咲-Saki- 北大阪恋物語   作:晃甫

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 待たせたな! ……遅くなり大変申し訳ありませんでした。
 これにて大星編は終了です。


大星淡の場合 2

 

 

 ――――淡が月彦と優樹に麻雀の指導を行うようになって、三ヶ月が経とうとしていた。気づけばもう三月も頭、三年生たちの卒業式まであと一週間程である。

 季節的にはもう春に差し掛かっている筈だが、そうそういきなり暖かくなるわけもない。今日も三月とは思えない寒さだった。

 女子麻雀部のレギュラーが男子麻雀部の部員に指導を行っている、という事実はこの三ヶ月で白糸台高校全体に広まっていた。それを表立ってとやかく言う人間はいないが、陰ではどうやら大星淡ファンクラブなる白糸台高校内に存在する団体から月彦と優樹はめでたくロックオンされたらしい。時折感じる射殺すような視線は彼らから発せられたものだった。

 

 今日もいつものように男子の部室で対局が行われる。当初と違うのは、指導を行うのが淡だけではなくなった点だろう。何でも男子にも頑張ってもらいたいという理由から部長である亦野が激励に来たり、差し入れと称して渋谷が茶菓子を持ってきたり、今や取っ替えひっかえに女子部員が男子の部室を訪れるようになった。それでも毎回居るのは淡で、今日もその対局を二人の後ろから眺めていた。

 

「ロン、2000」

「うお、原田もう張ってたのか」

 

 白糸台女子麻雀部部長、亦野へ直撃させたのはこの三ヶ月で成長著しい月彦だった。まだまだ荒削りなところは多いが、波に乗れば今のような直撃を奪うことも出来るようになってきた。三ヶ月前までとはまるで別人のようとは友人である優樹の言葉だ。

 

「ツッキーほんと打ち回しにムラが無くなったよねー」

「淡のおかげだよ。前の僕なら亦野先輩から直撃なんて取れなかった」

 

 この三ヶ月間の変化として、月彦たちと淡の呼称の変化も大きいだろう。基本的に気を許した相手にしか渾名を付けない淡が月彦のことを『ツッキー』と呼ぶようになり、女子を下の名前で呼んだことのなかった月彦が『淡』と呼ぶことが出来るようになったのだ。因みに優樹のことを淡は『ユキユキ』と呼んでいる。優樹は変わらず大星呼びであるが。

 

「言うじゃないか原田。たまたま私から直撃取れたくらいでいい気になるなよ?」

「亦野先輩負け惜しみですかー?」

「淡! 余計なこと言うなよ!!」

 

 口元をひくひくさせながら点棒を差し出す亦野に淡が横槍を入れる。そんな光景を前にして、月彦は他人事のように漠然と思う。三ヶ月前までならば考えられない、夢のようだと。

 あの時淡に頭を下げていなければきっと今の自分は存在していないだろう。頭を下げた相手が淡でなければ、きっとこんなに周囲は賑わっていなかっただろう。麻雀の腕だってこんなに成長しなかったに違いない。月彦の心の内は、淡に対する感謝の想いで一杯だった。

 けれどそれを本人に言うことはない。改めて言うとなると今更恥ずかしい。

 だからこれは、この気持ちは。『感謝』だと月彦が思い込んでいるこの気持ちは。彼の中に仕舞いこんでしまおう。誰にも気付かれないように、そして本人が気付かないように。

 

「…………、」

 

 何でもないように牌を掴む月彦を横合いから眺めている優樹の表情が晴れないことに、誰も気がついていなかった。

 

 いつものように片付けを終えて、男子麻雀部の部室をあとにする女子麻雀部の少女たち。亦野と二年生の少女、それに淡を加えた三人は肌寒さの残る夕方の帰り道を並んで歩いていた。専ら話題に上がるのは間近に迫った春季大会と新しい監督のこと。そして男子麻雀部のことだ。

