ラウンジで男性神機使い達がこぞってはじけだし、自身の評判をどん底に落とした事件から一夜明けた今日。なにやら黒蛛病患者を収容しているサテライト拠点にアラガミが接近しているために、可及的速やかにこのアラガミを討伐して欲しいとの任務が入った。それとこのアラガミたち地味に数が多く、ブラッド隊を二つに分けて対処せよとのことである。
アラガミってたまにこうして狙ってんのかと思いたい感じで攻めてくることがあるよね。
「ちなみにチームは俺にお前、ナナでひとつ。もうひとつのチームにはギル、ロミオ、シエルだ」
「なんでだ」
「過剰戦力だよねー」
任務の内容を教えてくれたジュリウス隊長がどこか嬉しそうに言うと、俺とナナがすかさず返す。
自分で言うのも自意識過剰みたいで嫌なんだけどさ。俺とジュリウス隊長は普通、分けるんじゃないかな。こう、戦力的に。
いやまぁ、ギルさんも血の力に目覚めてから光速の壁を軽々乗り越えるし、シエルはショートブレード振り回して飛ぶしで割とバランス取れてるのか?
「というか、血の力に目覚めたらみんな吹っ切れすぎじゃないですかね?」
改めて考えるとすげぇぞ、ブラッド。エリート部隊とは名ばかりで実際は
血の力……なんて恐ろしいんだ……!
「でも、仁慈は目覚める前からおかしかったよね?」
「おでんパン齧りながらさらっと人の思考読むのやめてくれません?」
あまりに自然すぎてて背中に薄ら寒いものを感じたよ。
「別にいいでしょー。……真面目に言うと、ジュリウス隊長と仁慈が一緒のチームにいるのは、私たちが護る黒蛛病患者を収容しているサテライト拠点の中にユノさんがいるかららしいよ。偉い人達もユノさんに何かあったらマズイとか感じてるんじゃないかなー」
下心たっぷりだねーと笑いながらおでんパンをひとつ食べ終わり、左手に持っている大きな袋から二つ目を齧りだす。
ナナが頭の良さそうなこと言ってるよ……。
それにしてもサテライト拠点……ねぇ。確か、アナグラにも入れない人達が住んでいる場所だっけ?
そのことを考え、ここに来た当初の懸念が今、頭の中にもう一度浮かんでくる。変なトラブルに巻き込まれなければいいだけどね。
「……そろそろ時間だ。敵は今のところガルムだけだ。あまり気を張らずに気楽に行くぞ。もうお前たちの実力では相手にならない奴だからな」
絶対何でも切り捨てるマン(ジュリウス隊長)に何でもブッ飛ばすおでんパンジャンキー(ナナ)、ついでにドゥエリスト(俺)だもんなぁ。
でも、ジュリウス隊長が"今のところは”って言ったんだよな。原因俺だけど。
どうせまた何か乱入してくるんだろ?的な思いがひしひしと感じ取れる言葉である。本人超嬉しそうだけどな。
まぁ、なんにせよ。今のところは楽なお仕事っぽいし、気楽に行きますか。
――――――――――――――――
さっきの発言フラグかと思った?
―――――――大正解だよ。
黒蛛病患者が集うアナグラをアラガミから守るために駆り出された俺たちの目の前に現れたのはガルム三体にサリエル、ヴァジュラという何の統一感もない連中だった。でもまとめてこられると結構ヤバイ。どのくらいヤバイかといえば、こいつらが他の支部に現れたら十分ぐらいでその支部が壊滅するくらいにはヤバイ。これを対処できる極東はやっぱり魔窟だな(確信)。
で、僅かな時間とはいえその極東に身をおいていた俺たちは元々持っていたそれぞれの
え、戦闘描写?ないよ。やってることはいつもと大して変わらんもの。
ナナがザイゴートの堕天種をシュゥウウウウウして他のアラガミにぶつけて撹乱したり、俺がその隙を突いて首置いてけした後コア回収したり、ジュリウス隊長は時折俺たちのフォローをしながら自分に向かってくるアラガミと攻撃を全て真正面から切り捨てていた。終始笑顔で。
ほら、いつも通りでしょ(震え声)。
現在は別の場所でアラガミと戦っていたギルさん達と合流し、葦原……さん?のマネージャー兼ジャーナリストであるというサツキ(という名前だった気がする、多分)さんに黒蛛病患者の搬送先に案内してもらっている。何で案内されているのかは分からないけどね。本当に。
「ここがサテライト拠点、アナグラにこもれない人々が寄り添ってやっと生きてる、辺境の地」
「俺、こういうとこはじめて来た……ニュースとかテレビとかで、存在は知ってたけど」
そう周りを見回しながら言うのはロミオ先輩。当然、神機使いとなって未だ半年を経過してない俺やナナ、シエルも同様である。俺たちの仕事は基本的にアラガミの殲滅だから、こういった場所にはアラガミが入ってこない限り来る機会はないよな。
