば我が身命にかえてもあなたを助けます」といったことが書かれているのである。この書類は鉄騎隊の中でも優秀とエドムンドとディッガーに認められたもののみが保持を許される。

 

この書類は不毛な抵抗を続けるレコン・キスタや謀反貴族の残党を捕らえるのに大いに役立った。コーション司教が自分のところに助けを求めて駆け込んできた者は、共和主義者だろうがなんだろうが保護して王政府と対立していたので、この書類を示しただけで命が助かると思い込んで自ら投降してくるのだ。

 

無論、ちゃんとコーション司教のところには身柄を送られるのは、書類の信憑性を付与するために放置しても比較的無害と王政府から判断された者達だけで、三割前後はそのまま死刑台に直行である。

 

そんな素晴らしく役に立つ書類なのだが、エドムンドはロマリアでなにかの役に立つかもしれないと宛名が空白になっていたところに、ロマリアの枢機卿団の中でも強力な保守派として有名な枢機卿のフルネームをコーション司教の書体を真似て書き込んでおいた。そして現教皇が”新教徒教皇”と保守派から揶揄されるほど改革的な思考の持ち主であることを念頭に置くと、保守的な観念を持つ神官ならば、頭が鈍くない限り、デュライが匂わせたことに気づくはずだ。

 

即ち、宗教庁保守派がアルビオン王とトリステイン王と手を組み、現教皇ヴィットーリオを失脚させようと企んでいる。

 

「……なるほど。これは失礼しました。すぐに手続きをすませましょう。あの怪しげなフネもゲルマニアの新型船ということで何の問題もないことにしておきます」

 

数分の沈黙の間、官史の頭脳の中で壮大な規模で権力闘争が展開されている光景が浮かんだに違いない。そしてありうることだと判断したのか、あっさりとデュライの言い分を認めた。

 

鋭いやつもうちょい突っ込んだ疑問をしてくるんだけどなとデュライはうまくいったのに、若干の物足りなさを感じ、隣にいるサイトはなんであれでOKになったのかさっぱりわからず、あの封筒のおかげ?と首を傾げていた。




ロマリア帝国時代の歴代皇帝

【大王】【建国帝】ジュリオ・チェザーレ
一代でガリアの南半分を征服した偉人。
この人物が帝国と国名を改称した時の帝国領土の広さがハルケギニア史上最大。
後年は後継者問題に頭を悩まされた。

【性豪帝】アグリッパ・チェザーレ
自称第二代皇帝(ティベリウス派の承認を得てない為”自称”)大王の嫡子。
帝国崩壊のだいたいの原因。政治や軍事に興味がなく、女体にしか興味がなかった。
人生の9割を寝室で過ごしたと噂され、こいつの子供の数は実に数百人の数にもなる。

【不憫帝】ティベリウス・チェザーレ
第二代皇帝。大王の妾の子。
アホな異母兄とガリアの侵攻、戦後は国の再建に頭を悩まされた人物。
おまけに子どもにも恵まれなかった可哀そうな人。

【散財帝】カリグラ・チェザーレ
第三代皇帝。ティベリウスの養子。
とにかく金貨をばら撒くことが趣味だった皇帝で、臣下の不満が増加しすぎて暗殺された。
散財帝と呼ばれているが、ティベリウスの養子だけあって政治能力は無難だったらしい。

【売国帝】クラディウス・チェザーレ
第四代皇帝。カリグラの異母弟。
現状に不満を持って領土の割譲と引き換えにガリアの手を借りて有力貴族を一掃。
だが、そのことが貴族の怒りを買って抹殺される。当然だよね。
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