オーバーロード モモンガ様は独りではなくなったようです   作:ナトリウム

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第九話 方針

 ナザリックに帰還したモモンガとケイおっすの2人は、休憩室のソファに身体を預けていた。

 こうして落ち着いて眺めると本当に豪華絢爛で派手な部屋だ。ゴテゴテ装飾品が置いてある訳ではないが雰囲気的に。そんな事を呟きながらゴロゴロと身体の向きを変える。ケイおっすはスカートを手で抑えながら寝転がった。

 

 精神的な疲労と呼ぶよりは、一仕事が終わった後のだらけムードに近い。

 モモンガもお疲れサラリーマン的な雰囲気で休んでいた。骨の指を開いて杖を手放すと、丸く大きな肩の装飾具を少し邪魔そうにしながら背を伸ばす。 「はあぁ~」 なんて声を喉の奥から響かせていた。

 

 強い存在はいない。少なくとも一般的な範囲では、ナザリックに敵はいない。

 ガゼフですら最高峰で、あの雑魚天使ですら究極の切り札(笑)だというのだ。それが分かっただけに安心の意味が強かった。長い溜息を吐きながらも楽しげである。

 

 

「いやー、安心しました。油断はできませんが、ずいぶんと楽になりましたよ」

 

 

 陽光聖典という存在でさえ、モモンガが想像していた以上に有名であるらしい。

 それをたった3人で部隊ごと片付けた……殺したとか逃したとか具体的な言葉は伝えていない……のは、驚くべき行為だったようだ。

 証拠品として聖印などの適当な物を手渡した時は、兵隊たちなど唖然とした表情になり、あのガゼフでさえ露骨な驚愕を露わにしていた。

 

 何よりモモンガたち全員が無傷で帰った事も、彼らにとっては大きかったらしい。

 しかも自分たちが身に付けていた装備品へのダメージさえ無い、どころか目に見える範囲では汚れさえ一切存在しなかった。交渉で終わったのかと聞かれたほどである。

 それを聞いたモモンガは証拠を渡すのは後にすればよかったと動揺しかけ、ケイおっすも混乱しつつ咄嗟に 「ナザリックの強者はたった3人だけではないからね」 と部下の存在などを匂わせつつ誤魔化したのは、良かったのか悪かったのか。でも嘘は言っていない。嘘は。

 

 全体的に細かいミスなどはあれど、大きな問題は起きずに終わった感じだろう。

 初めてにしては上出来だよな、俺ら一般人だもん。そんな事を言い合う。

 

 

「うんうんー、お疲れ様。ビールでも飲みたいけど……あ、マスターって飲食出来るのかな?」

 

「お疲れ様です、ケイおっすさん。こっちも一杯飲みたいところですが……。

 どうなんでしょう? ポーション類ならば効果はあると思うのですけども、食事が可能かどうかは」

 

 

 皆が居たら宴会だったろうに。ケイおっすの呟きが宙に溶けていく。

 たっち・みーさんは完璧超人過ぎて、実は酒癖とか悪いんじゃないか。ペロロンチーノさんはきっと酒で失言をして茶釜さんに〆られるタイプだ、とか。思い出話に花を咲かせた。

 

 

「あー、こっちにもワールドアイテムってあるのかな?

 現に自分たちが幾つも持ち込んでるんだから、もしプレイヤーが居るとしたら、こっちに残ってるかもしれないよね。見ておかないとなあ……」

 

 

 図書館にはノリでコピーしまくった本の類が犇めいている。中にはwikiの情報をユグドラシル内部で簡単に確認するため、そのまま写し取った内容の物も幾つかあるはずだ。

 ワールドアイテム関連も本に記してあったと思う。ケイおっすの知識はブランクのせいで錆び付いているから、特に致命的となりそうな物は確認しておきたい、という思考も抱いていた。

 

 

「そうですね、ワールドアイテムの探索は必須でしょう。

 守護者達は知っているのか……分かりませんが、伝えておいて損は無いでしょうし。

 ポーションについては気になっています。彼らが持っていたのは赤ではなく、ユグドラシルには無い、青いポーションでしたから。此方の世界特有のアイテムには興味を覚えます」

 

 

 予想外に様々な物を得た結果、現在は部下たちによる分析を待っている。

 武器防具の質、ポーションの効果、製法、周辺国家について、などなど。

 

 精神操作系の魔法でも誤解や無知までは対処できない。だが何人も居れば擦り合わせる事で隙間を埋められるし、その前に拷問を見せ付けるなどして心を折っておけば、いちいち精神操作をかけるよりも手早く済ませる事が出来る。

 聞き出した内容を書面にして 「嘘があれば指で示せ」 で解決なのだ。聞き取りを入念に行えば結構な量の情報が集まるに違いない。

 