 学生鞄を後ろに抱えた亦野は部長としてのプレッシャーを今更感じだしたのか少し青い顔をしながら春季大会の心配をしていた。それも無理のないことでこれまで白糸台は春季大会二連覇、昨年のインターハイと同様に史上初の三連覇がかかっているのである。これまでは絶対的エースである照が牽引してきたが今回はその役目を亦野が背負うこととなる。淡や渋谷と言った頼れる仲間はいるものの、やはり白糸台の部長という肩書きにはそれ相応の重圧が伴う。

 その亦野のプレッシャーに更に拍車を掛けているのが三年生が卒業してから訪れる新たな監督だ。その人の名前はよく知っているし燐が自分よりも監督に向いていると言うのも頷ける。しかしながらやはりいきなり白糸台麻雀部に溶け込めるかと言われれば難しいだろう。燐の場合が特殊だっただけで、普通女ばかりの環境に男一人が混ざって馴染めるはずがない。

 

「はぁ、」

「どうしたの誠子。そんな重い溜息吐いて」

 

 亦野の隣りを歩いていたセミロングの茶髪の少女が顔を覗き込みながら問いかけた。

 

「あ、淡ちゃんにまで先を越されそうで落ち込んでるとか?」

「……は?」

 

 突拍子の無い言葉に、思わず目を細める。

 

「違うの? いっつも宮永先輩と三尋木先輩のこと羨ましそうに見てたから自分も彼氏欲しいのかと」

「なんでそこで私の名前が出てくるんですかせんぱーい」

 

 楽しそうに笑う少女の横を歩いていた淡が金髪を揺らしながら問いかける。その表情を純粋に疑問に思っているようだった。少女は思わず「まじか……」と額に手を当てる。

 

「淡ちゃん、原田君と仲良いじゃない。それってそういうことなのかなと思ったんだけど」

「なッ!? 淡それは本当か!?」

「……? 二人共何言ってるんですか?」

 

 そんな淡の反応を見て亦野は「そうだよな。お前はそういうやつだよな」と何故か安心し、その横で少女は「これは原田君大変だ……」と溜息を零した。

 

「淡ちゃん、好きな人とかいないわけ?」

「そういう先輩はどうなんですか?」

「私? 私は彼氏いるもの」

「ちょっと待て聞いてないぞ私はぁ!!」

「あら、言ってないもの」

 

 友人が黙って先に進んでいたことに驚愕を顕にする亦野。そんなこと気にも留めずに、質問を投げかけた少女は淡をじっと見つめていた。

 数ヶ月前までの淡なら、きっと今の質問にそんな人はいないし興味もないと即答していたことだろう。だが今は質問に質問を返すような真似をした。それがどういった心境の変化から来るものなのか淡は理解していないのだろう。質問を投げかけた少女にも確信があるわけではない。だが予感はあった。女の勘とでも言うべき直感めいたものが。

 

(……これは原田君。脈アリなんじゃ……)

 

 横で尚も喚く亦野を諌めながら、少女は小さく口角を持ち上げる。女子高生が他人の色恋が大好物なのは、今も昔も不変なのだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「お前さ、大星のこと好きだろ」

「は……? いきなり何言ってんのお前」

 

 思わず焼きそばパンを落としそうになるとかそんな分かり易い動揺を見せることはなかったが、付き合いのそれなりに長い優樹は月彦の眉が動いたのを見逃さなかった。これは月彦が内心で動揺している時のサインみたいなものである。本人にその自覚があるのかどうかは別として。

 

「いきなりじゃないだろ。もう一緒に麻雀打つようになって三ヶ月くらいだし、お前もそろそろ分かってきたのかなと」

「何をさ」

「大星のことが好きだって」

「何で麻雀一緒に打ってると好きになるんだよ」

 

 意味がわからんと呟いてパンを頬張る。

 そんな友人を前に、優樹は大げさに溜息をこぼしてみせる。その「やれやれ全くコイツは」的な仕草に月彦の手が止まった。

 

「……なんだよ」

 

