オーバーロード モモンガ様は独りではなくなったようです 作:ナトリウム
今の自分は、どれほどの頑丈さを保っているのだろうか。
主に仲間たちを守る盾として動いていたケイおっすからすると、斬撃や射撃、魔法などに身を晒す未来は十分に考えられる。
それが役目なのだから不満はない。だが不安は覚えてしまうのは事実だった。
ユグドラシルでのダメージとは、当然ながらシステムが決定していた。
頭部や首などはクリティカルが発生する部位として指定されていたが、実際に臓器や血管の配置まで計算しているかと言われればNOだろう。サーバーへの負荷の問題があるから当然である。
頭部や心臓、首などへ直撃しても。防御力や攻撃力の数値によっては、殆ど問題にならない程度のダメージで収まってしまう事が多いのだ。
逆に低レベルの人間を高レベルの武器で切り裂く場合、それが指先にほんの少し掠っただけでも、即死級のダメージが発生する事だって有り得る。この辺りの理不尽に憤ったプレイヤーは多い。
「ボクの心臓、コアも含めたら、何個あるんだろ。即死は無いかな?」
カオスシェイプの体内は混沌の一言に尽きる。常識を期待するだけ無駄だ。
攻撃を受けた部位によるクリティカルダメージの発生を無効化する、という種族特性を有しているし、スキルにはリアクティブアーマーのように損傷を受けたパーツを弾き飛ばし、一定の消耗と引き換えにダメージを切り捨てる、なんて無茶な技能もある。
手足を切り飛ばされても内側から追加で生やせば良い。腹に大穴が空いても埋めれば良い。スライムに近い存在とも言えるだろう。
「ユグドラシルの時みたいに、戦えるかなあ?」
戦闘スタイルは基本的に防衛タイプで、攻撃力自体はさほど高くない。
両手から触手類を伸ばして背後のメンバーたちをガードし、近付いて来た敵には猛毒、麻痺、強酸、呪い、睡眠、石化、など様々なバッドステータスを付与する爪などで牽制する。また粘着質の糸を放出することで足止めなども可能である。
高い自己再生能力を付与したり強化する職業を複数持っているし、無機物や一部のアンデッドなどを除いた相手であれば、ドレイン系による自己回復攻撃だって可能としている。単純に防御力を上げる手段だって無数にある。
高いHPや耐性を活かした泥沼の消耗戦。自分のペースに引き摺り込むのが18番であった。
そして弱点としては……防御と生存と搦め手に偏重しているため、強力な範囲攻撃を持たない事だろう。
精々がブレス系の技能をスキルで更に強化して、耐性貫通効果などを付与した致死級のバッドステータスを振りまくとか、爪が届く範囲なら幾つかのスキルが有る程度だ。
モモンガが幾つか有している超位魔法のような、場を沸かせられるタイプの派手なスキルは持っていない。
「ふーむ。確かカオス・シェイプに、痛覚は設定されてない筈だ。触覚はあるんだけどな」
物は試しである。左手の人差し指をピンと立て、自分の口にそっと差し込む。
薄く開いた唇の中で歯が変質する。少女らしく白くて小さい物が瞬く間に凶悪化して、ギラギラと光を反射するナイフで埋め尽くされた剣山のような状態へと移った。
そのまま自らの指先を噛み締める。主に第一関節の周辺に刃が食い込むのを感じた。少しずつ少しずつ力を入れていく。
通常なら鋭い苦痛を覚えるだろう。トゲなどが押し当てられる圧迫感は確かにある。だがそれ以上ではなかった。
「うわ、不味……って、食べちゃったよ! まあいいけどさ」
やがて昆虫の甲殻とゴム質の何かを抉る感触が伝わり、更に力を入れていくと喰い千切る。
非常に硬くて不味い、しかも卵の殻が混じった肉を噛むような感じ。確かめようと咀嚼していたら無意識の内に飲み込んでしまい、自分の行為に気づいてちょっと後悔した。
ただ、その行為を切っ掛けに捕食系のスキルが発動したのだろう。自己再生能力と合わさった結果として傷口は瞬時に盛り上がり、口から指を離した時には元通りに再生していた。
やはり痛みらしい痛みはない。これならばチキンな自分でも戦闘も安心である。
タイマンでならまず即死させられない自信があった。この身体の動きなども本能に近い部分で漠然と把握している。だからきっと活躍できる。
むしろ触手類の操作が自由自在になっただけ、かなりの上方修正と言えるかもしれない。
ユグドラシルの時はスキル任せで生やす種類を選ぶ事も出来なかったのだが、今はその辺りの細かい自由度が随分と増えている。今後はその誤差を埋めていく必要があるだろう。
自分の役目を発見して不安が薄らぐのを感じ、ふぅ、と息を吐きながら背凭れに身体を預ける。