 

「睡眠ガスがあそこまで効いたぐらいだから、レベルはあんまり高く無さそうだけどね、色々と」

 

 

 あの名前負けしてそうな連中は、とケイおっすは思い出す。

 隊員たちを一瞬の内に大人しくさせたのは単なる催眠ガスだ。なので全員、生きてナザリックに収容されている。

 指揮官が二軍ならば本命の一軍もあるのか、と思ったが単にニグンという名前らしい。そんな紛らわしい名前の彼も回収済みで、今頃はデミウルゴスが直々に相手をしているだろう。

 

 

「ケイおっすさん、というかカオス・シェイプのパッシブって 【混沌の息吹】 ですよね。

 その効果は確か、恐怖・魅了・混乱・朦朧、とかのデバフからランダムですけど。もし魅了が最上位で当たっていたら、ケイおっすさん、あの男に求婚とか……されていたんでしょうか?」

 

「……生理的に無理。それにボク、自分より強い人じゃないと」

 

「ははは、手厳しい」

 

 

 だらしなくソファに身体を任せながら。2人はあてもない会話を交わす。

 王国最高の戦士であるガゼフの強さ、そして法国でも有数らしい部隊の強さを知った。最悪の想定からすれば笑ってしまうほどあっけない状況だった。

 心を砕いていたモモンガも胸を撫で下ろしている。 「肩の荷が降りた気分ですよ」 と言いながら顎を持ち上げ、高い天井からぶら下がっているシャンデリアに顔を向けていた。

 

 

「そういえば……。空って、本当に青かったんだね。ボク、感動したよ。凄い綺麗だった!」

 

 

 そんなモモンガの様子を眺め、外の世界を思い出したケイおっすは感慨深げに呟く。

 何処までも何処までも広がる青い青い空。そして綿を千切ったように浮かぶ真っ白い雲。頬を撫でる草の香り。

 異形と化したこの身でさえ美しいと感じた。子供のように草原を転げ回ったらどれほど素敵だろうか。後で是非やろうと思う。大気汚染が充満した現代では考えられない風景だった。

 

 

「もう少しして夜になれば、星も見えるかもしれませんね。

 ああ、見せてあげたかったなあ……。あの夕焼けの光景を」

 

 

 モモンガもケイおっすも 「大自然」 は空想の世界でしか知らない。

 現代では消え失せて久しい物なのだ。日曜の夜に放送される定番の動物系ドキュメンタリーでさえ、大半が過去の映像から引っ張ってくる構成である。なにせ現代だと動物園か研究所の剥製になってしまうから。

 

 このナザリックの内部には世界を模した空間だって存在するが、その製作者であるブルー・プラネットとて、職業が宇宙飛行士でもなければ "本物" の星空は知らないだろう。

 しかし……モモンガは、あの宝石箱のような夜空に思いを馳せ、断言する。

 本物ではなくても。作り物だろうとも。そこに込められた思いは色褪せる事はない。 「本物にだって負けていません、きっとそうです」 その呟きにしんみりとした雰囲気が漂った。

 

 

「情報集めも重要だけどさ。ただ世界を見て回るだけでも、楽しそうだよね。

 この世界にも未知の鉱山とか、資源とか、モンスターとか。いっぱい居るんだろうなあ」

 

「そうですね……。ナザリックの強化もしたいですし。そういった物を探すのも面白そうです」

 

 

 周囲に広がっているのは未知の世界なのだ。今までは脅威としか捉えていなかったが、なるほど資源の宝庫とも言い換えられる。モモンガは何度も頷いた。

 スケルトン程度なら1000や2000は軽く動員でき、しかも採掘でも開拓でも農業でも、給料どころか食事や休憩すら不要で働き続ける。頭の悪さは問題だが監督者を1人置くだけで解決できる。

 モンスターしか居ない奥地を開拓する分には文句も出まい。処女地を好きなだけ蹂躙するのは開拓者の特権だが、ユグドラシルでも珍しい経験がやり放題だとは。2人の心は踊った。

 

 

「細かい部分は守護者たちに任せるとして、方針は与えないとだめかな?。

 分散すると手一杯になりそうだけど、マスター、まずはどうしようか」

 

「ギルドとして、普通なら多数決なんですが……」

 

 

 モモンガは骨の隙間から息を漏らす。2人で多数決しても仕方が無いですね、と肩を竦めた。

 無念というより残念に思っている。41人の中には 「ユグドラシルが現実になる」 と聞けば眼の色を変える人間も多かった。辞めていった人たちにも理由あっての事なのだ。

 ヘロヘロさんなどは大喜びで、ブラック企業の上司に辞表と拳を叩き付けてくる、という最後の仕事を処理してから飛んで来るに違いない。それが分かるからこその余裕だった。

 