 食いついた! 内心の優樹の心情は正にこの一言に尽る。元来それほど外交的な性格をしていない月彦であるが、それは内弁慶から来るものであり、それなりに親しくなれば優樹のようにバカ話を出来る程度にはなる。だが、大星淡を相手にした場合はそうではない。本人は女子と話すことに慣れていないからだと主張しているが、他の女子生徒とは特になんの障害もなく会話出来ている。淡のことを名前で呼ぶようになったのも優樹が影でこそこそと画策していたからなのである。

 自称、報われない苦労人優樹はいい加減もどかしくなってきた二人の関係性をどうにか進展させたかった。二人の問題に部外者が首を突っ込むのも無粋かと思い始めは静観していたが、余りにも月彦が奥手すぎて見ていられなくなってきた次第。

 というかそもそも、この奥手野郎(月彦)はどこか油断しているのではないかと優樹は思うのだ。

 

「なぁ月彦。お前いつまでもこの関係が続くなんて思ってるんじゃないだろうな」

「え?」

 

 呆けた表情を見せる友人に、再度優樹は大きく溜息。どうやらそのことを全く危惧していなかったらしい。

 

「あのな、考えてもみろ。今は新年度のインハイ予選のためにこうして練習を見てくれてるけど、新学期になれば向こうにだって練習の都合があるだろ。それにインハイへの出場が決まって廃部の件が無くなればもう今みたいな交流はできなくなる」

「…………、」

「それにだ、いつまでも大星が手の届くところに居るなんて思うなよ」

 

 その言葉に、月彦はハッとする。そんな表情を見てようやく危機感を持ったかと優樹は小さく笑う。

 少し考えれば誰にでも分かることだ。今の月彦と淡の共通点は白糸台高校の生徒であることと麻雀部に所属しているというただ二点だけ。互いに卒業してしまえば、そんな小さな共通点など消滅してしまう。

 片や日本を代表する打ち手。片や平凡な一般生徒。そんな二人がこれから先も一緒にいられる保証などどこにもないのだ。本人が自覚し、そのために行動しない限りは。

 

 現状維持のままでは、決して大星淡という少女と月彦が肩を並べて歩く日はやって来ない。

 

「お前さ。最近楽しそうに麻雀打つようになったよな」

 

 購買の惣菜パンを齧りながら、優樹はそう本人を前にして言う。

 

「大星に教えてもらうまでは、なんつうか、どっか苦しそうに打ってたけどさ。今は生き生きしてるよお前」

 

 そんな言葉を受けて、月彦は思い当たる節があった。

 先輩である浅野藤間が懸命に存続させてきた男子麻雀部。それを自分たちの代で終わらせてしまうかもしれないという不安と焦り。学校側から提示された条件は殆ど不可能なもので、事実上廃部を言い渡されたようなものだった。

 付き合いのそれなりに長い優樹がそう言うのだから、きっとそうなんだろうと月彦は素直に受け止めていた。いや、受け止めることが出来るようになったと言うべきだろう。

 事実を事実として受け止められる心のゆとりが生まれてきたのだ。その理由は言うまでもなく、大星淡という少女の存在。

 教えてもらえばもらうほど成長を実感できるのが楽しくて仕方がない。元のレベルがそれほど高くなかったが故に、その成長速度は淡を驚かせたほどだ。

 今は純粋に麻雀を楽しむことが出来ている。始めたばかりの頃のように、牌に触れているだけで満足出来るほどに。

 

「……そうかもな」

 

 それ以上優樹は月彦に言葉を投げることはしなかった。雰囲気からなんとなく察したのだ。今の自分自身があるのは淡のおかげだと気付いたことを。

 静かに流れる昼休みの時間は、その後間も無くして終わりを告げた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「どしたの淡。調子悪いの?」

 

 対面に座る淡に、燐が顔色を伺うようにして問いかけた。

 部活動終了後、今や日常と化した燐と照、それに淡を加えた三人麻雀。その二局目のことだった。

 

「ううん、全然そんなことないよ?」

「確かに顔色は普通だけど、何処か集中しきれてないかな」

 