「……? あ、これ【メッセージ/伝言】の魔法か」
繰り返し頷いていると、頭の奥に糸が繋がるような感覚が伝わる。意識を向けるとギルド長らしい丁寧な文面が脳裏に浮かんだ。
どうやら人間の騎士たちに何かの動きがあったらしい。現在はアウラと一緒に円形劇場〈アンフィテアトルム〉に居るとかで、玉座の間へ向かいますからご同行お願いします、と綴られている。
返信を行おうかと迷ったが……用事がある訳でもなし。移動を優先して良いだろう。
先ほどのように首筋から触手を伸ばしてリングを露出させると、ローマ帝国を思わせるあの場所を意識しながら転移を発動させた。一瞬で風景が切り替わる。
「いらっしゃい、ケイおっす様。あたしの守護階層までようこそ!」
守護者の一人。ダークエルフの少女、アウラ。
太陽のようにキラキラと笑う少女の姿に、ケイおっすは思わず顔を綻ばせた。
モモンガに向けて尊敬と敬愛の眼差しを送っている、守護者アウラの姿は微笑ましくも美しい。隠れるようにしてオドオドしている双子のNPC、いや今はNPCと呼ぶのは失礼だろうか。ともかくマーレの方もまた十分に可愛らしかった。
ややゲテモノを好むケイおっすだが、彼女らのような正当な萌えもまた、大好物である。
「やっほ、アウラちゃん、マーレちゃん」
撫でていい? と許可を取り、無事に得られたのでそっと掌を乗せた。
柔らかい金髪は極上の手触りだ。それを羨ましそうに眺めているギルドマスターへ水を向けてみると、ちょっと葛藤した末に威厳の方が負けたらしい。おずおずと手を伸ばして撫で回す。
幸せそうな様子を眺めるのも良いものだった。皆が居たら何を置いても全力で駆けつけそうな物なのに。この感動を伝えられないのが勿体無いなーと思ってしまう。
「おっと、玉座の間へ向かわねば。待たせてしまうな」
名残惜しそうにアウラの髪の毛から手を離す。ゴホンと咳をして雰囲気を戻した。
モモンガを先頭にケイおっすが続き、最後尾には非常に上機嫌な様子のアウラたちが続く。はやりAIではなく人格が宿っていると見て間違いではない。
確認がてら無数の廊下などを通過する。各所に配備されているゴーレムや警備兵の類は不動のまま直立しており、今のところ反乱を起こす様子はなかった。
「おお、みんな揃ってるね」
玉座の間へと続く重厚な扉が開くと、その向こうでは守護者たちが揃い踏みしていた。
統括者として上段で控えているアルベドを除いて左右に並び、まるで映画のワンシーンのごとき王の通り道を形成している。
どうやらセバスに調査を依頼した時点で全守護者たちに異常が通達されており、何かあれば即時に集合できる体勢になっていたらしい。
「……」
無言、だが全力で向けられる敬意の念は、ちょっとした圧力を伴っていた。
NPCの頃は風景の一部として慣れていた筈だが、やはり実際に意思が宿っていると随分違う。息遣いさえ伝わるこの状態は傅かれる生活に慣れていない一般人には厳しい物があった。
それに嫋やかな表情を浮かべているアルベドの存在感も凄い。まるで王妃のようだ。彼女なら玉座で座っていても違和感ないんじゃないの? と思ってしまうぐらいには。
だがモモンガは堂々とした様子で、正に支配者の如く玉座へと腰を据えた。
ただしケイおっすには 「失敗したらどうしよう!」 というマスターからの念が伝わっている。別に魔法など使わずともバリバリ発散されているので 「何かあったらフォローしますよ」 と飛ばしておいた。
「……では、報告して貰おうか。セバス」
努めて落ち着いたモモンガの声が響く。代表してセバスが一歩前へ出る。
上段から視線を向けるというのは意外に抵抗がある物だ。慣れない事をしているなあと思う。
ケイおっすは玉座の横に立っているのでまだマシだけれど、超美形揃いの守護者たちに加え、その補佐となるメイドたちも待機しているではないか。モモンガの内心はきっとバクバクだろう。
「はい、モモンガ様。ご報告いたします。
以前の連絡にありました人間の騎士の一団ですが、しばし馬を休めた後、現在は村を包囲するように展開しております。村に居た人間の殲滅、ないし間引きが目的と思われます。
潜ませたシャドウデーモンによると攻撃はほぼ確実のようで、遠からず攻撃が開始されるでしょう。彼らは法国なる国家から派遣された工作部隊であり、村の所有者である王国の足元を騒がせるのが任務であると判明しております」
セバスはそこで一度、言葉を区切った。
ケイおっすは国家間の問題とはいえ多少の胸糞悪さを覚えていたが、大半の守護者たちは真面目ながらも内容には興味が無さそうに聞いている。