 そしてまた、現実を優先する、その気持ちもよく理解できる。

 モモンガだって家族が生きていれば違っだだろう。究極の命題として帰還の方法を探したはずだ。そんな彼だからこそ 「家族より此方を優先しろ」 とは絶対に言わないし言えない。

 ただ少しだけ……ほんの少しだけ、心の隅にでもいいから。ナザリックの事を忘れずにいて欲しい、とモモンガは思っている。その心意気はケイおっすにも伝わっていた。

 

 

「……差し当たって。ワールドアイテムについての知識を共有し、何を目的に動くにしても情報は集めておく、というのが最初でしょうか。

 次にこの世界でのプレイヤー、ないしはそれに次ぐ存在の探索、ですか。これならアイテムの収集などと同時に出来ますし。

 ああ、後は細かい消耗品も確保したいですね。食料が確保できるなら手勢も増やせますし、スクロール用の羊皮紙は絶対ですから……羊でも飼おうかな? 最後に手付かずの資源地の探索……」

 

 

 骨だけの指を曲げながら数え、自分の処理能力では無理だ! と頭を抱えた。

 守護者たちに任せるとしてもオーバーワークは拒否感がある。それに無報酬であまりこき使うのは……。しかし報酬だって渡せないだろうし……と呟きを重ねた。

 無限湧きのNPCならば使い潰す事に抵抗は無い。だが守護者たちとなれば別の話、彼らは41人で作り上げた存在で、ナザリックの大切な仲間ではないか。使い潰すなど論外だった。

 

 

「ああ、そうだ。冒険者って居るんだよね? ならこっちが依頼を出せないかな?」

 

 

 悩めるマスターを見てケイおっすも首を捻る。少しでも貢献しようと知恵を絞った。

 人手の問題は簡単に解決できるような類ではない。だから情報を手軽に得る手段を考えて、ガゼフが自分たちを雇おうと言っていた時の事を思い出す。

 冒険者なのだからクエストを行うのだろうし、ならば自分が依頼主になれば良い。単純な思考である。

 

 

「冒険者についての情報は、素直にギルドにでも聞けば、ある程度は答えてくれそうだしさ。

 細かい部分は……どうしよう。本を書きたいから教えて欲しい、とか?」

 

「それだ! 良いと思います、ケイおっすさん。

 複数の冒険者に聞けばデマも削ぎ落とせるでしょう。コネも作れれば、なお良いですね。適当なアンデッドをぶつけて反応を見るのも悪くない手ですし……」

 

 

 我ながらナイスアイデア! と嘯いたケイおっすは、諸手を上げられた事で逆に驚いた。

 本人は半ば冗談のつもりで言ったのに。どうやら行き詰っていたらしいモモンガにとって、その突飛な提案は袋小路を突破する天啓として響いたようである。

 

 

「いやはや、ケイおっすさんが居てくれて、助かりましたよ。

 ニグンの時にしても、こちらが戦うと魔法を使う事になったでしょうが……。魔法の場合、見るだけでも八位とか九位とか、実力が一発で把握されてしまいますからね。

 もし未知の手段で覗き見されていたら、と思うと、魔法は使いにくかったですし……。何より、彼らの強さから考えると。完全にオーバーキルでしたよ、まさかあそこまで弱いとは思っていませんでした」

 

 

 その際の不愉快な監視者の事を思い出したのだろう。モモンガは小さく鼻を鳴らす。

 ニグンとの戦闘を覗いていた連中に対しカウンターとして、範囲を数倍に強化したエクスプロージョンを送り込んだらしい。

 その死者たちをゾンビやグール、相手のレベルによってはデスナイトなど、アンデッドモンスターとして蘇らせる 【黄泉からの逆風】 というスキルと一緒に。

 

 とはいえ威力は据え置きの魔法である。範囲こそ広いが威力は低く、プレイヤーの感覚で言えば花火程度の物。ならば大した死者は期待できないだろう、と2人は分析していた。

 モモンガなどは 「警戒しすぎた。もっと強い魔法を使わせればよかった」 と後悔すらしている。必要になれば追加で戦力を送り込む事に否とは言わないだろうし、そのための準備とて現在進行形で行われていた。

 ナザリックの分析により詳しい位置なども把握済みなのだ。もはや彼の国の運命はギルドの手中にあると言っても良いだろう。

 

 

「まあ法国は後回しでいいんじゃない? 妙なアイテムとか抱えてるようだから、とりあえず完全に使い捨て出来る捨て駒を送り込んでおくとか……。消耗品ならそれで削れると思う」