 普段の淡であれば早い順目で不用意な打牌はしない。燐や照の能力を知っているのだから尚の事。

 しかしどういうわけか今日は淡の闘牌にキレが無かった。表情から察するに具合が悪いわけではなさそうだが、どこか煮え切らなそうな表情を浮かべているのが目に付く。そのせいか河を見落としがちで、ポロポロと危険牌を切ってしまっているのだ。それが数回続いた結果淡の点は二人に比べてかなり削られてしまっている。

 

「淡、何かあった?」

 

 横に座っていた照の問いかけにも、淡は明確な返答が出来ないでいる。

 ふむ、と燐は首を傾げた。こんな淡の表情を見るのは初めてである。自身や照に負けたときの表情とも、インターハイで苦汁を味わったときの表情とも違う。明らかに何かに苛立っているのに、その原因が分かっていない。そんなもどかしさを感じているようだと燐は感じた。淡本人がどう思っているのかまでは分からないが。

 燐も照も真剣に淡の相談に乗ろうとしている。その気持ちに気づいたからだろう。あの大星淡にしては珍しく、ぼそぼそと覇気のない声で。

 

「……なんか、むかついちゃって」

「むかつくって、俺たちに?」

「まさか! りんりんとテルーにそんな事思うわけないじゃんっ!」

 

 わたわたと両手を振って答える淡の姿に、燐の疑問は更に深まっていく。

 むかつく? 誰に? 何に?

 燐は照と顔を見合わせる。流石に今の会話だけでは照もその全容を把握出来なかったらしく、小さく首を横に振るだけだった。燐は淡へと視線を戻して、その先を促す。

 

「その、最近さ。ツッキーたちの特訓に他の女の子たちも来るようになったでしょ? それはいいんだけど、なんかツッキーと他の子が楽しそうに喋ってるのとか見ると、なんか、モヤモヤするっていうか……」

「亦野とか?」

「亦野先輩は大丈夫なんだけど」

 

 どうやら淡の中で亦野は一般女子とは別にカテゴライズされているらしい。

 

「(燐、)」

 

 隣から小声で照が声を掛ける。

 

「(それって……)」

「(ああ、うん。多分俺も今同じこと考えてると思うよ)」

 

 淡の言葉をそのままの意味で受け取った場合、行き着く結論なんてのは分かりきっている。が、一応確認の意味合いも兼ねて燐は幾つかの質問を投げる。

 

「むかつくってのは、原田君が他の女の子と話してるときだけ?」

「うん」

「もうひとりのえっと、山村君だとそうはならないの?」

「うん」

 

 スカートの裾を握りながら俯く淡を目の前に、これはもう確定的だなぁと燐は内心で呟く。いやはやまさか、淡がこうした色恋に振り回される日が来るとは思ってもみなかった。今までの淡は麻雀一筋で、他の女子たちが興味を持つようなことには一切触れることなくここまでやって来ていた。

 しかしながら、やはり淡だって十六歳の少女。そういった感情を異性に抱いたとしてなんら不思議ではない。

 おそらくこういった感情を抱いたのは初めてのことなのだろう。だから戸惑っているし、どうしようもない気持ちに手を焼いているのだ。燐と照にそのことを打ち明けたのは、二人がそういった事に関して他の人よりも進んでいると判断したからなのだろう。

 ここは先輩として、ささやかながらアドバイスを贈ろうと燐は口を開いた。

 

「淡、君はその原田君のことをそう思ってるの?」

「ツッキーのこと? ……仲の良い友達だよ。麻雀の腕も確かだし」

「これからも友達でい続けたい?」

「もちろん」

「でも、このままじゃ君たちは何処かで離れ離れになっちゃうよ」

 

 その言葉に、淡の肩が小さく揺れた。照は口を挟まない。ただ燐の言葉をじっと聞いている。

 

「淡。君は高校を卒業したらプロになるだろう。それだけの力があるし、国内有数の打ち手にもなれる。でも、原田君はそうじゃない」

「そ、そんなの分かんないじゃんッ」

「わかるよ。俺だって伊達にこの三年間監督として選手を見てきていないから。淡が付きっきりで教えたとしても、プロでやっていけるレベルにまではならない」

 