「世界中の人口は確かに少しずつ増えてるんですよね。それは間違いなくフェンリルのおかげ……でも、役に立たない人間は切り捨てる、と言わんばかりにここにいる人達を放置しているのもまた、フェンリルなんですよ」
「外壁の対アラガミ装甲……フェンリルマークの備蓄食料……この施設を提供し、維持しているのはフェンリルなのでは?」
サツキさんの言い分にジュリウス隊長が思ったことをそのまま口にする。すると彼女は今の発言が気に障ったのか、歩みを止めてこちら―――正確にはジュリウス隊長のほうに振り返り、不機嫌な様子で口を開いた。
「貴方がブラッドの隊長さんでしたっけ、フライア所属の。ちょっと聞いてみたいことがあるんですけど……。あの玩具の戦車みたいな、移動要塞を作るコストでここみたいなサテライト拠点が、いくつ作れると思います?」
「それに、ここの人達に手を差し伸べてくれたのはユノのお父さんと極東の神機使いの人達だけなんですよー。そもそも本部からの支援が少ない、極東支部が一生懸命血を流している一方で、本部はどうして黙ってみているんでしょうね?」
「そんなの実働部隊である
気付けばそんな言葉が俺の口からぽろっとこぼれていた。
しまった……!神機使いになってから半年たってない俺が言えることじゃなかった……。あわてて口をふさいでみても、吐いたツバは飲み込むことができず、サツキさんとブラッドの面々はみんな俺のほうを見ていた。
気まずい。気まずいが、別に間違ったこと言ってない気もする。そんな事を言われても末端である俺たちにはどうすることもできないし。
「………そうですね。すいませんねー、なんか八つ当たりみたいなことをしてしまって」
「いえ……こちらこそ」
会話が途切れる。
しばらくどうすればいいか考えるがたいした対応策は見つからず、結局再び歩き出したサツキさんについていくしかなかった。今回のはマジで反省しなければ。
己を戒めているうちに、黒蛛病の収容施設についていたようでそこらにベッドやそれを仕切るためのカーテンなどが設置されている場所に来ていた。よく見ると何人かの人がベットに寝ていて、腕の部分などに黒い蜘蛛の刺青のようなものがあった。アレが名前の由来である黒い蜘蛛の模様か。思ってたより大きいな。
その模様をよく見てみようと顔を近づけたとき、ふとサツキさんがふと思い出したように、
「あ、そういえば。黒蛛病は空気感染こそないものの接触感染で、強い感染力を持っています。むやみやたらに触ったりとかしないでくださいね」
もっと早く言ってよ。
近づけていた顔をあわてて戻す。あの距離は患者さんがなにかの拍子に動いたら接触しちゃう位置だったから危なかったわ。
サツキさんの方に若干非難の視線を送るものの彼女はすでに黒蛛病患者の女の子に本を読み聞かせていた葦原さんとの会話に夢中で気付いていないようだった。こっち見ろや。
「ユノは後で合流するみたいなのでもう行きましょうか」
こっち見た結果がこれである。
結局何のために来たのか分からなかったわ。俺がアホだからか?
いや、黒蛛病患者の問題が深刻なものという認識を持って欲しかったのかな?確かに深刻な問題なのは分かった。けど、そういうのってさっき俺がこぼしてしまったのと同様に、偉い人に伝えないと駄目なんじゃね。
――――――――――――
そうでもなかった。
あの後、極東支部に帰ってきたブラッド―――というかジュリウス隊長は、黒蛛病患者をこの極東支部に収容し、ケアを行うことを計画しているらしい。サカキ支部長への根回しやラケル博士の説得などは全てこちらに任せてくださいと、合流した葦原さんに言っていた。ジュリウス隊長の容姿も相俟って超かっこいい。
何でも、サテライト拠点や黒蛛病患者の問題に直接関わった結果、何とかしなければならない問題だと感じ、自分にできることをしようと思ったんだとか。今のジュリウス隊長は完全に"できる隊長モード”だ。これでもう何も怖くない……!
ブラッドのみんなもジュリウス隊長に賛同し、それぞれができることを頑張って奴といっていた。
ただ、ひとつ疑問に思うことがある。
他ならない自分自身のことだ。こういう話を聞いたとき、実行するかしないかの違いはあれど「何とかしなければ」と思うのが普通だ。実際、俺も冷たい台の上でドリルをブッ刺されるまではそうだった。しかし、今はどうだ?ブラッドのみんなのように何かしなければという意思がまったく沸かない。急に神機使いになった影響だったりするのかな?こう、精神的なやつ。
みんなが自分たちのできることをやろうとしている傍らで俺はずっとそのことについて考えていた。