 

「そうですね。改めて報告が来るでしょうから、それを待つことになりますが……。

 法国は重要部分こそ多少の守りがあるみたいですけど、都市の大部分は無防備みたいです。

 随分と不用心というか、結界の維持コストを払えないんでしょうかね? それだと楽でいいんですけど」

 

 

 座標は把握しているし、対策を回避する手段も数多く有している。ならばやり放題だ。

 ナザリック内部に自動POPするモンスターだって雑魚ばかりではない。数値で言えば40を軽く超えている存在も数多くおり、強い魔物ほど再出現までの時間は要求されるが、待っていれば補充される。

 何よりモモンガの手に握られているギルド武器が大きい。1日に1回という回数制限こそ存在するが、レベル80を超える 『根源の火精霊(プライマル・ファイアーエレメンタル)』 などを無償で召喚する事さえ可能としている。使い捨てる対象には困らないだろう。

 

 

「洗脳系のアイテムとか怖いけど、召喚した精霊なら時間経過で消えちゃうし、どうかな。

 ボクが持ってるスキル 【ウミガミのスープ/産神の肉海】 で作ったモンスターでも良いけどね。あれだと残っちゃうから……」

 

 

 またケイおっすにしても、カオス・シェイプの技能には魔物を生産する物がある。

 ユグドラシルにて一部の種族を選択し 「モンスターを1000種類以上捕食する」 という特殊な実績を解除した場合、ボーナスとして得られるスキルだ。

 ケイおっすの場合は更に大量の捕食を実行し、コレクション的な目的で強化していた。

 これにより上位なら1日8匹まで、中位なら18体まで、下位ならば52体まで。一部のレア・ボス系モンスターは除外されるし、他にも条件が幾つかあるが、捕食済みの魔物であれば生産できるようになった。

 

 ヴィジュアル的には卵などで生むのではなく、肉体の一部を切り離すイメージである。

 生み出す魔物のレベルに応じてHPにダメージが入るし、召喚のようにコントロール下にある訳ではない。本当にただ発生させるだけの能力だ。

 ユグドラシルでは新スキルの的にしたり、改めて捕食する事でスキルを発動させるトリガーとして使ったり酷使していた。使い捨ての鉄砲玉にするのも延長と言えるだろう。

 

 

「……ふーむ、確かに。しかし召喚は切り札になり得ますし、まだ見せたくないな。

 ケイおっすさん、確か 『時限式の肉爆弾(カウントダウン・ミートボマー)』 のモンスターって捕食済みですよね? とりあえずアレを送りたいので、後で生産して貰えますか?」

 

 

 モモンガが口に出したのは低位の悪魔で、レベルで言うと22。雑魚モンスターである。

 外見は脈動する巨大な肉塊だ。その赤黒い肌の表面からは無数の人間のパーツが、主に手足や指、それに苦悶に満ちた顔面が浮かび上がり、大半を覆うように蠢いていた。

 このモンスターは主に人間族と敵対しており、リザードマンやケンタウロスなど一部亜人種も含めた獲物を認識すると、身体全体を巨大な心臓であるように脈動させ始める。

 

 そしてHPが一定以下になると、当然のように爆発する。そのような性質を持つ。

 攻撃力も防御力も低いモンスターだが知名度はかなり高い。悪い意味でも良い意味でも。

 

 

「ああ、あの魔物? なるほど、流石マスターだ。アイツなら自爆するもんね。

 えっと、うん。リストに乗ってるから大丈夫。限界の52匹までフルに出す?」

 

 

 滅茶苦茶に手足が生えているため歩く事は出来ず、最初はかなり動きが鈍い。

 動く度に骨折などでダメージが入るのだから当然だろう。そうして移動部分が全て壊れると第二段階となり、今度は肉塊の全体を収縮させながら猛烈に跳ね回るようになる。

 その間も自らの行動でダメージを受け続け、クライマックスには 『汚え花火だ』 と呼ばれる大爆発を起こすのだ。かなり気合の入ったエフェクト+効果音と一緒に。

 

 ユグドラシルの中でさえ、至近距離で爆発されると、慣れた人間でも顔を顰める。

 しかも爆風を浴びると大惨事だ。能力値ダウン効果と持続ダメージに加えて感染能力まである面倒なバッドステータス、病魔に属する 『破裂病』 を受けてしまう。

 しかもこれ、治療されるか自然回復するまでエフェクトは消えないから質が悪い。

 暫くの間は気色悪い赤黒の(しかもネチャネチャと水系効果音つき)オーラが身体に纏わり付く事になるため、巻き込まれてしまった場合のインパクトは凄まじく強烈だった。

 

 

