オーバーロード モモンガ様は独りではなくなったようです   作:ナトリウム

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第四話 村2

 

 ケイおっすは呆れたように頬を掻く。地に伏して震えている者たちを上から眺める。

 ちょっとぐらい人間らしく戦ってみよう……と思っていたケイおっすにとって、この騎士たちの反応は完全に予想外だった。まさか土下座して動かなくなる程に恐怖されるとは。

 土下座とは命を守るためのポーズ、という漫画のセリフを思い出す。しかし彼らを見る限り斬首を待つ囚人のような諦念のほうが強い。

 

 どうやら基礎的な部分で、単なる力任せでも対抗できない程度には差があるようだ。

 背後に居るモモンガに目線を向ける。うなじの辺りから見ていたのだが反応がない。暫くして動作の問題だと気付いた。 「ああ振り返らないと伝わらないか」 首から上をそちらへ向ける。

 

 

「流石です、ケイおっすさん。久しぶりに戦闘シーンが見れて嬉しかったですよ」

 

 

 軽く拍手を始めたモモンガの姿に頬を赤らめる。 「ま、まあねー」 と肩を竦めた。

 ちょっとノリノリだった事は否めない。心臓食べたりとか。今更ながらに恥ずかしくなった、ちょいとゲップでも見られた気分だ。ケイおっすは誤魔化すように剣を指先で弄ぶ。

 

 

「レベルが低すぎて良く分からないな。やっぱり魔法は掛かってないみたい」

 

 

 騎士が落とした剣を拾い上げていた。見た目では鋭そうな刃だがケイおっすの肌は極めて高い物理耐性を有する。この剣では刃を素手で握り潰しても怪我さえしないだろう。

 軽く指を当てて切れ味や強度を探る。やはり魔法の痕跡などは感じられず品質も良くない。ケイおっすの身体能力ならば刃の一部だけを指先で毟り取る事も容易いと思われる。

 

 

「分類では片手剣だっけな。短剣の技能は上げてるけど、代用は……。出来ない?

 スキルとしては持ってるから装備は可能。でもスキルが使えないとは、変なの……」

 

「……この世界ですら、そんな制限が? ふむ、驚きましたよ、ケイおっすさん」

 

 

 ケイおっすは短剣系統の技術を持っているが、武器が変わっただけで使えなくなった。

 能力的にはブロードソードもナイフも、重量は羽ほどにしか変わらない筈だ。確認のため風を切る音を響かせながら振り回す。やはり重さを感じない程度には軽い。しかしスキルだけが使えなくなっている。

 この結果はユグドラシルと同一だった。ある意味では安心できる物だが、現実的という意味では極めて強い衝撃を受ける。誰かの掌の上にいるような気分になったのだ。

 

 

「……やっぱりダメだ。握ってても、感覚的に分かる。スッポ抜けちゃう。

 手の中に埋め込んで発動すれば行けるかな? でも精密さが不要なら飛び道具になるかもね。ボクの身体能力で突き出せば、地平線の果てまでぶっ飛んでいくよ? 多分」

 

 

 ケイおっすはスキルを発動させようとして、やはり違和感が湧き上がってしまう。

 柄を握り潰す勢いで握ってもダメだ。手を変形させると装備条件から外れたらしく、このままでは振り回すだけでも指が解けるな、と悪化した事が無意識で把握できる。

 中の人が片手剣などを扱えないのは事実だとしても。ケイおっすは短剣ならばスキルを有している筈なのに、たかが刃の長さが少し違うだけで使えないとは。ゾッとする話だった。

 

 

「後で詳しく調べないと不味いかも。能力的には行ける筈だから、多分だけど認識の部分?