 淡の表情が強ばる。言い返せない。燐の言葉には、言い返せないだけの説得力があった。淡が燐の下で麻雀を打ったのは一年にも満たないが、それだけで彼がどれだけ有能なのかは思い知った。他人の実力を見抜くという点で、おそらく彼を上回る人間は存在しない。

 だからこそその言葉が悔しかった。今行っている指導が身を結ばないと言われているような気がして。無駄だと言われているような気がして。

 

「でも、それは淡が彼を指導する期間がインハイ予選までだった場合だ」

「え……?」

 

 思いがけない言葉に、淡が顔を上げる。

 そこにはしてやったりと笑う燐の顔があった。

 

「指導を始めてからの彼の成長速度は俺から見ても異常だよ。このまま一年、二年と同じ速度で成長を続けていけば、五年後なら俺と同じ場所に立っているかもしれない」

 

 それは燐なりの言い回しだったが、果たして淡がその意図に気がついたかは定かでない。ただ今の淡は、その言葉に嬉しさが込み上げていた。

 燐が。あの三尋木燐が。原田月彦という少年のことを認めた。

 そのことが淡は自分自身のことのように嬉しかった。思わず頬が緩む。口角が上がる。

 その様子を見て、照が微笑む。

 

「淡。その子のことが好きなのね」

「は? え? えぇッ!?」

 

 ここまで来てその反応はどうなのかと燐は苦笑した。いや、淡のことだから仕方のないことかもしれないと思い直す。

 

「私が!? ツッキーにょこと!? すすす好きィ!?」

「淡、落ち着いて」

 

 言語が不安定になってきている淡を落ち着かせようと照が鞄から水筒を取り出してお茶を注ぐ。それを淡へと手渡す。

 受け取ったお茶をんぐんぐと飲み干して一息吐いた淡は、視線を下にしながら呟いた。

 

「……好きって、なんなの」

 

 これまで異性を好きになったことのない淡には、その感情をどうしたらいいのかが分からない。持て余してしまっていた。

 そんな彼女へ、照は優しい声音で言った。

 

「その人と一緒に歩いていきたい。この人となら、例え不幸になったとしても乗り越えていける。そう思えることよ」

「私が、ツッキーと……」

 

 考え込むように俯く淡は、原田月彦という少年のことを思い描く。

 初めて言葉を交わしたのは、昼休みの教室だった。仲の良い友人たちと食事している時に彼はやってきていきなり頭を下げたのだ。あのときは面食らってしまったが、今となっては笑い話である。それから部活の空いている時間を見つけては彼とその友人に麻雀の指導を行うようになった。

 最初は燐に言われた人に教えることで見えてくるものを自分も知りたくて二人に麻雀を教えていた。

 でもいつからだっただろうか。女子麻雀部の活動と同じくらいに、二人と過ごす時間が楽しみなものに変わっていた。教えたことを直ぐに吸収して自分のものにしていく月彦を見ているのが楽しかった。彼の成長を自分のことのように喜んでいた。

 

 思い返してみれば、無意識のうちに淡は月彦に惹かれていたのかもしれない。どの部分に、などと明言することは出来ない。それがきっと人を好きになるということなのだろうから。

 

「……答えは、出たみたいだね」

 

 顔を上げた淡の表情を見て、燐は柔和な笑みを浮かべる。それは照も同様だ。これ以上何も言わなくとも淡なら大丈夫だろうと思えたからだった。

 

「りんりん、テルー。ありがと」

 

 つい数分前までのもどかしさに戸惑う姿はそこにはなく、憑き物が取れたようにすっきりとした淡の表情がとても印象的だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 四月第二週。

 入学式を済ませた真新しい制服を着た一年生たちが、そわそわとした面持ちで室内をきょろきょろと見回していた。

 緊張、不安、期待。そんな感情が一年生たちの表情から見て取れる。

 白糸台高校女子麻雀部、部活動見学初日の部室は静寂に包まれながらも、内心の声が透けて見えるようだった。

 関東、そして全国の頂点。昨年のインターハイ、そして一ヶ月前に行われた春季大会を見ていればこの白糸台のレベルの高さは十分に知っているはずである。その中に飛び込もうとしている新一年生の数、総勢百三十名。まさ見学初日であることから増えることが予想されるが、初日に部に来ない生徒は殆どがすぐに辞めていくことになるのでカウントしなくても問題はないだろうと亦野は思う。