「こいつMAXで出して、他にも捕獲しまくって団子合戦とか、ギルドのイベントでやったよね。

 あんまりにも気持ち悪すぎて大変だったけど、アレはアレで楽しかったなあ」

 

 

 懐かしいわ-。ケイおっすは昔を思い出し、うんうんと何度も頷いた。

 レベル自体はかなり低いのも嫌らしいと言える。特殊討伐型のモンスターの中では最も弱い上に対処法も多く、付随する面倒さを除けば初心者でも対処しやすい。

 最初に会うのがこいつって、運営馬鹿じゃねーの? と思わないでもないが。

 元々のHPが低い上に耐性もガバガバ、なので対処法を覚えてしまえば与し易い魔物なのだ。冷気で固めたり動けなくして急所を狙ったり。それまでの恨みを込めて弄ぶのが一種の慣例となっている。

 

 

「面白いモンスターですしね。法国の人間も楽しんでくれるでしょう?

 そんなに此方を覗き見したいなら、お礼に花火を見せてやろうかな、と。数は30匹ぐらい送ってやりますか。ちょっとしたジョークですよ」

 

 

 情報を奪われそうになった事が不愉快だったのだろう。モモンガは楽しげに声を上げる。

 苛烈な報復があるとなれば相手の動き自体を封じられるかもしれない。情報を制する者が戦争を制する。そのようなポリシーがあるモモンガからすれば、相手の眼を潰せるのは最良である。

 ケイおっすとゲートの魔法を組み合わせるだけなのもポイントだ。消耗は殆ど無い。

 

 

「探知魔法があっても、無関係なモンスター扱いだから、逆探知もできないしね。

 こっちの魔法にそういうのがあるかもしれないけど……。ゲートさえ急いで閉じちゃえば大丈夫かな」

 

 

 また使役しているモンスターと違い、発生させた時点で繋がりが消え失せてしまう。

 支配権を奪われるなどして逆探知される危険もないし、一度でも点火したミートボマーはコンソールを開いてスキル欄を操作をしないと、支配状態になっても止まらない。

 彼らにとっては呼吸と同じぐらい自然な行為なのだ。ここに落とし穴がある。

 

 特別に命令すれば、カウントダウンも抑えこむだろうが……。

 忘れていると時間制限が来て 「ドッカーン!」 周囲には肉片が飛び散りまくる。

 そうなった時に群れが残っていると、同族の血肉に反応して連鎖爆破を起こす、という素敵な特性も持っているため、対処に失敗した場合は非常に愉快な花火大会が開催される事だろう。

 

 

「……はぁ。やりたい事は多いのに、まだ情報が足りなすぎるし、メイドたちは何かと張り付きたがるし。支配者も楽じゃないですよホント。

 俺が生身だったらトイレにまで入って来る勢いですよ? ああもう……」

 

 

 偉大な支配者という演技は疲れる。ギルドマスターであってもストレスが貯まるらしい。

 モモンガは攻撃的な笑みを右手で覆い隠した。急に落ち着いたような様子で深々とため息を漏らす。

 

 帰還しただけで猛烈な歓迎と労りの言葉、それに加えて次回は自分も一緒に行きたいオーラとか、意見を聞きたくとも 「モモンガ様のお言葉は全て正しいです」 と返されたり。

 ケイおっすが間に入って促さねばイエスマンの極地のような状態だった。しかしモモンガ自ら許可を出すとシャルティアなどは必死に考え過ぎてしまい可愛そうだし。支配者には支配者の苦労があるのだ、と痛感させられる事件だった。

 

 

「仕事を割り振ればマシになる……と、ボクは思うよ。希望的観測だけど。

 あのリーダーっぽい人から情報を聞き出すように命じた時とか、皆すごく張り切ってたし」

 

 

 目をギラギラせてたシャルティアやアルベド、メガネを光らせていたデミウルゴス。

 その姿を思い出したのかモモンガは頷く。やり甲斐のあるような仕事を準備してやるのは上司の役目だな、確かに、と呟いた。

 

 

「とりあえずあの村を拠点にして、周辺の森とかを探索するのは、どうかな?