 ……つまり、全ての武器に対して 『これは扱えない』 って操作されたら、武器に関わるスキルが全滅する可能性だってある……かも、しれないな。本当に推測だけどさ」

 

 

 この世界にもシステムが存在するのだろうか? ケイおっすは指を人間のそれに戻すと、マスクの顎に手を当てながら思考に耽っているモモンガの姿を見上げる。

 やや楽観的だったケイおっすも少しだけ警戒を強めた。真昼の村を見回すと不自然な体温や足音が紛れていないかを精査し、ナザリックの手の者しか居ない事を確認して頷く。

 モモンガが不安に思うのも当然だった。やっぱりマスターは鋭いな、と信頼を強める。

 

 

「それは……確かに。精神操作系の魔法を解明するのが急務に成りますね。

 これから回収する騎士の数にもよりますが、場合によっては全員を使い潰してでも、綿密に調査する価値はあるでしょう。

 幸いにも私はオーバーロード。精神操作系が無効ですし、ケイおっすさんもカオス・シェイプですから、その手の類は無効ですよね?」

 

 

 確認を取るモモンガに対し、ケイおっすはメイド服の下を波打たせながら頷いた。

 指輪などの装備品などでその辺りの耐性は更に強化してある。それに種族レベルを重ねたカオス・シェイプは極めて強固だ。並大抵の事では貫通されない。

 それは自らの肉体が分泌する酸や毒などに対抗すべく、混沌であるが故に衝突する機能を強引に凝縮するため、様々な耐性を取得した……、という設定に由来していた。

 

 元より 魅了、支配、石化、などは対策もしやすい。

 カオス・シェイプは範囲と強度目立つだけで、最上位の魔物となれば即死類の耐性を備えていないモンスターの方が少ない程だ。基本的な技能とも言えるレベルである。

 最高難易度のダンジョンに生息するモンスターが、簡単な魅了魔法の一撃であっさりペットになってしまうとか、プレイヤーからすれば興醒めもよいところ。ゲームとして必然だろう。

 

 

「ああ、うん。その手の呪文は効かない。生物として狂い過ぎてるのが理由だったかな。

 頭部をかち割っても脳味噌があるかどうか、そもそも脳味噌が脳味噌の形をしているのか、ついでに言うと数さえ一定じゃないし。その時の気分って感じのノリだもん。

 それこそ最上級のアンデッドでさえ支配できるような、システムを超越できるワールドアイテム級じゃないと無理だと思う」

 

 

 上記の理由があり、ダメージを伴わない即死魔法などは、正直に言うと非常にマイナーだ。

 モモンガのようにロールプレイの一環として修得するのが大半った。なにせ多少の底上げぐらいだと即死させられる割合が低すぎて、大規模に展開するならともかく実用性はかなり低い。

 まともに使われていた中では 【イア・シュブニグラス/黒き豊穣への貢】 など、圧倒的な広範囲を襲える超位魔法ぐらいか。見た目が派手なので受けは良かった覚えがある。

 

 逆に言うと、こういう特殊な魔法でもなければ、本当に使えない。

 即死を伴うスキル 【絶望のオーラ】 とかが最たる物だろう。こういう常時展開型のスキルは装備などで強化できないタイプが多く、ギルド武器でもなければ完全に産廃だった。

 ユグドラシルではオーバーロードが登場時に展開するエフェクトの一種のような扱いであり、一時期はそれをネタにしたごっこ遊びがギルドで流行った気がする。

 

 勇者よ、我が絶望のおーらをくらえー。

 ぐわああああ、なんてカッコイイえふぇくとなんだー。

 

 悪というスタンスに拘っていたウルベルトさんが筆頭だ。その見た目だけは羨望していた。

 ただし、我らがギルドマスターも結構ノリノリだったと記憶している。両手を広げた魔王っぽいポーズがお気に入りで、たまに鏡の前で研究していた時の思い出が蘇った。

 それを見なかった事にしてそっと部屋の扉を閉じたら、帰る直前で気付いたらしく赤面アイコンを連打しながら追いかけて来て、走っている間に楽しくなってゲラゲラ笑いながらナザリックを駆けまわったものだ。

 

 

「ケイおっすさん? ちょっと試したいんですが……。どうしました?」

 

「いえいえ、大魔王さま。こちらでございます、っ! ぷは、思い出し笑いがっ」

 

 

 剣を振ってみたいと言うモモンガに手渡しながら。あの頃は本当に楽しかったよな、とケイおっすは哀愁を覚える。

 一瞬だけ訝しげな表情だったモモンガも 「大魔王さま」 というフレーズで思い出したらしい。肩の装飾品を震わせると 「ちょっ! そのネタは禁句ですよ!」 と言いながら、先程までのシリアスな雰囲気を押し流すように笑いを堪えた。

 

 

 

「さて、ケイおっすさん、改めてお願いしますね。

 では振りますよ? 1、2、3……っ! うわ、ホントですね。手が滑る……」

 