 亦野誠子。高校最強と謳われる部を纏める部長である彼女は、現在部室の外の廊下からまじまじと一年生たちを観察していた。

 

「ほうほう。皆いい顔してるなー。私も二年前あんなんだったんだろうか」

「私も去年はああだったのかなー」

「いやお前は緊張感ゼロだったぞ淡」

 

 ひょっこりと亦野の背後から声を出したのは大星淡。年度が変わって二年生に進級した彼女は、今や押しも押されぬ白糸台の絶対的エースにして全国区の猛者だ。インターハイでの鮮烈なデビューも然ることながら、春季大会での圧倒的な闘牌は今も強烈に脳裏に焼きついている。

 そんな彼女であるが、三月までと今では変化した点が一つ。

 

「しっかしお前、ショートも似合うんだな」

「えへへー。ツッキーも褒めてくれましたよー」

 

 三月までは背中あたりまで伸びていた彼女の金髪は、肩口でばっさりと無くなっていた。所謂ショートカットというやつである。本人は気分を一新するためだと言っているが、本当の理由を知っている亦野としては色ボケしているのではないかと思わなくもない。

 

「それはいいとして。時間ぎりぎりだぞ淡」

「男子のほう見に行ってたんです」

「ああ、原田たちのほうか。で、どうだった?」

「なんとか四人は入ってくれそうで」

 

 そうか、と亦野は短く返す。これで一先ず部員の件はなんとかなりそうだなと嬉しく思うが、もう部活開始の時間である。部長である以上、ある程度の威厳というのは必要だ。昨年の燐や弘世のようなカリスマ性はなくとも、それに近いものを一年生たちには感じてもらいたい。

 でなければ部員全員が昨年の淡のようになってしまう。亦野の不安の種はそこだった。

 表情を引き締めて、亦野は部室の扉を開く。その後ろに淡も続いた。

 

 二人が室内に入ってきた瞬間、場の空気がピンと張り詰めたものへと変化する。

 インターハイ、春季大会三連覇。その立役者である二人の登場なのだから、それも当然のこと。

 一気に緊張の度合いが増した室内で、亦野が口を開く。

 

「ようこそ、白糸台高校女子麻雀部へ。私たちは君たちの入部を心より歓迎する。本来なら監督の挨拶があったんだが、監督は今所用で外部に出ているので私が代わりに挨拶させてもらおう。部長の亦野誠子だ。よろしく」

 

 亦野の言葉を受けて、一年生たちの間で小さな声が漏れる。

『あの人が大物釣り(ビッグ・フィッシャー )……』

『春季大会すごかったよね』

『お姉さま……』

 

「そして隣に居るのが、」

「大星淡。よろしくね後輩ちゃんたち」

 

 その挨拶は、先程の亦野よりも大きなどよめきを一年生たちに齎した。

『あの人が鬼神かぁ』

『魔王を止めた全国最強……』

『私あの人に憧れて白糸台に入ったんだ』

 

 皆が皆、前に立つ二人に視線を向けていた。全国ランキング一位の白糸台で一年以上レギュラーを守り続けている彼女たちは、間違いなく一年生たちの目指すべき目標である。 

 尊敬や畏敬の眼差しを向けてくる一年生を可愛いなと思っている淡の横で、亦野が今日の簡単な流れを説明していく。今日はまだ仮入部の段階で、今週いっぱいは部活動の見学期間に当てられている。本入部することが出来るのは来週からだ。