 王国ならガゼ、ガゼ……ガゼルだっけ? とにかくコネがあるし。見た目が人間じゃない異形種でも、人目がない野外でなら使えるだろうから、無駄にならないでしょう」

 

 

 鉱物の探索にはコボルトなどのモンスターが有用だ。彼らは鉱脈を探知する能力を持つ。

 戦闘能力自体は低いが様々な地形に対する走破性があり、山、森、ジャングル、など大抵の場所で問題なく調査を続けられる。仮に食われたりしてもコストが低いので補充も容易い。

 

 外見は毛皮を纏った犬頭の人間モドキ。骨格もやや犬に近いので前傾姿勢を取る。

 鎧などを着せても町中で活動させるには向かないだろう。犬っぽいから警察犬のように追尾する事は可能かもしれないし、最弱のワークマン種でもレベル15だから一般人よりは強いが、彼らの本領はやはりフィールドワークなのだ。

 ただ野外で動かす方がずっと有用なので、人手として考えると諜報とは別に動かせる。それも利点といえば利点になりそうだった。

 

 

「そうですね、出来るだけ希望は叶えてあげたいんですが……。うむむ。

 希望通り一緒に出かけるにしても、あのカルネ村で人間と触れ合わせて、不自然でない程度の演技を覚えてもらわないと。町中に連れ出すのも厳しいんですよねえ」

 

 

ナザリックの守護者やメイドたちに思いを馳せ、モモンガは難しげに顎の骨を撫でる。

 積極的に踏み潰す事を楽しむ。或いは踏み潰しても気にしない。軽く語らいを交わしたり設定を読み込んだりした結論がそれである。

 多くの守護者やメイドたちはナザリック至上主義者であり、人間という種族に対して好印象を持っているとは言い難い、という事実に気付いていた。

 

 これについてはモモンガもケイおっすも、似たような思考に近付いている。

 何か特別に刺激される人間でなければ記憶に留めない。例えばあの村娘のように純粋な敬意を含む言動を取るなど、そのような事象がない限り、死んでも殺しても気にらない。

 既にケイおっすは殺人を経験済みだが、本人もモモンガも 「ああ、そういえば殺したな」 と半ば忘れてしまっている。それが何よりの証拠だった。

 

 

「まあ常識が無いって言うと、ボクもなんだけどね。

 あの戦士長の馬とか、美味しそうだったし。あ、ギャグじゃないよ? これ。……あと、本人はゴツイ男だったからまだしも、可愛い女騎士だったら食欲を刺激されたかも」

 

「食事を取れないのは不便だと思いましたが……。そういう苦労もあるんですね。

 ケイおっすさん、大丈夫ですか? 食事でも用意させます?」

 

「ドラゴンステーキとか食べてみたいなとは思うけど、まだ問題は無いよ。

 それにギルド長が無理なら、自分だけ食べるってのもなんか悪いんだよね……。それに、いざとなれば 【オートファジー/自食】 のスキルもあるから。指を齧ったけど苦痛とか無いし、生み出したモンスターを食べるんでも良いし……」

 

 

 ケイおっすは自分の人差し指に噛み付いてみせる。根本から食い千切って咀嚼した。

 それを見たモモンガは一瞬だけビックリしたようだが、すぐに新しい指が生えてきたのを見て納得したらしい。

 

 

「では、話を戻しますが……。プレイヤーがナザリックに攻めて来る、という事態は、私としては出来る限り回避したいんですよね。

 消耗品の問題もありますし、起動すると金貨を消費するトラップも多いですし。

 ですから、少なくとも補給のアテがつくまでは、人間国家との敵対は避けたいのですが……」

 

 

 積極的に人助けをしたがるのは、守護者の中だとセバスぐらいだ。

 たっち・みーさんの影響と思われる優しさ。しかしセバス本人曰く限定的ではある、とのこと。

 

 彼にしてもただ助けを求めるだけの有象無象ならば、たとえ国家規模での虐殺が行われようとも興味を持たない。生きるために足掻いてこそ助けようという気持ちが湧くのだと。

 地球の反対側で独裁者による民族浄化が行われた。そんなニュースを見ても 「またやってるのかよ……」 とは思っても、現代人の殆どがすぐに忘れてしまうのと同じだろう。

 あのカルネ村では我が子を守ろうと騎士に立ち向かったのが好印象だったらしい。また大前提としてナザリックの害にならないという物があり、無害であっても必要ならば殺戮を肯定する。

 

 

「ああ、カルネ村っていうのか、あの村……。担当はセバスに?」

 

「そうですね。まずはセバスに任せつつ、メイドたちにも慣れてもらうようにしましょう。

 アウラやマーレが居れば、大森林の探索なども捗るでしょうから、そこは確定として……」

 

 

 モモンガはテーブルの上に指先を走らせながら虚空を見上げる。

 その口の奥からは 「シャルティアって……何を任せればいいんだろう?」 という呻きが漏れ聞こえた。

 

 

「ええと、周辺国家の探索や交渉などは、デミウルゴスにお願いしましょうか。人型に近いですから変装も出来るでしょうし。

 そしてシャルティアには、山賊とか、殺してもいい相手からの情報集を任せて……。

 総責任者としてアルベドを置き、報告を集めた上で此方が受け取るようにすれば、処理も楽になると思います」

 