 

 適当なガントレットを嵌めた腕が振り下ろされ、次の瞬間に剣はロケットと化した。

 戦士系の技能を持っていないのが原因だろう。腕力的には余裕でもやはり不可能であり、どれほど拳を固めていても指からすり抜けてしまうらしい。

 ケイおっすは明方向へ飛び出そうとした刃をを空中でキャッチする。その衝撃で剣は更に傷んだ。

 

 

「そこの騎士が相手してくれれば……。いや、案山子と変わらないか」

 

 

 相手が居れば違うのではないか。一瞬だけ思ったケイおっすだがすぐに否定する。

 対人戦での特殊な変化などは無かったと思うし、未だ土下座を続ける騎士に向けてスキルを使おうとしてみても、やはり剣を持った状態では変わらない。

 あの状態の騎士を無意味に殺すのは勿体ないだろう。死体よりは生体の方活用法は多い。

 

 

「おお、セバスよ。手間を掛けさせたな」

 

 

 遣り取りをしていると、足を貫かれたままだった村人を哀れに思ったのか、許可を得たセバスがスキルにより治療を行っていた。

 あれは気功の類を使用した活性術だろう。光に包まれた村人の足は瞬く間に傷を塞ぎ、失血で真っ白になっていた男は飛び上がる勢いで驚きを露わにする。

 

 

「……あ、あんたら。いや、すまねえ。助かった!」

 

 

 村人は立ち上がると腰を深く折った。その態度には強い怯えを含んでいたが、元来素直な性格なのだろう、受けた恩は忘れじと言わんばかりに感謝を示す。

 転がっている事を半ば忘れていた2人にはちょっと罪悪感がある。芸をしたペットに与えるオヤツが底を突きていた、ぐらいには。

 

 

「ひっ」

 

 

 そんな男が悲鳴を漏らしたのは、村の入口から響くガラガラという音。まるで空き缶を引きずり回すような、そして無数の悲鳴を含むデスナイトの帰還であった。

 土下座騎士たちも音源の方に首を向け、確かロンデスとか呼ばれていた一人など、先程までの村人と同じぐらい顔を真っ白にしていた。

 

 

「おお、デスナイトよ、よくやった。その辺に投げておいてくれ」

 

 

 手足のいずれか、または両方が圧し曲がった、悲惨な状態の騎士が8人。

 足首を縛っているのは乗ってきた馬の手綱だろう。それぞれが片足を一纏めにされた状態で荷物よりも雑に引き回されている。その様子はまるで罪人のそれであった。

 普通の人間ではない。強固な鎧を着込み、一人だけでも100キロに迫るような騎士が、だ。

 どれだけの力を有しているのか。一歩間違えれば対峙する事になっていた騎士たちは恐怖を新たにし、ガチガチと歯の噛み合わない音を新たに響かせている。

 

 転がされた連中が持っているのは弓であり、村人を逃がさぬための戦力だったのだろう。

 それが追い立てられるのだから皮肉なものだ。また手綱を見たモモンガは 「なるほど、そこらの馬よりは素早いらしいな」 とデスナイトの性能に満足気であった。

 

 

「8人も居れば、お土産は十分かな? そこの4人はどうする?」

 

 

 ケイおっすが視線を向けると同時、顔を上げていた騎士が一斉に額を叩きつける。

 金属製のヘルムが地面に埋まりそうなほど強く下げられているのだ。一拍の間を置いて土下座する4人の膝周りが水で湿っていく。そしてアンモニアの匂いが広がる。

 正体に気づいたケイおっすは哀れみに近い表情を浮かべた。骸骨であるモモンガにも顔があれば似たような顔をしていただろう。小さく息を漏らすと軽く手を振る。

 

 

「……まあ、構わんだろう。メッセンジャーも必要だしな。

 聞け、我はナザリック地下大墳墓が主、……。ここから北東に2キロほど進んだ場所にある、ナザリック地下大墳墓という場所の支配者だ」

 

 

 一度言葉を切り、ケイおっすの方に視線を向けて、何かを飲み込むように頷く。

 モモンガ、という名前を気にしているのかもしれない。何処かの国にまで名前が広がった時の事を考えると笑えそうだとケイおっすは思った。自分の名前も人の事は言えないだろうが。