 推薦で入ってきた生徒はともかくとして、初心者もいるだろうこの場でいきなり対局しろとは言わない。最初は部の雰囲気に慣れてもらうために一軍から三軍までの部室の案内や通常の活動日のメニューの説明などを行った。流石に百名を超える一年生全員を連れ回すわけにもいかないので何組かに分けて行動していた結果、最後の組みが終わった頃には下校時刻ぎりぎりである。燐と違って新しい監督は規律には厳しいので、今後はもっと時間に余裕を持たせようと亦野は思う。

 

 活動を終えて、帰り支度をしていると廊下の向こうから声が聞こえてきた。

 それに亦野より早く反応したのは淡で、きっと尻尾がついていたらボールを前にした犬のように振りまくっているに違いない。

 

「ツッキー!」

「淡、今終わったの? あ、お疲れ様です亦野先輩」

「そのついでのように言うのやめろ原田」

 

 やって来たのは原田月彦。二年生ながら男子麻雀部の部長を務める男子生徒にして、同時に淡の恋人でもある。亦野はその詳細を知らないが、なんでも春季大会の前にお互いに告白し合ったのだという。一体なにがどうなればそんな状態になるのか疑問に思うが、亦野としても月彦が淡の手綱を握ってくれて助かっている部分がある。その点で言えば別段構わないのだ、淡の色ボケが次第に鬱陶しくなってきていること以外は。

 

「ねぇねぇツッキー。このあとクレープ食べに行こ!」

「良いよ。僕も甘いもの食べたいと思ってたし」

 

 この甘い空間に居ろというのは最早拷問でしかない。

 砂糖を大量に投入されたコーヒーを飲み下したような表情を浮かべた亦野は、一刻も早く立ち去るべしと二人に挨拶して足早にその場を立ち去った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 クレープを片手に、月彦と淡の二人は駅までの道を歩く。四月とは言えまだ夜は肌寒い。自然、空いている方の手で互いの手を握り合っていた。

 

「ツッキー。部員の方は大丈夫みたいじゃん」

「うん。なんとかあの四人は入ってくれそうだ」

「後は私と一緒にインハイ行くだけだね」

 

 ふふっ、と淡は笑う。その表情に思わず見惚れてしまった月彦は視線を空へと移して。

 

「……行くよ。絶対、淡と一緒に」

 

 自分たちの代で男子麻雀部を廃部にするわけにはいかない。そんな思いから始まった淡による指導。

 その思いが無くなったわけではない。しかし今は、それよりも淡と一緒の舞台に立ちたいという思いのほうが強くなっていた。

 そしてそれは決して不可能ではないと淡も思っている。月彦の成長速度を鑑みれば、インターハイのその先の舞台にも一緒に立つことが出来る。

 今はまだ互いの立ち位置は遠すぎて、月彦にはその背中すら見えないけれど。

 

「私、信じるよ。待ってる」

 

 三月の下旬。春季大会を直近に控えた日の夕方、月彦は淡を呼び出して言ったのだ。

 

 ――――君とずっと一緒に居たい。これから先、卒業してからもずっと。……プロの世界に行っても!!

 

 二人が同じ舞台に立つのは、そう遠くない未来の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 そんな訳で大星編終了。本当はもっと書きたいシーンがあったんですが、膨れ上がりすぎて収集つけるの大変そうだったので敢え無く断念。

・白糸台の新監督さんは名前は明かしてませんが、まぁ皆さん多分分かってるでしょう。
 男性で妙齢。これで大体、ね。

~以下どうでもいい設定~

原田月彦→月
大星淡→星 月と星で夜空。空には無限の可能性的というなんとも厨二的センスを爆発させました。

・白糸台春季大会三連覇
オーダーは元のレギュラーはそのままに、先鋒と次鋒に新メンバーが加わってます。
因みに団体決勝卓は白糸台、清澄、姫松、臨海。個人卓は淡、咲、憩、ネリーと勝手に設定。

・山村優樹
この話一番の苦労人。こういうなんだかんだんで友達を助けてくれるキャラが私は好きです。
この話の後、渋谷さんと付き合います(爆)

・燐、照卒業。
学園一の夫婦が卒業したのでその称号はありがたく淡と月彦に与えられました。

 次回はプロ編、プロ編ったらプロ編です。
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