 

 ナザリックに存在する手札を統合すれば、自動POPのNPCを含めると十分過ぎるほどにある。

 ただし自動POPするNPCの殆どは指定した場所から動けないし、傭兵NPCなどは召喚から一定の時間が経過すると消えてしまう。維持するには一定の金貨を消費し続ける必要があった。

 現状ではこの世界の金貨を使えるのか、或いはユグドラシル金貨に加工する事が可能なのか、その辺りは細かい実験を行わないと不明なままだ。補給が確約されていない以上は出し惜しむのが当然である。

 

 

「そういえば、こっちだと銀貨とかあるんだね。ボクとしてはコレクションしたい気分だけど」

 

 

 また此方の世界特有のアイテム、銀貨や銅貨などの扱いも難しい。

 物の価値に応じて金貨を吐き出すマジックアイテムに投げ込んだとして、貨幣の価値が適応されるのか、その場合は相場など値上がりなどの影響を受けるのか、そっくりに作った贋貨は同じものと判定されるのか、あるいは素材の値段でしか判別されないか……などなど。

 無償の労働力を活かした素材の加工などにより、上手くやれば大量の資金を得られる可能性がある。逆に言うと無知や思考の落とし穴で大損するかもしれない。

 

 

「ええ、出来る限り種類などを集めないといけませんね。比較実験をしないと。

 それらを考えると、資金調達のため一刻も早く鉱山を見つけたいんですが……。法国だって攻撃するのは良いですがその後の対応など無視は出来ないし……。

 ナザリックのアイテムは売りたくないんですよね。ポーションとか消耗品なら我慢しますし、私の持っている物ならばともかく、皆が残してくれた物は……」

 

 

 懐かしむように首を振るモモンガに対し、ケイおっすも同意を示し頷く。

 

 

「ああ、確かにね。戻って来た時に装備がないと悲しいだろうし。

 ボクのコレクションも不要なのは提供できるから、いざとなったら安い武具でも売れば良いんじゃないかな? コスプレ用の武器とか防具がいっぱいあったはず。それ以上にネタアイテムも」

 

 

 カオス・シェイプは装備制限があるので、骨に光沢を付け金属風に塗装した鎧やら、ナザリックの守護者たちとデザインをお揃いにした防具やら、昔に流行ったアニメキャラのコスプレ装備とか。資金に余裕が出てからはネタアイテムばかり作っていた覚えがある。

 それ以外にもデータに戻そうとして忘れていた小物類、露店を見て回っていた時につい購入して倉庫の肥やしになっていた数々の物品。特に安価な物となればアイテム袋へ適当に突っ込んで放置していた。

 

 売っても二束三文だと分かっているから売りたくないし、捨てるのが嫌という性格もある。

 店入りなのは露店で拾ってきたような物がメインだ。そこまで高額なアイテムは入っていないはずだが……。何を買ったのかはケイおっす本人でさえ全く覚えていない。

 一応、コスプレ衣装系はちゃんとクローゼット型の収納アイテムに入れてあった、筈だ。それ以外が引っ越し直後のダンボールの山よりずっと酷い魔窟なだけで。

 

 

「あー、ケイおっすさん……。倉庫部屋、カオスでしたもんね」

 

「いや、ほら。露店とか見て回るのって楽しいでしょ!

 それにマスターだってゴブリンの笛とか、あれ明らかに入手経路同じだと思うんだけど」

 

 

 呆れた顔になったモモンガに向け、ケイおっすは両手を振りながらアピールする。

 下らないアイテムでも安価で売っていると欲しくなる。それが露店の並ぶあの独特の空気と混ざり合うと余計に効果を増す。何かのエフェクトが発生しているかと疑ってしまうほどに。

 そう力説すると 「確かに……まあ、否定はしません」 と納得させる事に成功した。我が意を得たり。ケイおっすは満足して大きく頷く。

 

 

「しかしですね、ケイおっすさん。何があるか確認するためにも、その魔窟を整理する必要があるわけでして……」

 

 

 ただし続いて囁かれた言葉にノックアウトされる。

 今のメイドたちならば手伝ってくれるだろうが、何が入っているか分からないから他人に整理して貰うのも恥ずかしい。なので自分でやるしか無い。

 ネタアイテムの中にはスク水とかビキニとかもあるのだ。ネタだから意味もなくピンクのオーラを発する効果なんかがついていたりする。水のエフェクトで常にヌルテカになったりとか。

 

 そんな物を買ったのがバレたら、エロ本を積み上げられるような物だ。

 相手がメイドでもナザリックの一部である。恥ずかしい。とても。

 

 