人間同士の縄張り争いなど圧倒的強者には関係ない事柄だ。近くの公園で昆虫の分布が変わっても人間は気にしない。それと同じである。
「ご命令にありました友好的な接触ですが、村人に対しては難しい事ではないと思われます。
またシャドウデーモンからの報告によりますと、騎士たちの戦闘能力は極めて低く、駆逐を行う場合であれば勢力を問わず容易であるとの事です」
そこまで説明されれば分かる。謀略に疎いケイおっすにも飲み込めた。
つまり騎士たちが村人を適当に傷めつけるのを見計らい、それから駆逐する事で恩を売る、という作戦だ。
自作自演を疑われそうだが実際には違うので調べるだけ無駄だし。圧倒的な力を持っている上に命の恩人ともなれば、ちょっとでも頭が動く人間なら擦り寄ってくるだろう。
「ふむ、悪くないな。幸運な人間どもに慈悲を掛けてやるのも一興よ」
「そうだね。このナザリックの周辺を、ギルドに許可もなく荒らすなんて。無知とはいえ罪は罪だし」
人間への関心が薄い守護者たちのため、共感を得やすいように誘導して喋る。
価値の無い物であれハエやゴキブリの如く集られるのは不愉快だろう。思った通り人助けには消極的だった面々も注意を向けてくる。害虫駆除となれば納得した雰囲気を漂わせた。
「さて、ふむ……」
モモンガは顎に指を這わせながら思慮のポーズを取った。それとほぼ同時にメッセージの呪文がケイおっすの脳裏に届く。
誰を送るべきかで悩んでいるらしい。その裏には万が一にでも危険に晒したくない、という思いがあるのだろう。恐らく金貨の消費だけで済む事でも。確かに死は忌避感が強い。
モモンガとケイおっすの2人が動けば解決に近いのだが、それは難しい話だ。
人間として見た場合だとモモンガが自ら動くに足りるのだが、ナザリックの支配者としては軽すぎる。それは守護者たちの反応からして明らかだった。
「マスター、ボクが行っても良いかい? お散歩には丁度いい天気だし」
言い出し難いならば自分の出番だ。ケイおっすは軽い調子で手を挙げた。
戦いになっても大丈夫そうだ、と確認したばかりであるし、実践で試せるなら悪くはない。
守護者たちも人助けなど物のついでであり、あくまで散歩の方ががメインだ、と言外に示されれば反論までは行わなかった。連れて行って欲しそうな雰囲気は感じたが。
「おお、勿論だとも。ならば私も行くとしようか。此方の様子にも興味が有る。
我らがナザリックを飾る新しい大地。相応しい物であれば良いのだがね? ……アルベド、すまないが防衛体制を見直す事になるだろう。その間の守りを頼む。
セバス、共をせよ。それ以外は……そうだな、騎士を何人か持ち帰るとしようか。情報を抜き取った後は好きにして構わん。おもてなしの準備をしてやってくれ」
モモンガがそう宣言すると、玉座の横に立つアルベドが優雅に一礼してみせる。
美しい声で 「お任せ下さい、モモンガ様」 トロリと呆けたような瞳には絶対的な忠誠と、それ以外にもサキュバスらしい艶が含まれているような気がする。
思わず耳を欹てると 「騎士……ああ、でも、私の初めては、タブラ様とモモンガ様の3Pで……」 なんて悩ましげな乙女の呟きが混じっていた。その唇から漏れる吐息に色があるならピンクだろう。それもまっピンクだ。
「そういえば、タブラさんってギャップ萌えだっけ。しかも純情型処女ビッチっていう、救いのない設定とか、酒の勢いでアルベドにつけてたような……。」
幸いにもモモンガには聞こえなかったらしい。猛烈な肉食系に狙われる事になったマスターの貞操を思い、ケイおっすは 「ノーモアリア充。しっとマスクの絆よ永遠に」 と呟く。
いやでも、骸骨にチンコってあるの? それとも、別のどっかを突っ込むの?
哲学的な悩みを抱えながらケイおっすは後に続き、深く敬礼するセバスに 「そういえばコイツもメイドハーレムの主だっけ?」 と視線を送りながら、見た目には粛々と移動を開始した。
傲慢な支配者というポーズを取りながら緩やかに歩き出し、その背後をケイおっすが追う。
両脇に立つ守護者たちから敬愛を浴びながら、王の余裕ともいうべき所作で緩やかに歩き出すと、玉座の間の扉まで辿り着いた時点で真っ黒い穴が空間に発生した。
「では、参ろうか」
移動方法はともかく細かい場所を知らない、その事実を思い出したらしい。モモンガの背中から物凄く安心したオーラが伝わる。
小さく漏れた溜息を聞きながら、モモンガ、ケイおっす、セバス、の3人は【ゲート/転移門】の魔法を潜った。