アルビオンの護国卿との交渉は、それなりの退屈凌ぎにはなった。
ジョゼフはそう思いながら玉座に腰を据えていた。
「ジョゼフさま……本当によろしかったのでしょうか?」
ミューズが躊躇いがちに問うてくる。
交渉後の個人的な密談でエクトル卿に皇帝秘書が自分の手の者であると教えているため、彼女がエクトル卿に同行せずにここにいても既に何の問題もない。
「ああ、なかなか見どころのある奴だ。
あんな奴が治める国がどのようなものになるか多少興味がある」
エクトル卿はジェームズへの復讐が目的であり、今やっているのはその後始末であるとほざいたが、”ジェームズへの復讐”などというのは己の本心を偽るための大義名分にすぎないのではないか?
境遇からして面白そうだったからクロムウェルに命じて護国卿の地位をくれてやったが、想像以上に
ジョゼフはそんな評価をエクトル卿していた。
オルレアン公の死以来、以前より一層魑魅魍魎の巣窟と化したガリアの宮廷の一番目立つところに居座り続けただけあって、ジョゼフはかなりにエクトル卿の本心もそれなりに見抜いていた。
「憎悪より恐怖が先にたっておるな。
いや、どちらかというと4年前の再来を恐れているか……」
「ジョゼフさまが見どころがあるというほどの人物になにもしないでよろしいのでしょうか?」
「う~む。そうだな……」
ジョゼフは腕を組んで考えた。
ミューズは考えが聞かされるのを黙って待つ。
「とりあえずあの男の部下の駒も充実させねばならぬ。それでなくては遊びは始まらん。
さしあたってはあの男の護衛……、ディッガーとかいうなんか見覚えある奴と数日前から城下に潜伏しているアルビオンの騎士隊長の駒を職人どもに作成させよ。
必要な駒が足りなくては楽しい
「かしこまりました。すぐに手配致します」
ミューズは一礼すると部屋の外へ消えた。
始まる前から意外な展開を見せる此度の
リュティスの場末の酒場。
そこの2階の連れ込み宿屋で3人の男が密会していた。
「それで交渉の結果はどうなりました?」
「表向きの方は失敗。だが、中立の立場をとることを宣言するそうだ。そして俺たちにとって本題の交渉は……」
そこまで言うとエクトル卿は杖を引き抜き、”サイレント”の魔法を唱える。
”サイレント”は周囲に音が聞こえなくさせるための魔法であり、密談の為に存在する魔法と言ってよい。
「事情が事情だけに即答はできぬとのことだ」
「どちらの面倒をみるべきか悩んでいるということですか?」
ヨハネの問いにエクトル卿は頷く。
「確かに”レコン・キスタ”か”我ら”かジョゼフにとっては悩みどころであろうよ。
レコン・キスタは完全にジョゼフの影響下にあるが、我らはそうではない。
だが、王権打倒を唱えるレコン・キスタでは、使い潰して戦時特需で儲けるしか使い道がない。
我らを支援した場合、互いに秘密を握りあう形となり、不安が絶えない。
だが、それでもアルビオンが交易面その他でガリアを優遇すると言ってところか」
その説明にディッガーは首を傾げる。
「では、最初から適当な王家の血を引く貴族家を反乱の神輿にすればよかったのでは?」
テューダー朝は開祖である『騎士王』アーサーから千年近く続いた王朝である。
王族と名乗れる程濃い血を有してはいなくても王家の血を受け継ぐ貴族家はそれなりの数が存在する。
しかしレコン・キスタはそうした貴族家を”無能な王家の一員”として纏めて処刑している。
「確かにな。しかしそんな薄い血で自ら王と称して内乱を起こしても、ついてくる貴族は少なかろう」
それに、紛いなりにも王家の血を継ぐ者は王家への忠誠心を持つように教育されているから面倒だ。
王家に忠誠を尽くしたのに裏切られたとかそういう特殊な事情が無ければ反感はあまり持つまい。
そうエクトル卿は答えた。
「しかしディッガーの言うとおり、ジョゼフ王は只者ではないな」
護国卿エクトルとしての交渉も、仮面を外して本当の名前を告げて望んだ秘密の交渉も、あの男は飄々としていてふざけている態度をとっていたように見えるが、それが決して真実ではないとエクトル卿は見破っていた。
話し合いを始めた当初こそ、あまりに自然に感じるので、本当はジョゼフは傀儡で裏に彼を操っている黒幕が存在するのではないかと疑った。
だが、それでもあの王は時折鋭い質問をしてきたり、決して言質を取らせない交渉術を見る限り、断じて無能ではない。
もっとも、演技をしている感じが全くしないのでおそろしくはあるのだが。
自分の提案に対して「前向きに検討する」と言って微笑んでいたジョゼフもどこまで信用できるものか……
「ジョゼフ王の底が見えんのがやや不安ではあるが……
あの男が我らの敵になった場合の事も想定して動くべきだな」
エクトル卿の言葉に2人の騎士は頷いた。
そろそろトリステイン侵攻ですかね。