 

 

「故に、この一帯も私の支配下にある。騒がしい真似は謹んで頂きたい物だね。

 もっとも、ナザリックへ戦いを挑みたい、というなら別だぞ? 歓迎しようではないか。

 ……その結果として君らの国がどうなるか。それを知りたいのであれば、だが」

 

 

 モモンガが言葉を伝えると、騎士たちは頭を地に着けた状態から更に下げようとして、ガクガクと額で地面を掘り返している。

 もし意地悪をして顔を上げさせれば楽しいかもしれない。顔に浮かぶ絶対的な恐怖が透けて見えただろう。

 

 

「顔を上げよ……。よし、これで良いな、魔法も効果があるようだ。

 さて、実験も終わった。もう行くがいい。そして確実に主人に伝えろよ?」

 

 

 

 モモンガが持つ杖が赤い光を発する。それを見た騎士たちは一瞬で表情を失い、そして再び恐怖と諂いの笑みを浮かべた。開放の命令を聞くと必死の勢いで走り出す。

 彼らからの身体能力からすれば驚異的とも言えるスピードだろう。鎧の金具が弾け飛びそうになるほど、一秒だってこの場に居たくない、という。絶対的な恐怖が原動力となっている。

 

 

 

 

 

「さてさて。無事に脅威は去った訳だけれど……。この村のリーダーは誰だい?」

 

 

 空気を変えようとしたケイおっすが、パンパン、と手を叩く。

 脅威は去った、という表現をした事で意図が伝わったのだろう。暫くは顔を見合わせていた村人たちも少しずつ緊張を緩める。そして堰を切ったように何人かが崩れ落ちた。

 先ほど足を貫かれていた村人が駆け出し、即席に築かれたバリケードの隙間から飛び込んで声を上げる。決死の覚悟であったろう場所に安堵と祝福が満ちる。随分と雰囲気が和らいだ。

 

 

「あ、わ、私です!」

 

 

 暫くして一人の男が進み出た。押し殺せぬ恐怖を抱いたまま前へと進む。

 モモンガの脇に控えているデスナイトに視線を送り、下手に近づくと切られるかもしれない、とでも思っているのだろうか。決死の覚悟を絞り出している感じだった。

 それでも怖い物は怖いらしく、隠れ家から引きずり出された小動物のような動きで、おずおずとケイおっすの近くに来て腰を折る。

 

 

「デスナイト、騎士たちを見ておけ。セバスは共をせよ。

 ……さて、村長どの? でいいのかな。怪我人も居るだろう、まずは負傷者を集めたまえ。

 放置して死にました、では後味が悪いからな。うちの執事ならば治療できるのでね。話はその後だ」

 

 

 怪我人という言葉に反応し 「そうだ、エンリとネムが!」 野太い叫び声が上がる。

 やはり先ほどの彼だ。それ以外にも家族の安否に行き着いたのだろう、何人かがさっと顔色を曇らせ、本当に動いて良いのかと怯えたように伺いの視線が飛ぶ。躊躇いなく駈け出した人間は少数派だった。

 

 

「構わんよ。だが、騎士は此方で始末させてもらおう。治療の代価とでも思ってくれ」

 

 

 仇である騎士を勝手に処分してしまう。それについて村人は何も言わなかった。

 あのデスナイトがどのようにして制作されたか、それを考えると、幸せな未来は想像できなかったのだろう。

 物のように投げ出され苦痛の呻き声を上げる姿を見て、それなりに溜飲を下げたのも大きい。

 

 村人たちが散会するのを見計らい、セバスの号令で影が立ち上がる。

 潜んでいたシャドウデーモンたちが騎士の身体に取り付くと、大地を滑るようにして犠牲者を連れ去っていく。

 

 

「……おや、あのような子供まで。それも女の子ですか。しっかり治してあげませんと」

 

 

 それと入れ替わるようにして、先ほどの男が子供を背に走ってきた。

 影の中にいるシャドウデーモンには気付かなかった、というか気付く余裕がなかったのだろう。少女とはいえ2人を背負ったまま必死の全力疾走である。それも騎士と並ぶぐらい早い。

 その様子をセバスは微笑ましそうに眺め、偉大で寛大な自らの主に対し感謝の言葉を捧げた。

 

 

 

 


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