「整理は……まあ、隙を見て、チマチマやるよ……。

 おほん! 話をちょっと変えるけど、ファンタジーのポーションって薬草で作るのが鉄板っていうイメージが有るんだけどさ、ユグドラシルに薬草採取のスキルが個別であったか覚えてないんだ。錬金術の分類にあるんだっけ?」

 

 

 置いといて、とジェスチャーを交え、ケイおっすはポーションの話題に切り替えた。

 短剣が片手剣になっただけでも不具合を起こす。それほどほど頭の硬いシステムならば柔軟性は期待できないだろう。

 下手をすると雑草を引き抜くだけでも、何か採取系スキルの制限に引っ掛かる可能性がある。

 

 

「また露骨に変えましたね、まあいいですけど。

 料理スキルのないメイドに肉を焼いてみるように命じてみましたから、その結果はすぐに出ると思いますよ?

 私的には肉ぐらい焼けると思うので、大丈夫だとは思っているのですが……。薬草類の採取が不可能だと、頭が痛い問題になりますね、確かに」

 

 

 先のコボルトにしても鉱石の探索がメインで、薬草やキノコはその範疇ではない。

 そもそもユグドラシルでのポーションはイベントアイテムなどの一部を除き、ゾルエ溶液に金貨を消費しながら魔法をかけるという物だった。故に薬草類は使わないのである。

 錬金術の知識があれば補えるかもしれないが……この世界特有の素材などもあるだろう。その場合は現地人の知識を借りる事になる。

 

 

「薬草ってユグドラシルだと何に使うっけ? 料理ではミントとかを扱ってたけどさ。

 他は錬金術とか……そのぐらいしか記憶に無いんだよね。あのエンリって女の子に薬草っぽい匂いが染み付いてたのは覚えてるんだけど、ポーションとか作れるのかな……。

 でも、仮にあの女の子を教師役にするなら、物凄く人を選ぶよね、こっち側は」

 

 

 ただ、人間から知識を受け取るには、人類に対する意識の差がネックとなる。

 巨大なドラゴンに対して盲人が強弁を振るうような物だ。下手しなくとも激高して殺してしまうというパターンが考えられるし、異形種となった現在ではその気持も分かってしまう。

 

 モモンガもケイおっすも、人間に対する関心はかなり薄まった。

 特に理由なく国家を破壊するほど娯楽に飢えている訳でもないが、必要ならば虐殺を指示する事になろうとも 「ふーん」 で終わるだろう。 「だから?」 と続きそうなほどに。

 テレビのニュースで戦争を語られる程度でしかなく、目の前で実行されてもゲームのように受け止める可能性がある。その程度には思考が人間離れしていた。

 

 

「そうなんですよ! 異形種って見た目の問題が……。ユグドラシルでもそのせいで……。

 はぁ。ポーションは効果が低いようなので、なら気軽に手に入ると思いましたが、この分だと苦労しそうだな。セバスの負担が重くなり過ぎなければ良いんですけど」

 

 

 モモンガは休憩室の扉に目を向ける。高級木材から作られた一枚板の扉を眺めた。

 空虚な眼窩が見ているのはその向こう側だ。護衛やら身の回りの雑事やら、そのためにメイドたちが張り付いている事を知っていた。

 

 

「マスターも苦労してるよね、うん……。こっちも倉庫整理、頑張るよ」

 

 

 ケイおっすと2人きりで会話する必要があり、護衛は扉を固めて欲しい。

 そのような言い訳が出来なければずっと付いて来ただろう。こうしてダラダラとソファに沈む事も難しかったに違いない。

 偉大な支配者とは人種からして一般人とは違う感性が必要になる。ケイおっすは比較的に鈍感なのでメイドの存在を忘れたり出来るが、モモンガの方は意地でも演技を続ける訳で。

 その苦労は傍から見ているだけで、そして短時間で嫌というほど思い知っていた。

 

 

「はあ……。こうやって気が抜けるのは、何よりですよ。

 いや本当、ケイおっすさんが居てくれてよかった。独りだったら潰れてます。本当に」

 

 

 自らを神と信じる教徒達に囲まれているようなもの。精神的な重圧は非常に高い。

 ケイおっすのように軽く振る舞っていればまだ違っただろうが。自ら 「偉大な支配者」 を望んでしまった以上、もう後戻りは出来ないだろう。自業自得とはいえ大変だった。

 モモンガはそれが分かっていながらも愚痴を零してしまう。ユグドラシルではもっぱら聞いてもらう側だったケイおっすには珍しい経験である。

 

 こういう時、黙って聞いてくれる存在は、本当にありがたい。

 それが経験則で分かっているケイおっすは相槌を打ちながら、とにかく聞き役に徹する事にした。

 

 

 


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